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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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28.黙って寄り添うと決めた

 







 眠っていたら、ふいに足音が聞こえてきた。ガイルさん? 窓の外は明るい。なら、先輩じゃないのは確か。寝ぼけ眼でドアを見つめると、ゆっくり開いた。隙間からさっきの、アイスを食べていたおじさんが顔を出す。


「おっ、寝てなかったのか! じゃあ、好都合」

「ど、どうされたんですか……?」

「ああ、いい、無理に起き上がらなくても。ワンちゃんはいないな? よし!」

「ワンちゃん?」

「ガイルのことだ。あいつ、俺が余計なことすると思い込んでるんだよ! 失礼じゃないか? まったく」


 ぶつぶつ文句を言いながら、ベッドの脇に置いてあった椅子を引いて、腰かける。何の用事があって来たんだろ……。寝起きで頭が回らない、ぼんやりする。


 ベッドに寝そべったまま見上げれば、にっこりと無邪気に笑う。殺人鬼が子どもを誘い出すため、わざと明るく笑いかけてるような感じだった。翳りがないのに、そこはかとなく不気味な笑顔。


「息子の女友達なんだって? 驚いたよ。あいつには信者か、ストーカーしかいないと思い込んでた」

「あー、好みのタイプじゃないので」

「嘘だろ!? 世界一の美男子だぞ!? 嘘だろっ!?」

「そこまで驚くようなことですか? んん、水をください……。喉が乾いて、上手く話せなくて」

「仕方ない。何が不満なのか、洗いざらい吐いて貰うぞ!」


 眉間にシワを寄せながらも、コップに水を注いでくれた。起き上がって受け取り、一気に飲み干す。熱がまた出てきちゃったかな? 考えないようにして、眠ってたのに……。起きているのがつらくて、ベッドへ寝そべる。有難いことに、文句は言われなかった。


「で? うちのアーノルドたんに一体、何の不満があるんだ!?」

「不満じゃなくて……。すみません、具合が悪いので寝かせてください」

「あんな目に遭ったんだから、まー、具合が悪くなって当然か。怖くないか? あのババア。見るからに話が通じなさそうなクソババア!」

「私の記憶を覗いたんですね? 全部?」

「ざっと過去も見ちゃった。すごいだろ~? あの数秒でここまで記憶を探れる魔術師は早々いないぞ! 天才の俺だから、出来たことなんだ」


 ああ、話が通じそうにない……。具合が悪いから、寝かせて欲しいのに。記憶を覗いたこと、謝るつもりはないんだ。この人にとって、見ず知らずの他人の記憶を覗くことは、もしかしたら、悪いことじゃないのかもしれない。灰色の瞳を輝かせ、褒めて欲しそうな雰囲気を醸し出していた。うぐっ、つらい。ガイルさん、早く帰ってきて。


「愛人の子ってだけで、そこまで悩む必要は無い! お前の父ちゃんと母ちゃんが全部悪いんだ」

「……」

「おっ、そうだそうだ、忘れてた。息子の友達だから、特別大サービスをしようと思って来たんだ」

「サービス?」

「おう。背中、重たそうなバッグで滅多打ちにされてただろう? アザになってるぞ、絶対。大丈夫、俺に任せてくれ! こう見えて治癒魔術は得意なんだ」

「い、いいです、いいです! 治して貰ったので……」

「本当かぁ? どれどれ」

「うわっ!?」


 かぶっていたタオルケットを剥がして、いきなり、背中に手を突っ込んできた。まさか、脱がせて確かめる気じゃ……。私に寝返りを打たせ、今度はパジャマの襟首を掴み、思いっきり引っ張った。首が絞まる。


「うえっ、苦しい!」

「あ、悪い悪い。ごめんねー。さすがに見えないか。パジャマめくるぞ」

「えっ!?」

「うわ、こりゃ酷いアザだ! どんだけ強い力で殴ったら、ここまで……」


 おじさんが絶句する。また熱が上がってきた。やめてくださいと言って、逃げたいけど、上手く体が動かせない。なぜか、おじさんがぽんぽんと頭を叩いてきた。


「可哀相になぁ! 熱を持ってるから、これ、治したら絶対楽になるぞ! ボカスカ殴られまくったせいで熱が下がらないんだ。特別に治してやるからな~」

「あの、背中、見られたくないんですけど……」

「大丈夫、大丈夫! 酷い怪我は見慣れてるから。俺がすっきり治してやろう」


 どうしてこの人から、あの繊細なアーノルド様が生まれたの? あ、お母様が繊細とか? デリカシーが微塵もない……。肌を見られるのが嫌だって、分からないのかな。話が通じないというよりも、常識が無いタイプ。諦めて身を任せた。


