我らが女王様がお困りとあらば
昼休み。
生徒会選挙から一ヶ月が経った今日この頃、俺は一人で飲み物を買いに自動販売機に向かっていた。
渡り廊下を幾つか抜け、去年に比べて寒い首元を気にしつつ、とある部屋の窓が開かれているのを視認する。そこは生徒会室の部屋であり、昼休みの活動中に空気の入れ替えでもしているのだろうと思いつつ、自動販売機へ向かい歩を進める。
その途中、二年生男子の集団と出くわす。新しく守邦高校のボスとなった大男のお出ましだ。
「よお、菊地。どこに行くんだ?」
「飲み物を買いに自販機に。南条はそんなに大勢引き連れてどこへ行くんだ?」
「一年の連中が他校の連中と揉めたらしくてな、これからその一年から事情を聞きに行くところだ」
「大変だな。仕切り役お疲れ様」
「まったくだ……せっかく俺は菊地を仕切り役に推薦したってのによ」
「無茶言うなよ、大秋たちから猛反対をされたんだから。仕方がないさ」
柴原先輩が仕切り役を引退する際、二学期の初頭からとある事件に関わっていた二年生のメンバーが集められ、次期仕切り役の話し合いが行われた。
守邦高校の生徒たちを裏でまとめる仕切り役。人からの他薦で決定される仕切り役の候補に俺の名前が挙がったりもした。しかし、大秋たちを中心とした女子たちから反対をされ、二年生男子の中心人物であった南条が仕切り役を引き継ぐことになった。
本人はめんどくさそうにしているが、俺としては頼もしい仕切り役の誕生を心から嬉しく思った。
しかし、南条はなにやら渋い顔をしている。
「なあ、菊地よ」
「うん?」
「できれば……いや、なんでもねえ。生徒会長の彼女さんに近いうち挨拶へ行くと、伝えておいてくれ」
「ああ、わかった。けど、あんまり怖がらせないでくれよ。南条の強面は女子に受けが悪いみたいだからな」
「うるせえよ。んじゃまたな」
南条は言いかけた言葉を吞み込み、二年生男子を引き連れ、一年生の教室がある東棟に向かっていった。
どうやら彼に気をつかわれている。そして、誇らしく思う。
事件を共に追っていた仲間たちが、今は守邦高校を治める集団になったのだ。陰ながら応援しようと思い、彼らの背中にエールを送った。
***
放課後。
部活やアルバイトに向かうクラスメイトがごった返す中、教室で一人の女子が話しかけてきた。俺が勝手に心の中で姉御と呼ぶ大秋だ。
「キクっち、今日はバイト?」
「バイトは今日休みだ。大秋は阿久津さんとデートか?」
「いいえ、彼は車の免許をとるために教習所ですって」
「そっか、他の皆は?」
「優里奈とハルミィはバイト。莉愛と沙織はクリスマスパーティーに向けての生徒会ですって。皆、それぞれ忙しいみたい」
少しの寂しさを感じさせながら、大秋の口元は笑っていた。
仲の良い二人が生徒会に入ったことで、遊び相手がいなくなっても、どこか満足気な表情を見せる大秋は、どことなく大人びて見える。
そして大秋は真剣な面持ちになり、俺に不思議な問いかけをする。
「ねえ、キクっち。今の貴方は……幸せかしら?」
「うん? なんと答えていいかわからないが、充実はしていると思うぞ」
「そう……それならよかった。んじゃ私は帰るわ。莉愛のこと泣かせたら、わかってるわね?」
「イエス、マム」
「フフッ、銭湯に行った時も思ったけど、その返し方、なんだか可笑しいわ」
「ニートの兄ちゃんが母ちゃんによく使う返事なんだよ」
「あら、それだと私はキクっちのオカン? 悪い気はしないかな」
そう言って大秋は上機嫌で教室から出ていった。
教室の人がまばらになったあたりで、再び席に座りぼんやりと窓の外を眺める。
少し前なら、バイトがない日は速攻で帰宅をしていたが、今は大事な彼女との待ち合わせのために教室に残る。
今日はどんな話をしよう。
最近は彼女が好きだと言ったドラマを視聴したり、無頓着だった服装にも気をつかうようになった。
