二日目 強奪
さっきまでの腰の重さはどこへやら、ブラウン管テレビの部屋に向かう理容鋏の足取りは軽やかだった。そして、彼女は研ぎ立ての刀みたいな暴力性に満ちていた。叩く、殴る、蹴り飛ばす。あらゆる種類の暴力を浴び、扉が悲鳴をあげる。戸板が落としたスマートフォンみたいになってようやく、解錠の音が響き、内側から扉が開く。細く開いた扉の隙間から、ブラウン管テレビの黒い画面が覗く。
「なに、五月蠅いんだけど……。うわぁ……」
「モノの顔を見て悲鳴を上げるなんて、失礼じゃないかしら?」理容鋏が凄むと、ブラウン管テレビは縮こまる。19インチって書いてあるのに、タブレットより小さく見える。
「入るね」
「おじゃまします」
わたし達は棒立ちになるブラウン管テレビを素通りして、彼の部屋に押し入った。カーテンを閉め切った部屋は、幽霊屋敷みたいに青白かった。光源は、壁に隙間なく積み上げられた数十台のテレビ。種類も大きさも不揃いで、ざらついた砂嵐、サイケデリックな虹色、そして冷え冷えとした青色のエラー画面を映している。
部屋の真ん中には紫色のゲーミングチェア。ディスプレイの光に囲まれたそれは、ディストピアの管理者が腰掛ける玉座のように見えた。床にはゲームの箱や、DVDの箱、VHSの箱が散乱していて、ほとんど足の踏み場がない。
それでも、ティーポットは僅かな足場を見つけて、ひょいひょい進んでいく。わたしは彼女と同じルートを通って、奥へと進む。
「こんなに画面つけても、意味ないでしょ!また、ブレーカー落ちるよ」
「かっこいいから、いいんだよ」テレビが投げやりに答えると、ティーポットは次々とモニターの電源を落としていく。ただでさえ暗い部屋が、さらに暗くなる。
「こんな部屋にいるから、陰気な性格になるんだよ」そして、カーテンを開ける。空は曇っているのに、久しぶりの自然光は信じられないほど、眩しい。
「クーラーの設定温度も、低すぎ。上げとくね」
ゲームソフトやビデオテープの山からリモコンを掘り起こして、繊細な指でボタンを連打する。エアコンの駆動音が死んだように止まる。
「ほっとけよ」ブラウン管テレビは右手でリモコンを取り返し、左手でカーテンを閉めた。部屋が再び、青色に染まる。
「ちょっと、何で閉めんの?」
「部屋が明るいと臨場感がなくなる」彼は一番大きなテレビの電源を入れ直す。その画面に映るのは未来的な建物と、照準器の十字線。狙いは脳が剥き出しになったクリーチャーに合わさっている。
「同じ電気製品でも、鳩時計は明るい場所が好きだよ」
「あいつは、太陽光電池が付いてるからだろ。で、なんなの?」ブラウン管テレビの声音には苛立ちが滲んでいる。
「なにが?」ティーポットは顔をかしげる。
「用事があるから、来たんじゃないの」口調が荒くなる。
「そうだった。また、ゲーム貸してくんな……」
「ヤダ」ティーポットが言い終わらないうちに、被せて言った。明白な拒絶だった。
「お願い」
「ヤダ」
「本当にお願い」
「イヤなもんはイヤだ」
押し問答を続けたところで、ティーポットは顔をグルッと回転させて、理容鋏の方を向いた。青白い光を受けて、澄んだガラスが輝く。
「貸してあげなさい」その口調は仲間はずれの生徒を諭す教師のようだが、やっていることは押入り強盗。
「早くしないと、貴方の情けなお細いコード、切り落とすわよ?」強盗は『ジョキン』と刃を鳴らし憐れな被害者を脅す。被害者は不機嫌なモノクロの砂嵐を顔に浮かべ、黒くて四角いモノリスのような物体をテレビ台の棚から取り出した。PS4だった。
「ほら、やるよ」テレビは不承不承とPS4を差し出すが、ティーポットは受け取らない。
「5あるじゃん。そっちがいい」
「どうせパーティーゲームしかしないんだから、スペックの無駄だろ」
「5がいい」鋏の閉じる音が、冷たく響く。
「絶対に壊すなよ」ブラウン管テレビから、『ザザザザザ』とノイズの音が漏れる。
「うん、約束する」ティーポットはPS5を、ありがたそうに受け取る。
「ソフトも借りるね、あっ!」ティーポットの体が、積み上げられたゲームソフトのビルにぶつかった。高層ビルはあっけなく倒壊した。彼女は床に散らばるソフトを物色するが、目当ての物が見つからないのか、ずっと唸っている。
「どうせ、こういうのだろ」ブラウン管テレビはこんもりした宝の山から、四本のゲームソフトを発掘する。マリオカート、桃太郎電鉄、いただきストリート、パメルパーティー。彼の中では、この部屋は整然としていて、なにがどこにあるか明白なのだろう。
「そう、そう。ワタシの趣味、分かってんじゃん!」
「お前の好みが単純なだけ。しっかり、返せよ。そういや、この前の『Switch』と『Vista』は……」
「サンキュ、いつか返す」ティーポットはブラウン管テレビの肩を叩くと、部屋から出て行った。満足そうに湯気をあげるティーポットを見て、『PS5がブラウン管テレビの元に返ってくることはないな』と直感した。




