第4話 脱税したいのだ
ダリアからいきなり突き飛ばされて負傷した俺。
マジで何してくれてんだ、あのドジっ子シスター。ふざけんなよ。
ドジっ子ですませられる年齢じゃないだろうが。ぶっ飛ばすぞ。
と、俺が不機嫌になっていると、ユーリエがひょこひょこと近づいてきた。
呆れたように俺を見下ろしてくるので、すぐに立ち上がる。
こいつが俺を見下すのは許されないのだ。
「で、何押し倒されてんのよ。わたしもここに来ることが多いし、教会でヤられるのは迷惑よ。自分の部屋に連れ込んでちゃんとヤりなさい」
やらねえ。
俺、性欲よりニート欲のほうが強いみたいだわ。
そういうことをしている姿を見られて今の立場を失脚するくらいだったら、女に手を出して快楽をむさぼることなんて微塵も魅力を感じない。
「こんなペラペラと下世話なことを言う聖女とか、お前の逆ハー要員は唖然とするだろうな」
「逆ハーなんて作ってないのよ。そんなの望んでいないし」
ユーリエも俺と似たような思想を持っている。
色欲に満たされるくらいなら、今のようにろくに働かずにお金が入ってきてのんびり過ごすことができるほうがいいと思っている。
とはいえ、はたから見てもこいつはモテている。
色々な属性のイケメンたちが必死になってアピールしているのに、当の本人がこんなのだからなあ……。かわいそうに……。
まあ、あいつらくらいのイケメンなら、ユーリエ以外の女もいずれは捕まえられるだろうし、問題ないだろう。
ちなみに、俺の方がイケメンである。これは譲れない。
「と言いつつ、あの多種多様なイケメンたちは間違いなくお前に惚れているだろ。変な幻想を持っていそうだし、裏切らないでやれよ。あいつらも使えるんだから」
ユーリエに失望してくれるのは面白いのでいいのだが、さらに一歩進んでマガツヒ教をやめるということは避けていただきたい。
使い勝手のいい有能なのだ。
基本的にあまり何をしているのかわからないが、お金がちゃんと入ってくるし、俺に何かを求めてくることも少ないので、重宝しているのである。
しかし、ユーリエはそれを鼻で笑った。
「童貞の妄想なんて考慮するに値しないわ。さっさと童貞捨てたらいいのよ」
「処女が何言ってんだ」
「わたしの処女は価値があるけど、童貞に価値なんてないでしょ」
ハッと吐き捨てるように言ってくる。
……お前、もしかして俺のこともついでにバカにしてやがるな?
しかし、ユーリエはとても不思議なことを言った。
俺は理解ができず、思わず首を傾げてしまう。
「……お前に価値はないぞ?」
にっこりと笑うユーリエ。
見た目だけは整っている。これは聖女。
逆ハー男たちもウキウキだろう。
しかし、すぐに鬼の形相に代わる。
「すっごく純真な目でとんでもないことを言ってくれるわね。殺してやるわ!」
「やんのか!?」
「毎回喧嘩するのやめてくれないかな……。喧嘩するほど仲が良いというのは知っているけどさ……」
取っ組み合いをして激しい戦闘を行う俺たちのもとにやってきたのは、我らが女神マガツヒ様である。
人間ではなく、女神。
どこからかふわりと現れる神出鬼没な存在だ。
そして、俺とユーリエにとって、使い勝手のいい手ごま……ではなく、敬愛すべき神である。
「いいわけないでしょ」
「まったくです」
仲が良いというところはとりあえず否定しておく。
取っ組み合いはとりあえず中断し、マガツヒ様に向き直る。
今更離れるのも面倒くさいので、ユーリエとは密着したままだ。
というか、全体重をこちらにかけてきてだらけてきてやがる。
……後で忘れたころに身体を動かして地面に倒してやろう。
「というか、そんなにポンポンと降臨しないでくださいよ。俺たちは大丈夫ですけど、熱心なマガツヒ教の信徒もいるんですから。発狂して喜んだら、大変な騒ぎになりますよ」
宗教というのは、俺にはよく理解できないが、かなり熱心に信仰する人間を作り出す。
それこそ、信じる神のために自分の命を差し出すことができるものもいるほどだ。
まったく意味が分からない。
