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二年生となり、学年末試験結果をもとにしたクラス替えが行われた。
主席のララウィンは、当然ゴールドクラス。次席のオルカル、三席のセストセールも当然ゴールドクラス。……というより、ララウィンが仲良くしている面々は、全員めでたくゴールドクラスのままである。
二、三人ほど初めて見る人がいる程度のメンバーチェンジしかしていないクラスメイトたちを一望してから、ララウィンは真下——頭上へと視線を向けた。
「ごめんなさいぃい! すぐ下ろすからぁ!」
「ミッド、落ち着いて。まずはゆっくり上下を——」
「悠長なことを言っている場合ではないでしょう! 僕が魔術解除をしますから、セストセールはララウィンを受け止めてください! いきますよ!」
ふっ、と内臓の浮く感覚がした。同時に、それまで空中に逆さまの状態でいたララウィンは落下する。
オルカルの言葉は聞いていたのでそのまま身を任せていると、ララウィンの体はセストセールの腕のなかに軟着陸した。
「大丈夫かい?」
気遣わしげにこちらを覗き込んでくるセストセールのカッコよさたるや。
一か月会わなかったからか、背が伸びたような気もするし、顔つきが少し大人になったような気もする。全部勘違いかもしれないが。
しかしたとえ勘違いだとしても、彼がララウィンにとって素敵な男の子であることには変わりない。
そんなわけでララウィンは盛大に胸をときめかせ、そしてララウィンが抱きっぱなしだったムードも同じくときめいていた。
『ぐうう……べつにわざわざ抱きとめる必要はなかっただろ……! 魔術使うだけで十分だっただろ……! オレたちの心を弄びやがってぇ……!』
「ララウィン?」
「だ、大丈夫……。ちょっとビックリしただけ……」
セストセールが丁寧にララウィンを下ろす間、ララウィンは心臓を抑えつけることに必死だった。
二年生最初の授業。浮遊魔術でペアの相手を浮かせるという課題だったが、ミッドミンに浮かせられた直後ひっくり返って、スカートの中身があらわになったとき以上に、至近距離のセストセールはインパクトがあった。悪魔とその契約者を無意識のうちにここまで翻弄するとは、さすが王太子である。
「どうして自分ですぐに魔術解除をしないんですか!」
駆け寄ってきたオルカルが、真っ先にララウィンを叱りつけてくる。
まさか怒られると思っていなかったララウィンは多少なりとも驚き、そのおかげでときめきが若干落ち着いた。
「あなたならできないわけがないのは、わかっているんですよ!」
「だって、人を浮かせる練習だもの。妨害したら、ミッドが練習できないでしょう?」
「あんな姿になってまで練習を優先させないでください!」
顔を真っ赤にして怒るオルカルに、ララウィンはそこまで言われるようなことだろうか、と首を傾げる。
「ごべ……ごべんなさい、ララウィンを怒らないで……。全部、全部僕のせいだから……」
よろよろ、よたよたと、涙で溺れそうなミッドミンも近づいてきた。
オルカルはその瞬間、痛烈な舌打ちをかます。
「あなたのせいなのは本当にそうです。実力不足なら、ララウィンとペアにならないでくれますか? 迷惑です」
「ごめん……。ごめんね、ララウィン……。しかも、み、みんなの前でなんて……今までで一番ひどいことを……」
軽く周りを見ると、何人かの男子はオルカルと同じくらい顔を赤くしている。
ただ、そのほかの一部は、『ああ、またやってんな、あのグループ……』みたいな呆れの眼差しを向けてきていた。ミッドミンが泣くような事態はみんな慣れてきているし、ララウィンも慣れているから、なんとも思っていない。
それに——とララウィンはミッドミンに視線を向ける。
「大丈夫。下着は見えていないもの」
「え……? え、でも……」
「さっきのは、見せてもいい用のパンツ」
「み、見せてもいい用のパンツ……?」
理解できないという顔でミッドミンが首をひねる。セストセールとオルカルも同じ顔をしている。
あまり男の子には馴染みがないのかもしれない。女の子なら即座に理解してくれるというのに。
実際、ペアと別れてこちらに来たモルモは、気軽な様子で話を広げてきた。
「いまのペチパン、あたしと買ったやつじゃないよね? どこの? フリル邪魔になんない?」
「見た目より柔らかい素材だから……ほら、制服にもそこまで響いていないでしょう? 丈も短いから、普通にしていれば裾から見えないし」
「ふーん……。ねね、ちょっと触っていい? ていうか、めくってい——ぃいっだァ!?」
モルモの頭に、拳大の氷塊が激突した。
杖を振った瞬間は見れなかったが、魔力を辿ればオルカルの仕業だとわかる。
「いいわけがないでしょう。それで頭を冷やしてください」
絶対零度の瞳がモルモを射貫いている。氷塊がなくとも、それだけで凍えてしまいそうな勢いだ。
「うぐぐぅ……! まじで……ララウィン以外に対してかわいげの欠片もないな……!」
「大丈夫?」
「うえーん、ララウィーン! 頭よしよししてぇー!」
「うん。よしよし」
「こういう性悪根暗バイオレンス男には引っかかっちゃだめだからねぇ!」
「よしよし、よしよし」
「お返事はぁ!?」
