第十二話 不死にも勝てないものがあるっ!
太陽に顔を照らされる感覚で目を覚ましたのは、一体全体いつ以来やら? 少なくとも迷宮に放り出されてからは一度もない出来事だった。
迷宮では魔物の気配で起きるか、あるいは魔物に攻撃された衝撃で目覚めるかの二択だったから、こうした清々しい朝も新鮮だ。なんだかただ起きただけで感動しちゃった。
とにもかくにも、街外れの建物の陰で寝ていた私は、すでに高く昇っている朝日に起こされゆっくりと身体を起こす。
「……いやぁ、よく寝たよく寝た。こんなに眠れたのは久しぶりだよ。まぁ、欲を言えばちゃんとした宿で寝たかったけど」
『それには金を稼ぐことだ。とはいえ首輪の中の吾輩には、屋根の下も野晒しも変わらんがな』
「なにそれ、嫌味? 首輪から出してあげようか?」
『要らんお世話だ。人前で貴様のような破廉恥姿の娘と出歩くなど矜持に拘わる』
「……ぐぬぬ、何も言えねぇ」
エルゲアの言葉に改めて自分の恰好を見下ろし、私は思わず唸った。
いやぁ、そうなんだよね。たとえ昨日お金を持っていたとしても、この恰好だとどこにも泊めてもらえなかったんじゃないかな? 変態扱いされて刑務所行きとかもありえるかも……早く服もどうにかしないと。
「よーし、お金を稼ごう」
宿に泊まるためにも服を用意するためにも、何はともあれお金が必要。そのお金を手に入れるために、私には寝ながら考えていた作戦があった。
とりあえず人通りの多い街中へと移動し、大きな建物の傍で、腰の『不思議巾着』から布切れを取り出して地面に引いた。
そしてその布の上に、『不思議巾着』から次々と迷宮で手に入れた剣やら盾やら道具やらを選んで並べていく。
もちろん、気に入っている武器や残して置きたい物はこの中には含まれていない。どれも価値なんて分からないけど、別に手放しても問題ない物だけを広げている。
『ほう、考えたな? 迷宮で手に入れたアイテムを売って路銀にするつもりか』
「へへ、いい考えでしょ? いやぁ、迷宮で落ちてた物を片っ端から拾っておいて良かったよ」
珍しくエルゲアが感心したような声を出したので、私は嬉しくなって頭を掻いた。そしてちょっと照れ臭くなって、それを誤魔化すために客引きを始める。
「こほんっ。えーよってらっしゃい、見てらっしゃいっ! 剣やら盾やら売ってるよっ! 値段はあれだよ? 言い値だよっ! 欲しい物を好きな値段で持って行きなっ! さぁ安いよ安いよーっ!」
実際に客引きなんてしたことはないけど、前世で見たテレビではこんな感じでやっていたはずだ。後は「もってけ、泥棒―」とか言えば完璧だったはず……いや、これ完璧か?
「おい、嬢ちゃん。これ、本当に言い値でいいのか?」
少し自分の客引きに疑問を感じていると、早くも興味を持ってもらえたようだ。中年男性が一人、売り物を覗き込みながら聞いてくる。
「あら、おじさん買ってくれるの? いいよ、言い値でなんでも買って」
もちろん、高く売れるに越したことはないけれど、生憎この国の通貨をよく知らないし、これらの品の相場も未知数。まだまだ『不思議巾着』にはアイテムが眠っているから、今回は損をしたとしても勉強させてもらいましょう。
「言い値って言ったってなぁ……おい、この剣っ! おそらく高難度のダンジョンでしかドロップしない業物だろう? 最低でも一千万ゴルドはくだらないはずだっ!」
「え、そうなの? じゃあ、その剣をその額で買ってくれるの?」
その『一千万ゴルド』がどのくらいの価値なのか分からないけど、買ってくれるなら何でもいいや。期待を込めておじさんを見ると、おじさんは剣を握り締めながら首をブンブンと首を横に振った。
「馬鹿言うなっ! ただの刀剣マニアにそんな金出せるかっ! だが良い物を見せてもらった。ありがとう」
「いや、あの……お礼よりもお金を――」
「しかし、お嬢ちゃんはどうやってこんな剣を手に入れたんだ? お嬢ちゃんが迷宮攻略で手に入れたとは思えんし、かといって盗んだにしては売り捌き方がお粗末だ。訳が分からん」
「ええと、それは……」
まさか売り物の来歴を訊ねられるとは思っていなかったので、その辺の設定は練っていなかった……どうしよう?
「お嬢ちゃん?」
『別に誰それの形見とでも言っておけばいいのではないか? 少し悲しそうに言えば、それだけで追及も弱まるだろう』
「それだっ!」
まさかエルゲアが助言してくれるとは思わなかったので、少しばかり声を張り上げてしまった。
どうやらエルゲアの声は、首輪を所持している私にしか聞こえないらしい。大声を上げた私をおじさんが不思議そうに見下ろしている。
「どうしたんだい? 『それだっ!』ってなんだい?」
「あ、いえ……実は、これらのアイテムはすべて父の物でして。父が先日流行り病で亡くなり、持っていても父を思い出し辛くなるので処分しようと。うう、およよよ……」
顔を伏せ、目元を抑えて泣く演技。うーん、我ながら清々しいほどの大根。こんなので騙される奴なんていないだろう。
エルゲアなんて『下手糞過ぎて笑うしかない』などと扱き下ろしてくれているけど、これまた反論の余地もない。
「――なんと……それは痛ましい。お悔み申し上げる……っ!」
「へっ?」
しかし見事におじさんは引っ掛かってくれたようだ。
顔に「痛恨の極み」と言わんばかりの表情を浮かべ、売り物の剣を握る拳にも何だかすごい力が入っているようだ。
いや……なんでこんなので騙されるの? 騙しておいてなんだけど、なんか、申し訳ない。
「あまりお金は持っていないが、この剣を買わせてくれ。今の手持ち、三万ゴルドで申し訳ない。残りは少しずつ支払うよ」
「いや、いいですよ。その三万ゴルドで」
「ほ、本当かい?」
暑苦しく顔を近づけてきたおじさんに、若干身の危険を覚えつつ何度も頷いた。
だって頭金三万ゴルドって、一千万ゴルド支払うために一体何年かかるのやらって話だし。別に必要のない剣を売るくらい、三万ゴルドも一千万ゴルドもあまり変わらない。
今はとにかく、お金さえ手に入ればそれでいいのだ。
「いやぁ、ありがたい。まさかこんなところで掘り出し物に出会うとは。それじゃあ三万ゴルドを――」
ニコニコ顔のおじさんが懐からお財布を取り出した、その時だった。
「――こらっ! 神聖なる教会の前で、一体何をやっとるかぁっ!」
「へっ? なに?」
突如として大音声が響き渡り、人込みを搔き分け数十人から成る集団が走り寄ってくる。
みんな揃った青と白の生地を基調とした衣服を身に纏い、全員剣やら槍で武装している。
「うげぇ、なにあれ?」
「不味い、あれはこの街の衛兵だ。まぁ、教会前での路上販売程度、捕まっても身分の照会と軽いお説教くらいで済むと思うけど――」
「衛兵? 身分の照会? じょ、冗談じゃないよっ」
慌てて売り物をまとめ、『不思議巾着』にすべて収納する。今、捕まって身分の照会なんてされたら、私の不法入国がバレちゃうじゃんっ!
「お、おい? 嬢ちゃん、お金はっ? あれ、いない――」
慌てるおじさんの声を背に、私は脱兎の如くその場を後にした。




