正義の王女
「~~~~と、いう作戦で行くわ。」
「・・・恐れながら、シルヴィア様。それは“作戦”と言うにはあまりにも稚拙すぎるかと。」
「そんな凝った作戦を練ってられるほど、時間は無いわ。シンプル・イズ・ザ・ベストよ。」
「しかし・・・」
「他に案があるなら言ってちょうだいアリシア?」
「っ・・・・・・。」
「無いなら黙って準備をなさい。」
「・・・はい。失礼致しました。」
アリシアは渋々首肯して、準備に取り掛かった。ここまで来たら何を言っても無駄である。せめて成功率を最大まで高めてやるのが、今のアリシアに出来ることだ。
王女は尊大に頷いて、今度はハルシャの方を見た。
「ハルシャ、貴女には、少々危険なことを頼むわ。」
「はいっ! 何なりと、お申し付けください!」
「では、外に出て、衛兵を呼んできてくださらない? カルディアの言うことには」
と、王女は手紙を掲げてみせた。
「大臣はアウト、騎士団もアウト、残されているのは従者の一部と衛兵たちだけのようだから。」
「わっかりましたぁっ! では早速、行ってきます!」
「ジキルに見つからないように気を付けてね。たぶん、見つかったら殺されるわ。」
「はい!」
底抜けの明るさは心強いが危なっかしい。今度はきちんと右手で敬礼をしたハルシャを見送って、王女は肩をすくめた。
「大丈夫かしら・・・。」
「ヒトの心配をなさっている場合ですか?」
「私なら大丈夫よ。」
不機嫌そうなアリシアに、冷酷なほど素っ気ない口調で返して、王女は振り向いた。
「さっきも言ったでしょう? 相手は男ですもの。」
その自信はいったい何処から出てくるんだ、と言いたかったアリシアだったが、唐突にドアノブが音を立ててそれを遮った。
(「来たわよ、急ぎなさいアリシア。」)
(「はい。では・・・ご武運を。」)
いくらも待たずに鍵が開く。
ゆったりとした歩調で、ジキルが入ってきた。
「――――――ご機嫌麗しゅう、第2王女様。」
さぁ、勝負だ。王女は震えそうになる身体をたしなめるように、無理矢理微笑んだ。
***
ジキルは第2王女の胸にナイフを突き立てた。何が起きたか分からない、と言いたげな王女の顔に影が落ちる。
(何か仕掛けてくるかと思いましたが・・・ここまででしたか。)
少し拍子抜けな感はあったが、とりあえず目的は達成された。さぁ後はアリシアだ・・・と、次のことを考え始めるジキル。
――――――その手を、力無く崩れ落ちる予定の王女が、掴んだ。
「っ?!」
ジキルは不覚にも硬直した。
ジキルに出来た隙を見逃す王女ではない。王女はジキルを逃がさぬように、両手でがっちりと手首をロックして、足を胸元まで振り上げた。
はしたない、と思う暇は無かった。
スカートの存在を歯牙にもかけず、まっすぐ突き出された王女の踵(装備:5cmピンヒールの靴)が、ノーガードだった彼の急所を蹴り抜いた。
無様な声を上げて踞るジキル。
「今よ!」
「はいっ!」
王女に呼応し、クローゼットからアリシアが飛び出てきて、カーテンで作った即席の縄でジキルを縛り上げた。
パンパンッと手を打ち払い、王女はナイフを胸に刺したまま、優雅な所作で座り直した。急所を貫いた足を高飛車に組む。
ジキルは困惑した頭を持ち上げて、鈍く残って立ち去らぬ痛みに呻きながら、ようよう声を出した。
「な、ぜ・・・」
「貴方が私付きの従者じゃなくて良かったわ。私付きの従者、或いは女性だったら、気付いたでしょうから。」
と、王女はブラウスのボタンを取り始める。
「シルヴィア様!」
アリシアが咎めるが王女は聞かなかった。胸元をはだけさせてジキルに晒す。
本来、女性らしい膨らみがあるべき場所は、カーテンのような布で覆われていた。やけに平坦で胸板が厚いと、ジキルは今になって気付いた。
「貴方のナイフが普通のもので助かったわ。もし、無駄に性能のいい物だったら耐えきれなかったでしょうね。」
言いつつ、ナイフの刺さっていない方の胸から本を出す。バレないようなギリギリのラインを探したのだろう、きちんと装丁されているが、さして厚くない本だった。
(バーミリオン社のナイフだったら・・・)
ジキルは歯噛みした。おそらく、あんな申し訳程度の防具などあっさり貫いて仕留められていただろう。王女たちがこの短時間で練り上げた幼稚な作戦など、一刀の元に切り伏せていただろう。昨夜の騒動が全てを、ジキルの計画の悉くを、狂わせたのだ。
王女はボタンを閉めながら、気だるげに息を吐いた。
「はぁあ、まったく・・・どうしてくれるのよ、本当に。私が発展途上であることを初めて感謝する羽目になったわ。」
「そこですか、そこなんですか真っ先に言うのは。」
「そこ以外に何があるのよ。もしも私がこんな貧相な胸じゃなかったら、この計画は上手くいかなくって、今頃私は死んでいたわ。喜んでいいのでしょうけどね、複雑なのよ乙女心としては。」
「大丈夫ですよ、まだ望みはございます。」
「当然でしょ、無きゃ困るわ。」
緊張感の無い会話を経てからふいに、王女は高慢な態度で鼻を鳴らして、足を組み直した。
「わかったでしょう? ジキル。貴方は笑ったけど。」
子供っぽい笑みに見下ろされて、ジキルは憮然とする。次に来る言葉は分かっていた。
「正義は必ず、悪に勝つのよ。」
ノックの音が響き、アリシアがドアを開ける。ハルシャが王女の無事を騒がしく盛り立てて、彼女が連れてきた衛兵たちが事態を飲み込めずに狼狽えた。
人口密度が急増した室内で、ジキルは横たわったまま、これから来るであろう佳境を見物できないことのみを惜しがって、自嘲ぎみに笑う。
ハルシャをあしらっていた王女が、そんなジキルに気がついて、微笑んだ。
『ね? だから言ったでしょう? 寝返った方がいいんじゃないの、って。』
そう、言われているように思った。