 幸いなことに、背中をべたべた触られたりはしなかった。でも、首の後ろや肩を触られた。骨が折れていないか、確かめるためにと言って。私が痛がるたび、驚いて「ちょっと押しただけだぞ!」って言うのが嫌だった。謝ってよ……。耐えていると、生ぬるい光が背中や肩、首の後ろを包み、嫌な熱を消し去ってくれた。仕上げに、私の背中を乱暴に叩く。


「これでよし! 次からは警察に通報した方がいいぞ。通報しただけで、逆上して殴ってきそうだ。現行犯逮捕してもらえ」

「……でも、お母さんが」

「脅しに決まってるだろ、バカ野郎! 本当に憎けりゃ、お嬢ちゃんが何をしても殺してるって。安全圏から吼えてるだけのクソババアだ。潔く、自分の手を汚した方がかっこいいのになぁ」

「かっこいいって……」

「俺はそうしたぞ。まどろっこしいことはせず、邪魔者は全員消すべきだ。優しい方なのかもしれん。お嬢ちゃん見てたら、昔のことを思い出したよ」


 最初、冗談を言っているのかと思った。でも、ガイルさんが「嘘を吐けない呪いにかけられている」と言っていたのを思い出して、背筋が冷える。本当に消したの? いや、殺した……? おじさんが椅子から立ち上がり、私にタオルケットをかける。


「俺の腹違いの弟も、お嬢ちゃんみたいな可愛げがあったら良かったのになぁ。日陰者なんていう意識はまるで無かった。少しはあいつを見習った方がいい」

「おじさんも、苦労したんですね……」

「ハーヴェイと呼んでくれ。おじさんでもいいんだけどね!? 別にいいんだけどね!?」

「うっ、すみません、耳に響くからやめてください」

「おー、悪い悪い。出て行くよ。じゃ、おやすみ」


 やっと出て行ってくれた。ドアがうるさい音を立てて閉まる。先輩が恋しい、会いたい。最近、優しくされすぎたせいで、心が弱ってるなぁ。前はここまでひ弱じゃなかったのに。息を深く吸い込んでから、まぶたを閉じる。怪我が治ったおかげで、ぐっすり眠れそうだった。


 昨日、散々働いたからか、まだ疲れが取れないや……。ぐうすか眠って、子トラちゃん達とたわむれる夢を見ていたら、人の話し声が聞こえてきた。あ、先輩かも。部屋の中が明るい。目を開けてみると、すぐに顔を覗き込んできた。銀色の瞳が嬉しそうに細められる。


「あ、起きたか、フィオナ。どうだ? 具合は」

「先輩! 会いたかった……」

「えっ?」


 怪我してるんだし(もう治ったけど)、これぐらい許されるよね!? 許されなくてもいいや。起き上がってベッドの上に立ち、思いっきり先輩に抱きつく。困惑してたけど、すぐ抱きしめてくれた。ついでと言わんばかりに、大きな手で私の頭を撫でる。


「どうした? 嫌な夢でも見たのか」

「嫌な夢というか……すみません。顔を見て、ほっとしたから」

「熱が下がって良かった。心配したぞ」

「すっ、すみません! 本当にすみません!」


 声が暗かった。顔を見ようと思って離れたら、もう一度抱きしめられた。ふぉわぁわ~、寝ぼけていたから出来たことなんだよ! だんだん目が覚めてきて、恥ずかしくなってきた。もう、私ってば……。先輩に長く、ぎゅーっと抱きしめられ、心臓が止まりかけた。心臓が限界を迎える寸前、エディ君が騒ぎ出す。


「俺達、部屋から出て行った方がいいよね!? ごめん、二人きりにしてあげた方が良かったね! 行こう、レイラちゃん」

「えっ!? 私だってフィオナさんと少しは、」

「俺だけでよくない? 喋るのは俺とだけでよくない!? 病人だし、風邪がうつったら困るし、二人きりになろうよ。ねっねっ」

「うるさい!! 気を利かせなくてもいい」

「本音は?」

「……」

「ほらぁ~、やっぱり! 俺達は邪魔だから出て行こうね~、レイラちゃんっ」

「あ、ちょっと待って、少しぐらい顔を」


 エディ君が物言いたげなレイラちゃんの背中をぐいぐい押して、部屋から出て行った。先輩が溜め息を吐いて、私から離れ、さっきまでハーヴェイさんが座ってた椅子に腰かける。何だったの、あれ。でも、助かった。気まずい思いでベッドのふちに腰かける。あのまま強く抱きしめられていたら、心臓が止まってたよ……。うぉあう、勘違いしそうになる。


