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第14話「完全解明する絶望システム。ならばその卓上ごと引っくり返してさしあげましょう」

 神の使いらしく深い悲劇に酔って「私は本当は本物だったのに、認めてもらえなかったのね!」なんて涙ぐんでいられるフェーズは、どうやら数分前に大気圏を突き抜けて宇宙の果てへお亡くなりになったらしい。


 深夜の薄闇に沈む魔法塔の隠し研究室。私は広げられた『大結晶への移行流路』と示された地下図面と、冷たい机の上を往復させていた視線を、スッと手元に引き寄せた。


(落ち着け。事実を冷酷無残なレベルで結合するのですわ。パズルのお時間よ!)


 私は制服の隠しポケットから、大事な一冊の手帳を素早く取り出した。この数週間の間、神殿の寝所内で侍女のハンナと共に記録し続けてきた、血の滲むような『わたくし的体調不良&外部被害カレンダー』である。

 このノートには、私が理不尽に消耗してぶっ倒れそうになった日のチェック印と、あの北の国境や外れの町で起きていた「魔物が活発になった日(=結界が緩んだ日)」が詳細に書き込まれている。ルカが仕入れてきてくれた被害報告書の写しや、地方医師から寄せられていた悲鳴の記録たちだ。


 その私製手帳と、目の前のユリウス・エーヴェルト大先生による緻密な『魔石盤数値出力・大結晶変動記録』とやらを横に並べていく。


 日付を見る。

 五日前、王都近郊の守りが薄れ、地方から結界強化の応援要請が出た日。私が朝の祈りの後に膝から崩れ落ち、前髪が壁の模様になるほど虚脱感に襲われた日だ。

 机の上にある魔法塔側の記録には、こうある。

『結界限界値の一時低下に呼応し、対象個体の第一境界線からの魔力移行率が増大。結果、観測器における個体残存力は出力三十%に激減。同刻、この枯渇を欠陥として仮定――』


 十五日前。雨の晩。

 私とハンナが、「これほど強い祈りを込めたのになぜ何も返ってこないのだ」と途方に暮れたあの日。

『大結晶側への無作為流出に変動。この事象に連動し、個体の有する純力は底を突く。完全な空洞化を確認。詐称の疑いが濃まる――』


 ああ。ああああ。

 なんのことはない。見事なまでにパーフェクト一致じゃない。

 頭がカッとするのを通り越し、思考領域に白銀の雪崩が降り注いだようにシンと冷えた。


(あの地方の少年が見せてくれたおかしな火傷痕も。神殿のおじさま連中が騒いでいた“見えない壁の不和”も。そして私の心臓の横のホースから、いきなりドバドバと力だけが問答無用で抜き取られていた謎の目眩も……!)


 完全に線で繋がったのだ。

 私は「偽物で能力が足りないからバテていた」のでは断じてない。

 どこかが綻んだ結界のために、国中を守る超大型の大結晶バキュームカーへ、私のもとから私の意志なんてガン無視で力の全部が根こそぎ吸い上げられていただけなのだ!


 そりゃあ疲れるわ! 限界越えて倒れるわ!! 蛇口ひねっても水が止まらなくて裏山のダムの干ばつを無理やり賄わされていた状態なんだから!!!

 で? その超重労働で絞りカスになって息も絶え絶えになっている状態の私を、こっち側の宮廷魔法使いたちは神の顔でどう測定した?


『力が足りないですね。はい、残念。本日の測定出力ゼロ。この聖女候補生は出来損ないの偽物決定。不適格なため破棄へ向けた事務処理をお願いしまーす!』だ。


「っふ。……ふは、あはははは!!」


 もう耐え切れず、私は手で口元を覆って声を殺しながら狂い笑いした。声の漏れを防ごうとしたら、呼吸がヒステリックな嗚咽のようにも聞こえてしまうけれど仕方ない。怒りが内臓の配置を全部書き換えるほどの超重力で私を叩き伏せようとしているのだ。


(これじゃただの生け贄無限地獄。どうやっても勝てないデスゲームじゃありませんこと!?)


 結界が緩めば力が強引に吸い出される。

 すると私には何も残らない。

 空っぽのまま神の儀式や観測に乗せられる。

 そして、『出力が低くて民衆の心すら癒やせないのなら、それは偽物だ! 断罪だ!』と民衆のガス抜きも兼ねて一斉処刑イベントにご案内だ!


