第十話「雫」
夜。
雨が降っていた。
あの日と同じ——嫌な雨。
「……来ると思ってた」
九条 澪が、静かに言う。
その目は、すでに戦う者のもの。
「やっぱり分かる?」
闇の中から現れる影。
“狩人”。
ナイフを指で遊ばせながら、笑っている。
「懐かしいね」
一歩、近づく。
「雫」
その名前。
空気が凍る。
「……その名前で呼ぶな」
低い声。
「今は“澪”」
「どっちでもいいよ」
狩人は肩をすくめる。
「君は君だ」
首を傾ける。
「大事なもの、ちゃんと撃てる子」
「黙れ」
銃を構える。
迷いは——ない。
「今日は」
一歩踏み出す。
「お前を殺す」
「いいねぇ」
狩人の目が細くなる。
「やっと本気だ」
次の瞬間——
消える。
——ガキンッ!!
銃とナイフがぶつかる。
火花。
「相変わらず速いね」
「……お前もな」
澪が距離を取る。
即座に撃つ。
パンッ!パンッ!
だが——
「甘い」
全弾、回避。
壁に弾痕が刻まれる。
「どうしたの?」
狩人が笑う。
「昔はもっと良かった」
一歩、踏み込む。
「躊躇いながら撃つ、あの感じ」
耳元で囁く。
「最高だったのに」
「……ッ!!」
澪が振り向きざまに撃つ。
至近距離。
——パンッ!!
だが、ナイフで弾かれる。
「ほらね」
狩人が笑う。
「今は迷いがない」
一瞬の沈黙。
「つまらない」
その言葉。
澪の動きが止まる。
ほんの一瞬。
「——ッ!」
その隙。
斬撃。
肩が裂ける。
血が飛ぶ。
「……まだだ」
澪は倒れない。
銃を握り直す。
「そんなもんじゃない」
目が鋭くなる。
「私は——」
一歩踏み込む。
「もう迷わない」
連射。
動きながら撃つ。
弾道が変わる。
読ませない。
「へぇ」
狩人が少しだけ驚く。
「成長したね」
だが——
まだ届かない。
「でもさ」
狩人が距離を詰める。
「それ、誰のため?」
ナイフが迫る。
「自分?」
弾く。
「それとも——」
蹴り。
澪がよろめく。
「死んだあの子?」
「……関係ない」
澪が立ち直る。
「全部、私が決める」
呼吸を整える。
雨音が強くなる。
そのとき。
記憶がよぎる。
笑っていた少女。
手を引かれた日。
「一緒にいる」
あの言葉。
「……違う」
澪が呟く。
狩人が首を傾げる。
「ん?」
「私は」
銃を構える。
真っ直ぐに。
「置いていかれた側だ」
目が揺れない。
「だから——」
一歩踏み込む。
「終わらせる」
狩人が笑う。
「いい顔だ」
ナイフを構える。
「じゃあ——来いよ」
同時に動く。
銃とナイフ。
生と死。
すれ違う。
——パンッ
一発。
静かな音。
狩人の動きが止まる。
胸に、弾痕。
「……っは」
血が流れる。
「やるじゃん……」
膝をつく。
澪は動かない。
銃を下ろさない。
「……終わりだ」
静かな声。
狩人は笑う。
最後まで。
「ねぇ、雫」
顔を上げる。
「それでも君は——」
言いかけて。
血を吐く。
「……人間でいられるかな」
その言葉を残して——
倒れた。
動かない。
雨が、強くなる。
音だけが残る。
しばらくして。
「……終わったのか」
榊 悠斗が現れる。
澪の背中を見る。
「……ああ」
短く答える。
振り向かない。
「……撃てたな」
悠斗が言う。
澪は少しだけ黙る。
「……うん」
小さく答える。
だが——
その手は、わずかに震えていた。
悠斗は何も言わない。
ただ、隣に立つ。
雨の中。
二人は黙って立っていた。
その頃——
どこかの暗室。
モニターに映る戦闘記録。
「……狩人、ロストか」
低い声。
「想定内だが」
別の影が笑う。
「次を出せばいい」
画面が切り替わる。
新たなデータ。
「“上位種”投入準備完了」




