48 伝説とはある程度の脚色は許容するものなのである
「…そして異世界から召喚された三人の勇者の活躍によりこの世界に再び平和が訪れたのである」
なかなか上手な朗読を披露していたステラが読み終えた資料を机の上に置く。
「わたしはこれが今までの中で一番良かったと思うけど。二人は?」
「無難だしそれでいーんじゃない」
「わたしもなんでもいいよ。まかせるー」
「あたしはなんでもいいとは言ってないけどね」
そう、戦いは終わり魔物の脅威は去った。
今は戦後処理の真っ最中。エルフは主に激戦地の浄化担当なのだがどこでどういう話し合いが行われたのか子供向けの広報、つまり絵本作成などもエルフに回ってきて、ステラ率いる五番隊がその担当となった。
確かに激戦地の浄化を五番隊にまかせて万が一にも魔物が復活してしまったりしたら大問題だし、だったら芸達者な五番隊にこっちの仕事をまかせよう、ということなのだろう。幼児から少年向け、に三種類の絵本(少年向けには挿絵程度)と紙芝居等の作成をまかされたのだが、既に五番隊の一部は勝手に魔物のリアルな立体模型を作り始めている。先見の明があるのかただの粗大ごみになるのか。ステラはみんな相当がんばったのだから今はのびのびさせてやろうというやさしく見守る素敵な上官に徹している。けして面倒くさいから見て見ないフリではない。
「ご自分たちのことなんですから。真剣に考えなくていいんですか?」
適当な返事にややあきれを含んだ声を出すステラ。しかし「そう言われても」な三人なのである。確かに魔物はやっつけた。魔王まで誕生しちゃってそれはそれは大変だったのだ。身近なひとは一応全員生きているがあんなところに送り込まれて今も生きていられるのは運が良かったとしか言いようがない。もちろん実力もあるから最前線へ、最激戦地へと行ったわけだが、人間では実力ナンバーワンとも言われていた黒将軍の腕は今一本しかない。さすがに癒の魔法でもなくなったものはどうしようもないのだ。
「でも本当のこと書くのもあれなんでしょ。だったらこっちの世界のやり方に合うようにでいいんじゃない、なんだっけ、ジョーソーキョーイクジョー?こっちの道徳とか躾とかそういうのに、なんっていうんだっけ、沿うように?」
小梅の言葉に莉子が異議なーし!と声を上げる。
「でもどこかにはきちんとした形で残すんですよね、本当はどんな感じだったか」
千花の質問にステラは苦笑いを浮かべた。
「ええ、もちろん。でもこのような絵本が流通して何百年も経ったあと、本当の記録を読んだひとがそれを信じるのか疑問ですよね。それを考えると絵本も本当にこれでいいのかどうか…」
小梅の剣が魔剣になった。小梅の剣に宿った守護はなんと小梅の姉だったのだが(小梅には幼くして亡くなった姉がいる。だから小梅の戸籍の続柄の欄には二女とある)その話は面倒なので割愛。
オラオラオラー魔剣でぶった斬っちゃうぞーと小梅がムカつく兵士どもを午後の鍛錬で撫で斬りまくったりして気分爽快だったのだが、そんな日々は長く続かなかった。
まさかの魔物異常大発生。あっちからもこっちからもその知らせが入り、エルフの森の向こうのノースロンの山々にかかる雲が尋常じゃなくなる事態になっていろいろみんなあきらめた。いや、覚悟を決めた。
事前に三ヶ月の訓練、などとは言っていられない状況に陥ったのである。
それまではせいぜい大陸の真ん中、ジャイロのあたりまででそれ以西は出てもはぐれ魔物程度だったのが、オストレイとジャイロの間にあるいくつかの国でも魔物が群れで確認され、オストレイから徒歩で一日程度のところに40~50匹の虫型魔物が確認されたときにはとうとうハチヤからも執事が東の大陸に渡り戦ったという。魔物大発生の最初の頃は情報が混乱しており、三人が一連の詳しい流れ等を知るのは戦いの後である。