「私はヒヨコ、私はヒヨコ!!」

「どうした!? 突然。熱はもう下がってるよな?」

「は、はい。えっと、先輩のアルバム、持って来てくれましたか!?」

「……ああ、持って来たぞ」

「良かったー! ありがとうございます。わざわざ持って来てくれたんですね、ここまで」

「違う」

「へっ!?」


 まさか、忘れたとか? 先輩がぎゅっと眉根を寄せる。お、怒ってらっしゃる。怒りが滲む真剣な表情を浮かべ、私の肩を掴んできた。珍しく指に力が入ってる。


「あのババアにやられたんだろ? 一体、どういう関係なんだ?」

「あ……」

「踏み込まれたくないのは分かってる。でも、我慢の限界だ。時間を巻き戻したい」

「どうして」

「フィオナがこんな目に遭うって分かってたら、力尽くで追い払ってた。いや、もう、分かっていたんだから、あの時、無理やりフィオナを連れて帰るべきだった!」


 自分に対して怒っているような声だった。私の肩を掴んだまま、俯き、怒りで体を震わせる。先輩が責任を感じる必要はないのに。申し訳なくて、涙が滲み出てきた。そっか。人に心配をかけるってこういうことなんだ。


 私を大事に思ってくれてる人が責任を感じて、自分のことを責めたりする。短い銀色の毛に覆われたトラ耳を触らないよう、注意を払いつつ、先輩の頭を撫でる。


「ごめんなさい。私、あの時、先輩に助けてって言えたら良かった」

「フィオナ」

「事情を、今は説明できません。すみません……。でも、次は」


 私が逃げたらお母さんはどうなる? ハーヴェイさんはああ言ってたけど、でも、お母さんが傷付くのは嫌だな。今まで通り、私が我慢すればいいだけの話じゃん。次、奥様に会ったら言ってみようかなぁ。


 先輩と歩いてる時は話しかけないでくださいって。人にバレるのは嫌だろうし、警察に通報されちゃうから、目立つところに傷を残さないようにって……。先輩の手がゆっくりと、私の肩から離れる。伝えたい言葉を死ぬほど呑み込んだような表情を浮かべ、深く、眉間にシワを刻んだ。


「分かった、何も聞かない。これでいいか?」

「ご、ごめんなさい! 言えない事情があって……」

「よっぽどの事情なんだろうな。それとも、アーノルドには話せるのか」

「なんで!? いや、アーノルド様には話してませんよ。キレられそうだし。あっ」

「……分かった。帰ろう。熱は完全に下がったよな?」

「はい。ほら、先輩の手のひらの方が熱いでしょ?」


 優しくおでこを包み込まれたのが嬉しくて、離れようとする先輩の手を掴む。あー、ほっとするなぁ。ガイルさん、優しくしてくれたけど人外者だし、エディ君のことを気にかけていたし、なかなかリラックスできなかった。


 先輩が苦笑して、顔を近付けてきた。息が止まる。うわ、以前、先輩の姿形を真似たそっくりさんにキスされたの、思い出しちゃった……。最悪。なんでこのタイミングで思い出したんだろう。人間らしい銀色の瞳が、突然、鮮やかにトラの瞳へ変わる。獲物の首筋に噛みつく直前の、獰猛な眼差し。銀色に光っていた。


「なんで他の男の匂いがするんだ?」

「えっ!? 匂い?」

「嗅いだことがない男の匂いがぷんぷんする。全身から」

「あ、ガイルさん、かも……」

「違う。誰と、一体、何をしていたんだ?」


 こわっ!! 極限まで怒りを抑えているのが伝わってくる。私が浮気したような言い方! 付き合ってないし、浮気なんて絶対しないけど。それにしてもガイルさんじゃない匂いって、もしかしたら。


「分かった! アーノルド様のお父さんですよ!」

「は? あれの?」

「そうです。突然、お見舞いにやってきて……ええっと」

「何をされたんだ!?」

「落ち着いてください!! その、親切心からなんですよ! 怪我を治してやると言われて、パジャマを脱がされかけて、だから」

「……探しに行ってくる」

「待ってください! 殴りに行くつもりでしょ!? 座って、座ってください!」


 あちゃ~、尻尾の毛が逆立ってる。必死で怒り心頭の先輩を引き止め、椅子へ座らせる。でも、今にも駆け出しそうな雰囲気でドアの方を見つめていた。あ、おやつを我慢させられてる猫ちゃんっぽくて可愛い~。だめだ、癒されてる場合じゃない! 目を離した隙に、ハーヴェイさんを血が出るまで殴りそう。


