387.大きなきっかけ
サナンダが、順を追って説明する。
「私とキャサリン様が、こちらの世界、ジークガルトに帰って来てから、ずっと疑問だったのですが。
私とキャサリン様は覚えているのに、他の誰もが知らないことがたくさんあるんです。
例えば、ライトさんやマキナ君、アジサイさんの存在などです」
「確かに不思議ですわね。
サンジ皇子の一件や、それに付随する色々な事件も無かったことになっていますし」
「事件にしても、人にしても、本当になくなってしまったかのようなんですよ。
お嬢様が沈めた軍艦でさえ、何事もなかったかのように浮いていましたからね」
「あれは、驚きましたね。
サナンダさんは、同型艦だろうとおっしゃっていましたけど」
「ハハハハ。
あの時はまさか、こんなことになっていようとは思いもよりませんでしたから」
「私も早く帝都に帰って来たくて、深く考えることは無かったですわ。
街や川の名前まで変わっていたのに」
そう言えば、ジークガルトに帰ってきて真っ先に頭に浮かんだは、エドワードの顔だった。
あの学園に戻って来てからのエドワードの酷い対応を考えると、そのことが悔しくなってきた。
少し顔が険しくなっていたのだろう。
サナンダが、少し気を遣った様子で話す。
「そんなに後悔されるほどのことでは、ありませんよ。
それよりも、いなかったはずのアジサイさんの魔法が、お嬢様の魔法石に残されていました。
つまり、夏休み前の世界線の痕跡は、完全に消えてしまったわけではないということです」
「まあ、私たちの記憶は消えていないわけですからね」
「そうなんです。私とお嬢様だけでも、あの魔法を見てアジサイさんの仕業だと分かってしまう。
あるいは、お嬢様が記憶を残したまま帰ってきたからこそ、魔法石の中にアジサイさんの魔力が残ってしまったとも考えられます」
「つまり、それって……」
キャサリンの考えがまとまらず、言葉に詰まっているのを見てサナンダが話を続ける。
「そうです。何かのきっかけで、元通りの世界に戻っていく可能性があるということです。
すべてではないかもしれませんが、少なくとも魔法石は以前の世界線の状態に戻ったと考えられます」
「つまり、元の世界に戻る望みがあるということですわね」
「その通りです。
そして私は、大事なことに気づいてしまったのです」
「えっ? 大事なことって、いったいなんですの?」
元通りの世界に戻れるかもしれないと思って、キャサリンの心は一気に晴れ渡る。
「その笑顔。以前のキャサリン様に戻られましたね。安心しました。
実は、私がジークガルトから地球に転移した日付と戻ってきた日付を見比べると、ちょうど向こうの世界に滞在した期間と一致するのです。
つまり、ジークガルトと地球では同じ時間の流れ方をしているのじゃないかということです」
「そのことでしたら、私も気づいていましたけど。
だからと言って、何かのきっかけになるわけではないでしょ?」
「大事なことを忘れていませんか?」
サナンダは、したり顔で質問する。
「大事なこと? なにかしら?」
「私たちは、二人だけしかジークガルトに帰ってくることは出来ませんでした。
召喚魔術師の方が、一か月に二人しか異世界転移を行えないからです」
「あっ」
キャサリンは、サナンダの言いたいことを理解した。
「そうです。私たちがジークガルトに帰ってきて、そろそろ2週間が経ちます。
あと2週間ほどすれば、地球に残された四人のうち二人がジークガルトに帰ってくるということです」
「それは、大きなきっかけになりそうですわね」
「アジサイさんが帰ってきた場合、ライトさんやマキナ君が私たちの前に姿を現すかもしれません。
いや、アジサイさんは絶対に彼らの居場所を探し出すでしょう。
クララさんとライトさんが再会すれば、きっと大きなきっかけになると思います」
「そうですわね。
あと2週間ほどの辛抱ですわね」
「その通りです。私たちは、ただ待っているだけで良いのですから」
サナンダは、にこやかに言い切る。
しかし、キャサリンの前を一抹の不安が横切る。
「でも、異世界転移できるのは二人だけでしょ。
もしかしたら勇者の魔法使い二人が、この世界に来るかもしれませんわ。
もしそうなったら、何のきっかけにもならずに、また一ヵ月待たないといけませんわ」
「あの二人が一緒に来ることは、絶対にありませんよ」
「どうして、そう言い切れますの?」
「あの二人だけでジークガルトに来た場合、卓越した魔法能力で好き勝手に暴れ回るかもしれません。
そんなことをアジサイさんやオリガさんが許すはずがありません。
絶対にオリガさんかアジサイさんが、魔法使いのどちらかと一緒にやってくるはずです。
アジサイさんが帰ってくる可能性は半々だと考えてしまいそうですが、いきなりオリガさんたちが帰ってきても、お嬢様がどこにいるのかすら分からないでしょう。
先にアジサイさんを帰して、受け入れ態勢が整ってからオリガさんたちが帰ってくると考えた方が自然です」
「そ、そうですわよね。
オリガさんは、帝都に来たことが無いみたいでしたからね。
万一アジサイさんが帰って来なくても、オリガ姉さんが帰ってきますしね」
確かにオリガとアジサイが、自分たちを差し置いて魔法使い二人を来させるわけがない。
そう考えて、キャサリンは少し安心した。
サナンダが、少しおどけて見せる。
「アジサイさんが帰ってくれば、きっと世界は元通りに戻るでしょう。
そうなったとき、エドワード皇子がどうするか見ものですね。
少しかわいそうな気もしますが」
「いいんですよもう、あんな人。
ちょっとイケメンだからって、……まあかなりイケメンだけど。
とにかく、あんなひどい人だとは思いませんでしたわ」
「これは、元の世界に戻った時に大変ですねー」
サナンダが大笑いするので、キャサリンもつられて笑ってしまう。
「キャサリンお嬢様は、やっぱり笑顔じゃないと。
少しでも早く元の世界に戻るように、きちんと情報交換して、アジサイさんが帰ってきたときの準備を進めましょう」
キャサリンは、サナンダの前向きな姿勢に救われた気分だった。
次回更新は、1月24日(火)の予定です。