自分でも驚くべき変化だ。一人の人物を好きになるとは、こうも己の生活に影響を与えるのかと内心苦笑した。
そして教室に残る生徒が俺一人になった頃、我らが女王様は教室に姿を現した。
「平太」
俺の名を呼ぶ彼女の名前は陽代美莉愛。
守邦高校生徒会長であり、二年C組の公正な女王様でもあり、俺の彼女でもある。
「莉愛、今日は早かったな」
「ううん、違うの。今日は生徒会が長引きそうだから、ちょっと抜け出してきただけで、また生徒会室に戻らなくちゃいけないんだ」
そう言って彼女は胸元に締めてある男子用のネクタイを細い指先で撫でた。俺が先日彼女に渡したネクタイだ。
あれから俺は莉愛と付き合うことになった。言葉にすれば彼氏彼女の関係だ。
どちらから言いだした訳でもなく、お互いに一緒にいる時間を増やしたいと話をした結果、自然とそうなった。
バイトが入っていない日は、こうして人の少ない教室で待ち合わせをして、彼女との時間を過ごしてきた訳だが、どうやら本日は多忙のようだ。
「クリスマスパーティーだっけ? あれの準備?」
「うん。卒業を控えた先輩たちの最後のお祭り行事だから、いいものにしたいんだ。平太は先に帰ってもいいよ?」
「そっか。でも今日は暇だし、莉愛が終わるのを待ってるよ」
「……うん、ありがと」
莉愛はそう言って笑みを浮かべる。
やはり、莉愛には笑顔がよく似合う。困っている顔、悲しんでいる顔よりも笑っている顔が一番だ。
そして莉愛が教室を出ようとしたところで、二年C組不良コンビが姿を現す。
「ありゃ、もしかしてお邪魔だった?」
「そんなことはないが、教室に戻ってくるなんて、どうかしたのか? 東と西尾」
「実はちょっちキクちゃんに相談があってね。ヒヨミン、キクちゃんを少し借りてもいい?」
「うん、私は生徒会室に戻るところだから。でも、平太に相談ってなにかあったの? 私でもよければ話を聞くよ」
「ううーん、それはなあ……ま、いっか。生徒会長様にも一応聞いておいてもらうか」
そして東と西尾は教室内の机に腰を降ろした。
夕陽が教室内を照らす中、東が学校で起きた問題の説明を始める。
「実はさ、ついさっき南条のところに女子バスケ部の子から相談があったんよ。内容は『部室が盗撮されていた』だとさ」
「と、盗撮?」
「そうそう、部室に見覚えのない箱を開けたらバチンッて音がして、煙臭い箱の中を見てみたら携帯端末が黒焦げていたって。あと他にもよくわからん黒いケースも一緒に入っていたらしい。そんで黒焦げになった端末は起動できなかったとさ」と西尾が補足をする。
思考を巡らせる。
今の話を聞いただけでも、盗撮に使われた携帯端末を証拠隠滅のために、盗撮をした人物が何らかの仕掛けを使って焼き切ったと考えるのが妥当だろうか。しかし、またもや盗撮とは。俺は何らかの呪いに掛かっているのだろうか。
そして、生徒会長の莉愛に一つ確認をする。
「莉愛、確か部室の鍵って部員か教師陣にしか貸し出されないはずだったよな?」
「うん。生徒側は顧問の先生に鍵を渡して貰わないと、部室の鍵は使えないはずだよ」
「そうなると……盗撮の犯人は教師の可能性もある訳か」
「お、流石はキクちゃん、話が早いね。南条も同じこと言ってたんよ。そんで南条は今回の件は菊地に頼めないかって言ってるんだわ。南条たちは一年生のゴタゴタに出張ってるから、人手が足りねえのよ」
状況は理解した。
今回の相手が教師の可能性があるとなれば、女子バスケ部の部員からすれば進学や就職に関わるかもしれない為、学校側には頼りにくい人物もいるのだろう。大学生の就職活動とは違い、高校生の就職活動は教師陣を仲介するのがほとんどだ。企業と通じる教師陣から不興を買わないためにも、物事は穏便に済ませた方がいいだろう。
そして莉愛の顔を見れば、不安そうな顔をしている。だとすれば答えは一つだ。
「わかった、手伝うよ。何をすればいい?」
