47 魔剣誕生
「くうぅぅぅ」
魔法陣の中央でルルル工房謹製の愛用の剣を両手で握りしめ、何もないはずの地面から猛烈な勢いで吹きあがる風に懸命に耐える小梅。
「やっぱり無茶すぎやしませんか!」
「そんなこと言ったってもう始めちゃったししょうがないわよ!!」
大声で怒鳴りあうのは千花とステラ。
小梅の真正面、少し離れたところに小梅のいる魔法陣より小さな魔法陣がありその中には両のてのひらを小梅に向ける千花、その直線上小梅を真ん中にしてその向こうには同じく両手を小梅に向ける千花と同じサイズの魔法陣の中にいるステラ。
一体何が起こっているのかというと…。
今月の城詰めの魔法隊、五番隊の面々との顔合わせという名の親睦会のような千花の無駄魔法のお披露目会が終わり(もちろんヤンヤの大喝采であった)あまり人通りのない城の三階の一角にある休憩スペースで千花とステラがまったりしていると、どこからともなく小梅が現れ魔剣が欲しいと言いだした。
どうやらどこかの誰かに魔剣の存在を吹き込まれたらしい。その際にお前みたいな女子供には無理だとか大体異世界からよばれた勇者ってだけで黒将軍に贔屓されやがってとか。とにかくなんだかねちねちと大量の嫌味を言われたらしい。
少数ではあるが勇者として召喚された三人によい感情を抱いてないものはいる。
それはやはり女性である部分が大きいのだろう。この世界には女性兵士も戦場に出る女性魔法使いもほとんどいないため(エルフは別)理解とか共感が少ない。特に運強化の莉子は腕っぷしはからっきし(ほんとはそうでもない)で魔法の才能も皆無なため(ただしこれから極悪な魔道具が続々納品予定)、そういった考えをもつ人間からは一番嫌われているようだが常にドラゴン族のリオンが張り付いているので何もできない。
その点小梅はひとりで出歩くことも多いため絡まれやすいのであろう。
「ちーちゃん、これ魔剣にして!」
「はい?」
そもそも魔剣の存在すら知らない千花は首をかしげるしかない。困り果ててステラを見ればステラもどうしたものかと思案顔だ。
「わかんないなら、はい、これ」
小梅が脇に抱えていた何かを千花におしつける。何かと見れば布張りのとてもがっしりした作りの古そうな本だ。元の色は茶かえんじか青か。本自体にほころびはほとんどないが色あせは非常に激しい。
「あああ、コウメさん、それは…」
顔面蒼白になったステラに小梅はいまだかつてみたこともないような黒い笑みを浮かべてみせる。
「図書館の司書のおじーちゃんに借りてきた」
借りてきたのではなく脅し取ったのだろう。それはこの王城の図書館の蔵書の中でもかなり貴重な本にのみ施される魔法の刻印入りの禁帯出本だった。ステラもよく知るあの司書の鑑のような老人のこと、腕の一本や二本折られてもそんな要求には屈しないはずだ。おそらく貸してくれないのなら図書館の本を全部燃やしてやるとかそういった脅しをかけたのだろう。
※ 実際は貸してくれないのなら片っ端から本を切り刻むといい実際に近くにあった本を四、五冊ほど愛用の剣で紙吹雪にしてみせたのだ。もちろん小梅はタイトルを覚えており後ほど弁償する予定である。
まあ、じゃあ読むだけ、とステラに読ませたのだが(さすがにエルフの古代語は千花にも読めない)ステラが馬鹿正直に全部読んだため、小梅が一番難易度の高い方法を指定したのだ。
難易度が高い分、呼び寄せる魔剣の守護の力が強い。
ちなみに魔剣とは魔物な剣ではなく、いわゆる魔法属性が剣に宿ったもののことを言う。魔法使いが操る場合は属性という言い方をするが剣に宿るものは属性とはいわずに守護という。風の魔剣ならば剣筋そのものが高速になるとか風の刃が遠方に飛ぶなどである。
属性と違うのは魔剣、守護の場合は魔力がない人間でも扱えるということだ。
ただし魔力がないものが魔剣を扱うのは相性や精神力が大きく関係してくるため魔力持ちでない者が魔剣を持つことはほとんどない。そのため魔剣は市場に出回る類のものではなく、魔剣を扱うのはほとんどが魔法使いだ。それもエルフの魔法使いが家に代々伝わる魔剣を使っているのが大多数でありその場合の魔剣のレベルはピンキリである。魔法使いならば魔剣など必要ないのでは、とも思われるが魔剣には剣そのものに魔力があるため使い手の魔力が枯渇したときにその威力を発揮する。つまり魔法使いが自分の魔力がほぼなくなっても体力さえ残っていれば剣を媒介したものに限るが魔法を使い続けられるのである。魔力なしのものでも相性さえ合えば扱えるがそのような魔剣に出会える可能性は非常に低く、言ってみれば魔剣は魔法使いの非常食あるいは安全装置のようなものだが、小梅に絡んできたものはこのあたりの説明を小梅が悔しがるように都合良く話をしたのだと思われる。
ステラはこのことを小梅に説明したのだが「聞く耳持たない」というのはまさにそのときの小梅のことであった。そして三人は備蓄倉庫という名の最近ではほとんど使われていない城の地下室にやってきたのだ。守護を呼ぶ魔法を行うために。そして始めてしまったのだ、その魔法を。
そもそもこの難易度の魔法を二人でやること自体無理があった。難しさからいって優秀な魔法使いが最低でも四人、四人でも厳しいかもしれない。その最低ラインの四人だって優秀なだけではだめだ。きちんと他人に合わせられるような魔法使いでないと。それをいくら魔力が高いとはいえ千花とステラの二人だけでどうにかしようというのだから無茶振りもいいところだ。
