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思春期スイッチ  作者: せせり
タマゴ
20/26

1

 一月三日。鳥居の向こうに広がる空はすっきりと青い。唯たちの住む集落の神社は、小高い山を少しのぼったところにあり、境内から海を見渡せる。毎年、秋にはお祭りもあり、小学生たちが神輿を担いだり、子ども宮相撲大会が開催されたりする、なじみの神社だ。

 唯、ほのか、蒼、哲也の四人はそろって初もうでに来た。

 唯がひいたおみくじは「末吉」だった。

「微妙―」

「おれは小吉だった」

 蒼が自分のおみくじを広げる。

「勝ったな」

「なんの勝負だよ」

 唯が口をとがらせる。

「そもそも、末吉と小吉ってどっちが上?」

「小吉だろ」

「末吉だよ」

 はいはい、と哲也が割って入る。

「どっちもどっちだよ。じゃーん、ぼく、だ・い・き・ち」

 ピッカピカの笑顔だ。おおー、と唯と蒼は感嘆の声をあげる。

「あたしも大吉」

 ほのかが、えへへ、と笑った。

「よかったね。何かいいことあるんじゃん?」

 唯がほのかのほっぺをつつくと、ほのかは、

「いいこと、か。あたしは今がとってもしあわせだよ」

 と、ほほ笑む。

「また四人で、こうして仲良くできて、うれしい。今年もよろしくお願いします」

 ふかぶかと頭をさげた。ほのかのベレー帽のてっぺんについた、大きなポンポンが揺れる。あらためて言われるとなんだか照れくさくなって、ほかの三人はたがいに顔を見合わせ、すぐにそらしてしまった。

 四人はずっと仲が良かったのに、中学にあがってからは距離ができていた。ほのかが男子たちとかかわるのを避けたのがおもな理由だけど、それだけじゃなくて、唯もまた、蒼を避けていた。ほのかとは違う事情で。正直、今だって逃げたいと思っている。

「おれがんばって普通にするから。だからせめて、前みたいに仲のいい友達にもどろうよ」

 蒼は言った。合唱コンの時期、ほのかと哲也に置いてきぼりをくらって、蒼とふたりで帰ったことがあった。その時のことだった。

「無視だけはすんなよ」

 そんなふうに言われて、唯は、ちいさく「ごめん」と返したのだった。

 そう、友達。友達だったら、こうして一緒に出掛けたり、遊んだり、ふたりで帰るのだって、ふつうにすること。ほのかや茅野とはそうしている。だから変じゃない。唯は自分に言い聞かせる。

 蒼とは、友達。ずっと、この先も。変わらない。

 思いっきり深呼吸した。神社の空気は凛としてすがすがしい。肺のなかが洗われるみたいだ。

「唯ちゃん、お父さん、いつまでこっちにいるの?」

 ほのかが聞いてくる。単身赴任している父が、正月休みで家に戻ってきているのだ。

「あさってだよ」

「そっか。じゃあ、またすぐさびしくなっちゃうね」

「べっつに今さら、さびしいとか、ないけどさあ」

 唯は苦笑する。そうは言っても、父のことは好き。茅野は自分の父を毛嫌いしているし、ほのかも、お父さんと洗濯物は別にしたい、なんてことを言う。ずっと一緒に暮していれば、自分も、もしかしたらそういう感情を持つのかもしれない。

 だけどやっぱりお父さんがいる方がいいな、と思う。お母さんとふたりきりはきついよ。

 白いため息を吐く。

 いつからお母さんに対してこんな感情を持つようになったんだろう? 昔は大好きだったのに。

「幸せ逃げるぞー」

 蒼がすかさず唯の頭を軽くこづいた。顔を上げると目があった。どきどきした。

 

 つぎの日もいい天気で、唯はひとり、朝から小さなスケッチブックを持って出かけた。灯台のほうへ行ってみるつもりだ。空は雲ひとつなく、どこまでも青く、澄んでいる。灯台の白がさぞかし映えることだろう。

 唯と両親は、元旦は隣町にある父の実家に行き、二日は同じ町内にある母の実家にお邪魔した。宴会やあいさつ回りで疲れた父は、今は家でゆっくり羽を伸ばしている。

 父と母は高校の同級生で、長年の交際を経て結婚に至った、らしい。

 高校教師をしている父が母校に赴任したのをきっかけに、この町に家を借りた。父の実家を二世帯に改築して同居しようかという話をしていた矢先に県北の学校へ異動になった。それはちょうど唯が小学校を卒業するタイミングで、ついて行こうかという話は出たものの、結局父だけが引っ越すことになったのだった。

 天気がいいとはいえ、一月の海風は冷たい。自転車をこぐ唯の頬は風にじかになぶられて痛いくらいだ。それでも唯は冬が好きだ。田も畑も色をなくし、山の緑も褪せる、ものがなしい冬が好きだ。もちろん春も夏も秋も好きだ。それぞれに、その美しさがある。一瞬でも目を離せば、そのすきに空気はうつろい、ひかりは色を変える。

 だからあたしは、絵を描く。

 自転車を止めた。海沿いの小道をひたすらに東へ進んだ先。小さな半島の先っぽ。突堤が伸び、その先端に白い灯台がすっと建っている。細い橋げたのような突堤を歩いて進もうとして、ふと人影に気づき、唯は歩をとめた。

 灯台のふもとに、寄り添い合うようにして座っている男女のすがたがある。

 だれだろう? 

 こっそりと近づいてみる。男が女を抱き寄せている。唯は固まってしまった。

 フリーズしたまま動けないでいると、ふいに女のほうが顔を上げて、その拍子にばっちり目が合ってしまい、唯はすぐにきびすを返した。

 やば。みちる姉ちゃんじゃん。

 ほのかの姉のみちるは今、高校二年生。一緒にいるのは彼氏だろう。ほのかの話では、母親がみちるたちの交際に反対していて、それで毎日激しくぶつかり合っているのだという。たしかにみちるの彼は、ちょっと見ただけでも、いかにも素行の悪そうな感じだった。だけど唯にとってそんなことはささいな問題だ。

 小さい頃よく遊んでくれていたみちる姉が。テニスに夢中で、真っ黒に日焼けしていたみちる姉が。男に抱き寄せられて、うっとりと目をうるませていた。

 なんなんだよ、どいつもこいつも。唯は、うがーっと叫びだしたいのをこらえて、ひたすらに自転車をこいだ。


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