表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
川島恭介の受難  作者: ゆきち
最終章:それでも、俺の受難は続いていく

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/34

第31話 満点の笑顔

 祭りから一週間が経った。

 俺は今日も変わらず喫茶店で働いており、相変わらず人が居らず、今日もいつも通りカウンター席に座り、いつ来るのかもわからない客を待った。

 今日は椎名と店番だが、その椎名は居ない。

 俺を避けるように居間の方へと引っ込んで、ベルが鳴るとすぐに出てくるの繰り返し。

 あの祭りの日からずっとこんな調子で避けられている。

 いつもならコーヒーを飲みながら時間を潰す俺だが、今はそんな気分にならないくらい、俺は意外にも落ち込んでいた。

 彼女が何を思っていたのか、何故突き放されたのか、ここ一週間はずっとそんなことだけが頭の中をぐるぐると回っている。

 椎名は、話しかければ普通に答えは返ってくる。だが、話しかけなければ会話にすらならない。明らかに避けられているのが分かる。

 このままなのは嫌だが、椎名がそれを望んでいるのなら、俺はこのままでいた方がいいのだろうか。

 このまま一年を過ごして、先輩が卒業して、それからは無難に過ごす。

 それで良いのだろうか。

 そう心のなかに問いかけるも、返ってくる答えはない。

 俺は一体、どうすればいいんだ。


「川島君ってば!」


 ぼんやりと考え込んでいると、突然名前を呼ばれながら身体を揺すられて、意識を現実世界へと引き戻された。


「どうしたの? 何かボーッとしてたみたいだけど」


 声のした方を向くと、心配するような顔をした御島が居た。

 俺は一秒ほど固まるも、すぐに頭を振って。


「なんでもない。暇すぎてちょっとぼんやりしてただけだ」


 何でもないように笑った。

 俺はたいして気分でもないのに逃げるようにコーヒーを作ろうと立ち上がって、作業スペースへと回り込もうとしたところで袖が引っ張られるような違和感を感じて俺は振り返る。


「どうした?」


 御島は俯いたまま、弱々しく俺の袖を握っていた。

 それを振りほどく気にもなれず、御島の返答を待つ。


「川島君、最近変だよ。祭りの後ぐらいから、ボーッしてること多いみたいだし」


 流石に気付いていたようだ。あの祭りの日以来、まともに話したことなんてなかったのだから、周りから見たら嫌でも気づくだろう。

 ここ最近で話した会話など「ちょっとそれ取って」からの「はい」くらいのもので、本当に接点がない。

 一瞬だけ御島に相談しようかと迷うが、やっぱりやめた。

 なんとなく、この問題は自分自身で解決しないといけないように思えたから。


「椎名先輩と、何かあったの?」


 だから御島のその質問に対して、俺は目を逸らして「何もないよ」とだけ答えた。

 バレバレな嘘なのは分かっていた。でも、御島は答えたくないことを無理矢理聞き出そうとするような人間じゃないのは、出会って数ヵ月だけの付き合いの俺でも分かっていた。

 内気で、人と話すのが苦手な彼女は、これ以上踏み込んでくることはないと、そう思っていた。


「ッ!?」


 だから背を向けた俺の後ろから御島が急に抱き付いてきたときは、呼吸をするのを一瞬だけ忘れてしまった。

 不意打ちで、普段の彼女からは考えられない行動に言葉を出せないでいると、よりいっそう背中から回す手の力を強まった。


「私じゃ、頼りにならない?」


 囁くような声からは、どこか寂しさを感じさせた。

 息が詰まる。

 まるで俺たち二人以外の時が止まったかのように、店内は静寂に包まれている。聞こえてくるのは自分の鼓動と御島の呼吸する音のみで、俺が何か言葉をかけて時間を動かすのを待つかのようにそこには二人だけの世界が広がっていた。


