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子供食堂

「アハハッ、やっぱ男子は食い気があっていいねえ」


 隣に座る江夏が笑みをこぼしつつ、パンケーキを食べ進める。

 女子三人が雑談をしている間、俺は食後の紅茶を飲みつつ店内を見渡していく。

 女性客が九割、残る男性客もカップルで来ていて、向かいに座る相手とパンケーキを食べさせ合ったりしている。もしも兄がこんな光景を見れば『滅びよ、世界よ』なんて言い出しかねないが、俺はなんとも思わない。放課後、教室で盛る連中に比べれば健全だ。


 そして女子三人もパンケーキを食べ終え、満足そうに紅茶を口に運ぶ。

 不思議な状況だ、高校生になって制服を着たまま寄り道をするなんて初めてだ。

 そろそろお開きかなと思っていると、向かいに座る春宮から質問が入る。


「ねえ、キクっちって帰宅部だよね? バイトかなにかしてるん?」

「ああ、朝は新聞配達をして、夕方はドーナツ屋で週三くらいで働いてるよ」

「え、掛け持ちしてんの。大変じゃない? なんか……訳ありだったり?」


 特に訳はない。

 これまではバイクの免許代や、バイク本体の修繕費用。あとは身に着けるヘルメットやライダー用の上着なんかの購入費用にあてていた。

 しかし俺は学習した。彼女たちギャルにバイクに乗っていることを話せば恐らく面倒なことになる。バイクのことは伏せ、バイトを掛け持ちにしている別の理由を彼女たちに話す。


「俺の兄ちゃん、今仕事をしていないんだ」

「そう、なの?」

「うん、それで去年の今頃、兄ちゃんが両親から家を追い出されそうになって可哀想だったから、俺が兄ちゃんの生活費を払うからって親に頼み込んで、兄ちゃんを家にいさせてもらえるようにして貰ったんだ。だからある程度まとまった金がいるんだよ」