簡単に話をまとめると、予定を繰り上げて勇者三人を含め魔物と戦える人材は魔物討伐、あるいは一般人の保護に向かった。
勇者である三人だが、まともに勇者として戦えるのは当時小梅のみ。千花もましになったとはいえ出せる魔法は不安定だし莉子に至っては「お前どうやって戦う気だよ、おい!」である。しかし状況は差し迫っており、どうみてもノースロン方向やばい、あそこどうにかした方がいい、というのは素人目にもあきらかだったため三人ともノースロンを目指した。
小梅はど真ん中、エルフの森を突っ切ってノースロンを目指すコース。小梅はエルフの一番隊と三番隊、それにジャイロの精鋭部隊との大所帯混合チームで進軍した。味方も大人数なら敵の数もすさまじかったらしい。残念ながらこの一行からだけで戦死者の数は三桁に及んだ。
千花は南まわり、砂漠の方向からノースロンを目指すコース。これには千花とアクアとステラの他には五番隊だったが、途中から五番隊の中から逃げ足の速い者のみが選抜メンバーとして同行した。不安定な千花の大規模魔法が敵味方見境なく炸裂したためである。
莉子は二人を見送ったあと、ポムから最初の魔道具便が来てからリオンと二人でジャイロ城から飛び立った。莉子とリオンはノースロンではなくいったんオストレイを目指した。ポムに残りの魔道具を超特急で仕上げさせて受け取るためである。魔力の制御が出来ないポムに超特急もくそもないのだが。オストレイに向かう途中で何体もの魔物を華麗に時に容赦なく残虐に屠る二人の姿はかなり多くのひとに目撃されている。ポムの本能がもうひとつの本能に勝ったのか莉子とリオンがポムの店に到着したとき、人生最大の魔力を放出中のポムが最後の魔道具を仕上げたところだった。すべてを受け取った二人は来た時と同じように魔物から逃げるために西を目指す人々を救いながらノースロンを目指した。小梅と千花とは違う北まわりのコースである。ここは丘陵だったり平地だったり山脈までいかない山地だったり湿原が広がっていたりと自然の起伏に富んだところだったのでドラゴンのリオンは大いに活躍した。
かつてのノースロン城は魔王城となっていた。ノースロンの城は外から見ればなんとなく高層に見えなくもない城だが、実際は山肌に作られた二階建ての建物が渡り廊下でつながっているような作りである。最初に到着したのは小梅、数十分の差で途中で千花を拾った莉子が入城した。
ここで魔王に会う前に人型の魔物である四天王を名乗るナルシスト系一応美形他三名が現れ、まさに死闘が繰り広げられた。「めちゃんこつおい」を地で行く奴らだったのだ。あんな見た目のくせに(人じゃないので見た目で判断しても構わないのだ)
『ダメ。無駄死に。ゼッタイ。』の標語が急遽掲げられ、三勇者とリオン、シース、アクア、ステラ、黒将軍及びその部下二名、エルフ一番隊より第一王子と隊員三名、三番隊より第三王子と隊員二名、残念ながら五番隊はステラ以外該当者なし。そして城外に癒の魔法使いがかき集められ、中で戦うひとたちは大怪我あるいは瀕死になると城外に放り出され全力治癒魔法のあと再び城内に放り込まれ…。小梅は敵の武器や魔法が自分の体を貫通すること四回、骨が砕かれること三回のところで数えるのをやめた。折れたと思われる数はもともと数えていない。肋骨多すぎる。黒将軍の腕がなくなったのもこのときだ。
じゃあ城内で戦っているひとたち以外はただ見守るだけ?いえいえ。お約束のように四天王の中にイヤミちっくなキャラがいてキザったらしく指をぱっちんってしたらエルフの森の中に魔物が再び湧いて出たのだ。今なら20%増量サービス中な感じで。
