全員集合
月曜日の朝。
教室に入るなり、真剣な顔つきの東が話しかけてきた。
「おはっす、キクちゃん。ちょいといいかい?」
「おはよう、東。どうしたんだ?」
「今日の昼休み、シバさんが旧部室棟前に来て欲しいって伝言を預かってるんだけど」
「え、俺が呼び出されたのか?」
「キクちゃんだけじゃなくて、俺と西尾もな」
その言葉を聞いて安心した。
旧部室棟は特別棟の裏にあり、人目のつかない場所だ。そんな場所に柴原先輩から呼び出しとは少しばかり不安な気持ちになる。
しかし、東や西尾も一緒なら問題ないだろう。
「わかった、昼休みに旧部室棟へ行けばいいんだな」
「オッケー……でも今回は他言無用ね。他の人間には話さずに来て欲しいって条件付きだから」
「どういうことだ?」
「シバさんから呼び出しがあった場合、問題解決の協力を頼まれることがあるんだけど、今回は周囲の人には言わないで欲しいんだとさ。理由はわからんけど、一応キクちゃんもそんな感じで頼むわ」
「……うん。わかった」
理由はわからないが、なにやら柴原先輩から秘密の招集らしい。しかも、陽代美のときと同じように問題解決の協力を頼まれるかもしれない。
何事だろうと感じつつも、昼休みに東と西尾と俺の三人で旧部室棟へ向かう約束をして、朝のHRが始まった。
そして昼休み。
上履きから外履きに履き替え、旧部室棟まで行けば、既に多くの人だかりができていた。
その中には先日、お好み焼き屋で同じ机に座った南条と北乃字の姿があり、俺たち三人は彼らの近くまで行って、東が話しかける。
「ういっす、南条。今どういう状況よ?」
「先に三年だけで話をするから二年は少し待機をしてくれ、だとよ」
「ふーん。それにしても今回は男ばっかだな。まさか戦争でもやろうってのかね?」
「いや……あの様子だと違うな、それに……」
「それに?」
「喧嘩事には不向きに思える人物がそこにいるからな」と、南条が俺を見る。
「言われてみればね。しっかし今回は随分と様子が変だな」
そう言って二人は三年生の先輩たちが集まった場所へ目を向けた。
そこには、男四十人ほどが円を囲み、その中心で柴原先輩が檄を飛ばしている光景が目に留まる。
周囲を囲む三年生たちは一様に険しい顔つきで、柴原先輩の言葉一つ一つに頷いているようだ。
それから他の二年生たちが集まりはじめ、不良じみた三十人ほどの男たちの中に俺も紛れて静かに時を待つ。
すると、一部の男子がざわめきだし、視線を動かせば二十人ほどの女子たちが旧部室棟近くに姿を現す。派手な女子たちの中心にはクラスメイトである大秋や江夏の姿も見える。そして東が驚嘆の声を上げる。
「おいおい、マジか。大秋たちも今回参戦すんかよ」
「珍しいことなのか?」
「ああ……この前さ、俺が女は横社会って言ったの、覚えてる?」
「確か、ナンパに行った時に聞いた話だっけ?」
「そうそう。でもさ、あそこにいる女連中だけは別なんだよ。俺が聞いた話だとさ、元総長の大秋に、当時の紅蜘蛛十四代目のメンバーが全員ついてきて、この守邦高校に進学したっつう話だぜ」
「へえ、大秋は人望ありそうだもんな」
「まあなあ、でもキクちゃん彼女いないって言ってたけど、あそこにいる連中だけはやめたほうがいいぜ? 特殊部隊みたいな感じでさ、とにかく暴力的な女の集まりだからよ。ここにいる男連中もあそこにいる紅蜘蛛の連中にボコられたってやつ少なくないんだぜ?」
「マジでか」
「マジだよ。でもさ、これまでは大秋たちのグループはほとんどシバさんの慈善活動には参加しなかったんだよ。だから今回はかなり珍しいことだと思うぜ」
「そうなんだ」
大秋を中心とした女子たちは街中を歩くギャルと変わらない見た目だ。
しかし、よく見てみれば二十人ほどの女子たちの目つきは険しく女戦士を思わせる気配がある。東が言った特殊部隊という例えも理解できた。
そして三年生たちの話し合いが終わったらしく、次に俺たち二年生が柴原先輩から呼ばれる。
柴原先輩を中心に、二年生男子女子合わせて五十人ほどが囲いを作る。柴原先輩の隣には巨漢で強面の阿久津先輩が神妙な面持ちで立っていた。
これからなにが始まるのだろうと、皆が口を閉じて先輩の言葉を待つ。
一つ咳ばらいをして、柴原先輩はいつもとは違う厳しい顔をしていた。
「ええっと……それじゃあまずは、急な呼び出しに集まってくれてありがとう」
「……」
