32 寂しいという感覚はない
「あなた今、ジ・Aって言った?」
「言ったぞ? それがどうした?」
「どうしたって……ジ・Aって言ったら、銀の神の名前でしょ? なんであなたがジ・Aなの?」
ミスラが俺たちの疑問を代表する。
「それはだな、ワガハイが……」
「我輩が?」
「ワガハイが……」
俺たちは、固唾を飲んでこの自称ジ・Aの次の言葉を待つ。だが。
「……なんであったかのう?」
ジ・Aから出てきた次の言葉は、実に気の抜けたものだった。
「いや、それよりも、おぬしらこそ何者だ? むむ、よもやジ・Hの手の者ではあるまいな?」
今さらかよ。とは思ったものの、ここでは俺たちの方がよそ者だ。俺たちはここに来た目的を語った。
「なるほど。確かにジ・Hの仲間なら、ワガハイを助けるはずもないか。疑ってすまなかったな」
素直なのか抜けているのか、ジ・Aは俺たちの言うことをすんなりと受け入れる。
「それにしても、ふぅむ、やはりこの島は地に落ちておったか」
「おったかって、それも知らなかったのか?」
「それがのう、もう長い間起動しておるせいか、回路の方にも不具合が出ておってな。それに加えて、あの残骸の下敷きになった衝撃で、どうも記憶がはっきりとせんのだ」
ジ・Aは丸い頭を左右に傾げた。
「ここにはもう神や人はいないのか?」
記憶が怪しいならば、他に話がわかる者はいないだろうか。
その人から話を聞いた方が早そうだ。
「うむ。生物はもうおらんよ。戦争でみんな死んだか、他の島に避難したか。ゴーレムも、稼働している物は数える程度だ」
「そうなんだ。少し寂しいね」
このゴーレムは一体で死体や残骸の片づけをしていたと言っていた。戦争の後からなら何百年にもなるだろう。たしかにそれは、寂しいかもしれない。
「わしはゴーレムゆえ、寂しいという感覚はないがの」
「他に話ができるゴーレムはいないの?」
「そもそも会話ができるゴーレム自体が希少であるからな。それにワガハイは特別製だ」
「特別製?」
「そうであるぞ。なんと言ってもワガハイは、ジ・Aの……」
「ジ・Aの?」
「……なんであったかのう?」
またこれか。
「うむぅ……何か重要なことを忘れている気がするのだが。思い出せん」
ジ・Aは再び頭を左右に傾げる。
「そうそう、お前たちの目的はマギニウムだったな」
ふっと思い出したように、ジ・Aは言った。
「うん。どこにあるか知らない?」
「助けてもらった恩もある。保管している場所まで案内してやろう」
「ほんと? ありがとう」
「保管場所は忘れてないのか?」
「バカにするでない。ワガハイ、多少回路が不安定でも、この島の地理ぐらいはきちんと覚えておる」
ジ・Aはそう言うと、車輪をころころと転がして通路を奥へと移動し始めた。
「こっちだ。ついてまいれ」
他に情報もないことだし、俺たちはこのゴーレムについて行くことにした。
第七通路を大通路へと出る。
大通路という名が付けられているだけあって、他の通路よりも二倍以上の幅があった。
主要な通路だからか、激しい戦いがあったのだろう。壁や床が抉れ、損傷している。
そんな状況ではあったが、ジ・Aが片づけたのか、ゴーレムの残骸などは見当たらない。
「どうした、こっちだぞ」
俺たちが大通路の様子をきょろきょろと見ていると、ジ・Aはすでに先に進んでいた。俺たちは慌ててその後を追う。
「物珍しそうに見ても、もう大したものは残っておらん」
「そうみたいだな」
「うむ。ほとんど破壊されたか奪われたか。戦争とはそういうものだ」
先ほどは、寂しいという感覚はないと言っていたが、その言葉には何かしらの感情が込められているように聞こえた。
「そんな状況で、マギニウムはまだ残っているのか?」
しかしリーデはドライだ。ジ・Aの言葉で、マギニウムの心配が先に立つとは
「心配するな。奴らも見つけられなかった隠し部屋になら、いくらか残っておる」
「隠し部屋? すごい!」
ミスラの声が弾む。隠し部屋となれば、神域探索っぽくなってきたとは俺も思ってしまったが。
「うむ。なにしろ、そのマギニウムは……ん? 何のために隠しておいたのであったか?」
またもこれだ。
「おいおい。隠し部屋の場所は覚えているんだろうな?」
「うむ、それは覚えているが……うむぅ……」
ジ・Aは考え込んでしまう。このまま信用してついて行ってもいいのか、少し心配になる。
「まあ、何のためでも、マギニウムが残ってるならいいじゃないか」
「あとでゆっくり思いだせばいいよ。まずはその隠し部屋に案内して」
「それもそうだな。うむ」
ジ・Aは気を取り直したのか、さらに通路の先へと進んだ。
大通路はこの浮遊島の大動脈ともいえる道なのだろう。色々なところに別の通路へと延びる出入り口が開いていた。
しかしジ・Aは、それらの道にはわき目も振らずに通路を進む。
迷っている様子もないので、きちんと道は覚えているのだと信じたい。
大通路をある程度進んだところで、ガシャンガシャンと不吉な音が聞こえてくる。
音の主は、俺たちの予想通り六本足のゴーレムだった。
「私はまだ魔力が使えない。ウィン、頼んだ!」
「おう、わかった!」
俺は先ほどのように凍らせてやろうと、【アイスウォーター】の発動準備にかかる。
「待て待て、そう急くな」
戦闘態勢を取ろうとする俺たちを、ジ・Aが制止した。
「待てって言っても、あいつ、こっちに向かってきてるぞ」
「いいから、ワガハイに任せておけ」
そう言うと、車輪を転がしてゴーレムの前で止まる。
「ジ、ジー、ジジ、ジー。ピロロロロロ」
やがて、ゴーレムから奇妙な音が流れ始めた。
「対象ノ脅威判定ヲ、更新、シマシタ。対象ノ脅威判定ヲ、更新、シマシタ」
「うむ、これでよい。巡回に戻ってよいぞ」
ジ・Aがそう言うと、六本足ゴーレムは俺たちの横を素通りして、ガシャンガシャンと通路を歩いて行ってしまった。
「ジ・Aすごいね! そんなことができるんだ!」
「うむ。ワガハイはこの浮遊島の管理権があるのだ。これぐらい、できて当然なのだ」
所々抜けているところもあるが、ジ・Aと名乗るだけのことはある。
このゴーレム、本当に何者なのだろうか。その時になってようやく、ステータスオープンで調べればいいじゃないかという考えに、俺は思い至った。
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