第4話 妃の衝突
この筋書きを用意してくれたのは静怡おばさん。
決意が揺らがない私の説得に折れ、一役買ってくれたのだ。
私はいつもの芝居と同じように、用意された台詞を役として口遊むだけ。
「商売が立ち行かなくなり、借金が増え、辺境へ移ったものの生活は苦しくなるばかり。両親は娘を育てる余裕もなくなり、私は家を出ました。今となっては名乗る家名もございません」
目を伏せ、瞳を潤ませる。
気丈に振る舞いながらも隠しきれない心の揺れを見せる事で、他者の共感を得やすくなるものだ。
「しかし今の時世、世間知らずの娘などを雇っていただける場所もなく。……無理を承知で申しますが、宮中に働き口があればご紹介いただけないかと」
「宮女として働きたいと」
「左様でございます」
宦官は私を見つめながら悩むように顎を撫でる。
彼の返答を待ちながら、私は宦官の伝手を得る過程について話していた時の静怡おばさんの言葉を思い返す。
下級の宮女であれば庶民であっても入る事は大して難しくはないという。
一方で、容姿や教養など、高貴な身分のお方の気を引けるような素養があれば尚入りやすくなると。
そして私がおばさんの用意した演目を完璧に演じることが出来れば、相手の宦官は私の言葉を信じ、万が一にでも皇帝や有力な権力者、上位の宦官などのお眼鏡に適った際の事を考える。
自分の紹介で宮へ入った女として繋がりを持っておく事で今後良い方向に転ぶこともあるかもしれない……と。
目の前の彼が本当にそのような事を考え、悩んでいたのかまでは私にはわからなかった。
けれど確実に言えるのは――彼が私の嘘を言及しなかったという事と……
「わかった。取り持ってやろう」
――私の頼みを聞き入れてくれたという事だ。
***
後宮の宮女としての立場は私が思うよりも簡単に手に入った。
昼間。女官として大量の選択を洗っていた私は大きく伸びをする。
「相変わらずひっろいなぁ……後宮」
果てしなく続く建物群や広大な敷地を見回し、私はぼやく。
宮女として働くようになって早一ヶ月。
伝手を貰う手前、育ちの良い少女のふりをしたものの、教養もろもろからっきしの私は早速、仕事の内容を覚えるのに苦労した。
幸いだったのは、同じ寮室の女官が同年代且つ親切な子だった事だろう。
そして想定外だったのは――
(――全く、浩然を見ないんだけど!?)
後宮に入ってからというもの、一切皇帝の姿を見かけないという事だ。
これについて同室の女官に話せば、あまりの常識のなさに驚かれながらも下級女官が皇帝を見る事など殆どないと告げられた。
(そもそも皇帝が後宮を訪れるのは妃と会う時くらいで、他は別の建物にいるとか……知らないよぉ、そんなの)
そもそもただの下働きの女官が皇帝を見かけたとて言葉を交わす事すら出来ない。
例外的に存在するのは女官が皇帝の『お手付き』となり、妃となった場合程度とか。
静怡おばさんが私にこれを前もって教えてくれなかったのは、そのくらいの常識はあると思われていたのかもしれない。
その上で、妃の地位でも目指すつもりなのかと考えていたのだとすれば……旅立つ前の猛反対っぷりも頷けるというものだ。
(妃……妃になる……私が? さっすがに無理だなぁ)
出自も教養もない私が妃を目指す。
全くしっくりこない話だ。
(あーあ、皇帝の寝室までバレずに忍び込めるならなぁ。見つかったら間違いなく死刑だけど)
私は早速行き詰ってしまい、深々と息を吐く。
「紅花、どうしたの?」
「ん? ううん、なんでも……」
同じ仕事に取り組んでいた同室の宮女に声を掛けられ、私が首を横に振った時だった。
「言いがかりです!」
離れた場所から荒げられる声が響き渡る。
何事かとそちらを見れば数名の侍女を引き連れた、明らかに上質且つ華美な衣類に身を包んだ女性が二人、向き合っていた。
私より数歳上程度の少女と、更に歳を重ねた女性。
声を荒げたのは少女の方のようであった。
「桜綾嬪と桂芳妃ね。お若い方が桜綾嬪。身分こそ桂芳妃より下だけど、今皇帝の寵愛を最も受けているのは彼女ではないかと囁かれているの」
(嬪は妃の一つ下の妃階級……。今の妃は皇后がいなくて、四名の妃と六名の嬪、あとは下級妃が揃ってるって話だっけ)
同室の宮女から教えてもらった妃階級について復習していた私の考えを遮るように桂芳妃が桜綾嬪へ言い放つ。
「どうだか。貴女が贈った花を飾るようになってから私の侍女が死んだのよ」
「何度も申し上げておりますが、あの花は毒には成り得ません」
「ならば毒を仕込んだのではなくて?」
二人の妃は互いににらみ合いながら言い合いを続ける。
その途中で宦官たちが駆けつけ、二人はその場から去るように促されて立ち去る。
「桜綾嬪って、よく色んな妃と衝突するみたい。それにしても、桂芳妃の侍女が亡くなっていただなんて……」
貧民街では人が亡くなるのは珍しくはなかった。
同室の宮女の反応を見るに、後宮でも誰かがなくなるという事自体は少なからずある事なのかもしれない。
静怡おばさんも、女官や侍女の命は軽いと言っていたような……。
「そういえば」
「うん?」
ふと、同室の宮女が私をまじまじと見る。
「紅花って地味だけど、ちょっとだけ桜綾嬪に雰囲気が似てるよね」
「え、そう?」
「うん。白粉とか紅をつけたら余計に近づきそう……」
彼女の話に耳を傾けていた私はふと、ある事に思い至る。
「――それだ!」
私は思わず、宮女の手を取り、声を上げてしまうのだった。




