29…炙り出し
今まで品行方正で誰からも慕われていた令嬢が、突如とんでもない言葉を吐き出したことに、皆自分の目を疑うかのようにセシリアを凝視している。
よくよく見れば、今日のセシリアはいつもとは全く違う立ち振る舞いをしていた。
普段はサラサラロングストレートでナチュラルメイクの正統派美人が、今日は何故かこてこての縦巻きロールヘアにセットし、少し濃いと感じるメイクはまるで夜の蝶々の様。
そして流し目で相手を小馬鹿にするような態度は、他人ではないかとすら感じるレベルでセシリアとは思えない。
「――そもそも、私が守り人であろうとなかろうと、王命で決まった婚約者である私がなんだというのです?私という存在はハリアス様と釣り合っているのですから、大神官がとやかく言うことではなくってよ!」
きっぱりはっきりと大神官を否定する言葉に、皆唖然としたまま何が起こっているのか理解できずにいるようだ。
「な…なんという態度でしょう!ご自分の立場を理解できていらっしゃらないようですね?聖女様がいなかったらこの調査は成功しなかったというのに!だから聖女様が婚約者になるべきだと国王陛下に進言した私はどうやら間違ってはいなかったようですね。」
「お黙りなさい!聖女聖女と…この世界にやってきた聖女は、最近になってやっと聖魔法がまともに使えるようになったばかりの小娘よ!
私の魔法に比べれば大したこともないわ!その程度で婚約者になろうだなんて、聖女はよっぽど思い上がりやすい性格なのでしょうね?」
ニヤリと笑いながら声高々に大神官に告げるセシリアを、ありえないものを見るかのような目で睨む形相の大神官はとても穏やかな雰囲気を纏う姿とはかけ離れている。
「――殿下!!本当にこのような礼儀も何もわからぬような方が、婚約者でよろしいのですか?!聖女様を侮辱するような発言までする方と、共に戦うことなどできましょうか!!」
「――セシリアは闇に囚われ、今は気が動転しているのだと思う。大神官も自分の発言には気を付けた方がよいのでは?」
大神官の苦言をあっさりとスルーするハリアスに、更に苛立ちが増していく大神官はわかりやすいほどに怒りで体を震えるさせている。
「なんと愚かな…女神様の加護をうけ、この世界を救うために降臨して下さった聖女様に対してそのような振る舞い。断じて許し難い!!」
「――あらあら…女神様がなんだというのです?ここまで魔獣が溢れているというのに、女神様は何もしてくださらないじゃない!信じる方が哀れだわ!ふふふ」
―――がたんっっ!!
座っていた大神官は鬼のような形相で立ち上がりセシリアを睨みつける。
「め…女神様を侮辱されるとは…とんでもない稀代の悪女ですね…こんな方が次の王の妃だなど…この王国が滅んでしまう!!
…そうです…貴方のような女神様を侮辱する人間など、この世に不要…私が排除してくれる!!」
セシリアの言葉に感情を露にさせて、大神官はどす黒い靄のようなものが身体の周りを多いはじめ、不穏な空気が漂っている。
「――選抜隊以外は皆外に出よ!!急ぐのだ!!」
異変に気付いたハリアスはすぐに談話室にいた者たちに避難するように指示を出す。
「大神官様!落ち着いて下さい!闇に囚われたらだめですよ!!」
アイは大神官に必死に声をかけるが全く耳には届いていないらしい。すでに女神を侮辱された怒りで、我を忘れたようにセシリアへの憎悪だけを脹らませていく。
黒く漂う靄は次第に大神官の目の前にまとまり渦巻始め、ワープホールの形を作り始めていく。
「――気を付けてください!魔獣が来ます!!」
すぐに気づいたセシリアは部屋に残った3人に警戒を呼び掛け、すぐに仲間に強化魔法をかけていく。
「――まさか大神官が下僕だったとはね…こんなに簡単に正体を表してくれるとは驚きしかないよ!!」
不敵に笑うハリアスの余裕の表情の裏に、苦痛を秘めているのがセシリアには感じ取れる。