「わかっているヤツもいると思うけど、今日はとある問題の解決のために皆に集まってもらった。三年生だけだと手が足りなくてね、正直な話、二年生の皆にも手伝ってもらいたい。勿論、嫌なら参加しなくてもいい。ただ、俺から話を聞いた以上は他言無用でよろしくね」
周囲にいた二年生たちは無言のまま頷く。
他言無用。それはつまり、今回柴原先輩から協力を要請される問題はデリケートな事柄なのだろう。
そして少しばかりの沈黙が流れて、誰もその場からは動かない。
「……ありがとう。それじゃあ今回、俺に相談された内容を皆に伝える。今年の七月ごろ、問題を相談してきたのは複数の女子生徒たち。その女子たちは皆、強姦の被害に遭った」
「――ッ!」
「そして被害に遭ったのは一人や二人の話じゃない。俺が把握しているだけでも既に二十人近くの女子が被害に遭っていて、他の学校の生徒や一般人も含めれば五十件近い被害が確認されている」
「……」
「それから俺たち三年生は七月の下旬、夏休みが始まった頃から捜索を開始した。女子たちの話によれば、強姦をした男は集団で動いていて、守邦駅周辺でナンパをして女子たちを襲っているらしい」
言葉が出なかった。
普段暮らしている平和な街だと思っていた地元で、強姦のような凶悪な犯罪が行われていた。しかも、守邦高校に通う二十人近くの女子が被害に遭っている。
嫌な予感が浮かぶ。
始業式の日、春宮の友人が学校に来なくなり音信不通だと言っていた。もしかすると、その友人も被害に遭ったのではと、思っている間に隣に立っていた東が手を挙げた。
「シバさん、質問、いいっすか?」
「なんだ?」
「被害に遭った女子たちは警察とか学校に相談はしなかったんスか?」
「……当然相談はしたらしい。けれど、警察はまだ犯人の尻尾も掴めていない。強姦魔連中は組織だって動いているみたいでな、中々に厄介なことになっている」
「厄介って言うと?」
「被害に遭った人物の証言だが、ナンパをされた前後の記憶がほとんど残っていないらしい。恐らく、クスリか何かを飲まされている影響でな、被害者の中には薬物依存の症状が見られる人物もいる」
「……ヤバいっすね」
「ああ、その通りだ。そこで二年生の皆には強姦魔連中の捜索に手を貸して欲しい。危険だってのは分かっている。それでもこのまま連中を野放しにしておくのは……個人的な意見だけど、許せねえって思うんだわ」
「……」
「重ねて言うが強制はしない。けれど、もう警察ばかりに頼ってもいられない、俺たちで強姦魔連中を捕まえる。そして、手を貸してもいい……そう思ってくれる人物だけ、この場に残ってくれ」
誰も動かなかった。
俺も、動けずにいた。そして、足が震え、内心安堵している最低な自分がいる。
二学期が始まって同じクラスの女子に学校を休んだりした人物はいない。つまり強姦の被害に遭ったクラスメイトはいないということになる。だが、そんな考えは卑怯だと感じ嫌な気分になる。
そして、誰も動かないことを確認した柴原先輩は一人の女子の名前を呼ぶ。
「亜由ちゃん、いいかな?」
「はい」
「俺らの学校で、今回の件に対応できそうな三年の女子はいない。そこで亜由ちゃんには女子側の指揮を任せたい。具体的には情報収集と他の女子たちへのナンパに対する注意の呼びかけ。他にも色々と頼むかもしれないけど……頼めるかい?」
「……承知しました」
「うん、ありがとう」
守邦高校には千人以上の生徒がいて、その半分は女子だ。
その女子たちを取り仕切る人物が友人である大秋だとは、少し誇らしいと思う反面、そんな凄い人物だったのかと驚くばかりである。
そして、柴原先輩は二年男子に視線を移す。
「次に男子だけど……南条っ」
「はい」
「俺たち三年は守邦駅北側を捜索する。そして二年生の男子には駅南側を任せたい。その指揮を南条、頼めるか?」
「……俺でいいんですか?」
「ああ、俺は南条に頼みたい」
「……わかりました」
「サンキューな。それじゃあ今から俺たちと亜由ちゃんと南条で今後の打ち合わせをするから、他の皆は少し待っていてくれ」
そこで二年生の囲いは解かれ、少し離れた位置で柴原先輩、阿久津先輩、大秋、南条によるトップ会議が始まった。
そこで周囲にいた男子たちは小さな声で雑談をする声が聴こえる。その誰もが今回の件に困惑している様子だった。そんな中で、隣に立っていた東は冷静な声色で呟いた。
「……なるほどねえ。この前の男子会はそういう意味だったんか」
「どういう意味だ?」
「お好み焼き屋に集まった二年男子、あの時は六十人以上いただろ? それがここに集まった二年男子は三十人、約半分の人数だ。恐らくシバさんは信頼できる人物の選別をしたんだろうな」
