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同調世界の独裁者  作者: 白湯気
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憤怒《リミットブレイク》

かなり遅筆で半月に1回ペースで上げていきます。

もしも、誤字脱字等のミスがありましたら、コメントにて教えていただけるとありがたいです。

今回も楽しんでいただけると幸いです。

 アリスとの一騎打ちから1週間、新入生は学校に慣れ始め、思い思いの生活を始めていた。

 授業は、《対人汎用兵器(バリスタ)》の仕組みや操作方法を学ぶ「操学」、対人戦術や大規模戦略を学ぶ「座学」の他に、第三次世界大戦前を学ぶ「前栄史」や、戦後の経済を含めた今に至るまでの史実を学ぶ「近代学」がある。

「────よって、世界は『扶桑国』『桃朕国』『センチネル公国』『ミュゼット統国』『マッケーラ大国』の5つに分かれ、それぞれに『統師』と呼ばれる国の長が君臨し、帝国主義を敷いたのよね。

 さっき言った古代文明を破壊した5人が、その初代統師と言うわけなのよね」

 教壇に立つ初老の男性教論が、独特の口調で授業をしている。

 サイバネティック・アーツ社直轄の学校故に、教師陣は実績や経験豊富な元官僚、最前線の技術発展に携わった元研究員など、輝かしい過去を持つ者ばかりだ。

「余談だけどね、君らが扱う《対人汎用兵器(バリスタ)》はこの5人が使っていた《起源(オリジン)》と呼ばれる武装が、ベースになっているのよね。

 まぁ、詳しい話は昼食後の座学で聞くといいよね。はい、今日はここまで」

 と、同時に終礼の鐘が鳴る。彼らは経歴だけにあらず、教師としての腕前にも目を見張るものがある。


「皐月、これについて説明してもらおうか」

「今日も何かあるの? お昼ぐらいゆっくり食べようよ......」

 健が皐月に詰め寄る、最近何かと理由をつけてつっかかってくるので大概は無視だ。

 ただ、不仲な訳ではなく、例の模擬戦以降、皐月含めた3人の仲からは以前のような敬語混じりは抜け、親密になってる。

 そのため、今日も教室の端にある皐月の机にスミレと健が昼食を持って集まってくる。

「すごいよ、柏木君の噂、猛獣を素手で仕留めたことがある! とか、海を走って大陸渡った! とか」

「なんだよ、それ……根も葉もない」

「そのことじゃねぇ! これだよ!」

 適当にあしらわれ、やや涙目の健がB4用紙を机に叩き付ける。

「『サツキファンクラブ』? 柏木君ってば、あれ以来良くも悪くも人気だからね。上半身裸で、拳と蹴りだけでランキングトップの会長を圧倒した、だなんてさ! 私もビックリしちゃった! 柏木君のあの時の余裕にようやく納得したけどね」

 サンドイッチを頬張りながらスミレが熱っぽく語る。健はそれが気に入らないのか眉を釣り上げる。

「だぁかぁらぁよぉ、俺が言ってんのはよぉ、女子の人気がどうしてこんなに跳ね上がってんだって聞いてんだ!」

「知らないよ……」

 自分のためのファンクラブ設立など初耳だ。

 ましてや、跳ね上がった女子の人気など実感したことはない。

「え、だって、柏木君の体、身長は普通だけど、引き締まった筋肉で繰り出される目にも留まらない拳撃と脚撃の嵐、顔も整っててイケメンだし、特に目元がいいよね、凛々しくて、私も見てて興奮しちゃった! 私もファンクラブ入ろっかなー」

「これだよ! 何この美化! 最初は一方的なリンチじゃん! いくら会長相手でも女の子をぶん殴るってありえねぇだろ!」

「......その、えっと......」

 皐月をよそに、2人の口論(?)が始まる。

 このような論争は珍しくない、模擬戦における最初の一方的な攻撃、容赦のない暴力を次々と叩き込む姿、見せしめとして選ばれた者にも関わらず最強と謳われる生徒会長に牙を向けた、よって世間は賛否両論となっている。

「いや、俺だって分かってんだよ……こいつはイケメンで、頭おかしいけどよ、毎年やってる『見せしめ』で大立ち回りをやってのけて……俺だって女だったら惚れてる、いや、俺はもう、こいつに惚れてんだ……」

「いや、ホモは……ちょっと」

「そうじゃねぇよ!?」

 健が悔しそうに手を震わせながら、よく分からないことを言ってくる。

「見て見て! ファンクラブ会員証もらっちゃった! これしっかりしてるね、素材はカーボン樹脂かな……? す、すごいね、模擬戦終わったの、ついこの間だよね……一体誰が」