今まで王国の為に尽力を尽くしていたはずの教会の最高責任者が、まさか魔神の下僕になっていたなど考えたくはなかったはずだ。
先日、ハリアスと国王陛下への謁見の際に、今回のセシリアの寸劇の策を国王陛下と一部の人間にのみ共有はしていた。
女神を妄信的に敬愛する大神官であれば、女神を侮辱されればすぐに尻尾を出すであろうとセシリアは踏んでいたのだが、話を共有していた宰相も、アイやリュシードでさえ、セシリアの悪女な態度には驚きを隠せない程であった。
――ワープホールはどんどん大きくなっていく。
恐らくドラゴン級の魔獣が出てきてもおかしくないとは4人はすぐに理解する。
「――このままではまずい!!リア!ワープホールを少しでも拘束できるかい?!ワープホールを大神官ごと外に転送させる!!」
「承知しました!!」
「神殿の外で先に魔獣の被害を出さないようにシールドを頼むよ!!飛ばしたらすぐに駆け付ける!!」
指示を受けてすぐにワープホールを拘束魔法で抑えつけると、セシリアとアイとリュシードはすぐに神殿の外へと駆け出す。ハリアスはすぐに転送魔法で魔獣を神殿の外へと飛ばすのだった。
3人が神殿の外に出た時にはすでに拘束魔法が解け、ワープホールが先ほどの2倍以上の大きさに変化している。
アイとリュシードはすぐに周りの人々の避難誘導にあたり、セシリアは神殿前の広場周辺をシールドで囲いこんだ。
「アイ!リュシード!シールドはかけ終わりました!魔獣が出てきたらすぐに弱体化できるよう準備してください!私も援護します!!」
「わかったわ!!」「承知しましたっ!」
2人の返事が重なりアイは聖魔力を溜め始める。
――ぎゃぅぉぉおおおおおおっ!!
けたたましい鳴き声でワープホールから2階建ての建物ほどの高さの魔獣が現れた。
魔獣はやはりドラゴンで、しかも双頭を持つブラックドラゴンであった。
禍々しい闇のオーラを纏い、広場の4分の1は占めるであろう大きさは、近くにいた人々を恐怖に陥れるには十分な迫力があった。
出現させた大神官は力を使いすぎたのか、虚ろな表情でぶつぶつと佇みながら何かを呟いている。
「――アイ!いけそう?!」
「もうちょっと待って!!」
「わかった!リュシード!魔獣に攻撃しましょう!!」
「承知しました!!」
アイが準備が出来るまでリュシードは魔道剣で応戦し、セシリアは風属性の魔法弓でリュシードを援護する。
「――待たせたね!遅くなって済まない!!」
神殿の外に出てきたハリアスはすぐにアイと共に聖魔力を合わせ始めた。
「――もういけそうですか?!」
「大丈夫だ!!」
ハリアスは返事をすると、アイと溜めた聖魔力をブラックドラゴンに解き放つ。
キラキラと発光する光の塊はブラックドラゴンを包み込み、徐々にブラックドラゴンは浄化され弱体化し小さくなってゆく。
「――封印ではなくかき消します!ハリーの力お借りしますわっ!!」
セシリアは宣言すると、胸元の魔法石を強く左手で握りしめ、右手に聖属性の魔法長剣を発現させる。
魔力を十分に込め駆け出し跳躍すると、光の柱が立つかのように一閃がドラゴンの身体を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれたブラックドラゴンの身体は、一瞬で光に飲み込まれ斬られた聖魔力によって跡形もなく消え去ってゆく。
無事に着地したセシリアは、息をきらせながらもすぐに捕縛魔法を大神官にかけるが、力を使いすぎたのかふらりと体の力が抜けて前方の石畳に倒れ込む。
(――あ…ダメ…倒れ…る)
顔から地面に倒れると覚悟して朦朧とする意識の中でもやってくるはずの痛みに身構えていたセシリアであったが、来ない痛みに気づき重い瞼をうっすら開けると、ハリアスが寸でのところで抱き留めてくれていた。
「――ハリー…」
微笑みたかったのに力が出ずに、名前だけを何とか囁きセシリアは意識を手放した。
「――リア…お疲れ様。」
眉を寄せつつも微笑むハリアスは、ぎゅっとセシリアを抱きしめるのだった。




