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『不死』という、単純にして最強なチート。  作者: 津野瀬 文
第一章

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第十一話 そして野宿が確定する

 ならず者のおじさんたちとの心温まる交流も終わり、私は日が落ちすっかり暗くなった山道を下っていた。


「いやぁ、やっぱり人との会話は楽しいね。エルゲアとの会話も含めて、今日だけで百年分は話している気がするよ」

『貴様は三百年ほど魔物しかいない迷宮にいたのだ。間違いではあるまい』


 朗らかに言った私に、エルゲアは相槌の後に小さく付け加えた。


『まぁ、先ほどの出来事を楽しいと言えるのは異常者くらいだが』

「ぐぬぬ……」


 その声がしっかり聞こえたので、私は思わず呻いて手に持った首輪を見た。しかし、言いたいことは言ったとばかりにすでにエルゲアは沈黙をしている。


「……いや、たしかにね。たしかにちょっとやりすぎたとは思っているよ?」

ちょっと・・・・? ふむ、なるほど』

「いや、かなりだね。うん、だいぶだいぶ。でも、あの人たちは悪い人だから、結果的に私は良い事したと思うんだよね。これ違う、かな?」


 自分でも自信のない声になっていると分かりながらも何とか取り繕うと、エルゲアは『む?』と何だか不思議そうな声を出す。


『何を勘違いしているかは知らんが、別に吾輩は貴様を責めているわけではないぞ? 貴様の言う通り、奴らを野放しにしていれば、奴らの手にかかる無辜な者らもいたやもしれん。

少数の山賊どもを生かして残しはしたが、あ奴らが今後も山賊家業を続けられるとは思えん」

「だ、だよねっ? 良い事だよね?」

『ああ。それに、あの躊躇のない殺しっぷりがあったからこそ、残った山賊どもがスムーズに貴様の質問に答えたのだろう。人助けとともに自分のためになることをしたのだ。貴様は良い異常者だ。胸を張れ』

「……いや、張れるか」


 なんだよ『良い異常者』って……。結局異常者じゃないか。

 盛大にズレたことを言うエルゲアにげんなりしつつも、彼が元々は魔物であることを思い出す。そもそも人間である私と価値観があうわけがないのだ。

 まぁ、今の私が他の人間と同じような価値観を持っている自信もないのだけど。


「――何も、感じなかったなぁ」


 数人の山賊たちの命を奪った自分の手を見る。

 血はついていないし、人体を破壊した感触だって残っていない。それこそ迷宮で人間よりも頑丈な魔物たちをずっと相手にしてきたのだ。当たり前かもしれないけれど、人間の身体は魔物に比べれば本当に脆くて、金属と紙くらいの差がありそうだった。

 だからこそなのか何なのか、自分が想像していた罪悪感など微塵もない。魔物を殺す時よりも容易に、そして魔物を殺す時と同じくらい気兼ねがなかった。

 私にとって、同族であるはずの人間への殺傷などその程度のものへと成り下がっていた。


「……うーん、生き物を殺しすぎて麻痺しちゃったのかな?」

『あるいは超越したために、人類を同じ種であると認識できなくなったのやもしれんな。まぁ、吾輩にはどうでもいいが』


 バッサリとエルゲアに切り捨てられてしまったけど、たしかに魔物である彼にとって人間の生き死には基本的にどうでもいいのだろう。

 けれど私にとってはそれじゃあ駄目なのだ。私にとって人間とはあくまでも同族で同じ種で、やはり助け助けられの関係性を維持したい存在なのだ。

 このまま人を気軽に殺し続けるようなことがあれば、それこそ私は魔物に堕ちてしまう。害悪として私よりも強い人間たちに追い回されて駆られてしまう……そんなのは絶対に嫌だ。