「み、しま……?」


 ようやく絞り出したのは、そんな言葉だった。

 振り返っても、御島の表情は見えない。

 何を思っているのかも分からない。

 ただ、この行動の原因が俺にあるのは明白だった。

 不器用でどうして良いか分からなかった彼女が、不器用なりに励まそうとした結果だ。

 そう思えたとき、自分の中で言わないという選択肢は消失した。

 俺はゆっくりと口を開いた。


「……俺にも、分からないんだ」


 恥ずかしいほどに情けない声が出た。

 それに御島は笑うことなく、首を傾げる。


「分からないって……?」


 何の脈絡もない言葉に疑問を口にしながら、御島はゆっくりと離れた。

 俺は一度深呼吸して、話始める。


「椎名先輩が何を考えてるのか……何で泣いていたのかも分からない」


 彼女は泣いていた。表情こそ無かったが、僅かに赤かった目からは、何となく彼女が泣いているように見えたのだ。

 感情を失ったように焦点の合わない瞳が、こちらを形だけ見てるように見せかけ、その身体からはまるで力が抜けたようにダラリとした印象を当時は受けた。

 その様子から俺は、何かあったと思って駆け寄ったが、突き放されてしまった。やめてと、もう終わりにするからと一方的に告げて椎名は走り去ってしまった。

 祭りで何があったか分からない。

 俺のいない間に何をしていたのかも分からない。

 分からないことばかりで、その時追いかけるべきだった俺は、掛けるべき言葉を探すことに必死で、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 去り際の表情からは、見つけたときの無はそこにはなく、ただただ寂しげで、その顔が脳裏に焼き付いて今も離れない。


「そっか……」


 一杯一杯の俺の言葉に、御島はそれだけ呟いた。

 慰めでも呆れでもなく、肯定でも否定でもない。

 気持ちは分かるよとか、そんな分かりやすい言葉はなく、ただそれだけだった。

 どれだけでも話を聞くよと言うように、その表情はどこか優しげだった。

 その表情に不覚にも見とれていると、御島の両手がこちらに延びていき、俺の身体をゆっくりと抱き寄せた。

 ふわりと甘い香りがしたかと思えば、次は全身を暖かさが包む。


「……御島?」


 俺が戸惑っていると、御島が耳元で囁いた。


「私には、話を聞くことくらいしか出来ないけど、それで川島君が少しでも元気を出してくれたら、それだけで嬉しい」


 そう言った彼女の身体は、少し震えていた。

 きっと御島も、こうしているのがどうしようもないくらい恥ずかしいのだろう。

 それでもやるのは、俺のことを本気で心配してくれているからだ。なら、俺はそれに答えないといけない。

 これ以上、この優しすぎる彼女に心配かけさせてはいけない。

 俺は行き場所を失って宙を彷徨わせていた手を背中に回して、トントンと軽く叩いた。


「ありがとう御島……もう大丈夫だ」


 そう声を掛けると、御島は「うん」と頷いてゆっくりと離れた。

 そしてお互いに顔を見合わせると、御島の顔が徐々に赤くなっていき、固まってしまった。


「み、御島?」


 俺が不審に思って首を傾げると、御島は耐えきれないように表情もみるみると変化させていき。


「わ、私、今何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 絶叫しながら頭を抱えて座り込んでしまった。

 俺は取り敢えず落ち着かせようと御島に近づくと「あ、あれは違くて……そういうのじゃなくって」と手をバタバタしながら必死に説明するだけでロクに近づけず、最後には「違うからあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と叫びながら居間の方へと駆けていった。

 俺は御島ともしばらく気まずくなるんじゃないかと、新たな悩みの種が芽吹き、思わず溜め息を吐いた。

 するとタイミング良く客が入店し、俺は少し休みたい気持ちを必死に抑えながら応対しに行った。

 その直後に椎名が店内に戻ってきたため、客を案内したあとはひたすら気まずい空気が流れた。

 客の談笑だけが店内を満たし、俺は仕事の終了時間を待った。





 一時間後、椎名とどう話すか考えながらふと視線を店内に向けると、先程入店してきていた一組がいつの間にかレジの前へと来ていた。

 俺は慌てて向かい、お会計を済ませる。

 そう思いながら先程のお客さんの皿を片付けに行こうとして、思わず足を止めた。

 そこにはウェイトレス姿で黙々と皿を片付けている椎名が居たからだ。

 いつものようなふざけた感じはなく、ただ黙々と作業を行っていた。

 俺がその様子を見て立ち尽くしていると、椎名は食器を持ってこちらに歩いて来た。だが、まるで俺を居ないもののように椎名は俺の横を素通りしていった。

 ここまであからさまだと、かなり傷つく。

 しかも、色々聞きはしたがどうしてこの結果に至ったのかが分からないから尚更だ。

 俺は肩を落として、いつもの定位置であるカウンター席へと戻ろうとして振り返る。


「あ……」


 するとちょうど戻ってきた椎名と向かい合わせになった。

 椎名はあからさまに気まずそうに視線を逸らす。

 そして俺も目を伏せると、椎名はまた俺の横を通りすぎようとした。

 それが俺の限界だった。


「待ってください!」


「え?」


 俺は咄嗟に、椎名の手を掴んでいた。

 驚いて目を見開く椎名の手は微かに震えている。


「離してよ……今、仕事中……だから」


 椎名は目を伏せて、手を振り解こうと手に力を込めてくるが、今離すわけにはいかない。


「何が気に入らないんですか? 俺が先輩に何かしましたか?」


 椎名の顔はこちらに向こうとしない。


「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ってください。いつものように、先輩らしく……何か言ってくれないと、分からないですよ……」


