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モノローグ「在りし日を思う」

◆7年前


 きっかけは、やはりあの美しい蝶だった。命が消えるのを感じた瞬間、自分でも抑えきれないほどの熱い衝動が生まれた。


 次はカマキリだった。足をもぐと、ジタバタとうごめいた。生きようと必死なその姿は美しかった。他の虫も殺した。同じようにもがき、死んだ。死にゆきながらも生きようと足掻くその様は、やはり綺麗だと思った。


 その次は、ねずみ取りにかかったねずみだった。前よりも大物で、哺乳類を殺すのは初めてだったからどきどきした。足をナイフで切り落とすと血が出た。だけど少しだけで、思ったほどではない。赤く床を染めた。

 もう一本足を切った。キーキーと鳴きねずみは抵抗した。もう助からない。哀れであった。だから、とどめをさした。

 死体は庭に埋めた。家の人はねずみ取りから姿を消すねずみを不思議に思っているようだったが、気づかれることはなかった。

 何度かそれを繰り返した。


 その次は野良猫だった。でも失敗した。

 ゆっくりと楽しもうと思って捕まえて部屋に持ち帰ったのが間違いだった。縛ってからナイフで足を少し切ったところで猫は激しく鳴き、そしてその声を聞いた妹が部屋のドアを開け、ぎゃーと悲鳴を挙げたのだ。仕方なく、猫は逃がし、妹に口止めをした。

 妹は怯えていた。以来、あまり話さなくなった。


 それから、大物は殺していない。でも欲望はくすぶり渦巻いていた。


 この衝動はおかしいのだろうか。間違っているのだろうか。普通じゃないのだろうか。

 命は美しい。誰もが言っていることでしょう?


「あなたも、すごく綺麗」


 ある日、目の前の婚約者にそう言うと、その人は嬉しそうに微笑んだ。やはり、味方は、この人しかいない。

 



◆8年前


 殺した蝶を、お父様に気づかれた。


「どうして死んだ蝶を持っているんだ?」


 お父様はものすごく不愉快そうな顔をした。仕方なく答える。


「だって、片方の羽が破けたように無くなっていたの。上手く飛べなくて、苦しそうでかわいそうだったから……」


 手の中の蝶の死骸を見せた。これからお墓を作ってあげようと思ったのだ。


「ヴェロニカ、命というものは――」


 お父様はそれから、何かを言った気がする。


 命の大切さとか、そんな事だったかもしれない。でもわたしは、あの美しい婚約者のことを考えていたから、あまり聞いていなかった。

 一度お叱りを遮り、「違うわ」と否定してみてもさらに怒られただけだった。


 お父様はわたしの話を聞いてくれない。妹とも今はほとんど話さない。


 妹も最近婚約したばかりだ。意外と上手くやってるみたい。

 でも妹の婚約者は泣き虫だ。妹と言い合って負けるのはいつも彼だから、わたしも何度か慰めてあげてる。そんなとき、お父様に怒られるのは決まって妹だから、大変そうだ。わたしはしっかりしなきゃ、お姉ちゃんだし。


 でもじゃあ、誰がわたしの心を理解してくれるというの?

 それは婚約者のアルベルト、彼以外にいない。



◆9年前


「ヴェロニカ、こちらはシドニア・アルフォルトさんとご子息のアルベルト君だ。ご挨拶しなさい」


 お父様がそう言うので、わたしはスカートの裾を持ち上げ、二人にお辞儀をした。


「はじめまして、ヴェロニカ・クオーレツィオーネと申します」

「よくできたお嬢さんですね。それに美しい。さぞや誇らしいでしょう」


 シドニアさんは公爵さんだそうだ。金色の長い髪を垂らした彼は絵本に出てくる王子様のようだった。隣で人なつっこそうな笑みを浮かべている男の子も同じ色の髪をしていた。


「こんにちは、ヴェロニカ。僕はアルベルト」


 男の子が行儀正しくお辞儀をした。


「二人とも、遊んできなさい。私たちは話すことがあるから」


 お父様がそういうのでアルベルトと庭に出ることにした。

 近頃のお父様は厳しいし、一緒にいると何だか怖い。だから文句はない。


 庭に出てアルベルトと蝶を追いかけながら話した。

 