「あのですね、気にしてないから落ち着いて……」

「でも、嫌だったろ」

「うっ! い、いや、背中を見られただけなんですよ。だから」

「背中も怪我していたのか」

「……」


 黙りこくる私を見て、静かに溜め息を吐いた。音もなく、椅子から立ち上がる。さっきまであった、ひりつくような怒りが霧散していた。


「分かった。エディに文句を言ってくる」

「は、はい。殴っちゃだめですよ! 蹴るのも禁止です!」

「あいつ、元軍人だったよな?」

「先輩!」

「分かってるって。穏便に済ませてくるから」


 本当かなぁ、信じられない。一度も振り返らず、尻尾を揺らしながら出て行った。何も起きなきゃいいけど。心配して貰えたのが嬉しくてつい、枕を抱え、ごろんごろんとベッドの上で高速回転する。怒られなくて良かった、ほっとした。あっさり引き下がってくれたし……。


(多分、奥様はしばらく来ない。いつもそうだったから)


 来るのは年に一回か二回なんだよね。去年は何も無かったから、油断していた。あれかな~、私が魔術師として働いてるのが嫌なのかなぁ。うたた寝していると、レイラちゃんが部屋にやってきた。緩やかな黒髪をおろして、ゆったりした紺色のTシャツとズボンを着ている。


「どうですか? 調子は」

「ぜんぜん大丈夫だよ! ありがとう~。私の着替え、持って来てくれたんだね」

「はい。洗濯しておきました」

「何から何まで本当にありがとうっ……!!」


 ベッドの上にいた私へ着替えを渡すなり、レイラちゃんが深々と頭を下げた。ぎょっとして、肌が粟立つ。めちゃくちゃお礼を言おうと思ってたのに、なんで。


「私の父が失礼なことをしてしまい、」

「あー、待って待って! 聞いたんだね!? 大丈夫、大したことないから!」

「母に話して、きっちりお説教して貰います。それと、アーノルド様が怒っていたので、」

「え、いるの? いるならお礼言いたいなぁ」

「だめですよ! アディントンさんに怒られますよ」

「なんで!?」

「……とにかく、アーノルド様が責任を持って、ぶん殴るのでご安心を」

「レイラちゃん、顔が怖いよ!」


 今まで見たことが無いぐらい、剣呑な表情を浮かべていた。どっちにしろ殴られるんだ、あのアイスおじさん。先輩を頑張って止めたのに……。もう一度、頭を下げて謝ってくれた。申し訳無さそうに縮こまるレイラちゃんを慰めたあと、洗濯して貰ったシャツワンピースに着替え、屋敷から出る。


 レイラちゃんは広くて古いだけの家って言ってたけど、石造りのお城にしか見えなかった。針葉樹の森に囲まれた、貴族が住んでいる古城。日が沈みかけているからか、ちょっぴり不気味な雰囲気だった。


「おい! フィオナ、行くぞ」

「あっ、はい。見る機会はもう無いだろうから、つい、まじまじと見ちゃって……」

「変態親父がいる城だ。あまり見ない方がいい」

「先輩、まだ怒っているんですか?」

「そりゃあな。許せねぇよ!」


 不満げな顔をしながらも、車のドアを開けてくれた。お礼を言ってから、助手席へ乗り込む。はあ、疲れた~。色々ありすぎて、まだ頭が混乱してる。そうだ、魔術手帳買いに行かないと。レイラちゃんにお菓子でも買って、渡して、ついでに先輩の家に飾る絵を見に行こう。考えることがいっぱい。運転席に座った先輩が、私の鼻先にお菓子をぶら下げた。


「わっ!? びっくりした」

「疲れただろ? 食え」

「……ありがとうございます」


 大きなチョコチップクッキーだった。リボンはついてない。ひとしきり笑ってから、包装を破いて取り出す。何だろう、疲れてるからかなぁ。そこまで笑えるようなことじゃなかったのに、笑っちゃった。先輩が車を発進させ、赤い夕焼けに染まった林道をひたすら走る。チョコチップクッキーのチョコチップ部分だけほろ苦くて、美味しかった。噛みしめるたび、涙があふれ出てくる。


「まずかったか? クッキー」

「いえ……」

「悪いな。急いでたから、適当に買ってきた。今度、フィオナが気に入りそうな甘いもんを買ってくる」

「ふぁい」


 何も聞かず、他愛もない話をしてくれた。子トラちゃん達が新しいおもちゃをその日の内に破壊してしまったこと、明日の気温、部長が孫娘に言われてようやくお酒の量を減らし始めた話など、淡々とした声で語ってくれた。


 その間、ずっと涙が止まらなかった。お礼を言いたいのに、上手く言えない。涙だけ出てくる。先輩は何も言わず、車が信号で止まるたび、ティッシュをくれた。それが何よりも嬉しくて、ありがたかった。









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