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定刻、指令員が異世界転生してダイヤで滅びゆく世界を救って終電で帰る  作者: もしものべりすと


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19/19

第二十章 終わりの光景 新しい運行

半年後。


俺は運転指令所の主任に昇進した。


部下が三人増え

若手の指導役になった。


「主任。今日もよろしくお願いします」


新人の指令員が深々と頭を下げる。


俺は微笑んで頷いた。


「ああ今夜は人身事故の警戒が高い。緊張する区間だけ俺が見るからお前は通常運行を担当しろ」


「了解です」


新人は機敏に動き出した。




俺の指導法は職場で評判だった。


特に

指差喚呼の徹底。


「指で差して声に出す。それだけで事故が半分減る」


俺はそう繰り返し教えた。


最初は照れていた新人たちも

次第に自然と

指差喚呼ができるようになった。


ある日

ベテランの指令補が俺に言った。


「高架お前変わったな」


「変わりましたか」


「うん。前のお前は仕事を完璧にこなしてたが誇りは持ってなかった。今のお前は誇りを持って仕事してる」


俺は曖昧に頷いた。


指令補は俺の肩を叩いた。


「いい指令員になったよ」




俺は新しい業務手帳を使っていた。


しかし

古い手帳は引き出しの奥に大切にしまってある。


時々

ふと開いてみる。


最後のページに描かれた駅員の絵。

ページの隅の古代文字。


ありがとう。


俺は手帳をそっと閉じる。


その度に

胸の奥がじんわりと温かくなった。




職場の隣の席に

新しく配属された若い女性指令員がいた。


二十六歳。

真面目で

俺の指導をよく聞き

時々一緒に夜勤明けで朝食を取った。


ある朝

彼女は俺に尋ねた。


「主任。はどうして鉄道員になったんですか」


俺は少し考えてから答えた。


「中学生の頃に乗った夜行列車がすごく印象的でね。窓の外を流れる景色を見ながらこんな静かな仕事ができたらいいなと思った」


「主任。意外にロマンチストですね」


彼女は笑った。


俺も笑った。


「でも、今はロマンより責任の方が大きいかな」


「責任ですか」


「ああ。俺たちは何百万人の朝を支えてる。気付かれないように当たり前のように。でも気付かれなくていい。誰も気付かなくても俺たちが回せば世界が回る」


彼女は俺をじっと見つめた。


「主任。それすごくいい言葉ですね」


俺は照れた。




ある夜勤明けの朝。


俺は古い踏切に立っていた。


ここは

俺が一年前

よくここで佇んでいた場所。


「俺の人生に意味なんてあるのか」と

何度も呟いた場所。


そして

半年前

ここで自分に

「ある」と答えた場所。




今日も警報機が鳴っている。


カンカンカン

カンカンカン。


遠くから

朝の貨物列車が走ってくる。


俺はその列車を見送るために

ここに立っていた。


ふと

ポケットの中に手を入れる。


そこには

鉄の歯車。


ガルドがくれた小さな歯車を

俺は今でも持ち歩いていた。




貨物列車が踏切に近づく。


俺は指を立てた。


「定刻通過よし」


俺は声に出して指差喚呼を行った。


誰もいない踏切で

俺は一人で確認動作をしている。


馬鹿げて見えるかもしれない。


でも

これが俺の仕事。

俺の誇り。

俺の祈りだった。




貨物列車が踏切を通過する。


その最後尾。


赤い小さな尾灯が

ゆっくりと遠ざかっていく。


俺はその赤い光をじっと見つめた。


赤い光が小さくなる。

小さくなる。

やがて

点になる。


その点が消える直前。


俺の目に

一瞬

銀色の髪の少女の姿が重なって見えた気がした。


ティアリス。


その面影が静かに微笑み

そして

朝焼けの光に溶けていった。


俺は耳をすませた。


風の中に

微かに

誰かの声が混ざっていた気がした。


「ありがとう真也さん」




俺はしばらくその場に立っていた。


風が頬を撫でる。

警報機の音が遠ざかっていく。

朝焼けが空を染める。


俺はゆっくりと振り返り

家路についた。




帰り道。


通勤客が増えてくる時刻。

ホームに人々が並ぶ。

電車が滑り込んでくる。


俺は改札を抜けながら

ふと

ある男性とすれ違った。


スーツ姿のサラリーマン。

スマートフォンを片手に

急ぎ足で駅へ向かっている。


その顔。


乾だった。


夫の乾。


しかし

彼は俺に気付かなかった。


正確には

気付いていたかもしれないが

今の彼は

俺に話しかける余裕がなさそうだった。


ニュースで読んだ。


彼の会社は最近大規模なリストラを発表した。

彼自身も

役員から外され