 俺は言いながら少しずつ手の力を抜いた。


「…………」


 ついにやってしまった。

 ただでさえ微妙なラインで保たれていた関係が、これでいよいよ途切れてしまう。

 俺は早々に会話を切り上げるため、すっかり重くなった口を開いた。


「すみません……フロアの方、少しの間よろしくお願いします」


 そう言ってその場を立ち去ろうとして、服の裾を弱く引っ張られる感覚があるのに気づいて、思わず立ち止まる。

 俺は背を向けたままのため椎名の表情は見えないが、代わりにか細い声が耳に届いた。


「……い……で」


 聞き間違えだと思った。

 耳に聞こえてきたのは断片的で、良く聞こえなかったけど、確かに言っていた。


「今、何て……?」


 思わず聞き返した。

 ちゃんと確かめたかった。

 椎名が今、何と言ったのかを。

 俺が振り返ると、いつの間にか涙目になっていた椎名が顔を上げた。


「嫌いに、ならないで……」


 唇の間から絞り出された言葉は、予想外のものだった。

 これで完全に嫌われたと思っていたのに……嫌われたくないと思っての行動だったのに彼女は何て言ったか。

『嫌いにならないで』だと? 

 そんなの……。


「嫌いになるわけないだろうが!」


 気が付けば、俺は声を張り上げていた。


「何で急にそんなことを考えるようになったのか分からないですけど、嫌いになるわけないじゃないですか!」


 俺は振り返り、彼女の肩を掴んだ。

 これは最後の機会だ。

 俺と椎名の関係を再び繋ぎ直す最後の機会。

 これを逃せば、次はない。だから、言うべきだと思った。

 椎名は、潤んだ眼を見開いて驚いていたようだが、すぐに我に返り必死に言葉を紡ぐ。


「で、でも……だって皆、あたしから離れてっちゃうし……そのうち川島君も他の皆みたいに離れていっちゃうんじゃないかって思って……」


 ぼろぼろと流れる涙を両手で必死に拭うが、涙は止まらない。


「そう思ったらあたし、すごく不安になって……川島君には離れて欲しくなくって……でもそうしないようにって、色々やっても、全部裏目に出ちゃって……それで、どんどん川島君が離れていっちゃって……会話も少なくなって」


 ああ、そうか。椎名はまともな人付き合いをしたことがないんだ。だから、ちょっとしたことで気にして、考え込んで、気を遣って。

 本当にこの人は……。


「それを望んだのは私なのに、やっぱり川島君と話せないのは嫌で……」


 椎名は溢れる涙を止めようともしないで、制服をキュッと握りしめる。


「川島君と遊ぶとき、本当に楽しくて……もっと一緒に居たくて……」


「…………」


「えっと……」


 何も喋らない俺に不安になってきたのか、首を傾げたり心配そうに顔を見上げてくる。

 早く何か言った方が良いんだろうが、あまりの予想外すぎる言葉に何を言っていいのか分からない。

 だが俺は嫌われていたわけではなかったわけだ。

 俺はその事に安心して、一気に脱力した。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 その途端、何もかもがアホらしくなり、力が全身から抜けたようにしゃがみこんだ。


「先輩……やっぱり変ですね」


「う、うぅ……人がこんなに悩んでたのに、何その言いぐさ」


 あんまりな言葉に椎名は顔を真っ赤にして唇を尖らせる。

 コロコロと変わる表情が少し可笑しくて、自然と表情が緩んでいくのを自分で感じる。


「だって先輩が自分で墓穴掘りすぎていっただけですよね?」


「それはそうだけど……」


 恥ずかしさに目を伏せる。

 こんな椎名は珍しい。というより初めてだ。


「まあでも……」


 もしこの姿を見れたのが俺だけなら、それだけで嬉しいと感じてしまう。


「先輩が俺のことをそんな風に思っていたなんて思わなかったです」


 だから、もう少し踏み出してみよう。


「俺も先輩と遊ぶの、楽しいですよ。確かに大変ですけど、それを上書きするほどの楽しさはあります」


 理想の関係にはまだ届かないけど。


「だから、また遊びに誘ってください」


 今は、きっとこのままで良いんだ。


「先輩と遊ばない日常なんて、味気ないですしね」


 この方が、俺達らしい。

 だから告白はもう少し先に。

 この関係をもう少し満喫しよう。

 俺は立ち上がって、笑いかけた。

 そして椎名も濡れた眼を擦り。


「うん!」


 いつも通りの、満点の笑顔で笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