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後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりを受けて我が家が没落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第2部 第3章 策略、暴き出す、怒涛のアセンブル

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ミッションオールクリアですわ!

 堪忍袋の尾が切れた。

 

 騒ぎを聞いた護衛が部屋の外で騒いでいるが、鍵がかかっているため簡単には入れない。

 アマデイは殴られた顔面を抑え床に座り込む。ミシェルは急いで壁側に走り、窓を開け放った。


 キン、と冷えた空気が顔に流れる。雪は本降りになっていた。

 

(あいつ、どこにいるんだ!?)


 雪化粧をした木々の中に目を走らせるが、ロスの姿は見つからない。しかしすぐに、彼が撃たないのは、ミシェルが窓辺にいるせいだと気がついた。

 

「き、来てくれ! 敵が現れた!」


 情けない声を上げながら、アマデイは扉に駆け寄った。護衛の男達がなだれ込んできたのはその時だった。

  

 逆に窓から、ひらりと現れたのはロスだった。離れた位置から撃つものと考えていたミシェルは驚いた。異変を感じ、乗り込んだらしい。


 入るなりロスは、有無を言わさずガビノ・アマデイの額を撃ち、残りの男達をも撃った。

 すぐさまミシェルの服を掴むと一声出す。


「引くぞ!」

 

 だがすぐに別の男達がすっ飛んでくる。

 机の下に、ロスとミシェルは潜り込んだ。


 ミシェルも銃を握る。腕の筋肉が固く引きつった。指に力を込めれば簡単に弾はでるはずなのに、どういう訳か動かない。 


「銃をしまえ! 撃たなくていい!」


 ロスの制止は、逆にミシェルの背を押した。 

 机の角から顔を出し、ミシェルは一人の男の胸を撃ち抜いた。急所だ。ほとんど、即死だろう。止めどなく血を流し命を止める人間を、まるでスローモーションのように見つめていた。

 獣を殺したことはある。だが、人を殺したのは今日が初めてだ。きっと同胞殺しは恐ろしく、難しいことだと思っていた。だが――


(なんだ――)


 と、ミシェルは思った。想像していたよりも遥かに、あまりにも手応えなく人を殺すことができた。


(こんな簡単なことだったんだ)


 続けて撃とうとしたところで、ミシェルの腕は引き下げられる。バランスを崩し体が机の陰に隠れると、先ほどまで自分の頭があった場所を弾がかすめた。


「お前は殺さなくていい!」


 大きな手が、自分の腕を掴んでいた。

 しかしミシェルは、ロスの手を振り切って、再び撃った。外れる。ミシェルは舌打ちをした。


 ロスは怒鳴った。


「銃をしまえと言っているんだ!」


 ミシェルは叫んだ。


「黙れ! オレだって、殺すことくらいできるんだ!」


 なぜならミシェルは、殺すつもりでこの男の腹にナイフを突き立てた。精神だけでいうならば、殺人の壁は既に超えている。なにもできない赤ん坊のように扱われるのは本意では無い。


 銃の引き金を引くと弾は発出され、別の一人の胸を撃ち抜いた。


 また撃つ。また当たる。

 死の実感がないままに、次々に人を殺していく。


 アーサーから銃の撃ち方を教わっていた。他の兵よりも射撃は上手かった。実践においても役立つことを、今日初めて知った。なんて弱い相手なんだろう。次々と現れる男たちを殺すのは、いとも容易い。無敵だ。万能感が支配していた。


(オレは強い)


 気分は高揚していた。


 さあ、どんどん来い。片っ端からあの世に送ってやる。


 ミシェルの意識を引き戻したのは、隣の男の怒声だった。


「楽しむなミシェル!」


 ロスはそう叫ぶと、手早く残りの男達を銃殺した。

 もうミシェルの分はない。ミシェルは苛立ちを覚えた。


 この後に及んでこの男は、ミシェルよりも自分の方が上だと示そうとしている。


 今回の殺しだって、初めからミシェル一人で完遂できた。アーサーだって、ロスを使わずとも、初めからミシェルに依頼すればよかったのだ。


「オレは六人殺した! あんたよりも多い数だ!」


 事実を告げると、ロスは顔をゆがめた。


「殺しの高揚の後に残るのは、何もない。だが誇れば、二度と元には戻れない」


 その言葉に激高し、ミシェルはロスの胸ぐらを掴んだ。


「オレを馬鹿にしてるのか!?」


 いつだってこの男は冷静に構え、ミシェルを正面から取り合わない。


 体を壁に押しつける。穴ぼこだらけの机が、二人の隣に鎮座していた。

 ロスは抵抗などしなかった。代わりに、諭すように言う。


「その道を進むな。いつか悔やむ日が来る」

「あんたみたいにか!?」

「……ああ、俺みたいにだ」


 束の間ミシェルは、その黒い瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えた。殺人の後にあってはあり得ないほどに、さざ波一つない静かな瞳だった。

 鳥が木から飛び立つのを、なんの気なしに見つめているような、そんな瞳だった。


 襟を掴む自分の手が、未だ震えていることにミシェルは気がつき――気付いた瞬間、急速に心が凍り付いた。


(オレは、人を殺して、それを誇っていたって言うのか)


 唐突に、姉のことが思い起こされた。ミシェルが唯一知る、純粋でまっすぐな人間のことを。

 もしこの場を目撃していたら、彼女は悲しんだだろうか。


 血の匂いが、今更になって鼻をつく。死体から奪われた体温が部屋を埋め尽くしているかのように、熱気が溢れていた。


「他の連中に姿を見られる前に、逃げるぞ」


 ミシェルは素直に従った。ロスがやってきたように窓から外に出る。降りしきる雪が、体を冷やした。


 屋敷の塀を越え、森に入り、騒ぎから十分距離を取る。


 白銀の世界は、先ほどの激突が幻であったかのような静寂に支配されていた。


 ミシェルはようやく声を出した。


「……あんた、やっぱり人間じゃねえよ」


 声が聞こえたのか、前を行くロスは足を止め、ミシェルを振り返る。


「気分はどうだ?」

「手が、ずっと震えてる。間抜けになった気分だ」


 アーサーも、どこかで見ていただろうか。ミシェルが初めて人を殺したことを、歓迎してくれるだろうか。よくやったと、珍しく褒めてくれるだろうか。


 ミシェルにとってアーサーは、衣食住を与え、人生を与えた恩人だった。彼なしでは、とうに野垂れ死んでいただろう。感謝し、尊敬している。時に恐ろしくとも、従うことを疑いはしない。


 だが今は、アーサーはいない。目の前のこの男だけが、ミシェルの世界に存在していた。

 ロスはアーサーとは違う。怒ることも褒めることもせず、ただ片方の口の端を吊り上げた。


「そりゃいい。人類の半分は間抜けだ」

「……もう半分は?」


 ロスは一瞬だけ考え込むように黙った後で、ひとことだけ言った。


「阿呆だ」


 ミシェルはロスを目の前にして、恐らく初めて心から笑った。

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