地方支社への異動が決まったらしい。




俺は彼の小さくなった背中を

ちらりと見送った。


哀れに思う気持ちはなかった。

ざまあみろという感覚もなかった。


ただ

彼もまた

人生の歯車の一部であり

歯車は時に欠ける。


その時

別の歯車が回り続けていれば

世界は止まらない。


俺は静かに改札を出た。




自宅に着き

俺はシャワーを浴び

朝食にパンを齧った。


ふと

机の引き出しを開ける。


古い業務手帳。


俺はページを開き

ティアリスが描いた駅員の絵を見た。


笑っている駅員。

帽子を被り

信号旗を持っている。


俺は鉛筆を取り

絵の隣に

小さく書き加えた。


『定刻よし』




業務手帳を閉じ

俺は引き出しに戻した。


その時

窓の外で電車の通過音が聞こえた。


俺は窓を開け

朝の空気を吸い込んだ。


朝日が街並みを照らしている。

通勤の人波。

店の開店準備。

学生の自転車。


世界は

今朝も動いている。


俺たち歯車が

回しているから。




俺は仕事のシフト表を確認した。


明日も夜勤。

明後日も夜勤。

来週も

来月も

来年も

俺は誰かの夜を支える。


きっと

ティアリスたちも

向こうの世界で

鉄路を回し続けているだろう。


歯車は止まらない。

歯車は世界を回す。


俺は窓を閉め

ベッドに横になった。


枕元には

古い業務手帳と

小さな鉄の歯車。


そして

セルヴァンの干し葡萄の小袋が

まだ少しだけ残っていた。




俺は目を閉じた。


明日もまた

俺は指令所のモニターの前で

ダイヤを引く。


赤い点

黄色い点

青い点。


それを正確に整え

誰かの帰宅を支える。


それが俺の仕事。

そして

それが俺の誇り。




遠くで

微かに

朝の発車ベルが鳴った。


俺は静かに眠りについた。




定刻通り

明日が

始まろうとしていた。




目を覚ました時

窓の外はもう日が傾きかけていた。


俺は起き上がり

冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んだ。


ふと

枕元の業務手帳を取り上げた。


ページを開き

ティアリスが描いてくれた駅員の絵を見る。


帽子を被り

信号旗を持ち

線路の前に立つ駅員。


笑顔。


俺は静かに微笑んだ。




机の引き出しから

小さな鉄の歯車を取り出した。


ガルドが鍛えてくれた精緻な歯車。


俺はそれをじっと見つめた。


ガルドはどうしているだろう。

カイレンは

商業大臣になっただろうか。

ティアリスは

時辰の巫女として

鉄路を守り続けているだろうか。


俺には知る術がない。


しかし

彼らが元気にやっていることだけは

不思議と確信していた。


歯車は

止まらない限り

回り続けるからだ。




一年が過ぎた。


俺は運転指令所の主任として

さらに昇進が決まった。


副所長補佐。


来年からは

教育プログラムの設計にも関わる。


新人指令員の教育。

事故対応マニュアルの改訂。

そして

全国の指令員ネットワーク構築。


地味な業務だが

全国の歯車を回す仕事だった。




「主任」


新人の指令員が

最近かしこまった呼び方になった。


「副所長補佐に内定されたって本当ですか」


「ああ」


「おめでとうございます」


新人は深々と頭を下げた。


俺は手を振った。


「お前最近指差喚呼が上達したな」


「主任。のおかげです」


「俺じゃない。お前自身が真面目にやってる結果だ」


新人は嬉しそうに笑った。


俺はその笑顔を見て

ふと

ティアリスの最後の笑顔を思い出した。


人を育てるというのは

こういう感情を伴うものなのかと

初めて知った。




休みの日に

俺は古い踏切まで散歩した。


そこには

新しく若い男女のカップルが立っていた。


二十代前半。

鉄道好きらしく

カメラを構えて貨物列車を撮影している。


「ああの撮影マナーは大丈夫ですか」


俺は警備員ではないが

つい声をかけてしまった。


カップルが慌てて頭を下げた。


「すみません踏切の外側からです」


「いえ、気をつけてください。列車優先で」


俺はそう言って

踏切を渡った。




渡った先で

若い男が俺を見て囁いた。


「あの人鉄道員だね」


「うんかっこいい」


「私も鉄道員になりたい」


「君は車掌目指してるって言ってたじゃないか」


「うんあんな主任になりたい」


俺は背中越しに聞いて

小さく微笑んだ。




帰り道。


携帯電話が振動した。


職場からの連絡。


「主任。すみません今夜緊急の運転整理が」


「行く」


俺は短く答え

電車に飛び乗った。


ホームの人混みの中

俺は誰にも知られず

ただの通勤客の一人として

指令所へ向かう。


でも

俺は知っている。


