26 なつかしい声
千花はソファに腰掛けぼーっと空を眺めていた。
なかなかうまく魔力が扱えないので魔法が出ない。今日初めて魔法陣についてステラから教わったが説明だけでほぼ終わってしまった。
そもそも簡単な魔法なら魔法陣を描くまでもないわけで、魔法陣をもちいるのは規模が大きかったり複雑だったりする魔法だ。ささいな間違いがとんでもない事故を起こす可能性があるのでステラは丁寧に魔法陣の理屈や意味などを千花に教えている。
一般人程度の魔力ならば魔法陣が失敗していれば魔法は発動することなく終わるのだが、千花ほどの魔力持ちになると失敗したまま何かが発動してしまうおそれがあるらしい。
考えてみれば想像力を試されるものよりもこちらの方が自分に合っているかもしれない。小学生の頃、写生は上手だったと思うが、物語を聞いて自分で想像して絵を描く、という課題のときの自分の絵は自分で見ても「なんだかなこれは」な出来だった。
その絵を見た莉子の「千花ちゃんってセンスがあるんだかないんだかわかんないね」という無邪気な一言は今でも忘れられない。
勉強は不得意ではないが魔法とかいう今までまったくやったこともないものを頭に入れるのはそれなりに疲れた。執事が淹れてくれた疲れ目に効果があるとかいうハーブティーをありがたくいただく。
「千花ちゃーん!」
部屋のノックと千花を呼ぶ声とドアが開くのは同時だった。
返事を待たずにドアを開けるなんて何かあったのかなと千花はソファから腰を浮かした。
「電話!電話つながった!」
「電話?」
「うん、お兄ちゃんにつながった!」
「ええっ?!」
どういうことなのか。莉子はこのような嘘をつく子でないのは百も承知である。
「ええっと、ええっと」
聞きたいことはたくさんあるはずなのに何から口にしていいのかさっぱりわからない。口に出すも何も頭の中はなかなかの混乱ぶりだ。
「とりあえず座ってね」
莉子に手を握られたまま仲良く二人掛けのソファに腰をおろす。
「なんかね、アンテナが立っちゃったの。それで試しにかけたら、つながっちゃったの」
「う、うん」
「でね、……わたしたち、三人とも死んだって」
「そう…」
覚悟はしていたしそれしかありえないと思ってはいたが、それでもやはりあの世界に帰れない、家族に二度と会えないという事実は重かった。
「小梅ちゃんにも知らせた方がいいよね」
「うん」
「今もつながるの?」
「わかんないけど、試してみようか。リオンさんが部屋に入ってもいい?」
「え?うん」
莉子はいったん部屋を出ていくとしばらくしてひとりで戻ってきた。
「リオンさんもう出かけてた」
「つながったのはどうして?つながる場所があるのかな?」
「よくわかんないんだけど、ナントカベリーを食べにいったところでリオンさんとくっついてると圏外じゃなくなったの。それでかけたらつながったの」
「場所じゃなくてリオンさんがアンテナみたいな役割なのかな?」
「うーん、よくわかんない。さっきお兄ちゃんと話した時に携帯の電池のことを考えて話したいこととかまとめて三人一緒にかけてきた方がいいんじゃないかって。出来たら明日の同じ時間に向こうも人を集めておくっていってたからリオンさんが大陸まで小梅迎えに行くって言ってたんだけど、もう出かけちゃってた」
「明日もつながるかな?」
結局その日リオンが小梅を連れて帰ることはなかった。
日暮れ前に魔法の通信具のようなもので連絡があった。小梅を見つけるのに若干時間がかかってしまい暗くなってから海を飛ぶのは危ないので安全第一で明日夜が明けてからこちらに帰ると。
普段ならドラゴンが夜に飛行するのは特に問題はないらしいが、今は一年に数回ある新月と海が荒れるのが重なる時期らしい。海が荒れるということはイコール風が強いわけだが、多少の暴風だけならまだしも時に竜巻なども起こるということでこの時期の夜間は誰も海には出ないらしい。
夜が明けても海が荒れていては危ないのではという千花の問いにセバスチャンが荒れるのは夜だけだと教えてくれた。
莉子と千花は電話がつながったら何を話すかを夜通し相談し、窓の外が白みはじめてからようやく眠りについた。
莉子との電話を終了した涼夜は腕を組んでこれからのことを考えた。
そもそもこちらの時間と向こうの時間は同じなのだろうか。一日が24時間なのか。時間の速さというか流れが違うかもしれない。明日の同じ時間が同じ時間である確率はどれくらいなのかさっぱりわからない。
いまさら考えても仕方ないとその件については考えることをやめる。
次は明日のことだ。莉子にひとを集めると言ったが、この話をしてみんなが信用してくれるか、だ。
自分の両親にはありのままを話しても信じる信じないは別として一緒にいてくれるだろう。