「いやいや、いつの間にやらって感じなんですけど、こっちは」

 健が愚痴をこぼしている間に、何を思ったのか突然教室を飛び出し、一瞬で戻ってきたスミレの手には、白のプレートに黒の印字がされた会員証だった。

 相模スミレの名前、顔写真、さらには文字の全てが樹脂を掘ったもので墨入れまでされている。

「これ、予め作られてたみたいに精巧だね、すごくかっこいい!」

「なんだか恥ずかしいな、僕は結局負けたんだよ?」

「出たぜおい! 聞いたかスミレさんよぉ! この、持つ者の余裕、負けたって会長の奴隷だろ? うらやまけしからん!!」

 健が皐月を指さしながら叫び、涙を飛び散らせていた。

「お、大野君、落ち着いて……そういえば柏木君、会長さんのところには行かなくていいの?」

「うん、生徒会室に昼食を終わらして一時までに来いって言われたから、まだ時間じゃないし平気だ────」

「皐月!! いつまで昼食をとってるの!? 今日は私と2人でと約束したのに!」

 まるで待ってましたと言わんばかりのタイミングで、後ろのドアをスパァーン! と、気持ちのいい音をたてつつ会長様が、何やら誤解を招きそうなことを言い放つ。

「借りてくわ」

「え、ちょ、まだ食べて……あぁ、今度から好きなものを先に食べておこう……」

 案ずるより産むがやすし主義のアリスは、皐月の首根っこをつかみ連れて行く。遠のいていく声には悲壮感を覚えた。

「毎日毎日会長と一緒でいいなぁ……2人きりで何やるんだろ……」

「あはは、私、たぶん大野君が柏木君の立場だったら、また違う意見だったと思うなぁ……」


 一方、廊下では、ずっと皐月のことを見つめ(監視し)、耽っていたもう一人の会長が歯噛みしていた。

「……いかがいたしますか?」

 すると、男がまるで従者の如く、音もなく傍らに立ち、悔しそうに顔を歪める女生徒に伺いを立てる。

「相手はあの生徒会長よ、何か策を考えないと……だから、仕掛けるのはまだよ、待機していなさい」

 深くお辞儀をすると、男の気配が消えた。

「皐月様……私が助けてさしわげますわ……」

 小さく呟いた言葉には、熱い情熱と恋慕が混じっていた。

 だが、そこは昼休みの廊下であり、食事を終え、生徒たち各自が与えられた時間を自由に過ごしている。


「あれ……確かファンクラブ会長よね……」

「てことは、あのクラスは柏木のクラス……」

「模擬戦終了直後に、自分が持つコネを利用してファンクラブを設立、ってのは本当だったんだ……」


 噂話を始める生徒たちに気付き、耳まで赤くするとクルリと反転し、教室に戻っていった。




 首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられて行った場所は、例の一騎打ちと同じ、模擬戦会場。

「はぁ────……はぁ────……もう、一回……」

 渦中の人(一部にとって)、アリス・愛染・アルニヘルは、満身創痍だった。

「やめましょう、会長……もう、僕、心が痛いです」

「いや、まだ……足りない、もっとよ!」

 2人とも白道着に着替え、グローブを装着し、武装なしの模擬戦を行っていた。

「ここからが、本番、《対人汎用兵器(バリスタ)》を使いなさい」

「会長……」

 肩で息をして、道着もはだけ始め、瑞々しい肌が土埃に汚れ、豊満な胸が今にもこぼれそうだった。

 一方、そんなあられもない姿を目の当たりにした皐月は別の意味で動悸が激しくなっていた。

「(なんで会長ノーブラなんだ!!)」

 心の中で嬉しさ反面、経験の浅い一男子生徒である皐月は対応に困る。

「? なぜかは知らないけど、スキだらけよ!!」

 そんな間の抜けた醜態を晒す皐月には微塵も気付かず、ただ上の空だった、と判断したアリスが数歩分の間合いを一瞬で詰め、皐月の襟元を掴み引っ張る。

 皐月は瞬時に意識を切り替え、足を払い、そのまま皐月が押し倒す。

「あ......」

 だが、皐月は次の一手が出せずに硬直した。

「(この距離は、まずい......色々いい匂いが......!!)」

 さらにそれは、傍から見れば男が性欲に負けて服がはだけたあられもない姿の女の子を襲ってる図、である。

「ぅ......っ」

 アリスは、受け身をとったとはいえ、模擬戦用の砂地は固く、痛みに悶える。

 にもかかわらず、手は離れていない。

「あ、あの、離して......!!」

「スキ、あり!」

 そのままひざ曲げ、胴に滑り込ませた足の裏で蹴り上げる、バネを最大限利用した巴投げだ。

 拘束され、まともに背中から強打し、息が詰まる。

「ッ......!」

 互いに距離を置き、アリスはバチィッ! と、紫電を放ちながら《血に濡れた正義コンヴィクシオン》を展開する。

「本気ですよね......会長......」

「その通り、今回の同調シンクロ率は100%私が持ち得る最強のカードよ」

 《同調神経(ハーモニー)》と《対人汎用兵器(バリスタ)》の適合率を同調(シンクロ)率と呼び、45%未満は不適合として《対人汎用兵器(バリスタ)》の使用認可を国から得ることはできない。

 しかし、ここの学校に通う生徒は、全員同調(シンクロ)率が75%を超えている。これは、学校に入る最低条件のためだ。

 その中でも90%を超える者は、同調率を任意的に操作することが可能になる。

「前回は確か、65%くらいでしたっけ」

「ええ、外見ビジュアルの考慮もあったからね。今回は本気よ」

 今のアリスは、前回のような妖艶なフォルムではなく、アリス自身が持つモデル顔負けのスタイルを全て殺し、重厚な装甲は黒々しく輝き、加速装置ブースターも前回のような翼の形状を持たず、ロケットエンジンをいくつも束ねた機能性のみを考慮したものになっていた。