俺がもし危機的な状況になれば、何の躊躇もなくマガツヒ様を差し出すことができる。
自信がある。
「大丈夫だよ。君たち二人がいるところにしか出てこないから。……あれ? 君たちも僕の信徒だよね? というか、今の時代だと最初にして筆頭の信徒だよね? どうして喜ばないの?」
「おほほほほほ」
「ユーリエってこんなにごまかすのへたくそだったっけ!?」
マガツヒ様がポンポンと出てくるから、正直ありがたみが全然なくて……。
ついでに言えば、筆頭信徒とはいえ、別にマガツヒ様のことを狂うほどの信仰しているわけでもないし。
そこそこの生活を、他人の力で、自分は労力を使わずに過ごすことができれば、俺は何でもいいのだ。
とても些細な願いで可愛らしく思える。
「でも、すごいよね。まだ僕が君たちと出会ってから全然時間は経っていないのに、もうこんな立派な教会を作って、信徒も増やしていって……。君たちって、扇動者の才能が間違いなくあるよね」
「……それってほめてます? 悪口ですよね?」
「ほ、褒めてるよ?」
ユーリエからスッと目をそらすマガツヒ様。
この人も嘘がドヘタクソだった。
「しかし、ここまで来たなぁ……。立地はクソすぎるけど、今のところ随分穏やかだし……」
何せ、スラムの一角である。
今までなら絶対に近づかない場所だ。周りの奴らクソ怖いし。
まあ、俺の見た目と頭脳を持ってすれば生き延びることもできるだろうが、わざわざストレスがかかる場所で生きる意味もない。
だが、今ではそんな場所で、のんきにぼーっと生きている。
この場所でないといけない理由の一つは、やはりマガツヒ教である。
世界最大宗教の天使教は、基本的に排他的で他宗教のことを認めない。
目につかない程度なら問題ないが、目につけば徹底的に潰しにかかってくる。
もちろんだが、世界中で信仰されているこの宗教と敵対すれば、俺なんてあっさりと殺される。
だから、大々的に街中で教会を開くよりも、こうした表の目が届きにくいスラムの一角でやることは間違いではないだろう。
まあ、これくらいの規模の宗教なら、いくら天使教でも潰しにかかってくることはないだろうけどな。
……じゃあ、やっぱ危ないスラムより表でしていたらよかったな。
とはいえ、さすがに今みたいに大々的に教会を作るのはなあ……。
この街はそんなに天使教を強く信仰しているわけではないだろうが、他宗教がのさばっているのをそのままにしていると、天使教からこの街の住人が叱りつけられる。
それを避けるために行動することも必要になるから、何かしらの弾圧は受けそうだし。
……まあ、今が楽しいからどうでもいいか!
「ねぇ……。猫かぶりして信者の機嫌取りをしないといけないのは面倒くさいけれど、普通に仕事するより全然マシだものね。ただ生きて笑顔を浮かべているだけで、お金が入ってくるんだもの。やっぱり、あなたの言う通り宗教って最高だわ」
「ちょっと。宗教ってそういうものじゃないからね!? この世界においては、人は神に祈りをささげて祝福と幸運を与えられるもので、神は信仰が力になる。まさに、神と人がウィンウィンになれる、素晴らしいものなんだよ!」
俺に全体重を押し付けた状態のまま、ユーリエも満足そうに鼻息を荒くしていた。
結局、人には相応の生き方というものがある。
バカで悪徳な貴族のように、金をばらまいて捨てるほどに持って、好き勝手やるというのはどうにも合わない。
ちょっと贅沢な人生を、他人の金で生きていけたらそれでいいのだ。
些細で可愛らしい夢だ。
しかし、マガツヒ様さあ……。ウィンウィンって……そんな甘っちょろいことを言っているからだろ。
「とか言っていたら、マガツヒ様は忘れられて消滅しかけていたんですね」
「がふっ」
天使教とまではいかなくとも、他の少し存在する宗教のように信者をしっかりと確保していれば、俺たちに利用されるようなこともなかったのに……。
ほら、宗教って儲かるからさ。
しかし、信仰対象は当然神でないといけない。
その神を用意するのが大変だと思っていたのだが……。
いやはや、いい拾い物をしたもんだ!