ダメもとどころか無理だから、と思いつつはじめた魔法はこんちきしょうめ、今成功の真っ最中だ。ただしいつ暴発してもおかしくないほどの不安定さである。暴発したらこの城ごと吹っ飛んじゃうかもね、と心の中で白目を剥いてみたりしながらステラは必死で千花の魔力とのバランスを取っていた。
「小梅ちゃん!どれか捕まえて!」
「無理!」
今、小梅の魔法陣のまわりにはたくさんの光が舞っている。守護だ。さすが禁帯出本に書かれている高位魔法、通常の守護を呼び出す魔法ならひとつしか出ないところを簡単には数えられない程度には出ている。どれかを捕まえて剣と同調させないと魔剣にならないのだが、小梅は絶対出てはいけないと言われている魔法陣の中で立っているのが精いっぱいだ。自分の剣を両手で握りしめて両足でふんばっているわけだが、守護をつかまえようと剣から片手を外せば間違いなくバランスを失って吹っ飛ばされる自信が小梅にはあった。
「でも捕まえないと!」
「だから無理!」
「どうでもいいから早くしてくださいぃぃぃ!!!」
なんだかこれは本格的にやばくないかと三人はほぼ同時に思い始めた。
安全かつ平和的にこの魔法を終わらせるやりかたは小梅はもちろん千花もステラも知らない。
本には守護をたくさん呼び出しちゃったけどやっぱやーめた、なんて場合の魔法終了の仕方など書いていなかったのである。
「どうしたのですか!」
そのとき地下室の扉が開き、リオンの声が響いた。
「一体何を…」
なんだか不自然な物音に気付いたリオンがその出所を確かめにきたのだ。ドラゴンの耳は地獄耳なわけではないが自然現象の音は拾いやすい。遠くで話している内緒話は聞こえないがそのひとたちの足元で舞った落ち葉の音は集中すれば拾うことが出来る。
魔力は遮断の結界を張っているために外には漏れていないが、小梅の足元から猛烈な勢いで吹き上がっている不自然な風の音にリオンの耳が反応したのだろう。
「なんだかあまりいい感じじゃなさそうだねー」
リオンのうしろから莉子がひょこっと顔を出した。近くに安心して莉子を預けられるひとが見つからなかったので危ないと思いつつもリオンが連れて来たのだ。
「とんでもなく危険な魔法の真っ最中に見えるのは気のせいですか?」
リオンが落ち着いた声でたずねる。さすが、執事。常に冷静さは失わないようだ。
「大体合ってます」
ステラが早口で答えた。あとどれくらいもたせられるだろう。ステラは心の中で白目を剥きつつ遠い目になってみる。
「そうだ!莉子!なんか適当に捕まえて!」
「へ?わたし?」
「いいから早く!」
「危なくないのですか?」
「えーと、手袋すればだいじょうぶ?!」
「そんなの持ってないよ。っていうか疑問形?」
「わたしのでよければ、ちょっと大きいと思いますが」
リオンがどこからか白い手袋を取り出した。常に清潔な白手袋を携帯している職業、それは執事と応援団である。
「莉子!」
「リコさん!それを捕まえるか城ごとみんなで吹っ飛ぶかの二択です!」
「それでしたら見方によっては最低な方法ですが、わたしがリコさんだけを連れて今すぐここから脱出するという第三の選択もありますが」
「「「「……」」」」
莉子はリオンの白い手袋をいそいではめると小梅の立つ魔法陣に近づいた。たくさんの光の球がかなりの速度で動いている。どうやら微妙に大きさも色も違うようだ。
「どれでもいいの?」
「どれでもいいから早く!」
風が強すぎる。莉子は恐怖を感じるがそんな場合ではないとも同時に思う。
「莉子ちゃん、魔法陣には触らないで!」
「触れるほど近寄れないよ!リオンさん、ちょっと支えてて」
「はい」
後ろからリオンが腕をまわして莉子を抱きしめたまま小梅の立つ魔法陣のそばに近寄る。といっても畳二畳分よりひとまわりほど大きい魔法陣の中に立つ小梅、そのまわりは暴風もいいところで近いとは言い難いところまでしか近づけない。
城の備蓄倉庫であるこの地下室、バスケットコート二面以上の広さなのだ。二面分の中央に小梅、その外枠の位置に千花とステラ。莉子とリオンはどうにか千花たちよりも小梅に近い距離まで進んだ。そこをリオンの気合いで更に1mくらい詰めただろうか。最後に根性であと50cm近づくリオン。うん、ここでほんとうの限界。
魔法陣の中の光の球はもちろん無理だが、このあたりまで飛んでるいるものもそこそこある。動きが激しくよく見ると魔法陣から出たり入ったりと光の球はかなり自由気ままらしい。正直なところ本当に掴めるのかと莉子は思う。
何度か空振るかと思われたが莉子はあっさりと光の球を捕まえた。莉子が手を伸ばしたら瞬間、すでにその白手袋の中に光の球があったのである。おそるべし運補正。
「捕まえたらどうするのー?」
「小梅ちゃんの剣と同調させてー!」
莉子が叫んで聞いたら、千花が叫んで答えた。風の勢いがすごい。
「同調ってどうやるのー?」
「くっつけるー!」
そんなこと言われても、と莉子は思った。どう考えたって魔法陣の中に入らないと小梅の剣にさわれない。さすがの莉子も驚きの無理難題である。
「リコさん、もう投げつけるしかないと思います」
ここはリオンの提案に乗るしかない。莉子は捕まえた光の球をいったん自分のおなかの前に持っていく。
「リオンさんわたしの動きの邪魔しないでね」
「承知しました」
「小梅ー、勝負だぁぁぁー!」
くらえ!莉子トルネードォォー!!!