「サンキュー、キクちゃんならそう言ってくれると思ってたぜ。とりま、俺と西尾は他の部室が盗撮をされていないか確認していくから、キクちゃんは先に女子バスケ部に状況確認に行ってもらえる? 女バスのキャプテンには俺から連絡しておくから」
「ああ、わかった。今から向かうよ。いいかな? 莉愛」
「勿論、女子バスケ部の子たちも不安だと思うし。平太が話を聞いてくれれば安心すると思う」
「オッケー、そんじゃよろぴこ。んじゃ行くか、西尾」
「おう……けどその前に。なあ、キクちゃん」
「うん?」
西尾は鼻を指で擦りつつ、俺を見る。
「南条とかさ、口には出さねえけど、キクちゃんには傍にいてもらいたいって思っているはずなんだわ。南条もまだ仕切り役になったばかりだしよ。信頼できる人間に近くにいて欲しいって思ってるはずなんだわ」
「……うん、昼休みに会った時も、顔にかいてあった」
「俺たちも二人の邪魔がしたいって訳じゃねえし、仕切り役の仕事って自由参加だから無理にとは、言わんけど、さ」
どうやら、またしても気をつかわれているようだ。
俺と莉愛がつき合うようになってから捜索隊を共にした皆は、俺を問題に巻き込むことに躊躇している節がある。
ありがたい、けれど、水臭い。
「西尾、南条に伝言を頼めるか」
「おう?」
「呼んでくれたら、いつでも駆け付けるよ。あの廃墟で、俺や莉愛を皆が助けにきてくれた時のように」
「いいんかい? 二人の時間が減るかもよ」
「勿論、莉愛からの頼みが最優先だけどな」
「へっ、見せつけてくれるな。オッケ、南条にはそう言っておくわ」
そう言い残して二人は教室から出ていった。
俺も与えられた役割を実行するために立ち上がり、莉愛を見ると彼女はどことなく嬉しそうな顔をしていた。
「平太って、やっぱり困っている人を見過ごせないんだね」
「莉愛が言うなよ。俺のは、たぶん莉愛の影響だな」
「ううん、どうかな。私は子供のころの平太に影響をされたから、だと思うよ」
巡り巡ってとはこのことだろうか。
我らが女王様だと思っていた彼女の根底にあったのは、幼きころの自分だと思うと妙な恥ずかしさを覚えた。
「ねえ、平太。競走しない?」
「競走?」
「私の生徒会が終わるのが早いか、平太が問題の解決をするのが早いか。そして罰ゲームは負けた人が、勝った人にチュウをするの」
頬がピクピクとひくつく。
どう考えても俺の方が不利な条件だ。盗撮の犯人捜しなんて何日かかるかもわからないのだ。
であれば、先に罰ゲームを執行しても構わないだろう。
「……っ!」
彼女の唇を奪う。
触れた唇はカスタードプリンのように柔らかく、そっと離れる時は自身の唇に彼女の熱が残るのを感じた。
そして莉愛の顔を見れば、頬はほんのり紅潮していて、少し不貞腐れていた。
「……もう、急にするからビックリした。誰かに見られたらどうすんの?」
「別に、俺は気にしない」
「すぐそういうこと言うんだから……フフッ、それじゃあ、よーいドンっ」
既に罰ゲームを終えた競走が始まった。
彼女は生徒会室へ。おれは女子バスケ部の部室へ。
きっと今回の問題も、莉愛は気にかけているだろう。だが我らが女王様はお忙しい身でもある。
だからこそ、俺が彼女の脚となる。
本来であれば彼女が現場に赴き、解決に手を貸すはずだった問題を、俺が代わりを担う。
そうすれば莉愛の負担は減り、また彼女の笑顔が見る機会も増えるだろう。
俺は女王様にとっての王にも、騎士にもなれない平民だ。だが、俺はそんな自分が気に入っているのだ。そして俺を好きだと言ってくれた、女王様のために歩を進める。
惚れた相手に必要とされる充足感は、何物にも代えがたい。
己の存在意義が不透明だった頃の自分はもういない。
我らが女王様がお困りとあらば、我はどこへでも駆けつける。
これが菊地平太の在り方だ。
最後までお読みいただきありがとうございました!




