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学年末試験の全日程が終了し、ララウィンはようやく肩の力を抜くことができた——とはならなかった。
試験終了後から、ララウィンの喉はますます食事を通さなくなり、夢のなかでは『あの回答は間違っていたかも』『そもそも名前を書き忘れたかも』と頭を抱える場面ばかりが延々と繰り返される。
一番体調が悪かったのは、試験結果開示の日の朝だ。あまりにもつらくて、初めて学校を休んでしまった。
しかし、それも午前中までの話。昼休みになった途端、部屋に飛び込んできたモルモが「一位おめでとー!」と叫び、その瞬間、嘘のようにララウィンの体調は回復したのである。
「ほらぁ、だから言ったじゃん。叩き起こしてでも結果を伝えた方が、ララウィンは元気になるって」
「だからといって、ノックもせずに……非常識にもほどがある。品性を疑います」
「はあ? あたしが買ってあげたパジャマ着てるとこを見れたんだから、素直に喜んどきなよ。ミッドみたいに」
「ぼ!? ぼぼぼく!? え!? 顔に出てる!?」
「出てないよ、大丈夫。その反応のせいで大丈夫ではなくなったかもしれないけれど」
現在はモルモのほかにも、オルカル、ミッドミン、セストセールが集まり、ララウィンの自室ではちょっとしたランチ会が開かれている。もし自室が主席相応の広さを有していなければ、窮屈な思いをすることになっていたことだろう。
ララウィン用のランチボックスもミッドミンが買ってきてくれたので、ララウィンはベッドに腰かけ、賑やかなみんなの食事風景を眺めながら、ちまちまとフォークを動かしている。パジャマ姿をまじまじと見られるのが恥ずかしくてブランケットを体に巻きつけているため、少々食べにくい状況だ。
しかし、あまりのんびり食べていると昼休みが終わってしまう。せっかく体調が回復したのだから、はやく食べきって着替え等々の支度を済ませて、午後の授業には参加したい。
その思いで会話にもろくに参加せず、一心不乱に咀嚼していると、眉を下げたセストセールがララウィンの方を向いた。
「ただでさえ病み上がりなのだから、急いで食べると体に悪いよ。それと量も、いまのララウィンには多いだろう。無理に全部食べようとしなくていいからね」
続けて、オルカルも口を開く。
「そうですよ、ララウィン。このあとまた横になることを考えれば、もうやめておいた方がいいかもしれません。残すことを勿体なく感じるのなら、ミッドミンあたりが喜んで食べてくれるでしょう」
「えっ、また僕!? い、いや、もちろんララウィンがいいなら喜んで————待って、この場合、喜んでって言っていいの……? 気持ち悪くない? 残り物を僕が食べるのって、ララウィン的にはどうなの……!?」
騒ぐミッドミンを無視するようにモルモがララウィンからランチボックスを奪い、ミッドミンへと渡した。
「ほーら、ララウィン。みんなこう言ってるし、寝ちゃおうねー」
困惑するララウィンの肩を押すモルモは、にこやかに笑っている。
「でもわたし、授業……」
「今日はダメでーす。あたしが許しませーん」
あっけなく押し倒され、ブランケットも掛け直されてしまう。ララウィンは不満を目で訴えてみたが、モルモには「あたしにその顔は効かないからね」とすげなく言われるだけだった。
「レポート提出の日なのに……」
「それは僕が出しておきます。鞄、触りますね。授業内容もあとで教えに来ますから」
なぜかレポートの場所を把握しているオルカルが、ララウィンの鞄から迷いなく目的の物を取り出す。「これで間違いないですよね」と確認してきたので、ララウィンは横になったまま頷きを返した。
「そろそろお暇しなきゃね。ほら、ミッド。パパッと食べちゃって」
「わ、わかってるよ。食べればいいんでしょ、食べれば……」
「……ふふ。ミッド、庭に住みついていたリスみたい」
くすくすと笑うセストセールを横目で睨みながら、ミッドミンはふたり分のランチボックスを食べ進めていく。
そのスピードは、ララウィンと比べれば芋虫とチーターのようだった。もちろん、ララウィンが芋虫側だ。