よしよしついでに治癒魔術をかけてあげようかとも思ったが、抱きついてきているモルモはもう元気そうだ。
モルモよりも、ケアしなければならない人はべつにいる。
「そういうことだから、今回も気にしなくて大丈夫よ、ミッド」
「でもぉ……」
「そもそも浮遊魔術の練習をするって告知は事前にあったから、女子はみんな対策してるもの。さっきの出来事も想定の範囲内」
「……そうなの?」
「そうなの。だから、また友達やめるとかそういう変なこと、絶対に言わないでね。言われた方が悲しくなるし、怒りたくなるんだから」
——そんな話をした翌日。
まさかララウィンの方から友達をやめたいと言いたくなる状況に追い込まれるとは、思ってもいなかった。
◇
「今日は帰ったら? ていうか、帰って。顔色ひどすぎるから」
モルモにそう言われ早退したララウィンは、寮の自室に入った瞬間、床にへたり込んだ。
「なんで————」
そのあとの言葉が続かない。
喉が震える。手が震える。顔色が悪いのは、朝、ミッドミンと会った直後から自覚していた。
ララウィンの腕のなかからずり落ちて、ムードがぬいぐるみ姿のまま倒れ込む。ふたりきりなのに起き上がろうとしないのは、それだけムードも精神ダメージを負っているからにほかならなかった。
「予想はしていた。どこかで出てくるのはわかっていた。だが、いざ直面すると……」
ムードの声に覇気はない。弱々しく掠れて、ほとんど独り言のような状態だ。
「昨日まではなんともなかったはずだ……。たった一日でなにが……いや、いったいどこで……」
ぶつぶつと呟かれる言葉の大半を、ララウィンは聞き流してしまう。受け止めるだけの余裕がなかった。
今朝、ミッドミンから感じたのは——色濃く残る、女神の気配だ。
目が痛くなるほどに眩しかった。近づかれると頭が痛くなるほどの甘ったるい匂いが、べったりと張りついていた。
本来は、『ララウィン・アートブレス』と絆を結ぶことによって、女神の力を譲渡される——ムードが手にした【データ】によれば、そのはずだ。けれど当然、いまのララウィンと絆を結んだところで、女神の力に侵されることはない。
となれば、考えられることは。
「——新しい、女神の愛し子」
ララウィンは自分に向けて、現実を突きつけるように言った。ムードの呟きも、ぴたりと止まる。
十中八九、その愛し子とミッドミンが接触し、絆を深めるようなイベントがあったということだろう。
短くない時間をかけて、やっとララウィンと普通の日常会話をこなせるようになったミッドミンが、初めて会った女とたった一日で仲良くなっている——そんな光景を想像するだけで、ララウィンは泣きそうになった。
「もう、ミッドはだめってこと……?」
「少なくともオレは近づきたくない。逆にお前は、あんな状態の人間に近づけるのか?」
「……がんばれば、できる」
「無理して吐くのがオチだ。賭けてもいい」
「だって……」
とうとうララウィンの目からは涙がこぼれ落ちる。
「だって、ミッドほど濃くないけど、セスとオルカルにもほんの少しだけ気配があったもん。ふたりはまだ全然大丈夫だけど……でも、ミッドがだめなら、みんなだめになっちゃう……。じ、時間の問題でしかない、からぁっ……」
ひっく、と嗚咽を漏らし、ララウィンは「死にたくない」と小さく唇を動かす。
それに反応してなのか、ムードが人型へと姿を変えた。長い腕が伸びてきて、すっぽりとララウィンを囲ってしまう。
「まだ……まだ大丈夫なはずだ。女神の力が、あいつらの記憶や性格を変質させるものでもない限り、いきなり殺されるようなことにはならない。籠絡には至らずとも、その程度の好感度は稼げているはずなんだ。……だから、泣くな、ララウィン」
髪をすくように撫でられる。
ララウィンは堪らず、ムードの胸に顔を押しつけた。
「このタイミングなら、女神の愛し子——女神の下僕は新入生のなかにいる可能性が高い。まずはだれがそうなのかを把握しないことには、オレたちのことがどこまで知られているかも確認できないままだ」
「やだ……ムード、死なないで……」
「話、聞いてるか? ひとまずそのあたりを確認できるまでは、極力いままで通り、王太子の幼馴染だけは吐かない程度の距離感を保って——」
「やだぁ……」
「——はあ、もういい。今日は一旦寝るぞ」
ムードが立ち上がる。抱きしめられていたララウィンは、そのまま縦に持ち上がり、身長差のせいでつま先が床から離れてしまう。
抱きかかえ直すという面倒をする気はないらしく、ムードはララウィンの足をぶらぶらさせながら歩き、一緒になってベッドへと飛び込んだ。
「ほら、目を閉じろ」
「…………はなみず」
「はあ? おい、オレの服につけたんじゃないだろうな。人形になったときカピカピになってたら承知しないぞ」
そんなことを言いながら、ムードはタオルを取りに行ってくれる。
ミッドミンが女神の毒牙にかかった——その事実は胸に重くのしかかるが、ミッドミンとムード、どちらかを選べと言われたら、ララウィンは迷わずムードを選ぶ。
最悪、ミッドミンを殺すことも視野に入れておくべきだろう。
そして、もしその最悪が来てしまったとき——彼と幼馴染のセストセールはどんな目をララウィンに向けるのか。それを思うと、まだまだ涙と鼻水は止まりそうになかった。




