表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/177

モノローグ「アルベルト」

◆二年前


「ヴォニー! 危ないよ!」

「きゃあ!」


 氷の張った湖のうえで、彼女はすてんと転んだ。


「まったく、そんなにはしゃぐからだよ」


 スケートができると知って喜んで氷の上に一歩踏み出した途端、これだ。

 助け起こすと、少し照れくさそうに頬を染める。


「少し転んだだけよ」 


 意地っ張りは相変わらずだ。彼女の手をつないだまま、それを僕のコートのポケットに入れた。


 彼女は学園の冬休み中僕の家にいる。だからこうして、屋敷の近くを二人で歩いていた。


「クリスマスくらい、家に帰ったら?」と提案してみたけれど、「お父様の顔を見るのは気詰まりよ」とそっけない返事をされた。確かにいずれ僕の義父となる、彼女の父は厳しい方だ。僕も()()と意見が合わないことがよくあるから、彼女の抱えるわずらわしさも少しは分かる。


 僕――「アルベルト・アルフォルト」には兄弟はいない。でも彼女には妹がいる。だけどやはりあまり仲良くはない。妹が語る突拍子もない話にうんざりしてるのだと以前聞いた。


 彼女が家族とあまり上手くいっていないことは知っていた。家族から逃れるようにして僕にすがっていることも、やっぱり気がついていた。でもそれでもいい。僕が逃げ場になってやれるなら、喜んでそれになるとも。


「アルベルトの家は本がいっぱいあっていいのよ」


 またそんな風に強がった。

 彼女は卒業後、王都にある王立図書館で司書として働く。本当は卒業と同時に結婚しても良かったのだけど、今の流行は女性だって自立して働くことがかっこいいとされていて、その空気に押されたのか、一度くらいは社会に出て色々経験してみたいと彼女が言ったのだ。

 僕も否定することはしない。本音を言うと、一秒でも早く結婚したかったけど、彼女が望むなら、なんでも叶えてあげたいのだ。


 僕の世界の中心は、あの日からいつだって彼女――ヴェロニカ・クオーレツィオーネなのだから。


 彼女はせっかく温めていた僕の手から逃れると、ひらりと湖の上を脱出し、屋敷を囲う木々の間を歩き始めた。僕も後ろをついていく。彼女の美しい髪の毛が、歩調に合わせて揺れていた。細い首が誘惑する様にチラリと見える。


「すごく寒いわね」


 吐く息が白くなり消えていく。


「知ってるかい? 寒い国の人は、鹿を殺して腹を裂いて、その中で暖を取るんだって」

「野蛮ね。残酷だわ。そんな話をするなんて、あなたも趣味が悪いわね」


 ギロっと睨まれてしまった。いつものことなので、別に互いに気にはしない。


「あら? こんなところに……。今まで気づかなかったわ」


 何かを発見した彼女は立ち止まると、雪で覆われたそれにかがみ込んだ。

 灰色の石。我が屋敷の庭にある、それは墓だった。どこからも隠れるようにして、ひっそりと佇んでいる。彼女は墓石に被された雪を払うと、名前を読み上げた後でまじまじと僕を見た。


「なんだか変な感じだわ……」

「ずっと前に亡くなった子のお墓さ。幼くして病に倒れたと、聞いたことがある」


 我が一族にかつていた少年だ。僕に似ているらしいと聞いたが、もちろん会ったことはない。


「そうなのね」彼女は納得したように頷くと立ち上がる。

 すっかり冬の装いに変わった白い木々を見ている彼女の横顔は、この世界のどんなものよりも美しかった。


「ヴェロニカ・クオーレツィオーネさん」


 名をかしこまって呼んでみる。顔を僕に戻した彼女と真っ直ぐに見つめ合った。その大きな瞳が、不思議そうに揺れる。

 ――いつも愛称で呼んでくるのに、どうしたんだろう? そんな表情だ。


 だから、咳払いをしてから言う。


「僕と結婚してください」

「そんなの、当たり前じゃない」


 即座に言い返される。


「いずれ結婚するのに、どうして改めて言うのよ」


 出会ったときからこうだ。口が達者なんだ。

 僕は彼女に口喧嘩で勝ったことはない。もちろん、取っ組み合いの喧嘩なんてしないから、つまり、喧嘩で勝ったことはないということだ。


 気が強くて、かわいい人だ。初めはきっと恋だった。今では、彼女の全てがとても愛おしいと感じる。


「ムードが台無しだよ」


 僕はそう言って、彼女のおでこをそっとつついた。彼女はいたずらそうに笑う。

 そのまま、手を彼女の髪、頬に順に触れていく。彼女もうっとりと目を細め、されるがままに僕に身を任す。


「どうしても今、言っておきたかったんだ。君は僕と結婚するんだよ。僕は君の夫になるんだ。そして君は僕の妻に……」

「もちろんよ」


 ――そんなの、当たり前のことじゃない。


 彼女は微笑んだ。

 小さいときに、両家の親が決めたことだ。 


 だけど、ねえヴォニー。

 君は本当に知っているんだろうか。僕がどれほど君を大切に思っているか。どんなに好きで好きでたまらないと思っているか。

 世界中の人を敵に回してもいい。君のためなら命だって惜しくはない。心の底から、愛しているんだ。


「どんな君でも、愛してるよ。この先何があっても、ずっとずっと愛してる」


 彼女の柔らかな体をそっと抱き寄せる。


 おでこにキスをする。

 まぶたにキスをする。

 鼻先にキスをする。

 頬にキスをする。

  

 ――唇に、キスをする。


 予定調和なそれがおかしかったのか、彼女は白い歯を見せて笑った。僕もつられて笑った。


 ねえ、大好きなヴォニー。

 ずっと一緒だよ。

 必ず君を守り通すよ。

 貧しいときも病めるときも、絶対に離すもんか。

 絶対に絶対に。

 二人で幸せになろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