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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
二章 先輩と距離を縮めたくないのに、どうしたって縮まっていくんですけど!
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8.スリルと危険に満ちた、夜のパトロール?

 




 どかっと蹴られて、男が吹っ飛んだ。壁に激突して、動かなくなる。えっ、大丈夫? 死んでない!? これ! 暗いからよく見えないんだけど……。おそるおそる壁の方を見てみたら、さっき殴り飛ばされた男が三、四人ほど磔にされていた。どういう魔術を使ってるんだろう、あれ。


 男達が低くうめきながら、口や鼻からぼたぼたと血を流している。大丈夫かなー、入院コースかな? あ、治癒魔術で治せばいっか。状況に頭が追いついてない。呆然と突っ立っていれば、蹴り飛ばされたてほやほやの男が、不機嫌そうに「くっそ!」と言い出した。壁に背中を押し付けて、寝そべっている。


「美人局かよ、これ……!! ふざけんな!」

「ちょっと違うな。お前らが夜、一人で歩いている女を襲うのが悪いんだ。いわば自己防衛だ。立派な正当防衛だ」


 それまで荒れ狂っていた先輩が、奪い取った香味タバコをくわえ、ライターで火をつける。一瞬だけ暗闇の中に、端正な顔立ちが浮かんだ。かっ、かっこいいーっ!! 目の前にごろごろ男が転がっていても、何も気にならないぐらい、先輩がかっこいい! 両手を組んで、うっとり見つめていれば、まだ先輩のことを睨みつけてくる男を見下ろし、ふーっと細く煙を吐いた。


 ふわぁーっ!! マスカットの良い香りがする! あ、あとで、煙を顏に吹きかけて貰おうかな……。オプション、オプション、いくらでやってくれるんだろ!? もうそのことしか考えられない、先輩が美しすぎて現実に集中出来ない!! はあはあと息を荒げて、食い入るように見つめていたら、先輩が私を無視して、男に近付いていった。目の前でヤンキー座りをして、もう一度タバコをくわえる。


「お前ら、バカだろ。いくら上にカーディガンを羽織ってるとはいえ、防止課の制服を着て歩いてるんだぞ? なぁ、もうちょい脳みそを使って生きろよ。反撃されるに決まってんだろうが」

「……反撃してきたのはお前だろうが!」

「よーしよし、元気そうで何より。治癒魔術を使わなくても良さそうだな」

「……」

「次、あいつに手を出したら骨へし折る。以上」


 簡潔に言ってから、立ち上がった。ふぉうふぉうふおおぉ!! 私が大興奮して、全力でバチバチ拍手していたら、ちょっと戸惑った顔になった。うわーんっ、先輩のそういうところも好き! 私がおかしな行動をしたら、戸惑った顔になっちゃう。永遠にそのままで欲しいなぁ、ふへへへへ。


「……フィオナ? 大丈夫か。怪我は無いか?」

「はいっ、ありません! 無事です!」

「なら良かった。行こう」

「ちょっと待ってください。誰かが通りかかったら、警察に通報するやつですよね? 確実に」

「別にいいだろ。チンピラ同士の喧嘩で済むって」

「いやいやいや……!! 先輩、そこはちゃんとしましょう!? ほら、治しますよ。先輩も手伝ってください」

「……」

「すっごく不満そう!」


 大体、この人達は私に何もしてない。ま、まあ、家に連れ込まれそうになったけど。先輩がいなかったら、確実に拉致されてたんだけど……。でも、腕を強く掴まれただけで済んだんだし。私が掴まれた腕を押さえていると、先輩が急に近寄ってきた。