そんなわけで一番隊と三番隊の残りのひとたちと五番隊のここまでついてきたひとたちは癒の魔法使いを守りつつノースロン城改め現在魔王城を目指してやってくる魔物たちと大乱闘状態である。戦闘ではなく乱闘に見えるのは五番隊の隊員が混ざってしまったためと思われる。
ちゃんと小梅と一緒にジャイロ城を出発したケンケンとララパであるが、非戦闘員である彼らもとっくの昔にマスコットガールとマスコットボーイの職を辞し、武器を片手に魔物と戦っていた。ケンケンはともかくララパまで?大丈夫って言うか出来るの?という感じだが、ララパには天賦の才とかいうのがあったらしくしびれ薬をしこんだ針をすばやく魔物の急所に吹き矢で飛ばし、魔物が一瞬ひるんだところを三番隊のごついエルフがトドメを刺すというコンビ芸を習得し屍の山を累々と築いていた。妖精とは見かけによらない生き物であった。
一方世界会議の本部が置かれているジャイロ城にも魔物の大群が押し寄せていた。あんなにやっつけたのにまたかい!と愚痴のひとつもいいたくなる。人間の国の連合軍とエルフの魔法隊(二番隊、四番隊、帰ってきた五番隊の一部と六番隊はジャイロ城も含め各地へばらばらに展開していた)、その他の種族の戦えるひとたちの混成部隊が一応ここを防衛ラインと決めているので必死の抗戦。もちろんもっと大陸の西部の方に一般人がたくさん避難していたのでそちらにも護衛でかなりの人数がさかれている。あっちもこっちもぎりぎりの戦いだ。
エルフの王様であるレギラはジャイロ城にいたがノースロン城に勇者たちが集結し精鋭戦がはじまったとの連絡を受けて急遽自分もノースロン城へと向かった(王様ひとりなら瞬間までは無理だがかなりの超高速移動可である)。そして到着次第入城し四天王をひとり倒し、おらおらエルフの王様なめんなよと全開バリバリモードのときに目の端に黒将軍の姿が。
間に合ったと言うべきか間に合わなかったというべきか。
黒将軍の左腕は吹っ飛んでしまったが、大損傷を受けた左肺と心臓はレギアの超魔術で再生した。しかしレギアはエルフの王様でエルフで一番の魔法使いだったけれど癒の属性は持っていなかった。マブダチのピンチに火事場のナントカであるはずのない属性の魔法を使ったのである。レギアは意識を失って昏倒し城外へと運び出された。レギアはそのまま三ヶ月間眠り続け、目が覚めた時にはかつての魔力の半分を失っていた。いい機会だと王位を第一王子にゆずり、自分はお気楽な隠居生活に入るのである。
四天王はもう君たちが魔王でいいんじゃないのっていうぐらいの強さなのに、それにプラスしてそこここにうじゃうじゃと湧いて出るペットな魔物たちが今まで戦った魔物と同じ見た目のくせに数倍強かった。ゾンビみたいになかなか死なないのである。
勇者ってまじでこんな過酷労働なの?これっていわゆるブラック企業より残業ひどくない?他の異世界の勇者もラスボス戦ってこんななの?(正確にはラスボスはまだ出ていない)っていうかわたしの運補正どこ行った!とあの莉子でさえ弱音を吐きそうになる戦いが数日にわたって繰り広げられ(数時間じゃない、数日)、ようやく四天王が残りひとりになったところで真打ち魔王が登場したのだが。
小梅の剣はルルル工房のおっちゃんズが魂こめて作った世紀の剣だった。そこに守護をくっつけて魔剣になった。これで十分だと思われたが、ルルルのおっちゃんたちは納得していなかった。職人にゴールはない、というわけではなく、職人の好奇心の方でムラマーへの憧れが消えなかったのだ。そしておっちゃんズはこそこそ作業場で作業を続けていた。ラブ日本刀なのである。
