第449話 愚かなる人族
リュウテリアの王宮の中庭で、邪神と対峙するポチャリーヌとケットシー三姉妹。
巨大だった邪神イタクァは身長が5m程になり、魔力も2000まで減少したのだ。三姉妹はこれなら勝てそうと盛り上がるのだが、楽観は出来ぬと警戒するポチャリーヌだった。
『では行くぞ。まずは氷の槍だな』
イタクァは自らの周りに、氷で出来た槍を何本も浮かべた。
それらを指一本で飛ばして見せたのだ。
むろん芸を見せている訳では無く攻撃の為なので、そのスピードは音速に迫るものがあった。
「避けろっ!」
「「「ひえぇっ!」」」
咄嗟の事でバリヤーが間に合わず、ケットシー三姉妹に避けろと言うほか無かった。
イタクァの勿体ぶった攻撃のおかげで、かろうじて避ける事は出来たのだ。
『そらそら、次が行くぞ』
楽しげに氷の槍を飛ばすイタクァ。
スピードを絶妙に操作するので、ぎりぎり避けられていた。
「こいつ、わざと避けられる攻撃をしておるな。やな奴だ!」
『すぐ終わってはつまらんからな』
ポチャリーヌ達が逃げ回るために、中庭は氷の槍だらけになっていた。
「私らに炎の魔法が使えたら、氷の槍を溶かしてやれますのに」
タマは忌々しそうに言った。
ケットシーは電撃を使えるが、火の魔法の適性は無いのだった。
「そうか、燃やしてやればいいな!」
タマに言われて気付いたポチャリーヌが、炎の攻撃で氷の槍を溶かそうとした。
しかし、氷の槍は溶けるどころか、まったく影響を受けていなかった。
「どういう事だ、炎で溶けぬだと? まさか、属性魔法なのか?」
「え~~、それってなんにゃ?」
「魔法で出した氷ではなく、魔力自体が氷になっておるのだ」
「「???」」
「これ以上簡単な説明は出来んぞ。そして水の属性魔法は、火の属性魔法でしか対抗出来んのだ」
「そうなの?」
「妾は属性魔法を使えん。つまり対抗手段が無いのだ」
「それって、大変なんじゃ……」
「大変だな」
「「大変だ~~!」」
ようやく事態を理解したミケとクロは、騒いで走り回った。
タマは落ち着いていたが、内心は焦っていた。それでもこの状況を何とかしようと、魔物の頭脳をフル回転させていた。
「そうだ! 消せなくても、氷なら壊せるかも?」
そこに気付いたタマが立ち上がって、電撃の魔法を発動させた。
電撃はタマの周りにある氷の槍を次々と砕いて行ったのだ。
「おおっ! やるなタマ!」
「恐れ入ります」
タマが氷の槍を砕くのを見たミケとクロは、自分もやってみようと電撃を出してみた。すると、ミケ達の力でも氷の槍は壊れたのだ。
「私らも役に立つのにゃ!」
「タマには負けないのにゃ!」
「よしよし、お前らもよくやった」
ポチャリーヌに褒められたミケとクロは、尻尾をバタバタ振って喜んでいた。
「属性魔法で作った物は属性魔法でなければ壊せないと思ったが、単純な物理攻撃でも壊せたのだな。勉強になった」
この歳になっても学ぶ姿勢は忘れない、前世の年齢も合わせると350歳以上のポチャリーヌだった。
『そこに気が付くとは、なかなかやるな。だが風の属性魔法は実体が無いぞ』
「いや、壊せなくても防げるだろうよ」
『確かに、自然現象の風ならば防ぐ事も出来よう。しかし、我の風は自由自在に動くのだぞ』
「う……本当にやな奴だな」
ポチャリーヌとケットシー三姉妹がイタクァと戦っている最中に、中庭に大勢の人間が入って来た。
それは武装した警備隊と、重装備の騎士団であった。
騎士達は大型の弓を持っていた。
そしてあろう事か、その弓をポチャリーヌに向けたのだ。
さらにその後ろには、魔導士たちが一列に並び、武器らしき物を構えていた。
「第一部隊から第三部隊は左翼に、第四部隊から第六部隊は右翼に展開しろ!」
「魔導部隊は魔撃杖に魔力をチャージ開始! 70%の出力で魔力を保持!」
「ゾディアック騎士団の働きを見せる時だ! 魔物どもを殲滅せよ!」
「「「おお~~っ!」」」
中庭に集まって来た者達は隊列を組み、武器を準備していた。
そしてポチャリーヌ達をも攻撃せんとしていたのだ。
「お主らは何のつもりだ? 邪神の相手になると思うのか?」
威勢のいい連中を見て、ポチャリーヌが呆れながら聞いた。