「とにかく、今後はできるだけ人を殺さないようにして、人類とは友好な関係を築いていこうっ!」


 聞く者は首輪姿のエルゲアしかいないけど、私は両の拳を握って「ふんすっ」と鼻息荒く宣言した。

 うん、そのために山賊のおじさんたちとの戦闘じゅうりん手加減・・・・も覚えたし、いろいろ聞きだしてこの世界のことも少しは分かったし。


「えーと、取りあえずこの方向にずっと降りていけば、大きな街があるんだよね?」

『ああ、山賊どもはそう言っていたな』

「なんでも『ウルムス』とか言う神様を信仰する教会が治めてるんだってね。エルゲアはウルムス神って知ってるの?」

『知らんな。少なくとも千年ほど前にはメジャーではなかったはずだ』


 私の問いかけに、エルゲアはあっさりとそう答えた。

 私が山賊のおじさんたちから聞いた話では、ウルムスとは大陸全土で信仰される唯一神の名前で、その他の神々が邪神扱いされるくらいに人気な存在らしい。それでもエルゲアが知らないってことは、彼が『大御神』と崇められていた千年前には、それほど知られていない神様だったのだろう。

 ちなみに私がいるのは、十以上の国からなるオルラヌン大陸のアルシルド王国とのこと。細かく言えばアルシルド王国の都市ヘベン市……の山外れ? らしい。今は麓にあるそのヘベン市へ向かっているところだ。


「おじさんたちの話では、山からの外敵を防ぐためにヘベン市の周りには外壁があるらしいけど……あれかな」


 なだらかな山道を下ってしばらく、正面に見えてきた白い壁を指差した。首輪姿のエルゲアに指で示す必要があるかは謎だけど、こういうのは気分の問題だ。それにそんなことより――。


「でっか……」


 見えてきた外壁があまりにも大きすぎてびっくりした。

 横に延々と張り巡らされ、縦にも空高く伸びている。等間隔に配置された壁の篝火が、その威容を誇示するように照らし出していた。

 多分、壁の高さは十メートルほどで、横は都市を丸ごと覆っているんじゃないかな? とにかく強固そうな感じだ。


「うわぁ、壁の前には川まであるよ……これ、どうやって入るの?」


 たしか堀っていうんだったかな?

 大きな壁の前に、幅が十メートル近くありそうな水が張り巡らされている。これじゃあ壁に近づくだけでも大変だ。

 もしかしてこの街は、山側からの出入りは考慮していないのだろうか?


『ふむ、おそらくはあそこからだな。あそこだけ壁が倒れて橋のようになる構造なのだろう。そしてあの裏に門があるはずだ。』

「えっ? どこ?」


 いや、首輪姿のエルゲアに『あそこ』だの言われても全然わからないんだけど。結局少し探して、こちらから見てやや右側にある壁の切れ目に気付いて納得する。

 

