ミッションオールクリアですわ!
堪忍袋の尾が切れた。
騒ぎを聞いた護衛が部屋の外で騒いでいるが、鍵がかかっているため簡単には入れない。
アマデイは殴られた顔面を抑え床に座り込む。ミシェルは急いで壁側に走り、窓を開け放った。
キン、と冷えた空気が顔に流れる。雪は本降りになっていた。
(あいつ、どこにいるんだ!?)
雪化粧をした木々の中に目を走らせるが、ロスの姿は見つからない。しかしすぐに、彼が撃たないのは、ミシェルが窓辺にいるせいだと気がついた。
「き、来てくれ! 敵が現れた!」
情けない声を上げながら、アマデイは扉に駆け寄った。護衛の男達がなだれ込んできたのはその時だった。
逆に窓から、ひらりと現れたのはロスだった。離れた位置から撃つものと考えていたミシェルは驚いた。異変を感じ、乗り込んだらしい。
入るなりロスは、有無を言わさずガビノ・アマデイの額を撃ち、残りの男達をも撃った。
すぐさまミシェルの服を掴むと一声出す。
「引くぞ!」
だがすぐに別の男達がすっ飛んでくる。
机の下に、ロスとミシェルは潜り込んだ。
ミシェルも銃を握る。腕の筋肉が固く引きつった。指に力を込めれば簡単に弾はでるはずなのに、どういう訳か動かない。
「銃をしまえ! 撃たなくていい!」
ロスの制止は、逆にミシェルの背を押した。
机の角から顔を出し、ミシェルは一人の男の胸を撃ち抜いた。急所だ。ほとんど、即死だろう。止めどなく血を流し命を止める人間を、まるでスローモーションのように見つめていた。
獣を殺したことはある。だが、人を殺したのは今日が初めてだ。きっと同胞殺しは恐ろしく、難しいことだと思っていた。だが――
(なんだ――)
と、ミシェルは思った。想像していたよりも遥かに、あまりにも手応えなく人を殺すことができた。
(こんな簡単なことだったんだ)
続けて撃とうとしたところで、ミシェルの腕は引き下げられる。バランスを崩し体が机の陰に隠れると、先ほどまで自分の頭があった場所を弾がかすめた。
「お前は殺さなくていい!」
大きな手が、自分の腕を掴んでいた。
しかしミシェルは、ロスの手を振り切って、再び撃った。外れる。ミシェルは舌打ちをした。
ロスは怒鳴った。
「銃をしまえと言っているんだ!」
ミシェルは叫んだ。
「黙れ! オレだって、殺すことくらいできるんだ!」
なぜならミシェルは、殺すつもりでこの男の腹にナイフを突き立てた。精神だけでいうならば、殺人の壁は既に超えている。なにもできない赤ん坊のように扱われるのは本意では無い。
銃の引き金を引くと弾は発出され、別の一人の胸を撃ち抜いた。
また撃つ。また当たる。
死の実感がないままに、次々に人を殺していく。
アーサーから銃の撃ち方を教わっていた。他の兵よりも射撃は上手かった。実践においても役立つことを、今日初めて知った。なんて弱い相手なんだろう。次々と現れる男たちを殺すのは、いとも容易い。無敵だ。万能感が支配していた。
(オレは強い)
気分は高揚していた。
さあ、どんどん来い。片っ端からあの世に送ってやる。
ミシェルの意識を引き戻したのは、隣の男の怒声だった。
「楽しむなミシェル!」
ロスはそう叫ぶと、手早く残りの男達を銃殺した。
もうミシェルの分はない。ミシェルは苛立ちを覚えた。
この後に及んでこの男は、ミシェルよりも自分の方が上だと示そうとしている。
今回の殺しだって、初めからミシェル一人で完遂できた。アーサーだって、ロスを使わずとも、初めからミシェルに依頼すればよかったのだ。
「オレは六人殺した! あんたよりも多い数だ!」
事実を告げると、ロスは顔をゆがめた。
「殺しの高揚の後に残るのは、何もない。だが誇れば、二度と元には戻れない」
その言葉に激高し、ミシェルはロスの胸ぐらを掴んだ。
「オレを馬鹿にしてるのか!?」
いつだってこの男は冷静に構え、ミシェルを正面から取り合わない。
体を壁に押しつける。穴ぼこだらけの机が、二人の隣に鎮座していた。
ロスは抵抗などしなかった。代わりに、諭すように言う。
「その道を進むな。いつか悔やむ日が来る」
「あんたみたいにか!?」
「……ああ、俺みたいにだ」
束の間ミシェルは、その黒い瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えた。殺人の後にあってはあり得ないほどに、さざ波一つない静かな瞳だった。
鳥が木から飛び立つのを、なんの気なしに見つめているような、そんな瞳だった。
襟を掴む自分の手が、未だ震えていることにミシェルは気がつき――気付いた瞬間、急速に心が凍り付いた。
(オレは、人を殺して、それを誇っていたって言うのか)
唐突に、姉のことが思い起こされた。ミシェルが唯一知る、純粋でまっすぐな人間のことを。
もしこの場を目撃していたら、彼女は悲しんだだろうか。
血の匂いが、今更になって鼻をつく。死体から奪われた体温が部屋を埋め尽くしているかのように、熱気が溢れていた。
「他の連中に姿を見られる前に、逃げるぞ」
ミシェルは素直に従った。ロスがやってきたように窓から外に出る。降りしきる雪が、体を冷やした。
屋敷の塀を越え、森に入り、騒ぎから十分距離を取る。
白銀の世界は、先ほどの激突が幻であったかのような静寂に支配されていた。
ミシェルはようやく声を出した。
「……あんた、やっぱり人間じゃねえよ」
声が聞こえたのか、前を行くロスは足を止め、ミシェルを振り返る。
「気分はどうだ?」
「手が、ずっと震えてる。間抜けになった気分だ」
アーサーも、どこかで見ていただろうか。ミシェルが初めて人を殺したことを、歓迎してくれるだろうか。よくやったと、珍しく褒めてくれるだろうか。
ミシェルにとってアーサーは、衣食住を与え、人生を与えた恩人だった。彼なしでは、とうに野垂れ死んでいただろう。感謝し、尊敬している。時に恐ろしくとも、従うことを疑いはしない。
だが今は、アーサーはいない。目の前のこの男だけが、ミシェルの世界に存在していた。
ロスはアーサーとは違う。怒ることも褒めることもせず、ただ片方の口の端を吊り上げた。
「そりゃいい。人類の半分は間抜けだ」
「……もう半分は?」
ロスは一瞬だけ考え込むように黙った後で、ひとことだけ言った。
「阿呆だ」
ミシェルはロスを目の前にして、恐らく初めて心から笑った。