莉子はお兄ちゃんと近所の仲間たちとノリノリで特訓した野茂の投球フォームで光の球を投げつける。ちなみにこの野茂の真似が一番うまかったのが小梅でその次にうまかったのが莉子だ。莉子の兄は見ながらフォーム修正の指示を出すのはうまかったが自分でやる分にはそれほどうまくなかったのだ。
莉子が中学生の頃、通う中学校の学区と隣の中学校の学区を合わせた地域で町内対抗野球が猛烈に流行った。日経のあのランキングでこの地域限定で町内対抗野球が西の横綱になる程度には大ブームだった。下はリトルリーガーから上は点差が開き過ぎた試合の「代打、町内会長」まで、もうビックリマンチョコと同じくらいの大ブームである。
なぜかこの二つの学区から外には広がらず、それを嘆いた学区外の野球好きたちが俺も俺もと助っ人をやりたがり『助っ人は一試合二人まで』と新ルールが制定されたくらいである。
そんな中、隣の中学校の学区内にある皆川電気店の宏さん、本人は「ミーナって呼んでね」とか言っていたがみんなには「ヒロシのくせに」といわれていた皆川さんなのだが、彼は甲子園まであと一歩だった元高校球児であった。県庁所在地の飲み屋街にいけば必ずひとりは見つかるであろう「予選の決勝で負けちゃったんだ、あと一勝だったんだ」と過去の微妙な栄光を懐かしむ輩のひとりである。
彼は野球好きというか、野球を愛しすぎてなぜかモノマネに走った。超有名プレイヤーからマニア受けの地味なプレイヤーまで、どんだけレパートリーあるんだよ!っていうくらいには野球モノマネが上手だった。彼のチームの試合があると相手チームの応援もいつもより三割増しになるくらいにこの界隈では有名人だったのだ。それに触発され野球のモノマネブームもおこり、その際に習得したのが野茂と村田の真似なのである。
莉子たちはもちろん全盛期のプレーの記憶はなく、流出元が皆川さんのVHSなどで研究したのだ。誰かが流出VHSを編集し「初心者用ピッチャー編」というものを作り、それに入っていたのが野茂と村田なのである。なぜVHSなのかというと、このビデオは「ファイナライズの呪い」というものがかかっていてなぜかDVD化できなかったからだ。この点を問題視してもよかったのだが当時は「あ、そうなの?」とあっさりスルーされてしまったので呪いの真相は不明である。
だから莉子は別にマサカリ投法でもよかったのだが、今回はたまたまトルネードだった。
「落ちろー」
落ちていいのか?と莉子と小梅以外の全員が思いつつ見てるだけ。
そして小梅はワンチャンスにかけた。
「甘いわーーー」
暴風の中、小梅は無理やり左足を引き、構えた。出来る女は右打ちなのである。
小梅は莉子の思い描いたコースよりもやや上を振り抜いた。そして-
しゅるるるる。
風がおさまっていく。
「成功、ですか?」
「おそらく」
疲れ果てて座り込んでしまった千花の質問に男のプライドでなんとか立っているステラが答える。何に対してかはよくわからないが、心の中で「もうまじでやめたい」というフレーズがリピート状態のステラであった。
こうめはまけんをてにいれた!!!
魔剣が出ました。これでかなり勇者っぽくなりました。
勇者になるまでがメインの話なのでこのあたりでそろそろいいんじゃないでしょうか。
というわけで全50話(0話~49話)の予定でしたが次回で最終回にして全49話(0話~48話)にします。まだ一行も出来ていないので更新は来週以降になります。