「参ったな、僕の同調率は最高8%なんですけど......」

「ええ、制限があるとは聞いてる。だから来なさい!」

 アリスは両腕を交差させ、完全に受けの体勢だ。

「会長......」

 実のところ、アリスのこのような行動は珍しくない、前回の模擬戦の後、生徒会室に呼び出された皐月が聞いた最初の言葉は「もう一度お願いする」だった。

「皐月の全力をぶつけるだけ、私は何もしない。なのに動かないなんて臆病風に吹かれたかしら?」

「(なんで殴られる側がそんなにノリノリなんだ......!)」

 つまり会長の本性は、見た目の凛々しい見た目から連想できる「かっこよくて、なんでもできて、完全無欠」と言ったものなどではなく。

「さあ! 早く!」

「会長…………」

 自分に厳しい「ストイック」という言葉を盛大に勘違いした、スタイリッシュMだった。

 アリスは待ち切れなくなったのか、ステップやよく分からないジェスチャーでさらに挑発をかける。

 皐月が身体より心の披露で限界を迎えつつあったその時。

「そこまでです。会長」

 不意に、誰もいないはずの観客席から声がかかる。

 レリック・陣内・ユースティア、生徒会副会長にして、学力においてはアリスを抜いて首位、《対人汎用兵器(バリスタ)》においてもトップクラスの成績を収めている。

「そろそろ、公務の時間ですよ。遊んでないで、さっさと生徒会室に戻ってきてください」

 長身痩躯の美青年、メガネがよく似合っており、いかにも優等生といった風貌を持つレリックは、呆れ顔でこちらに歩いてくる。

「せっかくいいところだったのに......」

 水を差され、不機嫌になりつつ武装を解除すると、中からボロボロの道着をまとい、半裸同然のアリスが出てくる。

「っ......!!」

 皐月は思わず体ごと反転し、顔を伏せる。

「か、会長!! ふ、服が......」

「え? ......あ!! み、見るな!!」

 アリスが慌てたように声をあげるが、すでに皐月の網膜には焼き付いていた。

「まったく......これくらい想定しておいてください。

 更衣室前に着替えを用意してあります。

 さっさと着替えて、公務に戻ってください」

「うぅ......皐月、私は先に生徒会室に戻る、着替えが済んだら皐月も来てくれ」

 アリスはワガママを言う子供のようにふてくされながら更衣室へと歩いていった。

 レリックはそれを見送ることなく、皐月に向かってくる。

「あ、あの......」

「あまり、会長を甘やかさないでくれ、皐月君」

 レリックは皐月の近くへ来ると、服を渡してきた。

「君の分の着替えだよ。君にはやってもらいたいことが色々あるのでね、早く着替えてくれると助かる」

「はい、分かりました......って、僕も会長も制服から道着に着替えたんですよ? 更衣室には制服があるので、着替えは大丈夫です」

「いや、いいんだ。これはある意味、罰でもあるから」

「罰......?」

 レリックの含みのある言葉に疑問を抱きつつ、更衣室へと向かった。


 その罰の意味はすぐに分かった。

「レリィーック! この服はなんだ! 私の制服はどこだ! いや、私が悪かったのは分かってるから許して!!」

「僕は完全にトバッチリですよ......会長に付き合ってただけじゃないですか!」

 生徒会室、机を挟むようにして皐月とアリス、対面にレリックが座っている。

 レリックは満足そうに笑顔を作ると手元の書類を渡してくる。

「お似合いですよ、2人とも。では、反省文の作成から始めましょう。まずは無断で演習場を使用した件からです」

 400字詰めの原稿用紙の束を前にして座る2人の姿は、バニーガールとメイドだった。

「会長!! 許可は取ったと言ったじゃないですか!」

「そ、そうだったかな?」

 アリスは明後日の方を向き、鳴らない口笛を続ける。

「それと、《対人汎用兵器(バリスタ)》の無断使用、公務怠慢、よって2人は1週間の謹慎処分とします」

「会長!!!!」

「ごめんなさい!!」

 ついに皐月は、先輩であり生徒会長であり、諸悪の根源の胸ぐらを掴む。

 ただし、自覚ゼロのスタイリッシュMであるアリスは、抵抗のての字もなかった。

「とりあえずその格好は、処分を軽くするために先生方と掛け合った私の慈悲です。しっかり反省してくださいね」

 要するに、皐月は校則の「《対人汎用兵器(バリスタ)》の無断使用を禁ず」と「設備の無断使用を禁ず」を同時に破ったため、入学早々停学となったのだ。

 さらに、アリスのバニーガール姿の盗撮写真が時価最高8万円を越し、生徒(ほぼ男子)がそれを巡って血で血を洗う戦争が勃発。負傷者が続出する中、大野健筆頭の『会長の写真を守り隊』が勝利を収める。

 皐月のメイド姿は、筋肉質な彼にフリルなど似合うはずもないのだが、ファンクラブ主催のオークションが開催され、最高12万円と言う高額で落札される。相模スミレもそのオークションに参加し、貯金の2割ほど、約6万円で数枚獲得していた。

