過去 《メモリー》
ショッピングモール襲撃事件は、あの後警備隊が介入し、迅速に片付けられた。
ショッピングモールに訪れていた客はおよそ4000人、死亡者は48人にも上った。
その日はミュゼット統国が誇るアイドル「クラリス・ミュゼット」のゲリラライブを予定していたが、運良く時刻直前まで八京駅で待機していたため巻き込まれることはなかった。
襲撃したテロリストの人数は総勢26名、内3名は逮捕他23名は全員殺害された。
殺害した皐月も逮捕者と共に連行、事情聴取を受けた後、拘留されている。
学校では、皐月が来れない理由を体調不良とし、健とスミレにも他言を禁じ、情報隠蔽を図った。
クラスでは一時襲撃事件のことでもちきりだったが、ひと月もしない内に、話が上がることはなくなった。
皐月は、国内最大級のハーモニー適合者用侵犯収容所『第7監獄』の最下層にて拘束具を何重にもかけられていた。
「あの、あなたが柏木皐月の『お母さん』でよろしいでしょうか?」
「ええ、私が柏木霞です。皐月はここに?」
「はい、ここの最下層で拘留しております」
「資料と許可書は通したはずよ」
「お話は伺っております。ご案内いたしますので、少々お待ちください」
堅牢な黒い鉄扉が開き、霞と案内役の警備員が冷たい通路を進んでいく。
「最下層へは、こちらのエレベーターを使います。認証式ですので、係の者が来るまでお待ちください」
「必要ない」
霞がエレベーター脇にある動脈認証タッチパネルに手を押し付けると、解除の文字が出る。
「あ、ちょっと......」
警備員が止めようとするが、監獄のセキュリティは万全のため、認証している姿を見ては、止めるに止められない。
「先行くわね、話は聞いてるんでしょ?」
最下層に行くためには16桁のパスワードが必要なのだが、それも難なく解除する。
1人エレベーターの乗り込み、重苦しい扉が閉まると音もなく降下を開始した。
『地下300mです』
無機質な機械音声は階数ではなく、メートル換算で現在地を伝える。
扉が開くと、冷たく暗い通路にオレンジ灯の僅かな光が足元を照らす。
狭いトンネルを彷彿とさせる道を、靴で金属の床を叩きながら奥へと進んでいく。
「あれ、以来か.....」
霞はボヤきつつ突き進むと、周囲の暗い様相よりも深く濃い漆黒の壁が行く手を阻む。
「皐月......」
霞が謝罪するように壁をなぞる。
「研究員番号0382 カシワギカスミ ID:439238i」
特定のコードを唱えると、隙間なく沈黙していた壁から白い光が漏れる。
幾何学模様を描きながら壁が収納されていき、白い空間が現れる。
今まで歩いてきた薄暗い通路とはうってかわり、四辺40mはある巨大な白の空間。
中央には周りと同色の直方体が直立していた。
霞がその棺ともとれる直方体に手を触れる。
「起きなさい、サツキ」
すると、棺の蓋が開く。観音開きで中を露出すると中には、半身が棺に埋まり、両腕を拘束され、どこからか伸びる薬品投与マスクが口を塞いでいた。
「サツキ......」
霞がマスクを強引に引き剥がす。すると、白の空間に鮮やかな赤の光が充満し、同時にけたたましい警報音が鳴り響く。
皐月がうっすらと目を開ける。
「サツキ、帰ろう?」
霞が皐月の頬を撫でる。
「かあ、さん......俺は......」
「いいの、行きましょう」
霞が皐月に取り付けられた拘束具を撫でると、次々と外れていった。
最後の拘束具を外すと、棺そのものが溶け、皐月が解放される。
「ダメだよ、母さん、また憤怒に連れてかれる」
「大丈夫、あなたにはたくさん仲間がいるでしょ?」
霞がふらつく皐月を抱きとめる。
皐月の目には光がなく、肌も蒼白で、皮肉にも人形のような美しさがあった。
「母さんがついてるから」
霞は、抜け殻のような皐月を何度も何度もあやすように、赤子のように抱きしめ温め続けた。
「────つまり、君たちに移植された人口神経インプラント『ハーモニー』が根底から『対人汎用兵器』を強化してくれてるって訳だ」
「(俺は、あの時、皐月の手をとれなかった)」
「さらに言うと、その強化効率は『ハーモニー』と『『対人汎用兵器』』の同調率に依存する」
「(恐怖を、覚えた......のか?)」
「じゃあ、ここで人間の限界同調率は? 大野答えてみろ」
「(友達なのにな......)」
「......大野君、呼ばれてる」
「え? あ! はい!!」
スミレの言葉でようやく我に返った健が、勢いよく立ちあがる。
その拍子で椅子をひっくり返し、さらに悪目立ちしていた。
「お前が話聞いてないとは珍しいな、正解は100%だ。ただし、世界には稀に限界を超える人間がいる。『超越者』と呼ばれる者達で────」
健の意識は、再び浮遊し離れていく。
「(お前は、一体......何者なんだ)」
高速飛行型輸送船『ジャックポッド』内部、大量破壊兵器皐月型『五感の支配者』は静かに座っていた。
『こちら基地本部、任務の確認をする。復唱せよ』
「了解、こちらNo.5太平洋上をジャックポッドにて移動中。任務対象はアジア諸国連邦の“抑制”、1週間以内の遂行とする」
『確認した。成功した暁には、君が扶桑国の統帥だ』
「了解」
男性の声がインカムに届く、サツキは淡々と事務作業を済ます。
『今後の君の管理権だが、私の妻椎名に移行する。指揮権は私にあるがメンテナンスは彼女に聞いてくれ』
「了解」
男の名は柏木宗一郎。
彼はそのままオペレーター席を離れたのかガタガタと音が聞こえてくる。
『こちら椎名です。これから調律シークエンス及び、戦線投入を行うから射出ポッドに入ってちょうだい』
「了解」
サツキは船内部後方に設置された筒状のポッドに入っていく。
扉が閉まると首元辺りにハーモニーと接続するためのプラグ・インプラントが刺さっていく。
『同調率解放......100%突破、倍率10.0に設定......』
体中の神経系に針を通す感覚。常人なら発狂する痛みをサツキは無表情に、眉一つ動かさずに立っていた。
『調律完了、ジャックポッドを無人操作から手動操作に切り替え、作戦ポイントに向かって』
「了解、ポイント132.42へ向かう」
ポット内のモニターが切り替わり、周辺マップが写し出される。
場所は中国、遼東州。
『作戦開始』
そして、この無慈悲な一言が後の西暦から緑歴に変わる引き金となった。
『ジャックポッド』は初速毎時160kmでサツキが入ったポッドごと射出する。
ポッドは空中で乖離、中にいたサツキは漆黒の『対人汎用兵器』を纏っていた。
「加速器点火」
膝や肘、関節の要所に点在する加速器が起動し、速度をさらに上げる。
マッハ5を超えた皐月の身体はすでに国一つを滅ぼす核兵器に匹敵していた。
サツキは背中に携えたメイスを地面に衝突するとともに振るう。
ズン!!!!!! と、破砕音が響く。
ただし、その音を聞くよりも早く光が襲う。
直径1kmにも及ぶクレーターを作り、サツキは降り立った。
『降下を確認。兵器の使用を許可する』
「了解」
サツキはメイスから柄だけを取る。
「元素を気中の窒素と固定、起動」
柄の先がブレる。
縦に振るう。
それだけの動作で、地面はさらに裂傷を負う。
こんな化物が、国一つを滅ぼすことに3日を要することはなかった。




