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本当のギフト

マラソン大会からの帰り道。

 歩道橋へ行くために道を渡っていると、犬を散歩させている人がいた。

「そう言えばタタンは元気? うちの犬が寂しがっててさ。夜泣きをして困ったよ。」

山内君がいかにも困ったように言うので、遥は笑ってしまった。

「ザンダはタタンが気に入ってたからね。」


歩道橋の段差のある階段を見て遥が躊躇していると、山内君が遥の腕を持って一段ずつ引っ張り上げてくれた。

腕を支えてくれる山内君のごつごつした手が、大きくて頼もしい。

遥は疲れた足を意識的に持ち上げて、足を踏み外さないようにゆっくりと階段を登って行った。


鉄橋の上に着くと、ひと仕事終えた気分になった。片手を手すりから放して、遥は山内君にお礼を言う。

「ありがと。助かった。」

やっと出した声が、恥ずかしくて小さくなる。

「・・・いや。」

山内君は咳ばらいをしながら遥の腕をそっと放した。


「戸田さん・・・それとも、はるちゃんて言ったほうがいいのかな。」

「え?」

「戸田さんは何か秘密を隠してない? こんなことって僕も信じられないけど・・戸田さんってもしかしたら、お年寄りになったり幼稚園児になったりできるんじゃない?」

突然そんなことを言われて、遥の頭の中はフリーズしてしまった。


遠くから電車の走る音がしてきて、ファ~ンと汽笛を鳴らしながら駅のそばを通り抜けて行く。

電車が遥たちのいる鉄橋の下を大きな音をたてて通り過ぎていっても、遥はそこから動けなかった。


山内君は真剣な顔をして、驚いたままの遥の顔をじっと見ている。

「ごめん。どうしても何かがおかしい気がして、はるちゃんが家の間に入っていくのを見てたんだ。そうしたら今度はそこから戸田さんのおばあちゃんが出てきた。」

「・・・あぁ。」

う、見られてたのね。

「前に戸田さんを送って行った時に将棋の話をしただろ?」

「うん。」

「戸田さんの相槌がおばあちゃんと一緒だった。それにおばあちゃんに話したことを嫌に細かく覚えてくれてるんだなと思ったんだ。それで芳樹(よしき)と話してた時に、戸田さんとおばあさんって仲がいいんだなと言ったら・・・。」

「うちのおばあちゃんは二人とも亡くなってるって聞いたのね。」

芳樹めーーーーっ、おしゃべりなんだからっ。


「うん。それにこの前、はるちゃんがうちに遊びに来てくれた時に様子が変だったし。なんか(りゅう)と同い年っていうより、だいぶお姉さんに見えたんだよね。タタンもなんか変だったんだ。どうみても犬種がわからないようなクリーム色の毛並みをしてたし。最初、ぬいぐるみが歩いてるのかと思ったよ。」

「・・そうかぁ。」

「それにさっき犬を見た時に僕が言ったこと覚えてる?」

「ん?・・・・あーーーーっ!」

やっちゃった。あれ引っかけ問題だったのかー。山内君って、油断ならない奴だ。


もうここまでわかってるんだったらダメだね。

遥はがっくりと首を落として、それから天を仰いだ。そして溜息をはいて、覚悟を決める。


「バレちゃったかぁーーー。実はね・・・。」


遥がお正月に買った福袋のこと。その中から出てきた特殊な商品の機能を山内君に話すと、山内君は一々驚きながら熱心に話を聞いてくれた。


「それって、遥さんが買ったギフトだね。」

「ギフト?」

「うん。神様からの能力の授かりものをギフトって言うだろ?」

「ずっと使える能力だったらいいんだけどね。・・誰かにバレたら使えなくなるんだって。」

遥がケロリとした顔でそう言うと、山内君は慌てだした。


「え?! じゃあ、僕がギフトを使えなくしたってこと?! ごめんっ、そんなつもりじゃ・・。」

「いいのいいの。ちょっぴり残念だけど、私もタタンに怒られるようなうっかりした使い方をしてたから仕方がないよ。まぁ考えてみれば、いろんな夢も叶ったし。」

「・・・どんな夢が叶ったの?」

「そうねぇ。翼先輩の姿を近くで見られたでしょ。ファッション誌のお姉さんみたいな格好をして買い物ができた。ストレートのロングヘァーも試せたし。翼先輩の隣も歩けた。」


