42 魔道具屋ポムの店
オストレイに魔道具屋はそれなりにある。そんななかでアニージョが選んだのはポムの店だった。
この魔道具屋はポムというちょっと変わった男がひとりでやっている知る人ぞ知るというか、わかりやすくいうと趣味の店である。
ポムは人間だが先祖にエルフがいたらしく、いわゆる先祖がえりで魔法が使える人間のひとりである。彼は魔法学校に行ったが卒業後の進路を強制されるようなことはなかった。魔力の高いものはたいてい国が管理する魔法使い組合のようなところに入るのである。
魔力はあるがあまり多くないひとはまるっきり一般人の生活をすることもあるが、たいていはそのちょびっとの魔力をいかしてひととはちょびっとだけ違う仕事をし、ひとよりちょびっとだけ多い給料をもらうのが一般的だった。肉屋で持ちかえる商品にやんわり氷の魔法をかけるとか陶芸の窯でちろちろ薪を燃やすとか。
ポムは人間なのになんと四属性も使える魔法使いだったのだけれど、その力はびっくりするほど気まぐれだった。魔力がつかえると思ったら三ヵ月も小さな炎さえ灯せなかったり。本人にはどうすることも出来ない。出力に関してのみ制御不能なのだ。使える時期にはちゃんと自分の思うような(魔力相当の)魔法が使える。
たまたま魔法学校に入学したときのクラス担任が趣味で魔法史をやっていたために過去同じようなひとが存在していたことがわかり、実験材料になることもいじめにあうこともなかった。魔力が使えるときにその威力があまり強くなかったことも幸いしたのかもしれない。授業をともに受けるクラスメートは四属性もあってもこれだけ使い勝手が悪ければ同情の気持ちは持っても妬む気持ちにはなれなかった。
ポムと同じようなひとは百五十年ほど前に実在したらしい。百五十年前のひとは死ぬまで使える魔力はランダムだったそうだ。当時の研究者が調べたところ、同じような症状のひとが今まで百年にひとりかふたりはいたということが判明した。それまでそういうひとはほとんどが地方にひっそりと存在したため中央には伝わらなかったのだ。こんなに使い勝手の悪い魔法を本人が吹聴してまわるはずもなく、けれどあまりに珍しい存在なので住んでいた村には細々と語り継がれる。おとぎ話のように語り継がれていたために研究者ははるか昔のその存在を知ることが出来たのだ。百五十年前のひとがたまたま王都在住ではなかったらポムはもっと大変な思いをしていただろう。
ポム的に幸か不幸かわからないが、過去のひとびとは誰一人自分の魔力を制御することは出来なくて死ぬまできまぐれな魔力持ちだったという。
そしてポムは魔法学校を卒業すると国を出てオストレイに来て魔道具屋を開いた。彼の育ったジャイロもそんなに悪い国ではなかったが、自分のような魔法使いにはより自由な街であるオストレイの方が合っているような気がしたのだ。魔法学校も特に異議はないようで住むところを紹介してくれたし、店舗も魔法学校の先生のつてで借りることが出来た。入学時の担任は何か変わったことがあったら教えてくれと切手とレターセットをくれた。奇跡の四属性同時開放を期待しているらしい。彼は魔法史といっても正史というよりは脇道にちょっとそれた雑学みたいな魔法史が趣味なのだ。
魔力のあるときだけ魔道具を作ってそれを売る。ポムはちょっと変わっていたので魔道具を作れる時期にどこにでもあるような魔道具は作らなかった。そんなに多くもない魔力で作る魔道具だけれど、ポムの作る魔道具はちょっとひねりがきいていたり他には絶対売ってなさそうなものばかりだったから、なんだかんだで珍しいもの好きのひととかがよろこんで買ってくれるのだ。
ポムの店の客はひとつくらい変わった魔道具を持っていてもいいよねというお土産感覚のひとと、完全に趣味に走っている変わり者の固定客が半々くらいだった。どちらの客も最初はどこかからの紹介である。
ポムはきまぐれ魔力持ちのある意味使えない魔法使いだけれど、性格もちょっとひねくれているけれど、悪い奴ではなかった。心根は善でありそれは疑いようがなかったので魔法学校関係のひとやひょんなことで知り合いになった武器屋や魔道具屋から、ときどき仕事や依頼人を紹介されたりしていた。
二ヶ月ほど前にぴたりと魔力が止まり、ポムはさてシンキングタイムだと狭い店においた座り心地のよい王様椅子にもたれて次はどんな魔道具作ろうかな~と考える毎日だった。のんきなものである。ポムが四属性もありながらひとにほとんど妬まれなかったのは四属性のうち何かが使えなくなるというのではなく、基本的に何もない状態でたまに何かが、四つのうちの一つがぽっと使えるようになるという四属性持ちだったからだ。
そんなポムの店に客がやってきた。
女の子二人に人間の男にドラゴンの男。女の子は二人とも人間でどちらも若い。しかもひとりは帯剣している。
「いらっしゃいませ?」
ポムの店に飛び込みの客はまずこない。わかりにくい場所にある古い集合アパートのしかも二階なのだ。誰かの紹介だろう。
「こんにちは!アニージョさんに紹介されてきました莉子と申します。魔道具を作っていただきたくてお邪魔しました」
一番おまけっぽい女の子が得意げに封筒を差し出した。手にしているのは今まで何度か受け取ったことがあるルルル工房の封筒である。へんてこりんなマークが入っているのですぐわかる。
