43 ゲンティアーノの工房にて
翌日、小梅とシースはポムの店に行く二人を宿から見送った。出来ればついていきたかったのだが今日は本部に打ち合わせに行く予定がある。
小梅が、つまり勇者がオストレイからジャイロに向かうまでの行程とかいろいろ。ドラゴンの籠に乗ればひとっ飛びなのだが(といってもドラゴンの籠でも普通に行けば二泊三日かかるくらいは遠いとのこと)そこらへんはいろいろな思惑が交錯したりして、一応「話し合いの結果」という事実が必要らしい。シースもシースでいろいろあった。永世中立国のハチヤの執事、という立場がやや面倒なのである。今回は国同士の争いではなく対魔物なのでそれほど面倒ではないが、ハチヤの立地とその特性(なんだか強い執事がわらわらいる)が「緊急時の避難場所」として検討されており、その件について少しばかり話を詰めるという役割があった。最終的な判断は領主であるコブシの父親がするわけだがその前のいわゆる事務レベル協議である。
国のトップだから国王なのでは?と思うかもしれないがハチヤの領主は初代から頑なに「領主」を名乗り続け、この世界ではもう誰も疑問に思わない程度にはハチヤは領主なのである。
小梅とシースの心中などさっぱり推し量れていないご陽気な若者二人は仲良くポムの店へと向かった。
その格好では目立ちすぎるのではという小梅の指摘にそれならばとポムの店からの帰り道で張り切ってオストレイの若い娘に人気の店で一通り揃えた莉子である。もちろんリオンのポケットマネーである。
「リオンさん、おかしくないですか」
「いつもの服装もリコさんらしくて素敵ですが、こちらの衣装も大変お似合いですよ」
「この長さでよかったかなあ?」
とスカートをつまみあげまじまじとそれを見下ろす莉子。
「じゃあ今日の帰りもあの店によって紺色の方も買っちゃいましょうか」
「え?!」
「そちらのスカートとさんざん迷ってましたよね。リコさんは紺色も似合うと思いますよ」
「そうかなあ、えへへへ」
とかいう聞いている方はぐったりしそうなミニコントを小梅とシースの前で繰り広げ(しかも宿の広い玄関ホールというパブリックスペースで)「はよ行けや、ヴォケ!」と何かが憑依したような小梅の台詞付きの蹴りでようやくでかけた二人なのである。しつこいようだが莉子とリオンは恋人同士ではない。
「シースさん…」
「切り替え!切り替えでござる、コウメ殿!今日の我らは本部に行く前にお茶専門店葉脈で本日のオススメではなく、メニューの一番上に金文字で書かれているあのお茶を飲む権利があるでござる!」
「シース殿」
二人は拳を握った右腕を同時に掲げ、顔の前で腕同士をぶつけ合った。メジャーリーグ放送で見たことあるようなあれである。小梅はアンチ巨人なので間違っても拳と拳を付き合わせたりはしない。
ともにマントを翻し颯爽と宿を出ていく二人を(もちろん出かけのさわやか笑顔付き会釈は忘れない二人)うっとりと眺める宿の受付係なのであった。
「どうしてここにいるかなあ…」
本部でのそこそこ長い打ち合わせのあと、立ち寄ったゲンティアーノの工房で莉子を発見し、朝のお茶専門店葉脈でのぜいたくな一杯の効果(正確にはティーポットで出てきたので二杯半である)がたったいま消失した小梅である。
「どうしてってここに通うってきのう言ったじゃん」
まさかの日参かよ!と思うが自分も同じ?と思って何も言わない小梅。
「これはまたずいぶんな人数ですね」
シースがゲンティアーノの工房の猫足テーブルを囲む面々を見てそう言った。
ゲンティアーノと莉子とリオンの他にポムともうひとり、目の部分だけを小さくくり抜いた茶色の紙袋を頭からすっぽりとかぶったひとが着席していた。いきなりこんな人物に遭遇したら悲鳴ものだが、さすがシース、ハチヤの執事のナンバー2は人が多いねーと普通に言っただけだった。
小梅の方はというと、ミスターだかミス紙袋はその姿形はいわゆる奇異に属するが、本体から発するオーラが地味過ぎて地味過ぎてモブキャラ過ぎてその他大勢という一番雑なカテゴリーに分類されてしまい相手にされなかった。物事の本質を見極める目とは時に残酷である。
紙袋の正体は金物職人の男性であった。というわけでミスター紙袋が正解である。
彼は予想通りの極度の恥ずかしがりやで基本引きこもって作業をしているらしい。腕は確かなので食うに困ってはいないが新規の取引先など頼むから帰ってくれ状態なので裕福なわけでもないらしい。
ポムとの関係はミスター紙袋の腕を気に入っているとある小金持ちが(彼はもともとミスター紙袋の師匠の顧客だったのでミスター紙袋も修業時代から知っており、彼の怖くないお客ランキングでは上位に入るのだ)彼は宝飾品店ではなく、金物職人にアクセサリーを発注したりする程度には個性的だった。その小金持ちがポムの店を紹介されあの集合アパートの二階の店に行った時、たまたま出来たてほやほやだった魔道具が…以下省略でミスター紙袋とポムは知り合いになったのである。
