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お誘い

この物語はフィクションです。

犯罪行為、反社会的行為を推奨するものではありません。

暴力的な表現・発言・描写が入ります。苦手な方はご注意ください。

 二学期の初日。

 夏の暑さが残る体育館で、退屈な校長の話にあくびをかみ殺す。

 始業式では夏の大会で好成績を残した部活が紹介されるが、その中には卓球部の名前はなかった。


 そして始業式が終わり、教室へ移動する最中に一人の女子が話しかけてきた。

 薄い金髪をサイドテールにしている小柄な少女。クラスメイトであり守邦高校でも人気者の春宮なぎさだった。


「ねえねえ、キクっち」

「どうした、春宮」

「さっき先生たちが話してるの聞いたんだけどさ、今日は学校を休んでる女子が多いっぽいよ」

「そうなのか。春宮の知り合いも休んだりしているのか?」

「うん、SNSでフォローし合っていた隣のクラスの子なんだけど……夏休みの途中から急にSNSを更新しなくなっちゃって、学校も休んでるっぽいし、メッセージ送っても返ってこないんだ。他の子に訊いてもわからないっぽい」

「それは、心配だな」

「うん……」


 隣を歩く春宮は、急に連絡が取れなくなった友人を気にしている様子だ。

 連休後に学校を休むのは珍しい話でもないが、休みの間にSNSを更新しなくなったとなると病気か何かしらの事件に巻き込まれた可能性がある。


「あっ、ハルミィ久しぶりィ。バイト先の制服可愛かったよお」

「久しぶりっ、夏祭りのときはお店に来てくれてありがとねえ」


 そして春宮は別のクラスの女子たちから囲まれる。

 一人取り残された俺は、春宮たちから離れ教室へ向かおうとしたところで三年生の先輩たちが俺に近寄ってきた。


「やっほう、菊池くん。夏休みは満喫できたかい?」

「柴原先輩。お久しぶりです」


 話しかけてきたのは三年生の柴原先輩。

 生徒数千人を超える守邦高校では仕切り役と呼ばれ、あらゆる問題の解決に手を貸す人物であり、多くの不良たちを取り纏めている人物だ。

 そこで一つの考えが浮かぶ。

 学校を休んでいる女子が多いいと春宮は言っていた。そして柴原先輩は色んな生徒から相談を持ち掛けられる人物であるため、何か知っているかもしれない。


「柴原先輩、学校を休んでいる女子が多いいと先ほど聞いたのですが、何か知っていますか?」

「……誰から聞いたの?」

「同じクラスの友人です。先生たちが話しているところ小耳に挟んだそうで――」

「菊地くん」

「はいっ」

「できればその話、他では話さないでもらえるかな?」

「わかり……ました」


 一瞬、背中が凍った。

 普段は穏やかで人懐っこい笑みを浮かべる柴原先輩が、急に真顔になり緊張する。

 何か知っているのは明らかだが、この場ではその話をするつもりはない素振りを先輩はしていた。そしてなにより、先輩の後ろで待機している強面の三年生たちの視線が俺に集まっている。

