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校庭のソメイヨシノが、いっせいに開花した。
「つまんないなあ。一本くらい、空気読めないやつはいないのかね」
ぼやく茅野の鼻のあたまに、うすもも色の花びらひとつ。ほのかはそれを、そっとはがした。
「だってソメイヨシノって、クローンなんでしょ? だから行動パターンがいっしょなの」
「でも、ときどき、まだ寒いのに咲くバカもいるよね」
哲也が割って入る。
「フライングで咲いたバカは、春になったらこのざまだ」
歩く三人のすこし後ろを、がっくりとうなだれてついてくる背の高い男子。身長はまだしつこく伸び続けているようだが、足の痛みはだいぶ落ち着いている。
「バカって言うなあ」
蒼はちからなく言いかえすと、哲也をうらめしげににらんだ。
「いちおう自覚あるんだね」
「糸の切れた凧みたい。唯ちゃんが出発するまで、すっごいハイテンションだったのに」
「石田の乗った車が見えなくなったとたん、こうだもん」
三人とも、さんざんな言いようだ。
「さーて。いよいよ、ドキドキの新クラス発表だね」
哲也がうーんと伸びをする。
「つぎも蒼と一緒なら、五年連続。記録更新だあ」
正面玄関ホールの掲示板前に、すでに人だかりができている。
手をつなぎ合ってぴょんぴょん跳ねるもの、肩を落としてため息をもらすもの、なんにもリアクションをしめさず、クールに眺めているもの。
茅野が腕組みして、ふうと息をつく。
「石田もいないし、わたしともし離れてたら、相沢ははたしてやっていけるのかね」
「だいじょうぶだもんっ」
ほのかがほおをふくらませた。
「ちゃんと、友達つくれるもん。……たぶん」
「わたしが休み時間のたびに行ってやるからっ」
茅野がほのかの頭を撫でた。哲也はそれを見てくすくす笑う。
人垣をかきわけてすすむ。貼りだされた新クラス名簿に、自分のなまえを探す。
「合格発表もこんな感じなのかな」
ほのかがぽつりとつぶやく。
「うわー、やなこと言うなあ」
そう言いつつも、哲也の目は名簿のうえをせわしなくさまよう。
「あった! 二組。蒼、また一緒だよっ」
「わたしも、あった。三組。相沢も一緒」
茅野がくいっとめがねのフレームをあげた。ほのかがふんわりとほほ笑む。
「榎木くんも一緒だね」
「うん。そんじゃ、高島、三崎、また」
手をふると、茅野とほのかは寄り添い合いながら自分たちの教室へ向かった。
「いいよね。女の子同士だと、あんなふうにべたべたできて」
つぶやく哲也。なんのはなしー? と蒼が聞いた。
「なんでもねーよっ」
叫んで、タックルをかます。
「いってえー」
蒼が、唯と離れて以来はじめて、張りのある声をあげた。
風が吹き、ざあっと、桜が揺れた。きれいだな、と蒼は、携帯のシャッターを切る。
送信。
「何してんの。早く」
「おう。ごめんごめん」
駆け足で、あたらしい教室に、あたらしい日々に、向かっていく。
その二日後。唯から手紙が届いた。蒼と、みんなへ。
――こっちも咲いてるよ。
短いメッセージとともに封筒に入っていたのは、桜、桜、桜、桜の写真。
そして、一枚だけ、新しい学校の制服に身をつつんだ、唯の写真も。校門らしき場所の前に立ってピースサインしている。
「ていうか、スカート短くなってね?」
蒼はつぶやいた。そして、笑った。
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