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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
エピローグ
87/90

5年後の従者

 

「アリシア? 貴女また縁談断ったの?」

「・・・ええ、まぁ、はい・・・。」


 第2王女が呆れた顔で首を振り、側に控えるアリシアは黙って俯いた。

 栗色の髪は5年でさらに伸び、緩く横縛りにしたその根本では小さな銀色の竜胆(りんどう)が揺れている。

 アリシアはその冷たい花弁を指先でなぞり、溜め息をついた。

 実を言うとこの5年間、彼女がかの商人のことを忘れた日は1日たりとも無かった。


「一途なのは良いけれど、もう5年も経ったのよ? いい加減、諦めたら?」

「・・・・・・。」

「まったく、お兄様も貴女も、色気が無さすぎるわよ!」

「・・・そう仰るシルヴィア様にも、浮いた話はございませんね。」

(わたくし)は良いの。おそらくこの国は近々開国するでしょうから、そしたら近隣諸国の王や王子と政略結婚するんですもの。国内の適当な貴族となんて、おちおちイチャついてなどいられないわ。」


 身も蓋もない言い種に、アリシアは何と返したらいいのか分からなくなり、口を閉ざした。王女の口ぶりに自分の運命を諦めているような悲壮感はまったく無く、むしろ『来るなら来い、相手になってやる!』と言わんばかりに楽しみにしているような空気さえある。だからといって『そうですね~。』などと軽々しくは言えないし、事実なだけに『そんなこと言わないでください!』などとも言えない。

 どうしたものか・・・と口をすぼめるアリシアの葛藤を、王女はすっぱり無視した。


「まぁ、それはいいわ。そんなことよりアリシア、ちょっと城下に行ってきてくれないかしら?」

「城下に、ですか? 構いませんが・・・何か御用で?」

「ええ、少し、気になることがあるの。」


 と、王女はアリシアを横目で見て言う。


「・・・ちょうど、明日ね。」


 唐突にそう言われ、アリシアは一瞬主語を見失ったが、すぐに理解して頷いた。


「そうですね。」

「今日の深夜、或いは明日の早朝に、お父様が亡くなって・・・本当に早いものね、5年なんて。私も歳を取るわけだわ。―――――それでね、アリシア。」

「はい。」

「5年前にお父様が殺されてから、私が『最終処理場(ダストボックス)』の情報を集め続けているのは知っているでしょう?」

「えぇ、存じて上げておりますが。」

「今朝の報告で・・・―――――」


 王女はふいに、言葉を濁した。珍しくも躊躇いが窺える。

 アリシアは、何か重大な事件が起きているのではないか、と不安に思った。


「―――――・・・貴女に言うべきか、迷ったのだけど・・・。仕方がないわね。5年も経って、私でさえお父様のことを割り切ったのに、貴女はまだ割り切れずにいるのだものね。」

「・・・?」

「『最終処理場』に済んでいる、ある盗人の話よ。噂程度で信憑性は低いし、本当に“その人”かどうかも定かでないわ。――――――・・・5年前に彼が置き引きした、“蜃気楼”の連れの商人を、城下で見たのですって。」


 心臓が飛び跳ねて、そこで止まった。アリシアは大きく息を吸って、心臓をもとの位置に戻そうとするが、上手くいかずに目が泳ぐ。


「それはっ・・・それは・・・・・・その・・・・・・。」

「確証は無いわ。違う人かもしれないし、一口に城下と言っても狭くはないから、会えないかもしれない。」

「っ・・・・・・・・・。」


 心臓が落ち着かない。思考が纏まらない。顔が、声が、掌の温もりが、脳裏に蘇って体温を上昇させる。

 アリシアの指先は無意識の内に髪飾りに触れていた。一連の事件が落ち着いた時に付け始め、それ以来1日たりとも欠かさずに付けている。花弁の先に向かって蒼く色付いている、銀色の竜胆。花言葉は『正義と共に』『勝利を確信する』――――――アリシアの勇気であり、支えとなった物である。

 髪飾りを握り締め、動作を停止したアリシアに、王女は微苦笑を浮かべた。


「・・・行きなさい、アリシア。」

「――――――えっ?」

「あ、あーっ、そーいえば! チョコレートの『ミス・バルコニー』が期間限定の新商品を出したらしいわ! 欲しいから買ってきなさい、良いわね? ほら、早く早く! 貴女、今日は非番でいいわ、午前の部はもう売り切れちゃったでしょうから・・・午後の部に並びなさい。今から行けば充分、間に合うでしょう? ほらほら、早く行きなさい!」

「あっ、えっ? あ、はいっ、はいっ、分かりました! い、行って参ります・・・。」


 第2王女の剣幕に圧され、アリシアは何も考えずに立ち上がった。

 部屋を出ようと扉を開けた瞬間。


「買えなかったら別にいいわ。忘れてちょうだい。」

「え?」

「気を付けて行ってきなさいね、アリシア・フライグ。」


 微笑んだ王女がくるりと背を向けて机に向かう。

 アリシアは思わず、その背を見詰めた。細くしなやかで、すっきりとしていて、気品溢れる、大人の女性の背中になっていた。


「・・・ありがとうございます、シルヴィア様。行って参ります。」


 返答はない。そんなことは承知の上だ。アリシアは頭を深々と下げ、部屋を出ていった。


(私の背中はどんな背中をしているのかな・・・。)


 あの人に会うに値する背中をしているだろうか――――――見てもらいたい、見てほしい。それで駄目ならそこまでだ。

 廊下ですれ違った国王に頭を下げて、アリシアは城を出ていった。

 

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