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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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第1王子の幕引き

 

「お待ちください、第1王子様っ!」


 遮ったアリシアが第1王子の御前に両手両膝を突いて、懇願した。


「私が悪かったのです! 私が、私は、何も知らないまま、誰にも知らせず、兄を止めることも出来ずに、ただ従っていました・・・・・・私がもっと、兄のことを見ていたら、こんなことにはならなかった筈なのです! 私が、身内の悪事を止められるほど強ければ、ここまでの事件にはならなかった筈なのです! ですから、どうか、お願いします! 国王陛下を、第1王子様のお父様のお命を奪っておきながら、 都合の良いことを言っているのは百も承知の上ですが、どうか、どうか兄の命だけは、ご容赦ください! どうか、兄の代わりに私をっ・・・私は、死んでも構いません!」


 謁見の間に響き渡った必死の懇願に、アルシエは絶句した。恨まれこそすれ、まさか身代わりを申し出られるとは、思いもしなかった。


「どうか、お願いします・・・第1王子様・・・・・・っ!」

「――――――良い覚悟だ。」


 一瞬、第1王子が酷薄に笑って、普段の彼にそぐわない雰囲気になった。しかし、すぐにその笑みは柔和なものに変わったので、それに気づいたのは彼を注視していた第3王子くらいだったろう。


「処罰を言い渡す。スティングル家は貴族位を剥奪。アルシエ・スティングルは免職の上、無期限の国外追放。アリシア・スティングルに対する処分は、第2王女シルヴィアンドに一任する。以上だ、下がれ。」

「「・・・・・・。」」


 兄妹は揃って声を失った。きょとん、とした表情はまったくそっくりで、同じ血の通った人間であることを証明している。

 代わりに話し出したのは第2王女だった。


「お兄様、お心遣いに感謝致しますわ。一体どういう風の吹き回しですの?」

「いや、別に。アリシアは私のことも、シルヴィアのことも庇ってくれたからな。」

「そう。ところでアリシア、貴女の母方の姓は何でしたかしら?」

「えっ? はえ?」


 突然話題を振られたアリシアはすっとんきょうな声を上げて、しどろもどろになりながら、


「ふっ、フライグ、です・・・。」


 と答えた。


「そう。では、明日からはその姓で、(わたくし)に仕えなさい。良いわね。」

「え・・・・・・。」

「良いわね?」


 第2王女がにこりと笑い、その笑みに含められた脅迫するような空気に、アリシアはがくがくと首肯せざるを得なくなった。

 丸く収まり、満足げな王女が第1王子に頷いてみせる。


「・・・よろしい。では、そのように。アルシエ、猶予を3日やろう。3日後に迎えをやるから、それまでに用意をしておけ。」

「・・・はい・・・。」


 右大臣は信じられない心持ちだった。ふわふわと浮かぶような足取りで、臣下の列に戻りながら、頭の中は疑問符で一杯だった。


(どうしてアリシアは自分を庇った? どうして第1王子はこんなに甘い? どうして、どうして・・・――――――)


 ――――――どうして、こんなにも目頭が熱い?

 不意に、父親の最期の言葉が耳元に蘇り、彼はようやくその真意を理解したのだった。

 第1王子は淡々と他の者たちに処分を下していく。


「従者ジキル・レッドウォーカーは免職、及び禁固10年。騎士団団長エドウィー・ワージントンは1週間の謹慎、及び1年間の5割減俸。副団長レイシー・スチュワート、その他加担した者たちには同じく1年間の5割減俸。――――――以上、これで全てを収める。」


 こうして、王国中を騒がせた事件は、拍子抜けとも思えるほどあっさり幕を閉じた。

 第1王子は誰よりも早く謁見の間を出て、部屋へと帰る。肩が凝ってしまって仕方がなかった。国王亡き今、これからは全てがこの双肩に掛かると思うと、正直ため息も出なかった。

 第3王子とミシェルが半歩後ろを付いてきた。ミシェルが恐る恐る、第1王子に声をかけた。


「あの・・・第1王子様・・・・・・。」

「何だ、ミシェル。」

「わ、私への、処分は・・・?」


 第1王子はぴたりと歩を止めて、振り返った。蒼い瞳がまっすぐにミシェルを見上げ、悔いるように歪められた。いつもよりくすんで見えるのは、ミシェルの気の所為であろうか。


「処分? ・・・それはこちらの台詞だ、ミシェル。」

「・・・はい?」

「騙して悪い。処分を受けるべきは、私の方だ。」

「そ、そんなっ、とんでもない!」

「もし・・・もし、お前さえ良ければ、また私に仕えてくれないだろうか。これから、国は変わっていく。お前の支え無くして、私は国を守れない。」


 やけに神妙で、いつもの勢いが無い第1王子を、ミシェルは少し不審に思った。


(城下で、何か悪い物でもお召しになったのかな・・・?)


 だとしたら大変だ。早く医者を呼ばねばならない。

 頭の中で算段を立てるために沈黙したミシェルを、勘違いしたのだろう、第1王子は少し唇を噛んで、言葉を重ねた。


「・・・お前の望みは何でも叶えよう。王宮を離れたいのならばそれでも、止めはしない。――――・・・好きにしろ。」


 そう言われたミシェルは、改めて自分の心を見直してみた。――――――確かに、一時は王子を心底憎んだ。第1王子の仕打ちは、社会的に刺殺されたようなものだったから。が、よくよく思い返してみる。自分は、何のために王宮に仕えてきたのだ? 何のために悪い手を使ってまで、登り詰めてきた?

 そしてもう1つ尋ねよう――――――俺の心は、そんなに柔なものだったか?

 ミシェルは微笑んでみせた。


「では、これまで通り、お側に置いていただけますか?」

「っ・・・・・・いいのか?」

「はい。むしろ願ったり叶ったりでございます。平民の出の私が、国王の筆頭秘書官になれるなど!」


 ミシェルは本当に嬉しそうに話した。


「また騙すかもしれないぞ?」

「その時は・・・恨みます。」


 けろっと返された脅迫に、第1王子は失笑した。笑いながら、再び歩みを再開する。


「お前がいいなら、それで良いか。」

「はい、問題は何もありません。」

「では早速だが、父上の葬儀と私の即位の件を一任しよう。よろしく頼む。」

「かしこまりました。」


 ミシェルが恭しく一礼して、そのまま一行から外れていった。

 王宮はこれから慌ただしくなっていく。国王の葬儀に、新国王の即位式。周辺諸国への対応、新しい右大臣の任命。やることを脳内に列挙していくだけで、うんざりする。

 第1王子は首を傾けて肩を鳴らした。


(・・・それでも、やらなければいけない、か。)


 王国は彼の手の中に収まっていく。取り零さないように、握り潰さないように、細心の注意を払わなければいけない。

 考えることは山積みだったが、昨夜から一睡もしていない彼は、とりあえず眠りたかった。


「・・・よく言えますね。」


 部屋に入る直前に、第3王子が呟くように言った。

 一瞬その言葉の意味をはかりかねて、しかしすぐに理解した彼は、疲れを滲ませた微笑みを浮かべた。

 

 



ここまでで、事件はあらかた終了です。

完結ではありませんが、終わりました。


あと数話で全てに片を付けます。


いつも読んでくださる方、本当にありがとうございます。

もうしばらく、お付き合いくださいませ!

よろしくお願いしますm(_ _)m


 

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