それぞれの始まり
「痛くないんだよ」
「もう痛くないよ、終わったよ。痛いのは、ずいぶん前に終わったんだよ」
閉じた意識の中で身じろぎをする。
嫌だ。聞きたくない。声を聞くのが億劫だ。
どうしてどうしてどうして、痛いじゃないの、あなただってわかっているでしょう、どうして嘘をつくの?
ずくずくとまとわりつくうっとうしい痛覚、振り払えるのなら叫び声をあげて荒れ狂うのに。
「痛くないんだ。終わったんだ。ね、痛くないよ」
彼女は、しゃがみ込んだ少女の背をなでる。
まるで長年の友人であるかのように語りかける。
「…あなたは、この世界で生きていかなければならない。これからも」
少女は泣き叫ぶ。帰りたい。帰りたい。帰してほしいと。
「私は、私の物語が終わってもまだ生きていた。しんどかった。
多くの犠牲の上に立ってる自分が。
本当はきっと何処に帰ったらいいのか分からなかったんだと思う、帰り方を忘れてしまったから」
―――帰りたい、帰して、おうちにかえして…
「でも、全部終わって、帰れなくて、寂しくって。
…その時、手を引っ張ってくれた人がいた。
ここが私の帰る場所だって言ってくれる人がいた。
その時、私はやっと帰れた。
その人たちは、私が私のままでいいって言ってくれた。
私の中の常識を、考えを、普通を受け入れてくれた。
凄くうれしかった。その時やっと私はこの世界で息が出来た」
「全員でなくても誰かがいるよ。あなたの傍にもいるよ。あなたを、あなたの中にある故郷を肯定してくれる人が」
すすり泣きながら少女が答える。
「…でも、…私は、帰りたい。日本に、地球に、お家に帰りたい。なのに。なのに、もう日本人じゃない。顔も、目も、髪の色も、声も、何もかも違う。帰れないよ。こんなんじゃもう帰れない。だって、もう日本人じゃないもん。こんなの私じゃないよ」
「もう大丈夫。もう、いいんだよ。いっぱい頑張ったから。
本当は、あなたも分かってる。
…受け入れるのは時間がかかるけど、そのきっかけをもうあなたは掴んでる。」
「それに、何があれば日本人なの?血?目の色?髪の毛の色?
違う。例え、日本人の血が一滴とも流れていなかろうと、目の色髪の色が違っても、その心が、考え方が日本人なら、私は日本人だと思うよ」
「私は私を日本人だと思ってる。誇りを持って。私の中の故郷は失われていない。私の故郷は、その血が流れてなくても、目や髪の色が違っても、日本だから…
あなたはどうなの?もう、日本人じゃないの?」
少女が弱々しく首を横に振る。
「…私は、日本人だよ」
か細い、消えてしまいそうな声だった。
少女が顔を上げた
「………できるかな、…見つけられるかな、私は生きていけるかなぁ?この世界で」
「絶対なんて言えないけど、変わろうと思うなら、変われるよ。否定しないで、あなたも日本人であるあなたも、否定しないで」
―――そうして少女は歩き出す
*****
わたしは、ずっと私として、生きてきたつもりだったわ。
貴族として、この国に生まれた者として。
でも違ったのね。
この学園で起こっている事から、私は目をそらしてしまった。
自分とその周辺だけ気をつけておりました。
それは、わたしが関わりたくないという、私のわがままだったわ。
そしてそれは、この世界を拒絶していたという事。
受け入れたつもりで、受け入れていなかった。
私は逃げていたの。この世界から、現実から。
貴族として、力を持つ地位のある者として間違った選択だった。
諌めるべきだった。王子やその周辺の人物に唯一意見できるのは、私達だけだったのに、それを怠った。
もうずいぶん前から、私はこの国で生きていくことを決めたはずなのに、違った。
私は、わたしの運命を変えたいだけだった。
私は………
…じゃあさ、その運命が変わったんだから、あなたも変われるよ。
…そうね、やっとわたしは私になれたわ。
貴族という地位に自覚を持ち、周囲を受け入れるようになった。
お礼を言いたいと思っていたの。
あなたのおかげで、私はやっとこの世界を受け入れて生きていける。
ありがとう。
そして、彼女もやっと自分を見つける事が出来たと思う。
本当に、あなたのおかげだわ。
ありがとう。
*****
―――そうして、私たちは前を向く。