 もちろん、全員停学となった。



 およそ30余人が停学処分を受け、前代未聞の大事件となった次の日。

 皐月と健は、学校から離れた扶桑国の都市部である『八京』の駅前にいた。

 全国に伸びる高架橋。モノレールが国民の足となって馴染んだのは、およそ20年前。

 八京駅は、扶桑国内において最も利用者数の多い駅で、駅前の繁華街・ショッピングモール等も充実しており、観光名所も多数存在する。

 春も半ば、新しいスタートを迎えた人たちによる期待に満ちたムードから一転、夏を匂わせる水着や薄手のワンピース等の夏先取りアイテムが店前に陳列され、今年も暑くなると予報される中、涼しげでどこか華やかさを覚える雰囲気が2人を包んだ。

「俺ら、謹慎中だろ? 見つかったら大目玉だぞ」

「会長直々の命令だから無下にできないんだよ、あの人実力あるくせによく謹慎されててさ、暇だから付き合えだなんて......」

「会長様のお言葉ならしゃーないよ」

 健はやれやれと言ったように首を振る。

 皐月も同じように嘆息する。

 そこで、1つ気がついた

「ところでさ」

「なんだよ」

「なんで僕が会長に呼ばれたこと知ってるの? 確かに友達連れて行きたければ呼んでいいって言われたけど、僕誰も呼んでないはずだけど」

「アリス先輩に、お暇でしたらどこか買い物にでも行きませんかと誘ったらこのことを知ってな」

「あぁ、要するに振られたのね」

「やかましいわ!!」

 健が涙目で、お前は会長に贔屓にされてだのなんだのといつもの妬み嫉みをぶつけて来たので、皐月は適当に受け流す。

「お待たせー!」

 すると、聞き慣れた待ってもいなかった相手から声がかかる。

「あれ? スミレ? なんでここに?」

「いや、なんかファンクラブ? の人が来て、皐月様の外出が確認された、尾行し動向を探れ、とか言われてさ、よく分かんないけど、暇だったから来ちゃいました☆」

「来ちゃいました☆ じゃねぇよ、完全に監視と尾行じゃねぇか」

「まぁ、結果的には大野君にも会えたしさ! 私はうれしいんだけど、それじゃダメかな?」

 思わせぶりのスミレの発言に健が「お、おう、いいんじゃねぇかな!」とチェリーボーイっぷりを発揮する中、1人皐月は監視されてることに震えていた。

「ところで、会長さんおそくねぇか? 集合時間とっくに過ぎてんだろ?」

「うん、もう1時間は過ぎてるかな、いくら会長とはいえ時間とか約束は守る人なのにな......ちょっと心配だから探してくるよ、2人は先に近くのショッピングモールにでも入って待ってて」