 そうか。これが彼ら……この歪みきった王都の中枢が求めていた、“便利すぎるサイクル”の真実だったのだ。


 もし私がいくら完璧で立派な光を放とうとも無駄なことだった。この国を取り巻く脅威がある限り、そしてその被害から顔を背けるための【見えない吸収の壁】が存在する限り、いつかはその重みで対象者が枯渇し、最終的には無能の烙印をぺたりと額に貼られてから首に縄をかけられるという結末が最初からプロットされている。


(じゃあ、私がこの死に戻った先の新しい時間でやろうとしていた……あの健気で美しい名誉回復ミッションって、なに?)


 背骨からじっとりとした寒気が上へ這い上がる。


『私が本当は国に認められるべき清廉で立派な本物の聖女なのだと、身を粉にしてでも証明してみせます! そしたら分かってもらえますよね!』

 ――そんな乙女チックなすれ違い解決法なんて、クソの役にも立たないどころか、首を括るスピードを早めるための最悪の自爆ダッシュだったわけだ。


 本物だとか偽物だとか、もはやそんな次元で争っている事象ではないのだから。


 仮に、「はい、私は最高の本物でした! 大結晶にめっちゃエネルギー供給してましたしね!」なんて神殿側の偉い人にドヤ顔で申請したとしよう。

 どうなる? 彼らがニコニコしながら『まぁ凄い! ごめんなさいね!』と手を叩いて喜んでくれる?


(……なワケない。私が気付いた時点で口封じ決定よ。“あー、大結晶直結バッテリーシステムに自我が芽生えちゃったね。神の教義では全部自主的な自己犠牲ってことにしてるのに不都合だわ。サクッと断罪システム起動して、偽物の詐欺師だったって広場で消しちゃおーっと”ってね!!)


 息を一つ、長く吸う。暗くて埃っぽい研究室の冷気が喉を通って脳裏を巡り、驚くほどスッキリとした青空が内側に開いた気がした。


 なんだかもう。許せないとか、あいつらを言い負かしてやりたいとか、そういうミクロな闘争心が雲散霧消していく感覚だ。

 ここにあるのはもっと巨大で、分厚くて、悍ましく血生臭い、人間が都合よく生き残るためだけに整備された巨大な搾取機能なのだから。


 私の首元に残る、火傷のような消えない痛みをそっと手のひらでなぞる。

 あの日、王国の空のもとで私を取り囲んでいた四人の英雄たち。魔法使いユリウス、騎士団長ローデリク、大神官マティアス、そして第一王子のセオドール。


 今なら分かる。彼らがあんな、世界の終わりでも目撃したかのような惨たらしい後悔の顔を広場で見せていたのは、『この欺瞞システムが最後の最後に完璧に稼働して、リゼ一人の生血の上に彼らの安定した世界が立ってしまった瞬間を、ようやく己の無能と弱さをもって自覚させられたから』だったのだ。


「誰かを断罪した上に成り立つ平和ですって? おめでたいにも程がありますわ」


 言葉の破片が唇から氷のように滑り落ちた。

 もう同情もしないし、悲哀で許してやる気にもならない。彼らがそれぞれどれだけの『私一人が泥を被るはずの絶望の沈黙』を背負っていたのだとしても、結果的にそれが、さらに大きなドス黒い根源――あそこにある『神の印』なんてデカい建前で仕組み自体を正当化して運用させている上層の力学の、良いカモとして弄ばれているに過ぎないのだ。


(分からせられるとか、気づいて和解できるとか……もう、そんな生温かいフェーズには用はなくてよ!)


 本物だの偽物だの、という相手が用意した土俵でのディベートに付き合ってあげるギリを果たす気など、今の私の中にはミクロン単位たりとも残されてはいないのだ。

 本物であろうが処刑という終着駅まで急行で突っ込まされる線路ならば、国だろうが神殿だろうが歴史だろうが、その不格好で腐り切った機関車もろとも全乗客の前でスクラップにするしか生存ルートが存在しないのだから!