ポムの店に行った莉子がどういう経過か金物職人のところに行き、空気読まない道三段の腕前を披露してここまで強引に連れてきてしまったものと思われる。
ゲンティアーノの店に似合わないそこはかとなく漂っている串焼きの香り。ミスター紙袋のその紙袋に油染みがついていることから、おそらく莉子とリオンがポムの店に行く前に串焼きをお土産に購入し、それが入っていた袋をミスター紙袋に仮面代わりにかぶせたのだろう。平気平気と無理やり拉致したさまが浮かぶようだ。
「ガリガリ君型ナイフの大きさとか決めてゲンさんに報告しようと思ったのと、ポミーの作った魔道具をどういう風に収納するかも早めに相談しちゃおうと思ってね。行ったり来たりするより全員集合しちゃった方が話早いでしょ」
そう説明した莉子の言葉はもっともかもしれないがミスター紙袋が小刻みに震えているように見えるのは寒いからではなく、別の意味での身体の危機なのではないだろうか。小梅はちょっと心配になりつつもいざというときはあの紙袋がそのまま使えるんじゃとか思ってしまい、いかんいかんと自分をいさめた。
ミスター紙袋は日本にいたならば保険が効く治療が出来る程度には心が繊細すぎるようだ。
「とりあえずそちらの職人さんの安全を確保した方がいいんじゃないかな?おねえさん、別室とかあります?」
邪魔にならぬよう大きな姿見を磨いていたうさみみおねえさんに声をかける。
「ええ、あるわよ」
手にしていた乾いたクロスをカフェエプロンみたいなポケットがたくさんついている作業着にしまい、消毒の作用があると思われるスプレーを両手にかけるうさみみおねえさん。
「こちらへどうぞ。内鍵もついてますから安心してくださいね」
うさみみおねえさんはミスター紙袋を待たずにさっさと店の奥へと歩いていってしまう。近くにいたシースが遠慮がちにミスター紙袋の肩をやさしく叩くとミスター紙袋は大げさにびっくりしたあとあわてて立ち上がりうさみみおねえさんの後を追った。
「いまさらだけどポミーって誰?」
「ポムにポムポムポミーってあだ名つけたんだけどちょっと長いから略してポミー」
小梅と莉子のやりとりをゲンティアーノがおもしろそうな表情で眺めている。当のポムはどうでもいいのか、先ほどうさみみおねえさんが出してくれた星型にんじんの飾りが載ったふわふわケーキをフォークで丁寧に切っているところだった。
「ポムでいいじゃん」
「女の子だったらポミィなんだけどポムは男の子だからポミーなの」
「今ポムって言っただろ!」
「最近小梅細かくない?」
「それを言うなら莉子ってこんなんだった?」
「なんかねえ、一度死んだせいか性格が雑になったような気がするんだよねえ…」
「ところでコウメはどうしたのよぉ。何か用事があるんでしょう?」
ゲンティアーノにのんびりした口調でたずねられ、ああそうだったと体を莉子からゲンティアーノへと向ける。
「そうでした。やっぱりブーツのヒールは極力低くしてもらいたいんですが」
「慣れそうもないんならしょうがないっかぁ。少しヒールがあった方が見た目はいいんだけどねぇ」
そう言いながら奥へ行ったゲンティアーノはすぐにファイルを片手に戻ってきた。
「どれくらいがいいのぉ?いっそぺったんこにしちゃう?」
「これくらいなら許容範囲だと思うんですけど」
小梅はそう言いながら右手の親指と人差し指を広げてみせる。3~4cmといったところか。
「これは微妙に超えちゃってるみたいで、いざという時に感覚というか何かが微妙にずれそうでこわい」
今度は自分の右足少しばかり持ち上げ自分とゲンティアーノにブーツのヒール部分が見えるようにした。6.5cmのヒールはアウト判定だった。今までまったくといっていいほどヒールのある靴をはいてこなかった小梅である。
「ヒールもあればあったでぇ、いざというとき武器になるんだけどねぇ」
「そのヒールなら武器になるでしょうけど、あたしはピンヒールはちょっと。攻撃する前に自分の足首を痛めちゃいます。最悪骨が折れそうです」
「運動神経いいからそれはないと思うけどぉ。まあ、いいわ。ヒールをいじるとなるとマントもちょっと直さないとね。他は?ささいなことでも気になったら言ってねぇ、ちょっとくらいならいいや、とかそういうストレスがあるものなんて作りたくないの」
「今まで剣なんてぶら下げてたことないからこれが慣れないんですけど、こればっかりはしょうがないですよね?」
自分の腰の左側あたりにある剣の柄を左手でなんとなくいじる小梅。