 そう言ってすぐに、皐月は駅の中へと入っていた。

「あ、おい! ったく、行っちまった、俺らだって手伝えるのによ」

「でも、バラバラになるのも得策じゃないよ、ここはおとなしく2人でブラブラしよっか」

 健にとって、女子から2人きりになろうなんて誘いは生を受けて16年と少しの間1度もなく。

 ましてや、キチンとしたお付き合いを1度もしたことがない男にとって、これ以上ない程うれしいできごとなのだが。

「お前ってさ.....天然、とかってよく言われない?」

「言われる! すっごい言われる! 大野君ってすごい! なんでも分かるんだね」

 健の言葉の天然の後に「男たらし」が入ることを、スミレは知るよしもなく、またも満面の笑みで健を魅了するのだった。


 皐月がアリスを見つけたのは割と早かった。

「何やってんすか、会長」

「......なんで、皐月は私服なの?」

 なぜなら、アリスは謹慎中に外出とルールを破っているにも関わらず、律儀にレリックが用意したバニーガール姿で来ているのである。

「当たり前ですよ、あんなもの律儀に着る方がおかしいです」

「......」

 おかげで、周りからの目は冷たく(一部は熱いが)、正直言うと関わりたくない。

「会長って天然ってよく言われません?」

「初耳ね」

 言える人が周りにいなかっただけだろう。

「とりあえず、服を買って着替えてください、なんで連れ出したかは知りませんが、僕らはまたルールを破ってる身です、目立つ行動は控えましょう」

 そう言うと、アリスは何を言ってるのか分からない。と言った表情でこちらを見る。

「別にルールは破ってないわ、だってこれは生徒会の仕事だし」

「へ? だって、先輩はただ付いてこいと言っただけですよ?」

「ショッピングモールに最近巷を騒がしてるテロ集団が襲撃をかける可能性があるってリークが来たの、極武生徒会は警備のための出張活動よ」

「......は?」

「メールで伝えたはずよ? ......って、あれ」

 アリスはふと思い出したように携帯端末を取り出し、何かを探る。

「あ、レリックと皐月で送る相手間違えた」

「(こんのバ会長が!!)」

 心の中で毒づきながら、皐月は携帯端末を操作してスミレ達に連絡を取る。

「つながらない......今、健と相模がショッピングモールに行っているんですよ」

「参ったわね、何もなければいいんだけど」

「とりあえず向かいましょう、会長のバニーは一旦放置です」

「せめて、上着だけでも......」

「ダメです! 時間があるか分からないじゃ......袖を引っ張ってもダメ! 伸びる! 服が伸びる!」

「このままじゃ私変態になっちゃう......!!」

 アリスが以前からは一切想像もできないような態度をとる。

「(この人、身内にはボロが出るタイプだったのか......)」

 折衷案として、皐月は自分が着ていたジャケットを貸すことにした。

「さっさと行くわよ」

「今さら会長っぽくしても遅いですよ」

「で、ショッピングモールへはどう行くの?」

「このバ会長!!」

 ついに口から出てきしまった。

「バ、バカって言った!! 分かんないだけじゃん!」

「じゃあ付いてきてください! 僕が先導しますから!」

「いや、それはダメよ。皐月は私の部下なんだから、私に付いてきなさい」

「じゃあ、案内お願いします」

 アリスは動かない。

「このバ会長!!」

「あ! また言った!! 2度も言った!!」

 皐月はアリスの腕を掴み引っ張って行く。

「行きますよ!」

「うぅ、私が会長なのに......」

 近くにあった駅周辺の地図によると、ショッピングモールへは5-600mはある。

「遠いな、何か足を探さ────」

 ないと、と言葉が出るよりも早く火柱に気付く。

 それは今から向かうショッピングモールの方面から。

 遅れて ドゥッ!!!! と、爆発音が届く。

 そこからの2人の行動は早かった。

 バチィッ! と紫電を散らしつつ共に《対人汎用兵器(バリスタ)》を展開する。

「極東武蔵学校・生徒会権限発動、野外での《対人汎用兵器(バリスタ)》使用を許可、武装勢力の鎮圧を図る」

 アリスがどこに言うでもなく呟く。

 すると、武装に内蔵された通信機器が光る。

『了解、速やかに対処せよ』

 艶かしい漆黒を纏ったアリスが、加速装置(ブースター)を起動させ、飛翔する。

 皐月も続いて地面を蹴って加速する。ただしその速度は、初速において亜音速に到達。目にも止まらない速さで疾駆する。

 一対の化け物が、現場へ急行した。



 時は遡り、健とスミレはショッピングモールにバスを使って到着していた。

「わぁーおっきいね! 全部見て回るのに1日かかりそう!」

「いやいや、適当に座れるとこ見つけて2人を待ってるんだからな?」

「分かってるって」

 今にも1人でスキップしながら先走りそうになるスミレを抑えつつ、健は中に入る。

 正面入口は大きなアーチを描くモニュメントが連なってできたもので、高さは20mを超えている。

 しばらく道なりにまっすぐ歩くと、円形の広場に出た。

 そこは吹き抜けになっており、天井はドーム状で、採光のためか全てガラスで出来ている。

「広いな......」

「圧巻だねぇ」

 置いてあったパンフレットによると、このような広場は他に3つあり、中央にある広場にはコンサートを開ける場所や、軽いテーマパークのようなブースになっている。

 ブースは大きく分けて4つ。「中央広場」「ショッピングエリア」「飲食街」「アスレチックエリア」それぞれその区画の間に現在健とスミレが立っているような広場が設けられている。

「とりあえずこの『飲食街』ってとこ行って、座れる場所を......っておい! スミレ!」

「こっち行こ! なんだか面白そうだし!」

 スミレはいてもたってもいられなくなったのか、健の腕を引っ張り中央広場へ行こうとする。

「柏木君とはこの前連絡先交換したし、平気じゃない?」

「んー......ま、それもそうか、俺も気になってたし、ちょっとくらい平気だろうしな」

 店内の陽気な雰囲気と、子供たちが走って中央に向かっている様を見ていると、嫌でも興味がわく。

 誘惑に負けた健が、すでに離れて小さくなっていたスミレを追いかける。

「あ、私たちすっごい運いいかも、今日コンサート開かれるんだって!」

 スミレが上から垂れ下がる広告を指さす。

「なん......だと......!? ゲリラライブじゃねぇか!! ミュゼット統国のアイドルだよ!!」

 所狭しと並ぶ垂れ幕に写っている女性は、淡いピンクの髪がふわりとカーブを描きながら腰までのラインを桜色に染め、微笑をこちらに向けている。ほんのりと朱に染まる頬と、ふっくらとした唇が魅力的だ。