今夜

俺がダイヤを引けば

何百万人の夜が変わる。


それが俺の仕事。

それが俺の誇り。

それが俺の祈り。




指令所のモニターの前に座る。


赤い点

黄色い点

青い点。


俺は深呼吸し

業務手帳を開いた。


新しいページに

俺は最初の一行を書く。


『定刻通過 よし』




モニターの奥で

ふと

銀髪の少女の面影が一瞬よぎった気がした。


俺は微笑み

マウスを握り

ダイヤを引き始めた。




遠くで

発車ベルが鳴った。




定刻通り

今夜も

世界が動き始めていた。




俺は呟いた。


「定刻通過 よし」




モニターの中で

赤い点が動き始める。

青い点が滑っていく。

黄色い点が並列する。


それらは

誰かの父親で

誰かの母親で

誰かの子供で

誰かの恋人で

誰かの友達。


俺が動かすダイヤの上を

何百万の人生が走る。


俺は決して有名にならない。

俺は決して表彰されない。

俺は決して歴史に残らない。


でも

それでいい。


俺の名前は誰も知らなくていい。

俺の存在は誰にも気付かれなくていい。


ただ

俺がここでダイヤを引いている限り

誰かの夜が

定刻通りに過ぎていく。


それが俺の祈り。


それが

俺の人生だった。




ふと

ポケットの中の鉄の歯車が温かくなった気がした。


ガルドの形見。

ティアリスの想い。

カイレンの友情。


それらが

今も

俺の中で

小さく回り続けている。


俺は

ここで歯車を回す。


向こうの世界で

彼らも

歯車を回し続けている。


きっと

それで

世界は止まらない。




遠くで

朝の貨物列車の汽笛が鳴った。


俺は指令所の窓から

小さく外を見た。


東の空が

うっすらと白み始めていた。


新しい一日が

定刻通り

始まろうとしていた。




ある日の休憩時間。


後輩が俺に何気なく聞いた。


「主任。は将来どんな指令員になりたいですか」


俺は少し考えた。


そして答えた。


「俺はもうなりたい姿になってる」


「え」


「今ここでダイヤを引いている。それが俺の理想だ」


後輩は不思議そうな顔をした。


俺は微笑んだ。


「未来のために頑張る人は多い。でも本当は今この瞬間こそが未来なんだ。今ここで定刻通りダイヤを引く。今ここで指差喚呼を欠かさない。今ここで仲間を信じる。それが未来をつくっていく」


後輩は黙って俺の言葉を聞いていた。


そして

深く頷いた。


「主任。俺もそういう指令員になりたいです」


「お前はもうなってる」




俺はマウスを握り直した。


モニターの上で

赤い点が

今日も静かに移動していた。


それは

誰かの夜行列車。

誰かの帰宅。

誰かの始まり。


俺はその点を見守り

そして

ゆっくりと指で画面を差した。


「定刻通過 よし」




窓の外で

朝が始まっていた。


世界はまた

今日も

回っていた。




運転指令所のモニターの隅で

ふと

何かが小さく光った気がした。


俺はマウスを止めて

その点を見つめた。


赤でも

黄でも

青でもない

温かい琥珀色の光。


それは

ほんの一瞬で

消えた。


きっと

モニターの反射だ。


そう自分に言い聞かせて

俺はまたマウスを握り直した。




しかし

俺の頬は

微かに緩んでいた。


ガルドの鎚音。

カイレンの早口。

ティアリスの祈り。


それらが

モニターの向こうから

今でも聞こえてくる気がした。




俺は業務手帳を開いた。


新しいページの一行目に

俺は静かに書いた。


『定刻通過 よし

今日も誰かの夜を支える』


筆を置き

俺は深く息を吐いた。




外で電車の通過音がした。


地下鉄の始発が

ホームを離れた音だった。


俺はその音を聞きながら

モニターに向き直った。


赤い点が動く。

青い点が滑る。

黄色い点が並ぶ。


俺の指令所の中で

今日も

世界は静かに回り続けていた。




そして

それで

よかった。




外で発車ベルが鳴った。


それは

ティアリスのいる世界で

俺が最後に聞いた音と

同じ音だった気がした。


俺は耳をすませた。


ベルは

ゆっくりと

朝の空に溶けていった。




業務手帳の駅員の絵。

帽子を被り

信号の旗を持ち

線路の前に立つ駅員。


その絵が

今日もそっと

俺を見ていた。


俺は手帳をそっと閉じ

胸ポケットに仕舞った。


それから

ゆっくりと

モニターの前に背筋を伸ばした。


今夜も

ダイヤを引く。




ガルドの歯車も

ティアリスの絵も

カイレンの干し葡萄も。


俺の中で

ずっと

回り続けている。


俺はその歯車を回す

ただの指令員だった。

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