「やっぱり怪我してたか。見せてみろ」

「う、でも、怪我というほどの怪我じゃ……。ただ強く掴まれただけです」

「やっぱり、あいつらがフィオナに声をかけた時点で殴り飛ばすべきだったな」

「それ、ただの暴行なんですけど……?」

「絶対絶対、余計なことをするだろうから。先回りして殴っておくべきだ」

「血気盛んな思考ですね!? 本当に!」


 先輩が強く掴まれた部分を、かなり優しく押さえながら、しれっと真顔で言う。じわじわと押さえられた部分が温かくなってきた。内出血してそうな痛みが続いてたんだけど、その痛みが引いてゆく。


「事実だって。俺は何も間違ったことは言ってない。現に、フィオナは襲われてただろ? あのまま磔にしている方が、この辺の治安が良くなるんだけどなぁ」

「磔にされてる人がいる時点で、その地域の治安って最悪ですよね……? 悪化するだけですよね!?」

「リンチされちまえばいい、こんなやつら。治す価値なんてない」

「仕事ですから、これも!」


 魔術犯罪防止課は一応、夜のパトロールも行っている。なんで一応かって言うと、職員による気まぐれだから。気まぐれパトロール。そんなにゆるゆるでいいのかなって思ったんだけど、いいみたい。治安が悪い地域から、見回ってくれって要求されたら見回って、あとは気まぐれでパトロールする。前科持ちにそこまでうろついて欲しくないっていう、気持ちがあるからだろうなって先輩が言ってた。


「うーん……いいんですかね!? チンピラとはいえども、こんなに怪我させちゃって!」

「別にいいだろ。服にチェーンがついてるってことは、殴り飛ばされる覚悟が出来てるって意味だから」

「先輩ってたまに、平然と適当なことを言いますね……? 雑!」

「……」


 先輩がものすごく不機嫌そうな顏でしゃがみ込み、路地裏に転がってる男達の怪我を治していた。怖かったけど、すごかったなぁ。さっきの先輩。絡んできた男達全員、蹴って、殴り飛ばして、たまに足元を凍らせながら、打ちのめしていた。もう何が何だかぜんぜん分からなかった。動きが速すぎて、勝手に倒れていってるように見えた。思い返しながらも、とりあえずしゃがみ込み、壁にもたれている男に話しかけてみる。


「えーっと、大丈夫ですか? 怪我治しますよ。骨、折れてるでしょう?」

「……あんた、あの獣と付き合ってんの?」

「獣って! 先輩は普段優しいから! ただちょっと私が絡むと、正気を失って相手をボコボコに殴り飛ばしちゃうだけだから!」

「十分獣じゃねぇか。くっそ~……脇腹痛ぇな! 獣人連れだって分かってたら、声かけなかったんだけど」

「一人で歩いてる女性に声かけちゃだめだから。分かってる? 強引に連れて帰るのも犯罪だよ!?」

「うるせー、さっさと治せ。ぐっ!?」

「先輩!?」


 すこーんと、頭の側面にライターが当たった。見てみると、先輩が暗闇の中でこっちを睨みつけていた。砂漠の月のような銀色の瞳が細められ、猫のようにらんらんと光っている。トラなんだけど……。ゆっくりと立ち上がり、息を呑み込んでいる私達に近付いてきた。


「……なぁ。そんなに元気があるのなら、治して貰わなくても別にいいだろ? 今すぐ謝れ、フィオナに」

「すみませんでした」


 早っ!! でも、分かる。怖いから。極限まで怒りを押さえた声に、静かな表情、暗闇の中で光っている銀色の瞳。怒りを向けられていない私でさえ、首の後ろに冷や汗を掻くほど怖い。なんでだろ~、今すぐ殴られるって感じがひしひしとする! まあ、先輩が本当は優しい人だって知ってるし、動揺したら、耳がぺたんって倒れることも知ってるから、すぐに怖くなくなるんだけどね? ふふふ、先輩は動揺してる時が一番見応えある。