 身長はそこそこだが、アリスに負けず劣らずの豊満とした双丘を持ち、アイドル衣装の髪色に合わせたドレスがアリスにはない乙女の魅力を際立たせる。

「私、お店とかでしか聞いたことないや、そんな有名なの?」

「知らないの!? ミュゼット統国現統師アイナ・ミュゼットの娘だよ! まぁ、血縁関係はなくて養子なんだけどね」

「え!? 娘さん!? そんな人が扶桑に来て平気なの?」

「いや、俺さ、このアイドルのファンクラブに入ってるんだけど、こんな情報聞いたことないよ。もしものことがあったら国際問題になりかねないな」

 他にも......と、健の話が長くなると察知したスミレが、クルリと回りながら健の対面に立つ。

「まぁ、百聞は一見にしかず! 古代文明のことわざにこんなのあるんだけどさ、色々考えるより、見てみた方が早いって」

「そんなのよく覚えてるな、前栄史はいっつも寝てるよ」

「あ、いけないんだ〜 め! だよ?」

 スミレが人差し指を立て、怒ったように頬を膨らます。

「なーんてね、私もたまたま覚えてただけでいつもは寝てるんだけど」

 そう言いながら、イタズラっぽく舌を出してはにかんだ。

「(あーやばい、死ぬ。童貞こじらせて死ぬ)」

 健は思いっきり鼻の下を伸ばしていた。

「大野君、どうかした?」

「いや、なんでもない、生まれてきてよかった」

「?」

 完全に有頂天に舞い上がってる健を不思議に見つめてると。

 スミレにドン、と誰かがぶつかる。

「あ、すいま」

「すいませんじゃねぇよ!! 道の真ん中でフラフラしてんじゃねぇ!!」

 スミレの謝罪を聞きもせず、ガタイのいい男2人組が詰め寄る。

「まぁ、待てって、こいつよく見ればいい女じゃん、連れてこうぜ」

 2人の内比較的痩せ型の男が、スミレの体を舐めるように見る。

「は? 胸はいいが他はガキだ。どうせ、すぐ捨てる」

「俺はガキ嫌いじゃないから、俺がもらうぞ」

「渡さねぇよ、楽しむんなら俺も混ぜろ」

 状況を飲み込めていないスミレをよそに、男は勝手に卑猥な話を進め、スミレに手を伸ばす。

「おっさん方、ちょーっといいか?」

 そんなスミレを引っ張り、健は自分の後方に隠す。

「あ? 連れか? 引っ込んでろ、男に興味はねぇ」

「俺はおっさんに興味があってね、その右脇に隠してる拳銃『Px5』だろ? それの隠し場所は利き手と逆の脇がベストって言われてるが、メジャーになった隠し方はやめとくことを勧める。取り出す時不便だが、ベストはベルト周りだな。ところでよ、そんなビンテージ品どこで見つけた?」

「チッ......ガキが、軍の人間だったか」

「違うね、俺はまだ学生、警備隊呼ばれたくなかったら失せろ」

「お、おい......行くぞ」

 男達は足早にその場を去っていく。

 それを確認した健は、警備隊に連絡を取る。

「これである程度は平気だろ、あともうちょい駒が必要か......いや、危険だ。俺らだけでなんとかしよう......」

 ブツブツと何かを考える健にスミレが恐る恐る聞いた。

「ありがと、大野君、助かったよ」

「ん? ああ、気にすんな」

「ところで、大野君」

「あぁ、あいつらは多分、最近有名な『アライアンス』ってテロ集団だろうな。持ってる武装的に資金調達か?」

「ホモだったの......?」

「違うわ!! おっさんに興味があるってとこだけ抜いてくんな!!」

「ま、まぁ、個性的でいいんじゃないかな」

「誤解だって言ってんだろ!! とにかく、俺らには戦う手段がある。もしものための動いておこう。皐月と会長さんには後で伝える、巻き込むかもしんないしな。スミレは非常時の避難誘導をしてくれ、俺は囮役になる」

「1人で大丈夫?」

「大丈夫だ、俺の《対人汎用兵器(バリスタ)》は硬さが取り柄なんでな、あんなビンテージ銃じゃ傷一つつかない」

「いや、襲ったりしないかなって」

「だからホモじゃないって!!」

 スミレの間の抜けた質問に健の緊張がほぐれる。

「とにかく、今から伝える作戦しっかり頭に叩き込めよ」

「わ、分かった」

 健はパンフレットの地図を指差しながら説明をした時だった。

 ドォン!!!!!!! と、爆音が鳴り響く。

「クソ! 始めやがった! スミレ、頼んだぞ!」

「了解!」

 2人が《対人汎用兵器(バリスタ)》を展開する。

 健は大量生産型の武装を改造し、防御力に特化させた 《重装汎用(ムツキ)型・改》を纏い、中央広間に向かう。

 スミレは 《箱庭の守り神(ガーディアン)》と呼ばれる天使の翼を彷彿とさせる特殊な防御盾と、頭上と両手首、両足首に備わった深緑色の輪が特徴的な武装に、硬い装甲よりも絹のような柔らかさを連想させる外装を持つ《対人汎用兵器(バリスタ)》を使い、真横の「飲食街」へと入っていく。