決して大柄というわけではないのに、さすがは育ち盛りの男の子といったところだろうか。モルモが食べ終わるのとほぼ同時に、ミッドミンも完食してしまった。
「さて」とモルモが立ち上がり、杖を振る。すると、役目を終えた全員分のランチボックスが、跡形もなく消えてしまった。
粗雑なモルモが一番得意とする魔術である。なにかを生み出したり変化させたりするより、ひとつの物を跡形もなく消してしまう方が楽なのだそうだ。
「じゃあ、ララウィン。あたしたちは行くけど、ちゃんとこのままお昼寝しててね。心は元気になっても、目の下のクマ、ひっどいんだから」
思わずララウィンは、自分の目元に触れる。そういえば、化粧で隠す暇もなかった。つまり、そのひどい顔をセストセールたちに見られてしまったというわけだ。どう考えても、好感度を稼ぎたい相手には見せるべきじゃなかったのに。
いろいろと耐え難い気持ちがせりあがってきて、ララウィンはブランケットのなかに頭を引っ込めた。
「あなた、本当にデリカシーがありませんね」
「はっきりした物言いは、モルモの長所でもあるから。もちろん、ララウィン本人が嫌がっているのなら、直した方がいいだろうけれどね」
「ララウィン! 今日のお菓子、デスクに置いておくから。明後日くらいまではもつと思うし、食べたくなったときに食べてね!」
ララウィンはブランケットに視界を遮られているので見えないが、口々にいいながら全員が出て行く気配がした。
しかし最後、扉が閉まりそうな音を立てていたところで、「あ、そうだ!」とモルモが再び扉を開け放ったようだ。
「ララウィンが仲良くしてる先輩も心配してたよ。明日でいいから、顔を見せてあげた方がいいかも。お邪魔しました!」
仲良くしてる先輩——きっとジージャのことだろう。
今度こそ、扉は完全に閉まり切って、扉越しの足音も遠ざかっていった。
「ありがとう……」
呟いた言葉は、みんなには聞こえていないだろう。改めて、今度しっかりとお礼をしなければならない。
「ようやくいなくなったか。まったく……」
ララウィンがそっとブランケットから顔を出すと、人型のムードと目が合った。
ノックなしでモルモが入室してきたとき、一番驚いたのはムードだったはずだ。ぬいぐるみへの変身が間に合って、本当によかった。
「……ムードはもう大丈夫?」
「フン。だれのせいだと思ってるんだ」
ムードがベッドへと腰かける。ブランケット越しに、ムードの羽が当たった。
手を伸ばしてその羽に触れると、薄い飛膜が微かに震える。いまはピンと張っていて、少ししっとりとした触り心地なのだが、つい先ほどまではまるで干からびる寸前のようなシワシワ具合だった。不安と緊張でララウィンと一緒になって潰れかけていたムードも、どうやら本調子に戻ったようだ。
「……羽なんかにじゃれてないで、さっさと寝ろ。あいつらからも言われただろう」
「じゃあ、子守歌うたって」
「はあ?」
ものすごく嫌そうな声が降ってきて、ララウィンは口角をあげる。
「冗談に決まってるでしょ」
「冗談でも言うな」
「じゃあ、頭撫でて」
真っ黒な瞳がララウィンを射貫く。
けれど、これは断られない。わかっていてララウィンは言っているのだ。
案の定さほど間を置かずに、ララウィンの頭に大きな手が添えられた。
「えへへ……」
「そのだらしない顔、外では晒すなよ」
「ねえ、なにかお祝いしない? 主席祝い」
「お前、寝る気ないだろ。このオレに撫でさせておいて」
「あっ、寝る、寝るから!」
離れそうになるムードの手を慌てて掴み、ララウィンは目をつむる。
「……掴まれたままで、どうやって撫でろって?」
目をつむったまま、そっとムードの手を解放すると、優しい感触が頭を往復し始めた。
ムードの言う『だらしない顔』がますますひどいことになっている気がしたが、ここは外ではないし攻略対象者たちにも見られていないから問題ないだろう。
一往復するたびに、眠気が一段深まっていく。やはりクマができてしまっているだけあって、体は睡眠を求めているのだろう。
昨日までなら、それでもうなされてよく眠れなかったのだが、もう悪夢に苛まれることはなさそうだ。そのままララウィンは、一分とかからずに熟睡してしまった。