「大人たちは難しい話があるのね」

「僕、知ってるよ。僕ら婚約するんだ」

「ええー!?」


 今日あったばかりのこのアルベルトとわたしが? 立ち止まって、彼を見た。なんだかひょろひょろしていて頼りない。


「僕じゃ不満?」

「だって、会ったばかりの男の子ですもの。不満も満足もないわ。でも、どっちかっていうと、嫌ね」


 そういうとアルベルトは困ったように肩をすくめた。


「君ははっきり物を言う女の子なんだね。だけど、僕らに選択権はないよ。嫌でも僕は君の旦那様、君は僕の奥様になるんだ」

「あーあ。貴族って大変だわ」

「でも僕は嫌じゃないよ。君はかわいいし、大切にするよ、一生。本当さ」

 

 アルベルトはそう言って笑った。

 人生ってこんなものかしら?

 自分の意思なく決まっていくのね。

 

 少し不服だったけど、結局、アルベルトとは上手くやれそうだった。彼は明るくて、やや癖の強い妹ともよく話してくれたし。わたしたちは仲良くやれていた。 



◆10年前


「わたくし、悪役令嬢なんですの」


 重い熱病から蘇った妹はそう口にした。わたしとお父様は顔を見合わせる。


「……悪役、令嬢って?」


 悪役も、令嬢もわかるが“悪役令嬢”は分からない。


「ですから、ヒロインに悪さをするライバルのご令嬢なんです」

「まだ、熱があるのか?」


 お父様がベッドの上の妹の額に手を当てた。即座に首を振る。


「ないようだ」


 でも妹の顔は蒼白だ。まだ病気なんじゃないのかしら。


「この世界は、ゲームの中なんですわ」

「ゲームって、ボードゲーム?」


 最近よくそれで遊んでいたのだ。尋ねると、妹は泣きそうになる。


「ボードでも、カードでもないのです。乙女ゲームなのですわ! ああ、どうしましょう! この家は、没落するのです!!」


 そう言って、さめざめと泣き出した。わたしとお父様は彼女の悲しみの訳が分からず、またしても顔を見合わせた。


 お母様を半年前に亡くして、そして妹の病気。わたしはとても不安だった。移るからと隔離された妹。たった一人での闘病生活がきっと不安だったんだろう、こんな妄想をしてしまうほどに。

 あるいは。


「……もしかして、熱の後遺症なのかしら?」


 泣く妹のことが心配でお父様にそっと囁く。お父様も顔をしかめた。


「医者は頭に影響はないと言っていたが、また診て貰わなくてはならんかもしれん」


 でも結局、異常なく、健康そのもので、しかし「悪役令嬢」であるという妄想は解けないままだった。




◆11年前


「ほら、ごらん二人とも、見えるかい?」


 おとうさまが、屋根裏でわたしと妹に“ぼーえんきょー”をのぞかせてくれた。はるか遠くの星がくっきりと見える。たくさんの光のかがやきに、わたしはうれしくなった。


「すごいわ! あ、流れ星!!」

「おねえさまぁ! わたくしにも、みせて!」


 たどたどしく、妹が言う。わたしはお姉ちゃんだから、ゆずってあげた。


「うわあ! すごい! ほうせきみたい!!」


 妹も笑う。この子はかわいい。わたしたちはいつも一緒で、よくなかよし姉妹だって言われる。


「星はね、自分で輝く太陽のようなものと、それに照らされて光るものがあるんだよ」


 おとうさまが優しくわらった。


「ヴェロニカ、チェチーリア、二人とも自分で輝く星になりなさい」

「まあ、あなたったら、難しい話よ」


 おかあさまがおかしそうに言うから、わたしも妹も笑った。そんなわたしたちを、おとうさまは抱きしめた。


「二人とも、私の大切な宝物だよ。スターダストたち、いつまでも明るくあってくれ」


 おとうさまは、わたしたちのことを流れ星という。少し恥ずかしいけど、うれしい。


「はい! おとうさまの誇りに思えるように、輝く人になります」

「わたくしも!」


 おかあさまも、わたしたちを抱きしめたから、四人はひとつのかたまりになった。


 と、屋根裏にいとこたちがのぼってきた。エリザおばさまが作ってくれた料理ができあがったみたいで、呼びにきたんだ。

 こうしてたまにおばさまのお屋敷に星を見に来るのも、わたしたち家族の楽しみだった。


 いつまでもこの幸せがつづきますように、とわたしは流れ星にお願いをした。

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