遥が指折り数えて叶った夢を話していると、山内君の顔色がだんだん悪くなっていった。

「ちょっと聞いていい?」

「ん、何?」

「戸田さんって、やっぱうちのアニキのことが好きなの?」

「うん、憧れてた。翼先輩がいたからテニス部にも入ったし。」

「・・・そう・・か。」


揶揄(からか)ってくるより落ち込んでいる山内君の様子を、遥はじっと観察していた。そして、勇気を出してみようと思った。

胸がドキドキと高鳴ってきて、頭がジンジン痺れてきたが、一世一代の勇気を絞り出して口を開いた。

「それからね、好きな人の弟と友達になって、好きな人の部屋にも入れた。」

「うん・・・・ん?!」

「ソックスの機能がポンコツなおかげで、好きな人に送ってもらえちゃった。」


山内君の疑問で一杯だった顔が、みるみるうちに真っ赤に染まってくる。

「・・・それってもしかして。」

「山内君、ううん。(かける)君が好きです。」

遥はそう言った途端に、山内君の顔が見られなくなってうつむいてしまった。


吹きさらしの鉄橋の上を風が通り抜けていく。

風が冷たい、そして沈黙が重い。


「かぁーーっ!マジかよっ、信じらんねぇ。」

山内君の言葉とは思えない乱暴な言葉が聞こえたかと思うと、遥の頭はギュッとヘッドロックをかまされた。

「俺の方が好きだし。一年の時からずっと見てたの知らないだろ。」

えっ?! それは知らなかった。

「本当?」

「本当だ。」

「翔君、ギブギブ。頭が痛い。」

「あ、悪りい。」

遥が翔君の腕を叩くと、翔君はヘッドロックを解除してボサボサになった遥の髪を整えてくれた。


「ハルちゃんの髪って、くせ毛だな。」

「うん。それが悩みの種。」

「えー、クリンクリンしてて可愛いのに。」

「え?」

「あっ・・・・。」


「うーー、コホンコホン。二人とも、そういう会話は、もう少し目立たないとこでしたら?」

「ギャラリーが増え続けてるぞ!」

階段の下から大きな声をかけられたので振り返ってみたら、そこには恵麻ちゃんと芳樹の他に10人以上の中学生が集まっていた。

皆はずっと見ていたのか、ニヤニヤと訳知り顔で笑っている。道には買い物帰りの袋を下げたままでこっちを見上げているおばさんもいた。


「うわっ、恥ずいっ!」

翔君が私の手を取って、鉄橋の反対側に逃げ出した。

そんな私たちを大勢の人たちの笑い声や、口笛が追いかけてきた。

「ここ、通学路だったね。」

「うん。」



こうして戸田遥と山内翔はつき合い始めた。

学校中に瞬く間に『鉄橋の告白』が広まったのは無理もない。

しかし当初の恥ずかしさが落ち着くと、二人とも開き直って人目をはばからずにイチャイチャし始めた。

女子の中には山内君のあまりの変わりように、しばらく戸惑う人もいたようだ。

それも日々の生活の中に紛れて、やがて誰も違和感を持たなくなっていった。


タタンは一度だけ遥の前に現れた。

「干支神様は、遥に本当の幸運を授けたのかもね。」

そんな謎の言葉を残して、福袋を回収していった。

しかし・・・あのマジックバッグだけは忘れたのか故意にか置いていってくれた。



遥は今でもあの福袋のことをよく思い出す。

「本当にあの袋の中には『福』が入ってたのね。」

赤ちゃんの紙おむつを古いショルダーバッグに入れながら、遥は柔らかく微笑んだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

次は「恵麻のひいたおみくじ」でお会いしましょう!

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