「お前が国王陛下に反逆する獣人だな? そこの魔物ともども排除してくれるわ!」
「はぁっ?」
ポチャリーヌは呆れを通り越して、訳が分からないという顔になっていた。
(こいつらは正気か? さっき妾が貴族どもに、引退宣言してやったのを知ってるはずだろうに。まさか、戦力さえ増やせば何とかなると思ったのか? それに人間が邪神に勝てるはずが無いだろうに。いやまてよ、奴らはイタクァが小さくなった姿しか見ていないのなら、勘違いするのも道理か)
そう納得するのだった。
しかし、納得したからといっても、この状況を認める訳にはいかないのだ。
愚か者であっても、いらない犠牲を出す事は出来ない。
小さく弱くなっていると言っても、EXランクものパワーがあるのだ。
警備隊はポチャリーヌ達の左右から挟むように舞台を展開した。騎士団は弓でもってイタクァを牽制し、魔導部隊が攻撃魔法で倒そうと構えていた。
『ほほう? それだけの手勢で、この我と戦おうと言うのか?』
イタクァが面白そうに言った。
『ならば挑戦してみるがいい!』
「いや待て……」
ポチャリーヌは慌てて止めるが、騎士や警備隊の者達は攻撃を始めてしまった。
「魔導部隊、魔光弾発射!」
そして、一斉に発射された魔光弾は、イタクァに襲い掛かった。
「反逆者どもに弓を撃て!」
今度はポチャリーヌ達に、騎士団が弓を射掛けた。
「ああっ! 愚か者どもが! めんどうなっ!」
弓はポチャリーヌのバリヤーで弾かれたが、魔光弾の方はイタクァに直撃したのだった。魔光弾は次々と爆発して土煙を巻き上げ、イタクァの姿を隠してしまった。
「ふん! 正体の分からぬ魔物であったが、たいした事がなかったな」
「しかし、反逆者どもが残っています」
「そちらも時間の問題であろうよ。魔力が尽きれば、結界も無くなる」
イタクァを排除したと思っているのか、ポチャリーヌに迫って来た。
「馬鹿な。お主ら、あれで倒せたと考えておるのか?」
ポチャリーヌは憮然として、イタクァは居たあたりを指差した。
煙で姿が見えず、倒せたのか確認する事は出来なかった。
「無論! 後はお前を殺してアリエンティ家を潰せば終わりだ!」
居並ぶ魔導部隊の背後から声がした。
ポチャリーヌがそちらを見れば、影魔の糸から抜け出したロジェが居た。どうやらこのどさくさに紛れて、ポチャリーヌを抹殺するつもりであった。
ポチャリーヌさえ消してしまえば、自分たち人族至上主義者は安泰だと。
正体不明の魔物と戦っている今なら、勝てると思ったのだ。
「なんとも愚かな事だな。おい、そこの魔導士達よ。アレが本当にただの魔物に見えるのか? アレは魔力値が万単位はある邪神だぞ」
後ろに控える魔導部隊の者には、動揺する者が居た。魔導士の中には、イタクァの隠された魔力を感じられる者が居たようだ。
「邪神などはしょせん、作り話か昔話の類ではないか。そんな事で騙そうとは、追い詰められた証拠!」
魔導部隊の隊長がそう言い放った。
そんな男を、ポチャリーヌは憐れむような目で見た。
「くっ、なんだその目は? もういい。皆の者、その反逆者を吹き飛ばしてやれ!」
「「「ははっ!」」」
そして再び、魔撃杖を構える魔導士達。
「馬鹿な。まだ状況が理解出来ぬとは」
呆れるポチャリーヌに、騎士達が剣を構えて近付いて来た。
「動くなよ、下手に抵抗すると苦しんで死ぬ事になるぞ」
「まあ、投降は認めないんだがな」
その時、騎士団と睨み合っているポチャリーヌの背後から、身の毛もよだつような気配が出現した。
それはイタクァの気配なのだが、先程とは別物の魔力量なのだ。
ポチャリーヌは反射的にバリヤーを張ったが、ここに居る者達全員を囲える程のバリヤーは出せなかった。
おかげで、ポチャリーヌだけがバリヤーで守られる事になった。
イタクァの魔力が爆発的に増大して、空気を揺らしながら周りに広がって行った。
その速度は音速を超え、衝撃波さえ生み出したのだ。
王宮の建物がズシンと揺れると、ポチャリーヌの周りに居る人間がバタバタと倒れていった。強大な魔力を直接浴びて、気絶したのだった。
Aランク魔物のケットシー三姉妹だけは、倒れるだけで済んだが。
「やはり、あの程度では倒されはしないか」
ポチャリーヌは忌々しそうに言った。