 既にモール内は阿鼻叫喚とし 、客がわれ先にと飛び出そうとする最悪の状態があちらこちらで発生する。

「でも、大野君の言ったとおりだ」

 スミレは、健に指示されたことを淡々とこなしていった。



 皐月がショッピングモールに到着した時には、入口付近はほぼ破壊され、原型を留めていなかった。

 崩れた壁は焼け焦げ、硝煙の臭いが立ち込める。

 よく見ると、血のりも混ざっていた。

「出遅れた......完全に後手に回ってしまったわね」

「でも、やることは変わりません。会長」

「ええ、武装勢力の鎮圧、及び生存者の保護よ」

 アリスが道を塞ぐ瓦礫をどかしながら進み、皐月はその後ろをついていく。

「にしても派手ね、これじゃ人質を取って身代金を請求しても赤字よ」

「目的は資金集めですよね?」

「リークの情報が間違ってたなんてよくある話。そもそもリークされた情報は大抵がブラフ、本物の情報は尋問・盗聴・諜報で得たものの方が信頼性は高くなるわ」

 少し進むと、入口に使われていた巨大なアーチ状のモニュメントが破壊されたせいで、正面入口は完全に塞がれている。

 アリスが生存者がいないか確認しながら、モニュメントを崩して退かしていく。

「出入口を塞いだら退路がなくなるじゃない、全くテロリストも頭が悪い集団だったの......かし、ら......」

「会長?」

 皐月が、手を止めたアリスに声をかける。

「......ごめんなさい」

 皐月がのぞき込むと、そこには、瓦礫に埋もれてた小さい女の子とその父親であろう男性が倒れていた。庇おうとしたのか、男性が覆いかぶさる形で2人とも息絶えている。

 皐月が2人を引き出し、開いていた目をそっと閉じる。

「会長、あなたは悪くありませんよ」

「でも、私が、もっと早くここに来ていれば......」

「後悔なんてものはいくらでも出てきますよ。でも、今するべきものじゃない」

「......ええ、そうね......皐月の言う通りね。後悔してる暇はない、生きてる人がまだ取り残されてる」

 アリスはこのような場面に遭遇したことが初めてではないようで、動揺せずに表情を切り替える。

「はい」

「皐月......?」

 そこでアリスが、皐月の様子の変化に気付いた。

 親子の側から離れ、立ち上がった直後に皐月の体が、服の布越しでも分かるほど淡く青く光る。

「行きましょう、会長」

 光が収まると同時に、表情が切り替わる。

 鋭く、冷たく、人間が到底持つはずのない感情を剥き出しにする。

「い、いきなりの突入は愚策よ。一旦様子を見るの」

 殺意だ。アリスが直感で気付く。

 アリスは最強と言われてるが、まだ弱冠17歳。

 むき出しの殺意には恐怖を覚える。

「.....分かりました。突入の判断は会長に任せます」

「とにかく、今は施設内に侵入し人質救出が最優先、テロリストはあとよ」

 アリスが入口付近の最後の瓦礫をどかし、中を注意深く見回しながら入っていく。

 皐月も後に続き、モール内に入っていったその時だった。

「ッ......!!」

「きゃ!!」

 皐月がアリスに飛びつき押し倒す。

 アリスが立っていた空間に、弾丸が通過する。

 よくよく考えれば当たり前だが、一番大きな出入口はある程度塞ぎ、警戒するはずだ。

 つまり、敵前衛にまっすぐ突っ込んだ形になった。

「チッ......《対人汎用兵器(バリスタ)》持ちだ! 武装切り替えろ!!」

 バリケードを張り、屈強な男が6人、ボルトショックと呼ばれる《対人汎用兵器(バリスタ)》用の武器を携えている。

 《対人汎用兵器(バリスタ)》は人口神経である《同調神経(ハーモニー)》を使用してるため、神経系に直接ダメージの入る電気ショック等の攻撃に極めて弱い。

「誰か連絡してこい! 《対人汎用兵器(バリスタ)》持ちは厄介だ! 増援を呼べ!!」

 リーダー格であろう男の声が飛ぶ。

「俺が行く!! 援護しろ!!」

 テロ集団も素人の集まりではないようで、バリケードから飛び出すと同時に、他の男達が援護射撃を開始する。────はずだった。

「......は?」

 間の抜けた声はリーダー格の男から。

 さっきまでバリケードからおよそ10mは離れていた皐月が、いつの間にかバリケードを離れた男の眼前に迫っているからだ。

「な......ッ!?」

 走っていた足を払い、前から転ぶようになった男の頭を掴み、皐月は全力で地面に叩きつける。

 ゴッ!!!! と、音を鳴らし、地面にヒビを走らせ、男の顔面は潰れ、赤の飛沫が飛び散る。

 皐月は即座に地面を蹴って、爆発的な瞬発力を利用した粗末な横殴りを辛うじて皐月の動きに反応していた男に放つ。

 皐月の右拳は腹を貫通し、真っ赤に染まる。

「クソが......!!」

 男の1人がボルトショックの照準を合わせ、引き金を引いたところで止まった。

 それは、皐月が貫通している腕を振り回すようにして抜きながら、左手で男の脇にあったPx5を引き抜き、銃口に1発入れボルトショックを破壊、次の2発目で眉間を打ち抜いたためだ。