「そ、そうなんだ。大変なんだね」


 別に大変ではないのだが。

 兄の話をするといつも微妙な空気になる。ここはなにか別の話題に舵をきることにしよう。そこで斜め前に座る大秋の豊満な胸元、もとい学校指定のネクタイが目に入る。


「大秋さんはどうしてネクタイをしてるんだ? 女子って普通はリボンだよね」

「ああ、これ。女子が男子のネクタイを着けるのは彼氏が学校内にいるってアピールなの。あと呼び捨てでいいわよ、キクっち」

「へえ、そうなんだ。教えてくれてありがとう、大秋」

「いえいえ、ちなみにリボンもネクタイもつけてない女子は彼氏募集中って意味。ね、優里奈」

「うえっユリにゃん、また別れたのっ?」

「だって仕方ないじゃん、浮気しててさあ、しかも三股だよ? 有り得ないっての。それに亜由、アタシがリボンをつけないのは面倒だからって知ってるでしょ」

「はいはい、そうでした。それにしてもハルミィもそろそろ男つくったら? 女子とばっかり仲良くしてたら男も寄ってこなくなるよ?」

「べ、別にいいもん。彼氏とか、そのうちで。てか、アユユは自分が彼氏いるからって余裕見せすぎっ」

「ごめんごめん、あまりにもハルミィは可愛いもんだからさあ」


 顔を赤くして抗議する春宮の頭を撫でてなだめる大秋。よくみれば春宮は普通にリボンを着けている。つまり春宮は彼氏を欲していないという意味なのだろうか。

 それと一連の流れでわかったことがある。春宮は大秋や江夏を特徴的なあだ名で呼んでいる。恐らく、俺の『キクっち』という奇怪なあだ名も彼女が名付け親なのだろう。

 そんな雑談を続けていると、近くの席に座る女子数名の話声が聴こえてきた。


『なにあれ、女三人で男一人囲ってさあ。見せつけてるつもり』

『でもさあ、男の方は全然イケてなくない? なんかずっと無愛想だし』

『やめなよ二人とも、聴こえるって』


 別に、なんとも思わない。

 中学生の頃も陰口を言われることには慣れている。しかし、同席する彼女たちまで悪く言われるのは忍びない。だから俺は荷物を持ち席を立つ。


「ごめん、先に帰ってるから――」

「キクっち、お座り」

「へ?」

「つまらないのよねえ、他人見下していないと安心できない連中って。相手にするだけ無駄よ、無駄」


 大秋から止められ、気付けば、立ち上がろうとした俺の腕を隣の江夏が掴んでいた。そして、大秋は近くに座る女子たちを睨みつけている。一触即発という雰囲気だ。


『はあ、なにそれ。頭悪いんじゃない?』

『ちょっともうやめなよっ。守邦ってヤバい人多いらしいし、もう行こ』


 近くに座っていた女子数名はこちらを睨みつつも、殺伐とした店内から去っていった。

 喧騒を取り戻した店内で呆然と立ち尽くしていた俺は、江夏の手に引かれ再び席に着く。


「アユユ、怒ってる?」

「……そんなことないよ。ああ、ダメね私も。ヤキが回ったかしら。ていうか優里奈、ニヤついてないで止めてよね」

「ええ? だってそっちのほうが面白いかなって思ってさ」


 隣の江夏が眉間にしわを寄せる大秋に対してヘラヘラと笑う。

 申し訳ない気持ちになる。彼女たちはただのクラスメイトである俺を庇ってくれた。だというのに何も言い出せない。久しぶりの陰口が応えたのだろうか。

 そして三人が一頻り話終えた頃。


「それで、この後どうする?」

「あ、バイト先でカラオケ屋のクーポン貰ったんだ。今から行かない?」と、江夏が提案する。

「いくいくっ、ねえキクっちもいくでしょ?」

「え、俺カラオケとか行ったことないんだが」

「マジっ? だったら尚更じゃん。よおし今日は歌うぞぉ」


 店を出てギャル三人にカラオケ屋へと連行される。

 その道中、前を歩く春宮と江夏の後ろを歩く大秋に近寄り、先程の礼を言う。


「大秋、さっきは……庇ってくれてありがとう」

「……ん、でもキクっち。私はともかく、可愛い女子二人も連れて歩いているんだからしっかりしなさいよ。ほら、背中曲がってる」

「わ、わかった」


 背中をポンッと叩かれ背筋を伸ばす。

 大秋は学校内に彼氏がいると言っていたが、その彼氏はきっと幸せ者だ。

 同い年には見えない風貌、それでいて侠気のある立ち振る舞い。前を歩く二人からも頼りにされているみたいで、姉御肌でありながら気づかいができる人。そんな印象を大秋からは受けた。


「キクっち、さっき店で絡んできた連中、どう思った?」

「どうって、言われてもな……」

「嫌いなら嫌いってはっきり言っていいのよ。差別をするな、なんてデカい声で言ってる連中なんて差別をしている人を見下していたりするんだから。人間好き嫌いがあって当たり前、だからこそ『嫌い』の話をする時と場所、愚痴をこぼす相手は選ぶ必要があるけどね」

「うん? どういう意味だ?」

「友達くらいには愚痴ってもいいってことよ。不満を抱えて生きられるのは強い人、でもいつかその重さに耐えきれずに性根が歪んだりするんだから、適度に吐き出すことを覚えておいて。よくある教訓みたいなものよ」

「……わかった」


 核心を突かれた、そんな気がした。

 中学の頃から俺は孤立の道を選んだ。それでも近くにいてくれる人はいても、本音をさらけ出すようなことはしなかった。

 困ったら周囲を頼れ、クラスで孤立をする俺へあてた助言なのだろう。


 それにしても大秋は達観した考えの持ち主だ。

 これから大秋のことは姉御と呼ぼう、心の中で。


 パンケーキ屋から駅前のカラオケ屋に向かうまでの間、懐かしい光景に思わず足を止める。

 視線の先には一つの古ぼけた家屋。俺が小学生の頃よく出入りしていた場所だ。


「どしたん、キクっち」

「あ、いや。あの食堂まだあったんだなと思ってさ」


 正確に言えば子供食堂と呼ばれていた店は、今でも子供が店内へ出入りしている様子から営業はまだ続いているようだ。

 子供の頃、両親が共働きで兄も高校に通っていたときは自宅で一人で過ごすことが多かった。そして親から渡された百円玉を握りしめ、老夫婦が経営する子供食堂にはよく世話になった。


『俺がなんでもしてやるよ』


 昔を思い出す。今にしては恥ずかしい過去。小学生の頃の俺は無敵だった。

 食堂内では知らない子にも気軽に話しかけ、何でも屋を気取り奔放をしていた。輝かしいとまではいかないが、これまでの人生で一番張り切っていた時期だったと思う。


「ええっ、キクっちもあそこの食堂行ってたん?」

「ああ、もしかして春宮も?」

「うん、小学生の頃よく行ってたんだ。もしかしたらキクっちと私、子供の頃一緒にご飯を食べていたかもしれないね」


 前を歩いていた二人が戻ってきて、春宮が懐かしむように食堂を見る。

 そんなこともあるだろう。食堂は複数の小学校区域の中間にあるような場所で、他校の子と関わりをもてる貴重な場でもあった。


「へえ、あの建物が食堂なん? 全然そうは見えないけど」と、江夏が不思議そうに言う。

「うん、子供食堂っていってね。百円で手作りのご飯を食べさせてくれるんだあ」

「マジっ? すっごいじゃん。今度行こうよ」

「それは無理だな、たしか小学生までって決まりがあったはずだから」

「ええ、そうなん? 食費浮かせるかと思ったのに」


 残念そうにする江夏を連れ、一同はカラオケ屋へと向かう。

 俺にとってカラオケは未体験の領域。そして俺は昔兄から教えてもらった『一般人に聴かれてもわからないアニソン集』を熱唱するもギャルたちの反応はいまいちだった。


 カラオケが終わりやっと帰れるかと思ったのも束の間、今度はゲーセンでプリクラを撮ると言われ、またも連行される。そして俺は学習した。

 どうやら、ギャルの体力は底なしのようだ。


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