日本と電話がつながることがわかったあと、小梅は日本の家族に次の電話の時までに日本刀の作り方を分かりやすくまとめておいてくれと頼んでいた。それをおっちゃんズに伝えていたのだ。
口頭だけの説明だったがおっちゃんズはがんばった。もちろん弟子もがんばった。アニージョもこんなときによく材料を揃えた。そしてかなりの出来映えと思われるものが完成したのである。
大陸は魔物の異常発生とその戦いで混乱していたが、オストレイに残っていた警邏隊のメンバーがとりあえずジャイロ城へ届ける役を買って出た。小梅のファンである。警邏隊メンバーはおっちゃんズ作のなんちゃってムラマーとポムに渡しそびれたと頼まれた魔道具の請求書を持ってジャイロ城へ向かい、無事に届けた。彼が届けたのは荷物ではない。愛である。
ジャイロ城からはエルフの魔法隊の隊員が魔王城かつてのノースロン城まで運び、そこでちょうど治癒に放り出され再び城内に戻るところだった莉子に愛が託されたのである。
自分よりも数段弱い四天王に束になってかかる人間とエルフとドラゴンを魔王はのんびり眺めていた。
傷付いても傷付いても治癒魔法をかけては戦いを挑んでくる姿をあほやなーでもおもろいわーと見物していたがそろそろ飽きてきたのでトドメ刺しちゃおう、と奥の部屋からとことこと歩いてきた。別に次元を歪めて作った不思議な空間から高みの見物をしていたわけでもなく、廊下の向こうの奥の部屋から普通に眺めていたのである。さすがに直接ではなく透視の魔法で、であるが。
ゾンビ魔物がびっちびち床で跳ねながらわけわからん体液撒き散らしてなんかじゅうじゅういってるし変な匂いがするし最後まで残っただけあって四天王のラスイチが無理ゲー並みに強すぎるし、もうへろへろだけどここで一人抜けると絶対ヤバいから気力で立ってます、というのが約半数。はやくリコさん復活してぇーな城内勇者チーム。
そこに何かをかかえて莉子再々々々々?登場。
「小梅ー、新作届いてるー」
左手で刀らしきものの柄を握り、右手はこの数日の死闘で体になじみまくった針金君で飛んでくる魔物を串刺しにしながら莉子が叫ぶ。
(※ 針金君=レイピア型の魔道具。針金ハンガーと同じ太さの針金が無尽蔵に湧いてでる。使い方は想像通り)
「はぁー?」
「ルルルのおっちゃんたちのいろんなもので出来た結晶!」
「その言い方なんかいやなんだけど…。日本刀出来たの?でもあたしの剣、魔剣に昇格してるし!」
そうなのだ、小梅の剣は既に魔剣になっている。守護は実の姉の梢ちゃんである。この梢ちゃんが結構な高位精霊になっていて小梅の魔剣はすげえ魔剣なのである。
「でも前のもムラマーでやっつけたんでしょー?梢ちゃんにこっち来てもらったらー?」
「あー?!」
魔物をぶった斬ったときの音でよく聞こえなかったらしい小梅が聞き返す。その向こう側で死に近いひとリスト暫定一位のエルフが第一王子に投げられ外に飛んで行くのが見えた。
「梢ちゃーん、ちょっとこっちも試してみてー」
面倒になって直接高位精霊な梢ちゃんに話しかける莉子。しゃべりながらノースロンの城の壁に魔物の標本をせっせとこしらえていく。ノースロン人には見せられない悪趣味な絶命のさせ方である。
梢ちゃんは高位精霊ってもっと素敵なものだと思っていたらなんだこれな状況にいまいち納得いかなかったが、かわいい妹にも会えたしまあいっか、とそれなりにがんばっていた。梢ちゃんのこんな姿を神の庭の仲間たちが見たら卒倒間違いなしである。
【小梅、ちょっとだけひとりでがんばって】
「了解!」
小梅の剣から梢ちゃんが抜けだし莉子の手にある日本刀へと移る。
「重っ!」
急に重くなった日本刀に思わず片膝をつく莉子。高位精霊重すぎ!でもこれは梢ちゃんが重いのではなく莉子と梢ちゃんでは守護的フィーリングが合わないだけの話である。梢ちゃん太っちょ説は濡れ衣である。