「そうねえ、さすがにそれは慣れてもらうしかないと思うんだけどぉ、うーん」
「しかも片方だけっていうのが、いっそ同じもの両方にぶら下げた方がバランス取れると思うんですけど」
左側と同様に右側のエア剣をいじる小梅。
「ええ?!そうくるわけ?それは、うーん、重さと邪魔さのどっち?っていう究極の選択?いやいや、え?本気で両方?」
ゲンティアーノの語尾が無駄に伸びなくなった。この世界では二刀流のようなものは一般的ではないらしい。
「盾、じゃないのよね?」
「盾を持ち歩く体力はちょっと」
「籠手とも違うのよね?たまに防御のみじゃなくて攻撃にもかなり使える籠手をしてる冒険者とかいるわよ」
「籠手って籠手ですよね、腰にぶら下げませんよね?」
「ええ、普通は腕に装備してるわね」
「うーん、やっぱり慣れるしかないのかなあ」
小梅はエア剣をいじっていた右手を数回振ってからてのひらをじっと眺めた。
それから両腕を交差させたり交差させずにそのまま腰にもっていったりを二回ほど繰り返した後、両手で左の腰にある剣の柄を握った。
「やっぱり二本の場合、時代劇みたいに大小をまとめてさしておいて抜くのがやりやすいような…。むずかしいよねえ」
最後のむずかしいよねえ、は完全に独り言である。前半部分は莉子なら意味がわかるだろうが、まったく返事を期待していないので結局全部独り言である。
両腕を交差させて剣を抜くと剣同士がぶつかっていやな音を立てそうだし、父親の光太郎がみていた座頭市ではなんだか近いほうで抜いていたような気がするのだが、一緒に見ていたわけではなくリビングを通った時にたまたまテレビに映っていたのを見た程度である。今、思いだそうとしてもあのおっさんの武器がなんだったのかすら思い出せない。そもそも刀じゃなかったような気がする。杖だっけ?三味線だっけ?
「一本でいいと思いますよ」
それまで黙って聞いていたシースが口を開いた。
「今までまったく帯剣していなかったのですから一本でも体は負担に感じるはずです。それが二本となると疲労もたまりやすいでしょう。どうしてもとおっしゃるならいざというときのためのナイフ、あるいは小型の剣程度にとどめておいた方がよろしいかと」
「んー、確かにそうかも。いまはいいけどさんざん振り回したあとじゃそれなりに重く感じるよね、うん、うん、二本はやめておきます」
「では、小梅の問題が解決したので、第一回魔道具使い莉子の魔道具会議をはじめまーす、みなさん着席してくださーい」
「じゃあ、ゲンティアーノさん、また何か気になることがあったらお知らせにきます」
「小梅何帰る気になってんの?もう用事すんだんでしょ、座って座って」
「え」
小梅は露骨にいやな顔してみせたのだがさすがに二十年ほど一緒にいる莉子はそんな顔されても痛くもかゆくもないらしい。
最近コンビを組んだリオンがそそくさと動いてあっというまにどこかからもってきた椅子を猫足テーブルの前に置いたりしている。
「あきらめてコウメもこの渦にのみこまれなさいよぅ」
ゲンティアーノが素早く両腕をのばして小梅だけでなくシースもがっちり捕獲した。ゲンティアーノも電波系といえば電波系かもしれないが、莉子とは星雲が違うので基本的な思考や文化が異なるようだ。
今日のゲンティアーノは深緑のベルベットのマーメイドラインのドレス。だから腰回りがぴっちりしているのはやめてくれ。ひろがっている裾部分をそっくりその逞しい腰回り部分と交換してはくれないか。揃いのネックレスとピアスは緑の石をくすんだアンティーク風のゴールドが囲っている菱形のもの。ゴールドの部分はかわい大人っぽい感じに花がデザインされており、こちらは多くの女の子が「いいなぁ…」と思うけれど「でもどこにつけていくんだろう?」というようなデザインだ。
「ほらほら座って座ってぇ♪」
はずんだ声とは裏腹に小梅とシースを掴んだそのごついてのひらからは「絶対逃げるんじゃねえぞてめえら」という熱い思いが伝わってくる。
その後の第一回魔道具使い莉子の魔道具会議では主に莉子とポムが、というよりこの二人だけが熱く語り合い、盛り上がっていたという。
小梅が一度だけ発した言葉は「それでいいの?」である。
魔道具の性能を考えた通りにするにはポムの魔力だけでは足りないと思われる。そのことについての対処法案が「足りない分は千花かステラからもらえばいいじゃん」であった。この意見に「それでいいのか?ポムに魔道具屋としての矜持はないのか?」と思ったのは小梅だけではなかったが、実際に口にしたのは小梅だけだった。
ちなみにミスター紙袋は小梅とシースが帰るときまで姿を現さなかった。大丈夫なのか、ミスター紙袋。紙袋はまだそのままなのかい、ミスター紙袋。彼がここに来た意味はあったのか?!




