37 そして愛は世界を渡る
今回はなんちゃって童話風にしてみました。
うららかなハチヤ島の朝。
今日の朝食は数日前から砦の中庭の(大きな砦なので中庭がいくつもあったりするのです)ひとつに張られた天幕のしたで優雅な外ごはんです。
夜の冷気がまだ残るこの肌寒さがとろんとした頭をしゃっきりさせつつ、夏に近づいている今は凍えるほどでもありません。触るとべちゃっとして鬱陶しいだけかもしれない朝露も眺めるだけならいい感じです。
大陸は魔物の脅威が…いいんです、兵士のつかの間の休息です。
ハチヤ島の兵士、じゃなかった執事は基本島から出ませんが、こまかいことは気にしないでください。
今朝のお茶は、お、新しい執事さんですね。見た目も若いしおそらく見習い執事から見習いが取れた新人執事さんなのでしょう。いいですね、初々しいですね。
どぉーーーん。
なんでしょう、腹の底すぎておしりに響く重低音。
砦に緊張が走ります。第一種警戒態勢が取られました。
どうやら塔の上の方のようです。あそこは莉子たち三人が召喚された場所では?
気付いた執事も多いようです。執事長をはじめ優秀な執事たちが塔に向かって走ります。新人の執事さんは行きませんよ。足手まといになると状況が余計に悪くなりますからね、後方支援の形です。
「コブシちゃん!」
まさかのコブシちゃんです。どうみても非戦闘員ですがそこは領主の娘、肝が据わっておられます。セバスチャンの後を小走りでついていきます。セバスチャンが止める様子もないので了解済みなのでしょう。確かにあそこには魔法陣もありましたしね、巫女として行くのかもしれません。
「待って!わたしも行く!」
千花が素早く立ち上がり後を追います。もちろんステラも同行です。
「待って待って」
莉子は慌てて手にしていたパンだけでなく皿の上のパンも掴んで立ち上がります。今朝のパンは莉子の大好きなくるみレーズンパンなのです。
ようやく着いた塔の最上階、あの重そうな木の扉が吹き飛んで木端ミジンコ状態です。
まわりを手で制し最初に破れた扉から中をのぞきこもうとしたのはセバスチャンでしたが、それを莉子が止めました。
「こういうときはセオリーというのがありまして」
ごそごそと斜めがけしたポシェットをあさり、ちなみにこれは召喚の時に持っていたものではなくこちらに来てから自作したものです。莉子は散歩ばかりしているわけではないのですよ。莉子は中から手鏡を取り出すとそっと破れた扉の下の方に。鏡に映して中をのぞくようです。いつから探偵になったのでしょうか。うまくいかないようで何度か角度を調整します。
「あ、アクア」
莉子のつぶやきに何かを返すひとはいません。
「千花ちゃん、アクアが来てるよ」
莉子はそう言いながら立ち上がると躊躇なく部屋の中へと入ろうとしたところでリオンにひょいと持ち上げられました。
「危ないですよ、リコさん」
「千花ちゃん、アクア。くまのアクアが来てる」
子どものように脇に手を入れて持ち上げられた体勢のまま莉子が部屋を指さします。
「アクア?」
「うん。イチゴとウーフのおともだちのアクア」
「ええっ?!」
ステラが張った結界越しにのぞきこんだ室内には水色のくまがいました。魔法陣の真ん中に立っています。二本の足ですくっとね。っていうか危ないから魔法陣消しときなさいよ。そのままってどういうこと。
「来たクマ!」
色褪せた水色の毛並みにこれまた色褪せた丸首のシャツ。その上になぜかふわふわのファー付きの真新しいポンチョを着た推定約15cmのくまが右手を上げながら確かにそう言いました。
砦の大広間、中央の小さなテーブルの上に水色のくま。テーブルを囲むようにソファが置かれ、座っているのはコブシ、莉子、千花、ステラ。その後ろに立っているのはセバスチャンをはじめ執事の方々、厨房組も話を聞きつけてやってきたようです。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけど、とりあえずどうやって来たのかとあとなんでしゃべれるの?」
「その前にこれ外してほしいクマ。暑いし重いクマ」
「はいはい」
くまの注文に千花がいそいそと風呂敷包みとポンチョを外しました。くまはポンチョの上に唐草模様の風呂敷を行商人のように結びつけられていました。その指のないまんまるな手では結び目をほどくのは難しいのでしょう。
「この風呂敷、おかあさん?」
「そうクマ。知紗ママがわざわざ日暮里に小さな唐草柄の布を探しに行ったクマ。このマントは小型犬用のとか言ってたクマ」
ちいさなくまに合うように風呂敷の唐草模様はかなり小さいのです。
「ところでアクアさまのお飲み物は?」
タイミングを見計らってセバスチャンが声をかけました。どうみてもぬいぐるみですがぺらぺらしゃべるし千花とも仲が良いようなのでお客人扱いすることに決めたようです。