 そんな視線に気づいた先輩は、いつもの人懐っこい笑顔に戻り、俺へ向かって白い歯を覗かせた。


「ああ……ごめんね、その話は機会があれば話すよ」

「い、いえ。お気遣いなく」

「そうだ。今日は菊地くんにお願いあって来たんだった」

「柴原先輩が、俺にですか?」


***


 放課後。

 職員室前の廊下を、同じクラスのギャル二人と歩く。


「ねえ、菊地。私と莉愛がどうしてシバさんに呼ばれたのよ? しかも生徒会室に」

「知らん。先輩に直接訊いてくれ」

「何かあったのかな……」


 柴原先輩からの頼みは『放課後、生徒会室に陽代美莉愛と冬樹沙織を連れてきて欲しい』とのことだった。

 理由はわからないが、守邦高校ではボスとも呼べる人物からの頼みだ。俺は二人に話を伝え、こうして三人で生徒会室に向かっていた。


 生徒会室前に到着をして、扉をノックすれば「どうぞー」と女子の声が聴こえて俺たちは生徒会室に入った。

 生徒会室は普段授業を受けている教室とは作りが違い、会議室のような様相をしている。

 そして机が中央に固められており、近くの椅子に腰かけていた三年生の女子が立ち上がり、大きく手を拡げて歓迎をしていた。


「やあやあ、よく来てくれたね陽代美ちゃんに冬樹ちゃん。それと、キミとは初対面だったかな?」

「はい、二人と同じクラスの菊地です」

「うんうん、菊地くんね。オッケー覚えたよ。私は生徒会長をしている空橋恵理(そらはしえり)です。ささ、三人とも座って座って」


 生徒会室で歓迎をしてくれたのは守邦高校生徒会長の空橋先輩だった。

 真面目なイメージが強い生徒会でも、空橋先輩は明るく、行事の挨拶の時でも天真爛漫な振舞いで生徒たちを沸かせる賑やかな人だという印象だ。

 クラス委員長をしている冬樹と、副委員長の陽代美とも面識があるらしく三人は席に着くまでの間に雑談をしていた。

 席には柴原先輩が座っており、その隣に空橋先輩が座り、俺たち三人は対面に座った。


「あの……一つ窺ってもよろしいですか?」と冬樹が怪訝な顔で言う。

「どうしたの?」

「生徒会長の空橋先輩と、仕切り役の柴原先輩は不仲だと聞いたことがあるのですが。どうして二人が一緒に生徒会室にいるんですか?」


 と、冬樹が質問をすると、先輩二人はくつくつと笑い始めた。

 眉をひそめる冬樹と、状況が理解できない俺と陽代美は目を見合わせて事の成り行きを見守った。


「実はさ、俺と恵理って付き合ってるんだわ」

「えええええっ!?」

「……冬樹よ、いきなり大きな声を出すなよ」

「いや、だって、二人は犬猿の仲だって、学校ではもっぱらの噂で――」

「ああ、それは俺が昔流したデマだよ。仕切り役の彼女ってなるとさ、色々面倒かけちゃうから、周りには黙っているように言い含めてたんだわ」

「べっつに、私は気にしないんだけどねえ」と、空橋先輩は笑みを浮かべる。


 状況はよくわからないが、冬樹は情報収集が得意だと昔言っていた。

 しかし、冬樹が掴んでいたネタは偽の情報であり、察するに柴原先輩の情報操作が上回っていたという話なのだろうか。

 驚いた顔の冬樹をよそに、信頼しあった表情で見つめ合う二人の先輩。


 昔、陽代美から聞いた話では、学校側が認めた権力者が生徒会長で、守邦高校の生徒が認めた権力者が仕切り役だと言っていた。

 つまり目の前にいるカップルは、まさに守邦高校の頂点とも言える存在なのだろう。


 そして、話が一旦落ち着いたあたりで陽代美が小さく挙手をして質問をする。


「あの、私たちが生徒会室に呼ばれた理由はなんでしょうか?」

「うんうん、そうだね、その話をしなくちゃ。実は今、十一月にある生徒会役員選挙に立候補者がいない状況なんだよね。生徒会長、副会長、書記、会計。生徒会には四人のメンバーが必要なんだけど、今は誰も立候補をしていないのよ」