莉子はとっさに峰の方を肩にあて切っ先が地面につかないようにした。なんとなく国旗とかと一緒で地面につけちゃいけないものだと思ったのだ。片膝ついて肩で必死に日本刀担いでいる勇者って一体。
【小梅、こっちの方が、強い】
「莉子!投げて!」
「む…ええーっ!」
無理だと言えない程度に大ピンチの状況な小梅とそのまわりのエルフと人間。四天王のラスイチとゾンビ魔物の波状攻撃をぎりぎりでかわしている。小梅と第一王子スゲー。
しかし投げる以前に持ち上げられない重さである。いったん梢ちゃんに出てもらってから投げるなり届ける方がいいよね、これ。と思いつつ自分もゾンビ魔物に囲まれちゃってるし、リオンは更に多い数のゾンビ魔物を相手にしつつ黒将軍の援護に向かっているようだし。やっぱり鞘ごともってきた方がよかったかな、投げるにしても鞘ないと危ないよね。と預かった時にこれいっか、と鞘を勝手に投げ捨ててきたことを今更後悔してみる莉子。そんなこと思ってもほんとうに今更なので、どうにかしてこれを小梅に手渡すしかない。
えーと、とりあえず梃子の原理でわたしの肩が支点でありますから、力点つまり柄を出来るだけ離した方が少ない力で、って思いっきり逆じゃん!重いわけだよ。いやいや剣先に重量が集中しているわけじゃないからそれ意味ないし!と体の傷は癒してもらえても精神までは癒してもらえないので疲れ過ぎてわけわからないひとり問答をする莉子。なんだよ、もういいよ、運べばいいんでしょ、運べば。よいしょっと。
ん?
ぽてん。てん。てん。
「じゃあありのまま書く?犠牲者を最小にするために勇者とその他精鋭が癒しの魔法をかけられながら魔王城に締め切り前の漫画家のように風呂も入れず缶詰状態にされ四天王と戦い、魔王は登場した途端に偶然ぶつかったムラマー2号に首を刎ねられ死亡しましたって」
「あの戦いは半分いじめでしたしねえ…。魔王もあんな最期じゃ悔やんでも悔やみきれないでしょうねえ」
魔王は皆の前に姿を現した途端(というか誰もその登場に気付いていなかったのだが)、いきなり立ち上がった莉子の担いでいたムラマー2号に首をきれいにチョンパされた。頭部はころりと床に転がり、そのとき四天王ラスイチの「魔王さまーっ」という悲鳴で全員が新参者に気付いたのだが、服装も顔立ちも魔王間違いなしのそのひとは既に体と頭がつながっていなかった。
さすが魔王ともなるとそれくらいでは死んだりしないのだが、そのときはじめて魔王に気付いた莉子が「おわっ」と驚いた拍子にうっかりムラマー2号を落としてしまい偶然その切っ先が魔王の胴体の心臓のど真ん中に突き刺さったのである。ムラマー2号にはまだ高位精霊の梢ちゃんがいたので破壊力100万倍だ。
状況をいちはやく飲み込んだ第一王子が隙が出来た四天王ラスイチの急所に魔法を叩きこみながら「あとかたもなく燃やせ!」と叫んだので千花とアクアが残りの魔力すべてを魔王の頭部と胴体方向に向けて放出。莉子の前に外に出ていたのが千花とアクアだったのだ。この数日間ひたすら一緒に戦っていた仲間たちは第一王子の叫びを聞いて自分のすべきことを一瞬で理解し、千花たちの魔法の巻き添えを食わないようにすばやく全力で後退した。莉子だけはひとりわけがわかっていなかったのだがリオンが抱きかかえて撤収。
最後の最後の瞬間は、ぎりぎりで小梅が梢ちゃん入りのムラマー2号を魔王の胴体から引き抜き回収、そこに千花とアクアの魔法が降り注ぐ。その中に第一王子が四天王ラスイチの瀕死の体もオマケで放り込む。ここに連合軍の完全勝利である。