「さまとかいらないクマよ。飲み物は気持ちだけいただくクマ。あ、千花、俺の名前変えてほしいクマ」
「なんで?アクアはアクアでしょう?」
「俺は使い魔として来たクマ。使い魔がアクアとか爽やかすぎるクマ。ここはひとつカッコよく決めたいので俺は今日からアクマと名乗るクマ!もちろんただのアクマじゃなくてアクアとクマをかけたりして二重の意…」
「却下。で、アクアはどうやってこっちに来れたの?」
くまの話の途中で千花がばっさり斬りました。
まわりの人々は得意げだったくまが一瞬で黄昏くまになるところをしっかりと目撃しました。なんとなく偉そうなくまですが順位は千花の方が上らしくそれに逆らう気はないようです。
「いつも来ている神主さんがいるクマ、あのひととみんなで強引に祈り倒したクマ」
いつも来ている神主さんとは鈴木さんのことでしょうか。千花の家は神道なのでよその家ではお盆にお坊さんが来るところ、千花の家はお正月に神主さんが家に来て祝詞をあげてくれるのです。
アクアによると知紗子がこういうときのために神様が八百万いるに違いないと言い出し、鈴木さんも「頭の固い神職など神職ではございません」とノリノリでアクアを送るイベントに参加したそうです。
どのようなイベントかというと千花の思い入れの強いであろうアクアが千花のところに辿り着けるよう日本にいる八百万の神様にお願いするというもので、特に魔法陣などはなく、日本酒、つまりお神酒と榊とその他お供え物にプラスで三家族合同で気合いのお祈り、だったそうです。
耕平が涙目になりながら割り当てられた呪文「エロイムエッサイム」を繰り返しているのを見てアクアは笑いをこらえるのに必死だったクマと肩をすくめたポーズをとりながら話してくれました。
「しゃべることが出来るのはどうして?」
「知らないクマ。今まで心の中で思ってたことが勝手に音になってるみたいクマ。動けるのもまさか動けるとは思わなかったクマ」
「理由はわからないんだ」
「そうクマ~。そうそう、風呂敷の中身を見てほしいクマ」
「どれどれ」
千花が風呂敷の中を確認すると見たこともないものが。オレンジ色でプラスチックとコードはわかりますが何使うものかわかりません。
「アクア、何これ?」
「見たまんまクマ。充電器クマ」
「充電器?」
「その先のコネクタを携帯に差し込んでそのハンドルをぐるぐるまわすと発電して充電するクマ」
「へぇー。莉子ちゃん、これで気にせず電話できるようになったよ」
ちゃりらりらーん。
りこはじゅうでんきをげっとした!
まさかのくま騒動からだいぶ時間が経ち既に夜です。夕食も終え莉子と千花はリラックス中。リオンが当たり前のようにそばにいますが千花はもう気にしないことにしました。やつは黒子です。いてもいないものとして文楽はすすむのです。
アクアは男の話があるとか言ってセバスチャンとどこかに行きました。
「アクアに会ったの超ひさしぶり。アクアって男の子だったんだねえ。水色だからそうかなあとは思ってたんだけど、イチゴは女の子だよね。ウーフってどっちなのかな?」
莉子の言葉に千花はどうなんだろうと考え込みます。
アクアというのは水色を表すアクアブルーから取りました。まだ小学校1年生だった千花は青がブルーというのは知っていたのですが水色を英語でなんというか知りませんでした。おとうさんに聞いたらいくつか色の名前を教えてくれたのですがその中でアクアという響きがとてもきれいな気がして気に入ったのでアクアにしたのです。
それなのにあのこったらアクマに改名するとか言いだして、もう!と千花は思い出してちょっとプンプンしました。
莉子は千花の名付けを聞いてわたしも英語にする!といったのですが予定していたイチゴが英語だとストロベリーと聞いて「なんだかストローみたい」とあまりかわいくないと思って英語はやめて日本語にしました。
小梅は特に考えもなく当時自分の本棚にあった児童書からそのまんま名前を拝借したようです。
「千花ちゃんのくまだから絶対『ぼく』か『わたし』だと思ったのにまさかの『俺』だったねー」
「うん。わたしもちょっとびっくりした。おとうさんもおにいちゃんも『俺』とか使わないのにどこで覚えたのかな?」
「デパートに並んでるときから既に『俺』だったのかもよ」
「イチゴとウーフがどんな性格なのか気になるね。イチゴとウーフもそのうち送られてくるのかな?」
「あのひとたちのことだから味をしめてなんでもかんでも送ってくるんじゃないかなあ。神様もいい迷惑だよね」
二人は知らなかったのです。
アクアをこちらに送るという奇跡は神様じゃなくて三人の家族の愛の力だということを。
神様はほんのちょっと力をかしただけなんですよ。