魔物との戦いのあと、平和が再び訪れたこの世界のこどもたちのあいだで集めた小石を(小さい子は適当だがある程度の年齢になると14個集めるらしい)「キューシュキューハイ」と叫びながら投げつけると同時にくるりと振り返り「リューキョク」と渋く呟いてどこかへ走り去る、という遊びが一大ブームになるのであるが(一部の地域では「ススケテル♪ススケテル♪」と合いの手が入ることもある)、この不思議な遊びの元をたどれば莉子とポムである。
キューシュの遊びはどちらかといえば男の子の間で流行るのだが、それに対し女の子の間では猪のぬいぐるみの腹を裂くと鹿、その鹿の腹を裂くと蝶が出てくるというぬいぐるみが爆発的にヒットした。裂くといってもぽっちを引っ張ると猪や鹿の腹がジジジと閉じたり開いたりするのである。ぬいぐるみのキモかわいさもヒットの理由だがジジジと音を立てて開閉するときのなんともいえない感触もヒットの理由であった。
このジジジは大変な便利ツールであったのだが、作るのが非常に難しいらしくオストレイのルルル工房でしか作ることができなかった。だがルルル工房がなぜか優先的にぬいぐるみ工場にばかりジジジを納品したので利便性の割りに世間に知られるようになるには(漢字ドリル風にいうと人口に膾炙するのには)しばらく時間がかかった。
このジジジというかキモかわいいぬいぐるみも元をたどれば莉子とポムである。
四角い物体を何個か入れた茶碗をひっくりかえし「ユアマソーソー」と呪文を唱える、という遊びは残念ながら流行らなかった。
少しばかり話がそれたが、ポムの店で莉子とポムはある意味運命的な出会いをしたのである。
「なんとなく話は読めましたというかわかりましたというべきか。アニージョさんから聞いてます?うちは納品時期が未定になる魔道具屋なんですけど」
読み終えた紹介状をきれいにたたんで封筒に戻すと机の引き出しにしまう。ポムの店は基本暇なのできちんと整理整頓が行き届いているのだ。
「未定というのは二週間が一ヶ月になったり三ヶ月になったりすることが多いというものでしょうか?」
「いいえ、本当に未定なんです。ぼくの魔力が安定していないので」
シースの質問にポムはそう答えた。いちいち自分の魔力の説明をするのが面倒なので初対面のひとにはたいていこれで済ませている。
「ああ、そうなんですか」
なぜかよろこばしい、という表情になる男性客にポムは自分の推理が外れていないようだと認識した。
認識はしたのだが、あまり世相に敏感ではないポムにもわかる。このやばそうなお嬢さんではない方の女の子は、いまオストレイで人気上昇中の勇者さまではないだろうか?
人気があるからといって勇者さまの姿を真似たりするような文化はオストレイにはなかったので、帯剣しているのはほぼ間違いなく勇者さまである。
その勇者さまと一緒にいる、この見たこともない衣装、勇者さまは三人で召喚されたことはとっくの昔に新聞に出ていた。ということは―
「え?」
ポムのちょっとした間抜け面に勇者さまとさきほど質問をした男性が「そうなんです」という表情で首を縦に振る。ドラゴンの男は同じ「そうなんです」でもどこかうれしそうだ。ポムの野生の勘が素早く不思議衣装のお嬢さんとこのドラゴンは要注意とささやく。
「えーと、とりあえず話だけでもお伺いしましょうか」
ひととおり話を聞いたポムは「毒の塗られたナイフというのはほぼ不可能ですね」と言い切った。
なぜならこの世界では毒物は基本出回っていなかったのである。それならアニージョ教えてやれよ、とも思うのだが、…厄介払い?いやいや天下の勇者さまを、まさか。
アニージョの考えはポムの店で長い納品待ちをして、その間に誰かこのお嬢さんにいろいろと常識的なことを教えてあげなさいよ、というものだった。
この世界でも戦国時代はそれなりに毒というものは出回っていたし使われていた。しかし戦国時代の終わりとともに毒の、特に猛毒についての製造方法などは秘匿された。
その後も少しずついろいろな毒の製法は意図的に消されていき、現在は国の枠を超えて作られている薬学研究所にのみ製造方法などが伝わっているという。この機関は一国の利害のために利用してはならないという厳格なルールがあり、研究員はスパイ活動をした際には問答無用でその生涯を終えさせられてしまう不思議な装身具を入所とともにつけられるという決まりがある。残念ながら過去に大変悲惨な死に方をした研究員が数名おり、彼らの出身国は大変肩身の狭い思いをしたのである。
野原に生えている薬草などを取ってきて薬を作るのは認められているが、麻酔薬など使い方によって重篤な状態になることが予想されるものはすべて研究所で作られ各医療機関に納品されている。
暇な店の店主とのんびり情報交換という名の雑談を続けたことにより、莉子の猛毒ガリガリ君型ナイフはデビューの機会を失った。が、ただのガリガリ君型ナイフとしてはこの世に誕生することになった。
ポムがリオンがいつも一緒なら別に絶命させなくてもかまわないんじゃないかと言ったからだ。ただ莉子の考えた技はおもしろいので武器屋ではなく装飾を得意とする金物屋に頼む方が見た目実用値段三つも揃って超お得とアドバイスした。
そこで終わればよかったのだが、すこしだけ飾ってあったポムの魔道具の説明を聞いた莉子が興味を示し、ちょっと電波な発言をしたらポムがその電波をキャッチしてしまったのである。電波が時空の壁を超える瞬間を見たくもないのに見てしまったひとがいたのはプチ情報である。だいじょうぶ、小梅とシースの毛髪はまだ健康です。
気付けば莉子のアイディアをポムが魔道具として作る、なんてことが決定事項になっており今日はもう遅いのでまた明日~♪とかいうある意味残念な約束をかわして一行は古いアパートをお暇したのであった。