「完全ノンフィクションで詳しく書いたら誰も勇者に憧れないし、なりたくもないと思うよね。確かに絵本としてはいただけないかも」
「浄クマーまで書く?」
「絶対に書きません」
魔王とその部下の最期を見届けた精鋭たちは城の外に出た。城の外でもちょうど魔物の群れを殲滅し終えたところである。
小梅は自力で歩いて出てきたが、千花は全魔力放出で気を失い第一王子にお姫様だっこの状態。第一王子かっけー。そこはずっと一緒にいたステラが抱えるところじゃねーの?なのだがステラは第三王子、兄に肩を支えられてようやく立っていた。莉子はもちろんリオンが抱えたままである。
「あー、お風呂入りたい」
魔王が倒されてからこの地上に響いた第一声は「ヤッター」でも「勝ったー」でもなく小梅の「お風呂入りたい」であった。確かにこの何日も風呂になど入っていない。浄化の魔法すらかけていない状況である。そりゃそうだ、そうかも、と小梅の言葉にみな共感した。そのとき
「おい、そこの変態ドラゴン、どこに行くクマ?」
千花は気を失っていたが使い魔アクアはポシェットの中で意識を保っていた。
莉子をやはりお姫様抱っこで抱えたリオンがすたすたと歩いていくその背中に声をかけたのである。
「え?リコさんもお風呂に入りたいかと思いまして」
「それでお前が風呂に入れるクマか?」
「ええ。リコさんもだいぶ疲れているようですし」
「浄クマーーー!!!」
その場にアクアの声が響き渡ったあと、空から嬉野温泉とほぼ同じpH約8.3の弱アルカリ重曹泉な美肌成分たっぷりな不思議な雨が降り注いだ。アクアは怒りのあまり我を忘れて黒のつぶらなプラスチックの瞳を赤に変えつつ、無意識に習得した元気玉で浄化の魔法を出したのである。「恐ろしい子」というほめ言葉は彼のような無自覚な天才にこそふさわしい。(のちの調査ではこのときのアクアの声が「浄クマ」に聞こえたものと「浄化」に聞こえたものの割合は半々だったそうだ)
このアクアの浄化魔法によりみないっぺんに浄化されとりあえず風呂は間に合ったのである。莉子も貞操は失わないがその他のいろいろなものを失う危機から免れたがもちろん本人はわかっていない。
そしてアクアは降り注ぐ美肌の雨の中、瞳の色を赤から黒に戻しつつ意識を失った。
「みんながんばったんだからさあ、子孫が恥をかかない程度の脚色は許されるんじゃないかなあ」
「莉子、あんたまさか子供がいるとか言うんじゃ…」
小梅が真剣な顔で莉子の腹部に目をやる。
その様子を見たステラが「えっ?そんな、あ、え?」とおろおろしだしたので千花がちがうちがうと首を振った。二人の様子に気付いた小梅がステラを見てまさか信じたのかとびっくりした顔をするので、ステラの方がなんだか恥ずかしくなった。
「なんでそんな小芝居するんですか」
「ステラさん、まさかリオンさんがやっちっまったとか思った?」
「なんでそこで固有名詞が出るんですか」
「いや、あれを見せつけられてたら普通でしょ。他に相手がいた方がひくわ」
二人の話を聞こえないフリでもなく全然聞いてないでもなく莉子は普通に聞いていた。
「えー、もしかしてリオンさんの相手がわたしなのー?」
「何、不満なの?」
「っていうか、ローリーはジョーと結婚すると思わせといて実はエイミーと結婚するんだよ」
「は???」
っていうかいきなり出てきたローリーって誰?ジョーも誰?エイミーも誰!小梅はヘルプミーの顔で千花を見る。
「多分、若草物語だと思う。南北戦争だからアメリカの小説かな。四姉妹の二番目がジョーで四番目がエイミー。ローリーは隣のお金持ちの家のおぼっちゃんでジョーと同い年で仲が良いの」
「で?莉子はそのジョーって子に似てるわけ?」
「わたしのイメージではまだ小梅ちゃんの方が近いような…」