 指先の力が抜け、卓上に記録の束が静かに滑り落ちた。

 視界は信じられないほど明瞭だ。自分が進むべきは「復讐」や「名誉挽回」ではない。『神をも装うこの壮大な破壊的な解体の断行』だ。


「よし……では改めて、我が命を文字通り裁いてくれた愛すべき諸悪の祭壇にご挨拶させていただこうかしらね」


 私は大きく見開いていた目を静かに細め直し、先ほどベリリと封印布を引き剥がした台座へ再び歩み寄った。

 あの『教義の印(神殿専用ロック呪縛)』が箱の外側に堂々と施されていた木箱。そこに厳重にしまわれている、黒く美しく光る宮廷自慢の判定用の魔石盤である。


(ここまでのパズルの形を繋ぐなら、最後に一つ確認しておきたいのよ)


 魔法使いユリウス先生は、極度なまでのデータ狂信者。そして彼はさっきまでの記録を見る限り、『枯渇して出力がないこと(空洞であること)』を正確に読み取り、「この個体は適性がなくて出力が無いね、ダメ」と正攻法の論理だけで私を不適格認定しているようだった。

 つまりあの顔色の悪い理数ドレイ男は、「私本人が裏の流出によって搾り取られていることにまで本気で気付かぬまま、出力される『0点』というテスト用紙だけを完璧だと信じて採点させられていた」ということになる。


 じゃあ、何で。

 何で神殿側の権力機構なんて巨大な横槍の存在が、ただの出力計算のための機材を入れた『外の箱の蓋を、自分たちの神印で開けられないように物理更新封鎖していた』という異常な運用形式をしているのよ。

 ただ単に出力を見極めるなら、勝手に力は地下の巨大穴に流出させて干ばつ起こしとけば勝手に偽物っぽく映るだろうに。何でこの魔石盤を自分たちで“二重管理”しているのだ?


 疑問は思考を跳躍させ、手が伸びていた。

 もう外装の帯札はどうでもいい。破ろうとすれば魔法警報で私が消炭になりそうだが、私は『外』ではなく、『箱の中の魔石本体の裏側』へゆっくりと手の指を滑り込ませた。

 ひやりとしたなめらかな質感だが、裏の台座との接続部分……金属の装甲に接している溝の部分にそって指を走らせたときだ。


 ツキ、と爪先に異物感が引っかかった。

「ん?」


 布越しの微かな薄闇のランプ。私は自分の目を疑うように、その台座の接続箇所に顔をこれでもかというほど限界まで近づけた。


「……は? 待って。なに、コレ」


 あまりの低俗な仕事っぷりに、鼻で乾いた風が鳴った。

 完璧で研ぎ澄まされた芸術的な理論を纏うこの最上位魔法観測機器の台座裏の、最も神殿側にロックされていた物理の結節点。


 そこには明らかに……繊細な精霊工学の配線ではなく、「誰かが手前勝手な後付けでドロドロの導引魔液をねじり込み、流動計算回路の基盤部分の文字を力技で潰して書き換え、別の歪んだ出力線へと強引に癒着させて上塗りしている」ような、極悪でずさん極まりない分厚い物理的ハンダ付け……否、『露骨な細工カスタマイズの跡』がこんにちはしていたのだ!


「はぁ。なるほど……なるほどね。よくあるお話じゃない!」


 暗闇の中で、私の口角が、引き攣り笑いを通り越して物理的な臨界点を突破した満開のアーチを描いていた。


 ただ力が抜けて『出力がない状態ゼロを見せて』終わらせるだけでは足りなかったということか。この盤の仕組み、単に不足を正しく測っていたのではなかったのだ。

 ……あの大真面目な研究バカすら本気で騙せるレベルで、『弱らされていると見込んだ特定の個体であればあるほど、出力計算の方程式側でより意図的かつ強烈な濁りの赤字スコアをはじき出す』ような――極太でブラックなえげつないバイアス誘導細工を仕込んでいやがったのか!


「ええ……本当にごきげんようって感じね! 最高の悪手よ、あんたらは!!」


 これが証拠にならないなどとは到底言わせない。

 自分が無意識の無力だったとばかり思わされていた暗闇の世界に、これほど分厚くて醜い『悪意の手が下した物質的な刃物』が深々と突き刺さった音が鳴ったのだから!

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