「そもそも、神ってそんなに人に祝福とか幸運とか与えているんですかぁ? あんまり感じていないんですけどぉ?」
「し、失敬な! ま、まあ、さすがに神もその宗教では一人だけしかいないわけだから、あまり信徒が多くなってくると、皆の願いを聞き届けたり平等に祝福を与えたりすることはできないけど……。だから、ある程度信仰が深い人に、優先的に祝福を与えるんだけどね。教祖や聖女、聖人なんていうのは、まさにそうだよ。君たちだって、感じているでしょ?」
いや、日ごろからは感じていないですけど……。
確かに、祝福は与えられているんだけどね。
それこそ、狂信者なら飛び跳ねて喜びそうなやつ。
でも、俺は別にマガツヒ様のことを信仰しているわけでもないし……そんなにうれしくない……。
しかも、デメリットもあるし……。
「……えこひいき?」
「ち、違うよ! 他のクソみたいな神たちならまだしも、僕はちゃんとしているもん!」
この神、人間には優しいのに同族である神にはやたらと厳しいんだよな。
……絶対に過去、何かあったんだろうなあ。
俺の予想だが、今にも消滅してしまいそうになるほど弱っていたのは、他の神に陥れられたとかじゃないか?
……面白そうだし、語ってほしい。
「マガツヒ様と触れ合っていたら分かることだが、神も人間以上に人間らしいからな。そりゃ、信徒の中にもお気に入りはできるだろうし、ひいきもするさ。……だから、マガツヒ様。働かなくてもそこそこの暮らしができるように祝福をください」
「わたしも」
「いやだ! 僕の筆頭信徒が二人そろってだらけるなんていやだ!」
俺とユーリエが頼み込めば、必死にそっぽを向いて抵抗を見せるマガツヒ様。
はっはっはっ、今更じゃないですか。
抵抗しても、もう無駄ですよ。
もう俺はマガツヒ様に養ってもらうことしか頭にないからな。
「まあ、今みたいにぼーっと生きていけるんだったら、別にいいですけどね」
「ねー」
俺とユーリエはお互いに密着しながら、ダラーっと力を抜く。
いや、本当……悪い生活じゃない。
まあ、信者相手には猫を被って敬虔な信徒である演技をしないといけないけど、朝から晩まで死ぬ思いをしながら働き、嫌いな奴にペコペコと頭を下げ、ギリギリ最低限の生活を送るよりは全然いい。
……ちょっと信者がやばいような気がしないでもないが、まあ大丈夫だろ。
これからものんびりと生きていく。
そう思っていると……突然教会の扉が荒々しく開かれた。
「聖女様!」
「どうかされましたか、ハメル?」
「切り替えはやっ」
容姿の整ったイケメンが飛び込んできたと同時に、俺とユーリエは即座に離れ、笑顔を浮かべていた。
なんだ、逆ハー要員のハメルだったか。
こいつら、ユーリエのことを神聖視しているし、変な勘違いをされたら面倒だしなあ。
イケメンのくせに、目に致命的な欠陥を抱えているようでかわいそうだ。
「おお、ライアー教祖もいらっしゃいましたか。騒がしくしてしまい、申し訳ありません」
「いえ、かまいませんよ。ところで、聖女に何かお急ぎの用があったのでは?」
面倒事は全部ユーリエに押し付けていくスタイル。
イラっとした表情が一瞬見えたぞ。隠せよ、ちゃんと。
「はっ、そうでした。ですが、これはとても重要なこと。ぜひライアー教祖にもお聞きいただきたいのです」
「どうしたのですか?」
えー……俺もぉ?
逆ハー要員であるが、俺がユーリエに好意を見せていないから、ハメルは割と俺にも好意的だ。
悪意があるわけではないのだろうが、面倒くさいことに巻き込みやがって……。
ハメルはそんな俺とユーリエに向かって、顔をこわばらせながら口を開いた。
「表の官憲が、孤児院に押しかけて納税を求めてまいりました」
……脱税したいのだ。