問題は小梅と千花の両親だ。小梅の両親はそれなりに面識があるが千花の方はちらりと母親を知っているくらいだ。千花の父親は相当仕事が忙しいと莉子に聞いたことがある。外資系の会社で役付きか何からしい。夏休みや冬休みは長いがそれ以外は早朝に家を出て夜遅くに帰ってくるらしい。外資は残業がないかと思ったらそんなに世の中は甘くないということだ。
千花の母親は自分の母親と同じ専業主婦だからどうにかなるとして、ほかの三人は仕事がある。小梅の家は町工場で従業員もいるから少しまかせて工場を空けても問題ないとして、千花の父親だ。
千花の父親だけ自分の娘としゃべる機会がなかった、なんて後から聞いたら。ただし、明日莉子たちと話せるという保証はない。その保証がないのが悩ましいところだ。
結局涼夜は馬鹿正直に話をすることに決めた。
家の固定電話の横にある手書きの電話帳から千花の実家の番号を探し電話をかける。
しばらくして出た千花の母親に先ほどの出来事と明日の予定を話し、家にきてくれるようお願いした。千花の母親は戸惑った様子ながらも「わかったわ」と答えた。千花の父親についてはもう千花の母親にまかせる。
それから涼夜は小梅の実家の町工場へと向かった。
町工場の一角にある仕切られた簡易事務室のような場所で15分ほど待っていると作業に一区切りついた小梅の父親がやってきた。それに合わせてスチール机でファイルをいくつか広げて仕事をしていた母親もいったん手を止めて応接スペースにくる。
涼夜は電話で千花の母親に話したことをもう一度繰り返した。
「涼ちゃん、それはまたすげえ話だな」
「信じられないかもしれませんが明日うちに来て欲しいんです」
「んー、信じられないっちゃあ信じられないが、涼ちゃんだからなあ。なあ」
なあ、と小梅の父親は自分の妻を見る。そこで小梅の母親は苦笑いを浮かべた。
「そうねえ、涼ちゃんなら莉子ちゃんかわいさに呪いをかけて天国にいくはずの莉子ちゃんの魂をこっちにひっぱってきちゃいそうだものね」
自分の両親には夕食の席で話した。二人はあっさり信じて明日が楽しみだと笑った。どうやら二人も家の中の異変に気付いていたらしいが口には出さなかっただけのようだ。
いまどきの家にありがちなリビングの一角が和室スペースになっている六畳ほどのその和室スペースに大人が七人。
七人で座るにはちょっと無理があるこたつテーブルの上には壊れてしまった莉子の携帯と涼夜の携帯が並んで置かれている。
小梅の両親は指定した時間の三十分前に待ちきれないとやってきて、千花の両親は五分前に到着した。千花の父親も仕事を休んだようだ。千花の父親はいいですか?とICレコーダーを取り出した。涼夜はもちろんと頷き、小梅の父親は「それ後でダビングしてもらえないだろうか」と頼み、父理一も「わたしもお願いします!」と右手を挙げた。
そろそろかしら、と小梅の母親がつぶやき終わったところで涼夜の携帯が鳴る。全員が身を乗り出して液晶をのぞけばそこには『莉子』と表示されていた。千花の父親が黙ってICレコーダーのスイッチを入れる。
「もしもし」
「もしもーし、お兄ちゃん?」
「ああ」
「莉子?!」
「あ、お母さん!莉子だよー」
莉子の母親は両手で口をおさえると大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
「あれ?お父さんは?」
「ああ、いる、いるぞ」
父親が母親の肩を抱きながら泣き笑いで答える。
「涼ちーん、小梅だよー。うちのおとーさんとおかーさんはー?」
小梅、千花と続けて両親と会話をしてから千花が今までの経緯をわかりやすく説明した。
「おとーさーん、充電器使わずに携帯充電する機械の作り方知らない?」
「その機械の名前を充電器っていうんだよ、相変わらずアホだなお前は」
「千花ちゃんがひらひらのお洋服着てるなんて♪ママも見たいわ~」
「ママ…」
「ところで莉子、そのリオンさんっていうひととはどういう関係なんだ?!」
「莉子さんはわたしが責任をもって…」
「「黙れ!」」(涼・莉)
三組の親子がほぼ同時にしゃべるという荒業を一緒についてきたステラとセバスチャンが少し離れたところで見守っている。
「みなさん仲が良い家族だったようですね」
「だからみなさん心根がまっすぐなのでしょう」
「ところでこの異世界と音声だけでもつながってしまっているという状況は大丈夫なんでしょうか?」
「三人が召喚されたときに一瞬でもここじゃない世界とつながったんでしょうから、まあ、大丈夫じゃないですか」
「ステラさまも結構いい加減ですね。何も起こらないといいんですが」
「まあ何が起こってもいまさらどうしようもないですけどね」
「アハハ」
「アハハ」
誰ひとり異世界とつながることの弊害を考えていなかったが、特に問題は起きないまま二回目の電話は終了した。




