平民の友人
背後で、建物の壁が崩れた。
(申し訳ありません、カルディア様・・・どうか、ご無事でありますように・・・!)
全力で祈りつつも、ミシェルは振り返らなかった。物事には優先順位がある。第1王子に仕える我が身は、第1王子の為だけに費やされなければならない。それに、
(たとえ私があのままあの場に残ったとして、第3王子様を助けることは出来なかっただろう。)
武道や魔術の心得はまったくない従者である。戦闘においてはただの足手まといであり、邪魔者であり、役立たずであり雑魚である。それならば、より達成できそうなミッションを選ぶのが賢明というもの―――――――――と、ミシェルは第3王子を見捨てた罪悪感を、自己弁護することでどうにか紛らわそうとする。
(願わくば、私の行動によって、敵に隙が出来ていればいいのだが・・・・・・。)
さらに願わくば、その隙を就いて第3王子が無事に逃げ出してくれていたら、尚良いのだが。さすがにそれは、高望みというやつか。
とにかく今は、呪いを解こう―――――――――目的を意識し直し、ミシェルは広場の方へ向かう小道へと曲がった。
「・・・・・・あれ?」
ミシェルは思わず立ち止まった。
建物の隙間から、広場の様子が見える。
倒れ伏す老婆、青年を抱き起こす金髪の美女、その周りで痙攣している柄の悪い連中、騒動を一歩外から傍観している旅人たち―――――――――そこに、呪いの禍々しい影は、欠片も見当たらない。
(・・・・・・ラヴィ様が自力で解いたのかな・・・?)
きっとそうなのだろう。さすが、ラヴィ様だ―――――――――改めて深く感心し、はたと第3王子のことを思い出す。
(よし、こちらは大丈夫そうだ。早く戻ってカルディア様の手助けを・・・)
「よぉ、ミシェル。」
「っ?!」
唐突に肩を叩かれ、ミシェルは息を飲んだ。心臓が一瞬で縮み上がり、反動で激しく脈打ちだす。
ゆっくり振り返りながら、苦情を漏らす。やって来たのが誰なのかは、声だけで分かっていた。
「・・・脅かすな、レイシー。」
「悪いね、驚いた?」
背後に数名の部下を引き連れた騎士団副団長のレイシーは、形だけでホールドアップし、悪びれた様子もなく笑った。
「ところでミシェル、第1王子様はもう見つけたか?」
「あぁ・・・――――――いや、まだだ。」
しれっ、と聞かれた問いに頷きかけて、ミシェルは慌てて否定した。騎士団は敵だ。わざわざ情報を渡してやることはない。弱った顔で首を振り、惚けてみせる。
「捜しているのだが、なかなか、なぁ・・・・・・そちらの方はどうなんだ?」
「残念ながら、それがさぁっぱりでね~。」
全然 残念じゃなさそうに手の平を振って、レイシーはミシェルの肩に腕を回した。
ミシェルの背筋がぞくりと粟立った。レイシーが、彼を脅す目付きになったからである。
低めた声が耳朶を打つ。
「なぁミシェル、お前――――――嘘吐いてるなぁ。」
「何の話だ? 大体、この状況で嘘を吐くことに何の意味がある。」
「広場にいる金髪美女、あれ、第1王子なんだって?」
事実の指摘に動揺し、なぜ知っている? と言いかけたミシェルだったが、一瞬の後にそれが“街中の噂である”ということを思い出した。
「・・・噂では、な。」
「ふぅん?」
ちょっと間が開いたのを見て、レイシーは疑わしげに相槌を打った。
「―――――おっかしいなぁ、ミシェル~。」
「何がだ?」
「お前さ、第1王子のこと恨んでんだろ?」
「・・・・・・。」
「俺らがさ、お前を牢から出してやったのはさぁ、お前に復讐を遂げてもらいたいがためなんだよ。わかってるよな?」
「・・・。」
「なのにど~して、そんなにやる気無さげなわけ? 相手は、お前を無実の罪で投獄した、悪党だぞ? ――――まさか、情にほだされたわけじゃないよな?」
ミシェルは黙るしかなかった。下手な答えは命を縮める。しかし、振りだけでもレイシーの言葉を肯定することは出来なかった。
黙るだけで目を合わせようともしないミシェルに、レイシーは顔を引きつらせた。
「・・・マジかよ。馬っ鹿じゃねぇの。なんでおま、お前・・・騙されて、嵌められて・・・それでも、それでもまだ、忠誠誓ってんのか? 向こうから裏切られたのに?」
「・・・・・・。」
「・・・マジかよ。」
繰り返して、レイシーは「意味わかんねぇ。」と吐き捨てた。ミシェルを解放し、広場の方へゆっくりと歩きながら、背中越しに語る。
「俺さぁ、ほんっと、そういうのよくわかんねぇんだよな。忠誠心とか、義侠心とか、そういうもん。王様とか王子様っつったって、人間だろ? “王族”って職業に就いてるだけで、どうして俺たちが命を懸けてやらなきゃいけないんだ? しかも!」
と、半身で振り返る。レイシーの怒りに満ちた瞳に射抜かれて、ミシェルは呼吸を止めた。
「――――人をあっさり裏切って、切り捨てるような輩に!」
「っ、レイシー・・・。」
「お前が殺らないなら俺が殺る! そこで見ていろ、馬鹿!」
「ま、待て、レイシー! 殺すな!」
「押さえてろ!」
レイシーに命じられ、2人の騎士がミシェルを取り押さえた。文官では騎士に抵抗することなど出来ない。悪あがきのように暴れることすら叶わず、ミシェルは路地を進んでいくレイシーの背中をただただ眺めていた。
路地を出る少し前で、レイシーが弓を構える。
「やめろ・・・。」
矢を番える。
「やめてくれ・・・。」
弦を引く。
「やめろぉーーーーっ!!」
空気を切り裂く音とともに、金髪美女の後頭部を狙った矢が、放たれた。