「でも、よく理解出来てないだろ? 俺がお前の骨を変な方向に治してやるよ。フィオナ、代わってくれ」

「まっ、まあまあ、先輩……。落ち着いてくださいよ。それって犯罪ですし、け、怪我、治してまた、パトロールの続きをしましょうよ!」

「だな。次、似たようなことを言ったら即殴り飛ばす。吐くまで蹴り飛ばす」

「はい、すみませんでした……」


 くるりと背中を向けて、立ち去っていった。先輩の殺気に当てられたからか、生意気なことを言っていた男は、顔色を悪くして黙り込んでいる。薄々気が付いてたんだけど、この夜間パトロール、私にとっては美味しい部分しかない……!! 先輩に守って貰いながら、仕事するのって最高! 普段は見れない一面が見れるし。


 ぐふぐふと不気味に笑いながらも、怪我を治して、先輩と一緒に路地裏を出る。すぐにむわっとした、お酒の匂いと油の匂いに包まれた。飲食店が立ち並ぶ通りには、酔っ払いとガラの悪そうな男達、イチャつくカップルどもがあふれ返っている。う。うわぁ~……。何となく不安になっちゃって、先輩に体を寄せながら歩く。夜とは思えないほど、騒がしくて眩しい。不安になる賑やかさだった。


「やっぱり、このカーディガン脱いで、深紅色の制服を堂々と見せつけながら歩いた方がいいんですかね!? 先輩臭がするカーディガンを脱ぎたくないんですけど!」

「……俺が臭いって言われてるみたいで嫌だ。もうちょっと、他になんか言い方は無いのか?」

「んっ、ん~。私からすれば、先輩の匂いって良い匂いで、どんな花、いいえ、どんな高級な香水よりもかぐわしく、深みがあってトリップ出来る、」

「もういいから、そういうの」

「先輩が冷たい!! えーっと、あとはどこをパトロールする予定なんですか?」

「公園と廃ビル」

「廃ビル」

「数日前から、夜な夜な悲鳴が聞こえるって噂で」

「ぜ、絶対、私達の管轄じゃないですよ……。警察の管轄ですよ!」


 嫌だ、そんな怖い廃ビルになんて行きたくない。猛獣系の獣人だからか、それとも赤い制服を着ているからか、酔っ払っている人でも私達を避けてゆく。先輩が平然とした顏で、雑踏の中を歩きながら口にした。


「大丈夫だ、死体とかは無いから。警察がすでに確認済み。でも、悲鳴や妙な物音がどこからともなく聞こえてくるから、調べて欲しいそうだ」

「は、はい……。怖いですね、幽霊とかじゃなきゃいいんですけど」

「俺としては幽霊の方がありがたいけどな。どうも話を聞く限り、魔生物っぽくて」

「魔生物。でも、この辺、緑とか川とか無いんですけどねえ」

「基本的には関係無い。稀にだが、都会に住みついて悪さをする連中もいるから」

「ん~、じゃあ、魔生物だったらどうするんですか? 魔生物は一応、人外者対応課の管轄ですよね?」


 夜に廃ビルなんて行きたくないよ~……。でも、ぐだぐだ言っても仕方ないから我慢、我慢。先輩に呆れられたくないし。先輩が「んー」と言って、面倒臭そうに首を傾げる。先輩はいつも肩や首の辺りが凝っている時に、こうやって首を回して、手で揉んだりするんだよね!! 耳が不機嫌そうに、ぴこぴこと動いていた。


「それはそうなんだが、あの課は手いっぱいだからなぁ。常に。人手不足だし。知ってるか? 雑用課よりも人手が少ないんだよ、あの課は」

「大変ですね~……。じゃ、じゃあ、行くしかありませんね!」

「なるほど。怖いんだな? でも、廃ビルとは言っても所有者が放置してるだけだし、事故物件じゃないぞ?」

「うわっ、うわああん、そうじゃなくても怖いんですよー! 先輩は平気そうで羨ましいです」

「いざとなったら変身して、噛みつく。それで終わりだ」

「ゆっ、幽霊相手には……?」

「吠える」

「吠えてどうにかなりますかね!? 相手、実体が無いんですけど!」


 先輩が肩を揺らして笑った。ネオンに照らされ、浮かび上がったまろやかな肌と野性的な顔立ち。シャッターチャンスなんだけど、撮れない。くっ、もう撮らないようにしようって決めて、カメラを家に置いてくるんじゃなかった……!! 悔しくて歯噛みしていれば、先輩が心配そうな顔をして覗き込んでくる。