 さらに、皐月が振り回すようにして放り投げた死体の先には、唖然として動けなくなっていた人間がおり、死体もろとも瓦礫から飛び出た鋭利な鉄パイプに突き刺さる。

「がああああああああっ......!!」

「くっ......そが!!」

 リーダー格の男が毒づきながら、ボルトショックを構える。

「遅いって」

 皐月がボルトショックを掌底で上に弾き、次の必殺の一撃を繰り出す────

「皐月!!」

 それを阻止したのはアリスだった。

 加速装置(ブースター)を最大限利用した水平蹴り、皐月は不意に仲間から攻撃を受けたにも拘らず、右の肘と膝で挟むような形で受け止める。

「会長、何のつもりで?」

「何のつもりもあるか!! やりすぎよ!!」

 最初6人だったテロリスト達は4人失い、残り2人も戦意喪失していた。

 皐月はそれを確認し、ゆっくりとリーダー格の男へ近づく。

「ね、ねぇ......皐月!!」

 アリスの制止を振り払い、胸ぐらを掴む。

「お前が今回のテロの首謀者か?」

「ち、違う! ボスは中央広場にいるはずだ......俺は守備隊の隊長ってだけだ......」

「そうか、ありがとう」

 リーダー格の男を解放し3歩後ろに退る。

「ほら、皐月行く.....」

 パンッパンッ と、乾いた音が、残っていた男2人の眉間に黒い穴を穿ちながら響く。

「皐月!! なんで」

「なんで? 人殺しを生かす理由がない」

「人殺しを殺して、皐月が人殺しになってどうする!! 同じことの繰り返しだ!」

「人殺しは、いくら殺しても人殺しですよ、僕で止まればいい」

 皐月はアリスと目を合わせようとはしなかった。

「(話が、噛み合わない......)」

 アリスが歯噛みしながら皐月を説得するが、皐月は中央広場へと駆けて行く。



 一方、中央広場ではテロ集団10余人に1人で戦う健がいた。

「クソが! なんだあのデタラメな装甲は! 傷一つ付きやしねぇ!」

「早くしねぇと警備隊が到着しちまう!!」

 健は広場の中央で敵に囲まれ、必死に耐えていた。

「(ま、大方作戦通りか......1つ誤算なのは、予想以上の武装だな。俺の《対人汎用兵器(バリスタ)》ならダメージは受けないが、反撃ができない)」

 テロ集団は資金稼ぎか、アイドルの誘拐と予測を立て、スミレに避難誘導として近くの店に来客者を入れると共に、通気口を監視させるよう伝えた。これは、テロリストが正面入口に破壊工作を仕掛け、それに乗じて排気口、下水管から侵入すると踏んだからだ。

 この作戦によってテロ集団に『店内に人影はあるが混乱していない、罠の可能性がある』と思わせ、出口となる通気口を限定する。

 通路にあるマンホールは、健が中央広場から離れた場所のみを破壊していった。

 さらに、健はスミレとの通信を通して聞こえてくる悲鳴を携帯端末で録音し、中央広場のコンサート会場にあったスピーカーに接続し再生している。

「クソ!! クソ!! 退路もねぇ、人質も取れねぇ!! 作戦は大失敗だ!!」

 健はある程度敵が集まってきたことを確認すると、全ての通路付近の建物を《重装汎用(ムツキ)型・改》の武装である対物ランチャーで破壊し、障害物で退路を潰していた。

「連絡は? まだできないのか!」

「ダメだ! 東、西入口は途中で切れた、正面は応答しねぇ!!」

 テロリスト達はライトマシンガンを乱射している。

 切れ目のない弾幕を張られ、健は未だに動けていない。

 全身に4枚の巨大な盾を展開しているが、防ぎ切れていないのか健の体には所々血が流れている。

「(このままだとジリ貧だな......もう、祈るしかねぇか)」

 覚悟を決めた、その時。


固有感情信号(リミッターシグナル)取得、42%解放』


 機械音声が健の耳に届く。

 耳障りな盾と銃弾の衝突音が徐々に減ってゆく。

 代わりに、野太い男の悲鳴と、聞いたことのない飛沫音が聞こえてくる。

 まるで、果物を強引に叩きつけたような音。

 気付くと、銃声は止み、辺りに気味が悪い程の静寂が広がる。

 それからしばらく様子を見て、健はゆっくりと盾を解除する。

「なん、だ......これ」


 健が目にしたのは、大きな血溜まりの中央に静かに立つ、純白の化物(柏木皐月)だった。


「皐月......なのか?」

 健が疑問を浮かべたのは、今目の前にいる皐月と今まで見てきた皐月とで、全く様子が違うから。

 以前のような手甲・足甲だけの簡素なものではなく、全身を白銀の装甲で覆っている。

 何より特徴的なのが、右手に持つ2m程の大剣。しかし、切ることを想定していない形状に、大剣と言うよりも柄の短いメイスの印象が強かった。

 頭だけは露出しているので、目の前にいる血に濡れた獣は、紛れもなく柏木皐月だと主張する。

「......」

 皐月の姿に、上から降り注ぐ日光によって血の紅が鮮やかに反射し、白銀の装甲が朱を帯びる。

 大剣を滑るようにして落ちていく赤黒い水滴を無言で、かつ無表情に眺めている様子は、神秘的な姿とは裏腹に恐ろしい残酷さを覚える。

「健、ケガは?」

「いや、俺は大丈夫だけどよ......」

「そっか、ならよかった」

 皐月が微かに笑った。

「(あぁ.....俺、コイツに気付いてたかもな)」

 皐月が武装を解除し、ゆっくりと健に近づく。

「(会長を殺したらどうしようって、本気で考えてたんだな......)」

 全身を血で染める皐月が、健に手を伸ばす。鉄の錆びたような臭いがやけに強い。

「ごめんね」

 2人の悪漢に詰め寄られても、テロリストに四方から銃撃されても、その中で何発も銃弾を受けても臆さなかった健が、腰を抜かして座り込んでいた。

「(助けてもらった。なのにどうしてこんな悪寒がする? こいつは、仲間......だよな......?)」


 健は、その手を取ることができなかった。

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