「どうしてそんなことをするんだろうな? 捜索をするなら人数が多いいほうがいいと思うけど」
「学校に強姦魔連中の一味がいる可能性があるってところだろうね」
「――ッ! そんな、学校に……」
「可能性の話ね。シバさんの様子だと相手の情報をまだ把握している部分は少ないんだろうな。だからこそ慎重に、今回の件に関わらせる人物を選出したんだろうさ」
柴原先輩が言っていた他言無用という言葉の意味を理解した。
どこに相手がいるかわからない、犯人の顔が見えないからこそ信頼できる人物にのみ声をかけた。しかし、疑問が浮かぶ。
どうして俺も呼ばれたのだろうか。
「キクちゃん」
「なんだ……西尾」
「ホントにここに残って大丈夫? 無理せんでもいいぜ?」
西尾から心配をされる。
正直に言えば逃げ出したい。強姦魔連中はれっきとした犯罪集団だ。でも
「もしもの話、だけどさ。同じクラスの女子が被害に遭ったら嫌だなって思ったんだ」
「……うん」
「それで、俺が力になれるとは思えないけど、今回の件に参加して、少しでも早く問題が解決できるのなら、なにかしたいなって考えたから、俺もここに残るよ」
「……だな。俺もそんな感じだわ」
西尾がニカリと笑って八重歯を覗かせる。
ここにいる誰もが不安なのだろう。でも、柴原先輩と同じく強姦魔連中を許せない。そう思った人物たちが、今ここに居る。
そして、話し合いを終えた南条が二年男子のところまで戻ってきた。
南条の表情は険しく、今回の問題の重さを表しているようだった。
「南条、それで、俺たちはなにすんの?」と、東が言う。
「さっきシバさんが言った通り、俺たち二年は守邦駅南側の飲食店エリアを中心に捜索をする」
「どんな感じで?」
「そうだな……ちょうどここには三十人いる。五人組の六班に別れ、担当区域を決めて巡回することにしよう。捜索の対象は街中でナンパをしている男たちだ」
「オッケー。そんで肝心なのがさ、強姦魔連中を見つけた時は……どうすんのよ?」
東の言葉に南条が少し難しい顔をした。
溜息を一つして、一人の大男は静かに言葉を紡ぐ。
「シバさんからは、強姦魔連中を見つけたときには『なんでもしていい、責任は俺がとる』と、言われている」
「……おや、今回のシバさんは随分と過激だねえ」
「ああ……そして、この場にいる皆にも聞いて欲しい」
南条は二年男子の顔を一人一人見て、覚悟を決めたように声を張る。
「正直に言って、俺が今回の指揮をするのに不満があるヤツは、今ここで名乗りを上げてくれ。俺は喜んで指揮役を交代する」
「ハッ、いねえだろ、そんなヤツ」と、誰かが言った。
「今回の相手はかなり厄介だ。どこに連中の耳があるかもわからねえ、信頼できる人間は少ない。だからこそ、ここに集まった『仲間』だけは信用して、なにかあった時には必ず仲間を頼れ」
「……」
「勿論、今日初めて顔を合わせたヤツもいるだろう。それでも、今回の件に関わる以上、単独行動はするな。常にここにいる誰かと行動し、相談をしてなにをするのかを決めて欲しい。なにせ、今回の問題に正しい解決方法なんてありはしないからだ」
「……」
「ここに集まった連中は、世間様から言わせれば道を外れたヤツらばかりだ。不良、チンピラ、はみ出し者、ろくでなし」
「へへっ、言い過ぎだろ」と、また誰かが言った。
「だが、そんな俺たちでも同じ学校に通う連中の力くらいにはなりてえ。そう思ってシバさんの声に応えたヤツも少なくはないだろう」
「……」
「捜索をする中で、少しでも気になったことがあれば言ってくれ。三年生たちが一ヶ月以上街中を探し回っても連中の尻尾も掴めていない。今はどんな情報でも欲しい状況だ……そして」
「……」
「ここにいる俺たちが強姦魔連中を捕まえる。それぐらいの気合いで、俺は今回の件に臨むつもりだ」
「ああっ、やってやろうぜっ」と、誰かが吠えた。
二年生の指揮を任された南条という男を、とても頼もしく感じた。以前聞いた、次期仕切り役の筆頭候補だという話も納得だ。
そして南条が捜索の班分けをしていく最中に、俺は気になっていたことを東に訊いた。
「東、少しいいか?」
「ん、どしたん?」
「さっき南条が柴原先輩から言われた『なんでもしていい』って言葉に、東は過激だとか言ってたけれど、あれ、どういう意味なんだ?」
俺の質問に東は薄く笑った。
しかし、目は真剣で、不穏な空気を彼から感じた。
「なんでもしていいってことはさ、殺してもいいってことなのよ」