「どうした? 大丈夫か? もしそんなに怖いのなら、駅で待ってるか?」

「え、駅で?」

「ん。この辺り、治安が悪いからな~。ビルの外で待たせておくのも心配だし。かといって、店に行くわけにはいかないし」

「だっ、大丈夫です! ただ、今のはその、ちょっと、先輩のセクシー写真が撮れないのがつらくて!」

「心配して損した」

「す、すみませんでした!! でも、先輩と一緒なら怖くないような気がします」

「……まあ、何があっても俺が守ってやるから」

「はい! 怖くなったら腹筋を触らせてくださいね。それか、お尻と太ももでもいいです。最悪、二の腕で我慢します」

「……」


 冗談だったのに、先輩が微妙な顏で黙り込んだ。慌てて腕にしがみつき、「冗談ですからね!? でも、セクハラ発言してしまってすみませんでした!」って言ってみたんだけど、表情は冴えないままだった。先輩って、どこが地雷なのかよく分からない。


 大したこと言ってないのに、落ち込んじゃう時があるし……。今だってそう。冷静に考えたら、お尻嗅ぎたい発言の方がだめだと思うんだけど!? あ、二の腕で我慢するって言ったから? 二の腕じゃなくて、腹筋触れよって言いたいのかな!?


(……なわけないか。先輩と喋るの、時々難しくなるなぁ)


 ごちゃごちゃ考えても仕方がないから、考えないようにしようっと。制服の上から羽織った、グレージュ色のカーディガンから、ふわりと先輩の香りが漂ってくる。まるで、常に後ろから抱き締められてるみたい……。でも、唐突に廃ビルのことを思い出した。ゆ、ゆ、幽霊がいたらどうしよう!? 先輩は吠えるって言ってたけど、吠えたぐらいじゃ、どこに行かないんじゃないかな。追いかけてくるんじゃないかな!?


「せ、先輩、あの、本当にいわくつきの物件じゃないんですよね!?」

「じゃない、大丈夫だ。でも、幽霊だと仕事が減っていいな。俺達の管轄じゃなくなるぞ」

「私は魔生物の方がいいです! なんだか急に怖くなってきちゃって。怖くなりすぎて、先輩の香りがするカーディガンもなんかこう、背中に先輩の生霊が憑りついている気分になってきちゃいました。いないのに、香りだけはするんですよ……!!」

「なんでそうなった!? よし、もういい。返せ!」


 先輩が急にキレて、カーディガンを掴んできた。痴話喧嘩をしていると思われたのか、酔っ払いどもの塊から「いいぞーっ、もっと殴り合えー!」と、野次が飛んでくる。先輩が気まずそうな顔で、眉間にシワを寄せた。


「いっ、嫌です、お気に入りなんです! それに、先輩の生霊なら大歓迎ですから! 先輩の生霊が廃ビルの幽霊を追い払ってくれそうですし!」

「ここに俺がいるだろうが! あと、絶対に憑りついたりなんかしねぇからな!?」

「わ、分かってますよ~……。あ、でも、私は先輩に憑りつきたいです! 筋肉を触ったり、匂いを嗅いだり、眠っている最中の先輩を天井から見下ろしたり、お昼寝中の先輩をもふもふするんです!!」