「はあ……」

「それでね、冬樹ちゃん。どうかな? 生徒会長やってみない?」

「私が、ですか?」

「うんっ。冬樹ちゃんって成績優秀でしょ? それにクラス委員会のときも二年の中では頼りになるし、冬樹ちゃんがよければ私から推薦をしたいなって考えてるの」

「……」

「そして副会長に陽代美ちゃんもどうかなって思ってさ。二人共仲良しさんだし、生徒会美人コンビとかいい感じだと私は思うんだあ」


 どうやら、今回の呼び出しは陽代美と冬樹を生徒会へお誘いすることが目的だったようだ。

 誘いを受けた冬樹は沈黙し、陽代美は困惑の表情を浮かべていた。

 すると、冬樹は考えが纏まったのか、静かに口を開いた。


「……空橋先輩、申し訳ありませんが、生徒会長推薦の話、お断りさせていただきます」

「ええっ、なんで?」

「他に相応しい人物がおりますので……菊地、アンタもそう思うでしょ?」


 ここで今まで静観していた俺に話が振られる。

 冬樹の言いたいことは、なんとなく理解できる。冬樹と協力関係を結んだとき、彼女はこんなことを言っていた。


『この学校の頂点まであの子を押し上げる』


 詳しい事情は知らないが、冬樹は陽代美に借りがあり、陽代美を冬樹は持ち上げようとしている。

 そして個人的な意見を言えば、性悪な冬樹よりも我らが女王様がこの学校の頂点に相応しいと思う。


「そうだな、生徒会長なら陽代美の方が向いていると思うぞ」

「え、キク?」

「ええ、私もそう思います」

「ちょ、沙織?」

「なるほどねえ……うんうん、陽代美ちゃんもいいと思う。それで冬樹ちゃん、貴女は別の役職ならオッケーなのかな?」

「はい。莉愛が生徒会長となれば、私は副会長での立候補を希望します」

「いいね! それじゃそんな感じで行こうか! いやあ、よかったあ。現職の子たちがさ、来年は受験に集中したいからって立候補をしないって言ってきて困ってたんだよお」


 前に座る空橋先輩はほっと胸をなでおろしている。

 どうやら、空橋先輩は後継者探しに苦労をしていたようだ。そこで彼氏でもある柴原先輩と協議の上、陽代美と冬樹を生徒会に誘ったのだろう。

 しかし、生徒会長へ推薦された陽代美は困惑の表情のまま、俺のシャツの袖をクイっとつまんできた。


「キクは、私が生徒会長になるの、本当にいいと思ってるの?」


 不安に思うところはあるのだろう。

 しかし、陽代美は一学期のころ、誰でも叶えることが難しい夢を叶えている。


「陽代美は一学期のころ、クラスのみんなが仲良くなればいいと思ったことがあるだろう?」

「うん……」

「そして、今度は学校のみんなが仲良くなれたら素敵だと思わないか?」

「それは、思う……」

「ならいいじゃないか。学校の行事とかにも生徒会長なら色々と関われるだろうし、陽代美が生徒会長になってくれたら、俺は嬉しいよ」

「……うん、わかった」


 そう言って陽代美は生徒会長の立候補を了承した。

 本音を言えば冬樹が生徒会長になるなんて、暗黒系女帝が誕生しかねない。それなら陽代美が生徒会長になったほうが俺としては喜ばしい。


「それでね、菊地くん。他にも書記と会計の席が空いてるんだけど……菊地くんもどうかな?」

「あ、俺は遠慮しておきます」

「即答! ええっ? なんで? 陽代美ちゃんと冬樹ちゃんとも仲が良いでしょう?」


 そう言われても困る。

 俺は生徒会だなんてガラでもない。

 すると、ここまで沈黙をしていた柴原先輩が口を開く。


「ありゃ、菊地くん生徒会の誘い断っちゃうんだ」

「はい、バイトもありますので」

「そっか……うん、まあこればかりは仕方ないね。恵理、他の立候補者は別で探してくれ」

「りょーかい。それでも二人が立候補をしてくれるってだけで万々歳だもん。それで陽代美ちゃんと冬樹ちゃんには、今度十月にある文化祭の実行委員会に加わってもらいたいのよね。いきなり生徒会の仕事って言われてもわかんないだろうし、研修って意味でもさ」


 そして、陽代美と冬樹が生徒会入りする話が始まった。

 時折、陽代美からは寂しそうな視線を向けられるが、こればかりは仕方がない。

 すると、柴原先輩が席を立つ。


「そんじゃ部外者は席を外すかね。行こうか、菊地くん」

「はい」

「うんうん、ありがとねえ菊地くん。それじゃあ、詳しい日程なんだけど――」


 空橋先輩の話の途中で、俺と柴原先輩は席を立ち生徒会室を出る。

 すると、廊下では待ち構えていたかのように三年生の男たちがたむろしており、そのうちの一人、大柄で顔に古傷がある阿久津先輩が話しかけてきた。


「話は纏まったのか?」

「ああ」

「菊地は、どうするんだ?」

「少し黙ってな。これから誘うところだよ」


 険しい顔をして二人の先輩が言葉を交わす。

 その会話の中に自身の名前が挙がり、思わず身体に力が入る。

 そして、柴原先輩が俺に振り返りつつ生徒会室の扉を閉めた。


「菊地くん。このあと予定ある?」

「いえ、ありませんけど……」

「そっか。それなら一緒に少し歩こうか」


 そう言って柴原先輩は歩きはじめ、俺も後に続いた。

 その後ろからぞろぞろと三年生の先輩たちが続き、しばらくの間は無言で校内を練り歩く。

 そして昇降口付近に来たあたりで、柴原先輩が足を止め振り返る。


「今度さ、三年生の男子と二年生の男子で懇親会みたいな集まりをしようと思ってるんだよね」

「はあ……」

「懇親会って言ってもさ、ただ一緒にご飯を食べる男子会みたいな感じなんだけど、菊地くんもよかったら参加しない?」


 そう言われて言葉が詰まる。

 柴原先輩が声を掛けるとなれば、男子会に来る男子たちは不良じみた人物たちだとは容易に想像できる。

 そんな中に俺のような平民がいては確実に浮くだろうし、不良たちと馴れ合うことも難しい。

 返答に困っていると、柴原先輩が明るい調子で話しかけてくる。


「えっと、菊地くんは莉愛ちゃんと同じクラスだから……東や西尾とも面識があるのかな?」

「あ、はい」

「その二人も誘う予定だしさ、それに二年生の分は俺たち三年生がご馳走するから、タダでご飯も食べれるよ?」

「行きます」

「ハハっ、いいね。それじゃあ詳しい日程が決まり次第、東から声をかけるように言っておくよ」


 つい釣られてしまった。

 しかし、東や西尾が一緒なら肩身が狭い思いをすることもないだろう。それに先輩たちにご飯をご馳走とされるのであれば財布は気にしなくていい訳だ。


 三年生の先輩たちと別れ、一人で校舎に残り生徒会室にいる陽代美を想う。

 陽代美が生徒会長になる。それは、とても喜ばしいことだと思い、感慨にふける。


 我らが女王様が、ついに皆の女王様になる日も遠くないのだろうと思い、上履きから外履きに履き替え帰路についた。


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