「ああ、あれかぁ。なるほど、跳ね橋ってやつだね」


 遠い前世の記憶を引っ張り出し、中世ヨーロッパだかどこかだかで使われていた技術を思い出す。

 世界は変わろうとも、人間が考えることは同じのようだ。


「けど、外敵って言ってもちょっと警戒しすぎだよね。こっちは何もない山側だってのに……」


 たしかに険しい山ではないけれど、わざわざ山側に川を作ってあんな高い壁を張り巡らせるなんていい迷惑だ。忍び込まないといけないこちらの身にもなって欲しい。


『ふむ……ククっ。まぁ、人間どもの健気な保険なのだろうよ。愛いではないか』

「えっ? どういうこと?」

『気にするな。それよりどうやって街に入るつもりだ? 無論だが、貴様が呼びかけたとて跳ね橋は降りんぞ』


 訳知り声を出すエルゲアに真意を訊ねるも、彼は面倒くさそうに分かり切った事実を突きつけてくる。こっちだってだからこそ悩んでいるというのに……。


「知ってるよ。うーん、やっぱり飛び越えるしかないんじゃないかな?」

『それも貴様なら可能か。見たところ防衛魔法も展開されてはいない。単なる物理的な城壁だけとは、ずいぶんお粗末な造りだな』

「え、そうなの? すごい立派に思えるんだけど」

『ああ。貴様以外の人間相手には、まずもって十分だろう』

「……いや、私にとっても十分だと思うんだけどなぁ」


 壊すくらいなら多分簡単にできるとは思うけど、あの壁を見張りにバレないように通過するのは難しそうだ。まったく、エルゲアの過大評価にも困ったものだ。


「うーん。さて、どうするか」


 話しながらも歩き続け、妙案も浮かばないまま川の傍まで辿り着いた。

 茂みに紛れて来たのでこちらには気付いていないようだが、城壁の迫り出したところには見張りらしき者もいる。

 少しだけ城壁の最上部よりも見張り台は下にあって、その台には矢を避けるためか屋根までついている。やはり見るからに隙のないスタイルだ。


「でも、これなら一瞬で壁の上に立てば見張りだからは見えないかもね」

『うむ。見張りが上を見たとて屋根で見えまい。無論、見張り台以外からは丸見えだがな』

「そうなんだよねぇ……でも、それしかないからさっさとやろう」


 失敗した時は失敗した時だ。いつまでもこんなところで悩んでいても仕方がない。

 茂みの中で少しだけ足の運動をした後、おそるおそる草陰から這い出して頭上を見る。

幸い見張りはこちらに気付いた様子はなかった。

 まぁ、今は暗いから、単純に見張り台から川の向こうまでは見通せないのかもしれない。ついつい忘れがちだけど、本来なら人間の目は暗闇では利かないのだ。薄暗い迷宮で三百年鍛えた夜目があるからこそ、私には周囲の様子が見えているんだった。


「――よし、何となく行ける気がする」


 口の中だけで呟くと、私は川の端まで走ると大地を蹴った。

そしてそのまま十メートルほどの川を飛び越え、さらに十メートルほどの壁の最上に立つ。おそらくこの間、一秒も経っていないと思うけど、ここで油断はしていられない。すぐに壁の内側へ飛び降りると、街中へと走って雑踏に紛れる。

多くの人の声が行き交う中、私は平静を装って歩きながら一息ついた。


「ふぅ……上手くいったかな?」

『ふむ、問題なかろう。今の貴様の速さ、そこいらの人間が捕捉できるものではない。強めの風が吹いたと思うくらいだ』

「そうだといいけど」


 一応、見張り台のあった城壁側を意識してみたけど、特に変わった動きなどはなさそうだ。まずは気付かれることなく、不法侵入ができたと見ていいだろう。


「さて、これからどうしようかな?」

『ふむ? こういう時は、まず宿をとるのではないのか? 吾輩の忠臣たちは、旅路ではそのようにしていたらしいぞ』

「お、宿か。そうだね、泊まってみたいな」


 前世では病院に泊まって……というより入院してばかりで、旅行で宿やホテルに泊まるなんて体験はできなかった。もちろん、今世だって村から出たこともなかったので宿泊施設に縁なんてなかった。

 旅先で旅館やホテルに泊まるのって、やっぱり憧れちゃうよねー。


「どこに泊まろうかなぁ。おお、あそこなんてすっごい高級ホテルっぽいっ!」


 看板の文字が読めないので泊まれる場所なのかわからないけど、なんとなく雰囲気でそれっぽいところを見つけた。大きな鞄や荷物を背負う人たちが吸い込まれるように入っていくので、まず間違いないとは思う。


「いやぁ、こんなところ泊まってみたいけど、高そうだなぁ……あっ!」

『む? どうした?』


 目の前のホテルが『一泊何円だろう?』なんて考えた時、私は根本的なことに気が付いた。


「いや、そもそも私――お金持ってないじゃん……」

『……ふん、哀れな奴だ』


 呆れたように鼻を鳴らしたエルゲアの言葉を聞きながら、山賊のおじさんたちからお金を巻き上げなかったことを後悔した。


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