「それはもはや、生霊じゃなくて分身だろうな。実体が無い身で、そこまで好き勝手するつもりでいるのか……」

「私なら可能だと思うんですよ! ねっ、そう思いませんか?」

「やめろ、怖いから……」


 冗談だったのに、うんざりした様子で溜め息を吐いた。でも、こういう様子を見てると安心するなぁ。私と先輩って今、ちょうどいい信頼関係が築けているような気がする。しみじみと、嫌そうな顔をしている先輩を眺めていれば、急に誰かが私の肩を掴んできた。小汚い格好をしたおじいさんで、手にはビール缶を握り締めている。


「おい、この野郎! 税金泥棒が! 俺達のこと、見下していて楽しいか!?」

「えっ!? よ、酔いすぎですよ、ちょっと……先輩!?」


 急にぱきんと、おじいさんの顔面が凍った。驚いて「うわぁっ!?」と叫んだあと、ビール缶を落としてしまって、今度は「ちっきしょうが!!」と叫ぶ。振り返ってみると、先輩が真顔でたたずんでいた。


「よし、さっさと廃ビルに行って終わらせるぞ。こんなところを歩かせるわけにはいかない」

「は、はい……」

「さらに混んできたな。悪いが、手を繋いでもいいか? はぐれそうだ」

「どうっ、どうぞ!!」


 先輩が雑踏の中で、ふっと微笑んだ。ちょっと待って~、今いい感じに先輩との距離が離れてるって思ってた矢先にこれなの!? 温かくて分厚い手のひらが、優しく包み込んでくる。どぎまぎしてしまった、緊張する。カーディガンからは、先輩が使ってるコロンの香りが漂ってくるし……。心臓がばっくんばっくんと、騒がしく鳴り出す。いっ、いやいや、いやいや、幽霊のことでも考えて気持ちを落ち着かせよう。廃ビルって言ってたし、きっと怖いよ!!


 見損ねた先輩のお尻のことでもいい。首筋が熱くなってきた。集中しないようにしないと、手に。自覚したら、一気に汗掻きそう。というか、ちょろすぎない? 私。たかだか手を繋がれただけで、こんなに焦らなくても……。先輩がするすると、人混みを掻き分けながら歩く。な、何か喋らないと! 緊張してるのばれたくない!!


「せ、先輩? 楽しみですね、パフェ、パフェ作りに行くの。美術館に行くのも!」

「急にどうした? ああ、廃ビルが怖いのか。楽しみだな。確かにそういう明るい話をして、まぎらわせるのが一番だ」

「あ、で、ですねー、はい! その、オープンカー! オープンカーも楽しみですし、せ、先輩と半日一緒にいられるのも楽しみですっ!」

「俺も楽しみだ。仕事してると、なかなかゆっくり話せないしな」

「つ、つ、次は会わないようにしたいんですけど!?」

「えっ?」


 あ、話題選び間違えた。デートと幽霊と、雑踏と先輩の手のひらで思考がぐちゃぐちゃになってる。好きになりたくないのに、じわじわと好きになっていってるような気がする……。先輩が人混みの中で、急に立ち止まった。ぶつかられ、「おい、邪魔なんだよ!」って言われてたけど、静かに振り返ったら、男が気まずそうな様子で逃げていった。獣人だって、気付いてなかったのかもしれない。銀色の瞳が細められ、悲しげな色を湛える。


「……そうか、分かった。最近、毎週ずっと会ってたしな。そうするか」

「うっ、うわあぁーっ! すみません、忘れてください!! い、行きましょう、廃ビルに! 行きましょう!」

「でも、俺と毎週会いたくないんだろ?」

「会いたいですけど!? えっと、もう行きましょうよ、早く!」

「フィオナ……」


 今度は私が、先輩の手をぐいぐい引っ張って歩く。好きになりたくないから距離を取りたいのに、無理じゃない? これ。そこで気が付いた。毎週会わなくても、平日はずっと顔を合わせるよね? 定年までいるとしたら、ほぼ毎日のように顔を合わせるわけで……。


(あれ? 私、ひょっとして間違えた? 選択。今さらすぎるんだけど!! そうだ、好きになっちゃったら転職しよう。全力で逃げるしかないよね……)







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