「ローリーは?」
「わたしのイメージではリオンさんとちっともかぶらない…」
「さて、帰るか」
何事もなかったように小梅が立ち上がる。
「えー、小梅どこに行くのー」
「帰るって言ってるだろうが!」
「じゃあ一緒に帰ろうよ。わたし小梅と千花ちゃんに話があるんだよね」
「だったら今すればいいじゃん」
「あ、そうか」
何事もなかったように小梅が腰をおろす。ここで何かを感じてしまうとハゲるので何も感じないようにしている。
「莉子ちゃん、話ってなあに?」
「勇者って魔王倒した後何するの?」
「む、確かに」
「掛け金だって払ってないのに勇者年金とか出るわけないだろうしさ、わたしたちこれからどうやって食べていくか考えなきゃ!なんだよねえ」
「珍しく莉子がまともだ」
「小梅だってそんなに強くなったのにもったいないよね。この世界にもう魔物いないんだもの。ムラマー2号も宝の持ち腐れじゃない。しかも小梅は一回も使ってないし」
そうなのだ。ルルルのおっちゃんズのいろんなもので出来た結晶は確かに魔王を倒したけれど、誤射ならぬ誤斬りで魔王を倒したようなものなのだ。いまはまだジャイロの城にいるからいいけれど、近いうちにお礼をいいにオストレイのルルル工房に行ったとき何と説明するべきか小梅はちょっぴり気が重かった。
「それでわたし思いついたんだけど、勇者屋さん始めるのってどう?」
「言いたいことはわかるけれど敵がいないと勇者は必要ないんじゃない。もしかしてペーパーカンパニーってこと?」
「ノンノン」
千花の質問に莉子はちっちとひとさし指を振って見せた。
「梢ちゃんがいるもの、きっと世界を渡れるよ。魔物とか魔王で困ってる世界に出稼ぎにいくのです」
自信満々に自分のプランを披露する莉子。
【え】
梢ちゃんのなにそれなつぶやきのあと、部屋は沈黙につつまれた。
結局絵本は非常に無難な三人の勇者の物語として発行された。ではこの世界に多少脚色された勇者の話のみが伝わったのかというと答えはノーである。
エルフ五番隊有志作による『真説・大人の紙芝居』が対象年齢18歳以上の限定公開ながら各地で大ヒット。まるで写真かと見紛う徹底した写実主義に走ったその絵と鬼気迫る朗読で「紙芝居を超えた紙芝居」と大絶賛を受けたのだ。その紙芝居に出てくる魔物と生き写しな魔物のハリボテが出てくる紙芝居とは180度違う路線のコミカルな演劇も大ヒット、こちらは年齢制限がなかったので誰でもみることができたが魔物の出来があまりによかったためやがて魔物を見たことがない世代が演劇を見るようになると客席から悲鳴や泣き声が聞こえるようになった。
数百年ののちの世にも大人の事情がわかる年齢以上には二度目の勇者の話は正しく伝わったという。
完結しました。
貴重な時間を割いてこの拙い話におつきあいくださったみなさま、ありがとうございました。
ファンタジーでカテゴリ登録したのにさいごまでファンタジー臭が薄かったですよね。ファンタジーむずかしい。読むことと書くことの違いを痛感しました。「ファンタジー」に期待してた方々、すみません。
書いてる本人は完結させられるかは心配していましたが、「書く」こと自体は楽しくできました。全然シリアスな内容でもありませんでしたし。
情景や容姿などの描写が少ないとわかっていながら放置していたのは、それを書くのがちょっと面倒だったのと考えること自体面倒だったのと両方です。
日々減っていく読者数に0になっちゃったらどうしようかと思いましたが、間に合いました。大丈夫でした。マニアックな方々ほんとうにどうもありがとうございました。
このお話を読んで、一回でも楽しい気分になってもらえていたら幸いです。
透明オセロ




