第32話 ある物語の終着点
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「まさか、顔も見たことない奴の墓参りをする時が来るとは」
「そうだね。あたしも全く関係ないはずの人をお墓に案内することになるとは思ってなかったよ」
椎名とのごたごたが解決し、あの祭りの日からようやく落ち着ける時間ができた俺は、とある人物の墓参りに来ていた。
彼のことを思い出したからだ。
俺と同じ日、同じ時間に同じような事故に遭った彼。
俺とは違い命を落とし、意中の人へ伝えた想いの返答を心残りとし俺に憑依していた人物。
と言っても、彼が出てきたのはあの祭りの日の中のほんの少しの間だけだ。
そこで彼は答えを聞き、満足すると消えてしまった。
俺にはその時の記憶が全くの空白で、望月とどんな話をしていたかなんてのは覚えていない。意識を取り戻したときにはもう望月に背中を向け、椎名に会おうとしていた。
その道中、少しずつだが中学二年までの失っていた記憶が戻っていき、気が付けば全部思い出していた。
その直後に椎名と一悶着あり、俺は記憶の整理も桐島恭介のことも考えている暇がなかった。
だが、ようやく落ち着いた今の俺は、他人のことを考えられるくらいには余裕が出てきて、こうして顔も分からないが確かに俺の中に居た人物の墓参りに来たわけだ。
今は墓参り道具一式を片手に、霊園の中を歩いている。
名前の彫られた、大小様々の墓石を横目に眺めていた。
望月が立ち止まらないことから、この辺に目当ての墓石は無いと分かっていても、つい探してしまう。
霊園に入ってしばらく。望月は一つの墓石の前で立ち止まった。
俺は余所見していてぶつかりそうになるが、何とか踏み止まる。
「……ここだよ」
そう言った彼女の視線の先には飾り気のない、この霊園でも多くの数を占めるであろう墓石が鎮座していた。
墓石に刻まれる名前には見覚えがある。
会ったことはない。けれど、知っている名前が冷たくこちらを見上げていた。
「……桐島恭介」
俺は静かな声でその名を呟いた。
その名前を初めて聞いたのはある日の夢の中。それが実在する人物だと知ったのはつい最近のことだ。
「確かに居たんだよね? 恭介君の中に」
墓石を見つめながら望月は悲しげな表情をして言った。
「そうだな。実際、桐島恭介が消えるまで記憶が俺の中にあったからな。今では全然思い出せないけど」
「そうなんだ……。でも祭りの日、あたしが一緒に回ったときの恭介君も、間違いなくあたしのよく知る恭介君だった。それは間違いないよ」
有り得ないことを確信したように力強く言う彼女に、俺は笑うことも馬鹿にすることもできなかった。
何故なら、そんな馬鹿げた現象を俺は身を持って体験しているからだ。
他が聞いたら夢物語だと切って捨てる話だけど、俺達にとっては間違いないく現実に起きた一つの物語だ。
「……なんか、まるでフィクションの世界を体験した気分だな。それで今はエピローグってとこか?」
「ふふっ、確かにね。普通だったらあり得ないもん。死んだ人の魂が人の中に入ってデートするなんて」
「ああ。でも残念なことに、俺はそのデート風景を見てないからなぁ……。何かドラマとかで一話だけ見逃した気分だ」
俺が肩を竦めてそう言うと、望月は口元を押さえて笑った。俺もそれに釣られて笑う。
場所に不釣り合いなその雰囲気は、不謹慎極まりないが、俺達は気にせず感情のままに任せた。
ひとしきり話終えると、俺達は唐突に沈黙という空気を作り出して、互いを見やった。
「じゃあ、準備するか」
「うん。そうだね」
短く言葉を交わし、俺が持っている手提げ鞄からお供え物のお菓子と、入り口で買った線香や花などの墓参り道具一式を取り出した。
その傍らではバケツに汲んである水に雑巾に浸して搾っては、墓石を拭くという動作を繰り返している。
最初はそちらの方が大変そうだと思い俺がやるつもりでいたが、望月はどうしても自分でやりたいと言うのですぐに引き下がった。
まあ実際、知らない男にやってもらうより好きな人にやってもらった方が彼にとっても良いだろう。
俺達は一通りの作業を終えると、墓石の前で屈んだ。不馴れな手つきで香を焚き灯燭に火を灯す。
そして最後に望月とアイコンタクトを交わして、ゆっくりと手を合わせた。
目の前で灯る灯燭の炎が揺れ、香の匂いが辺りを包むのと同時に俺はそっと目を閉じた。
「「…………」」
音の無い、静かな時が流れる。
そして、その何も無い時間のせいか、瞼の裏には記憶を失ってから今日までの光景が流れていた。
その中でも目立つのはやはり、ここに来てからの光景だ。
最初の一年はもちろんだが、二年目はまだ数ヵ月しか経っていないというのにかなり濃い時間を過ごしたように思う。
思えば、桐島恭介の記憶がちらつき始めたのは望月と出会ってからだ。
元々の俺と接点がないとはいえ、桐島恭介という一人が俺の中に居たから、当然と言えば当然だ。
だが、そんな日々も一つの区切りを迎えた。
あの夏祭りの日。俺の周りの人間関係は大きく変化した。
御島と小林は祭りの時に一緒に回ったようで、距離がかなり近くなったように思う。
望月はと言えばどこか吹っ切れたように、いつもよりも笑顔が増えたように思う。
椎名とは祭りの後、すぐに気まずくなってしまったが、今ではそれもなくなった。それどころか、二人で話す頻度がかなり多くなったように思う。
九頭は……いつも通りだ。
そんな事を思い、ふと口元に笑みを浮かべる。
すると、唐突に声がかけられた。
「何か嬉しそうだね?」
その声にハッとして目を開けると、既に香や灯燭の火が消えていた。
知らない間に長い時間が経過していたようだ。
俺は誤魔化すように「まあ……」とだけ返すと、率先して片付けを始める。
それに望月が悪戯っぽく笑って俺の顔を覗き込むと。
「何を思い出してたのかな?」
そうからかうように言った。
俺は居心地が悪くなり視線を逸らす。
「……何でも良いだろ?」
俺はそれだけ絞り出すように言った。
その後俺は全力で話題を逸らすが、何だかんだ言って話題が戻り、別れる頃には既に俺の内心は涙目だった。
別に話しても困る内容でもなかったが、何となく言葉にするのが恥ずかしかった。
なかなか言わない俺に望月は口を尖らせると「じゃーね! バイバイッ!」と強い口調で言うと、力強い足取りで俺から離れていった。
俺はやれやれとため息を一つ吐くと、少し進んだ所でいつの間にか振り返っていた望月が俺の名前を呼んだ。
「恭介君!」
俺は顔を上げることで「何だ?」と返すと、手をスピーカーのように合わせて、続きを叫ぶ。
「あたしは、今の恭介君と過ごした時間も楽しかったからね!」
そんなことを恥ずかしげもなくそう言うと、そのままこちらに背を向けて道の角へと消えていった。
俺はその場でしばし呆然として少し、俺は俺の帰る方向へと歩みを進めた。
辺りはすっかり茜色に染まり、道行く人々はどこか疲れたような顔をして歩いて行く。
それは遊び疲れか仕事の疲れか。それは俺も例外ではなく、今日は帰って直ぐに寝ようと、今日の予定を立てた。




