交渉成立
俺の小さな羽根は、飛ぶのには不自由だけど、人の振りをするには適していた。
上着と大きめの鞄1つで完全に隠れるので、俺は一旦草原に向かって薬草を集め、それで傷薬を調合してから旅商人として町に向かった。
ディルクとエルナさんが参戦したからなのか、魔物が押され気味になっている事が分かる。
空を見上げてみると、待機している天使の姿が消えているから、戦いはそろそろ終わるのだろう。
それにしたって…この町の近くに、こんなにも沢山の魔物が?俺が知っている世界では、この辺り一帯は穏やかだったよ?洞窟にも魔物は住み付いていなかったし…。
サクリアが来なかった。たったそれだけでここまで変わってしまうんだね…と言うか、サクリアと、友のリッチ2人でこの魔物をどうにかしたって事なんだよね?
ディルクとエルナさんが戦って押し返すのが精一杯のこの魔物達を、たった2人で?
俺が知らなかっただけで、サクリアもかなり強かったんだね。
ん?って事は、皆を倒したルシフェルって、実は物凄い化け物って事に…まぁ“黒き悪魔”だもんね、強くない訳ないか。
俺はルシフェルの元上司だけど、今はただの下っ端なんだから、着いて来る事も、従う理由も、なにもない。それなのに連れ回したり、こき使ったり…。嫌気が差して去ってくれたら楽なのにな…。
ボンヤリと、良く生きてるな俺。とか考えているとルシフェルと目が合って、大きく溜息を吐かれてしまった。
「どうなさるおつもりですか?」
どうするのか、それはまだ考え中なんだけど、ルシフェルが聞いているのはもっと目先の事だろう。
今からどうするのか。
それならちゃんと考えてある。
「この町にある廃墟に、恭治とディルクとエルナさんの3人で住んでもらうつもり」
ね、ちゃんと考えてるでしょ?
「どうやって廃墟に?得体の知れない者を町に招くとは思えません」
そりゃ、確かにそうだと思う。だからこそ傷薬を用意したんだ。それに、城の鎧を着たままのエルナさんがいれば町人の警戒も下がるだろう。しかも現に町を守って奮闘中なんだから。
「ルシフェルは町の上空で待機。ピヨはそのまま恭治を抱いて着いて来て」
恭治の首を縫い合わせ、その傷口と生気の全く感じられない肌色を隠す為に体を布で覆い、そろそろ町に近付こうとした所で魔物達が退却を始めた。
町の入り口付近には倒れたままの警備兵や“奪う者”が大勢いて、重症の人から順に病院に運ばれているが、ここにいる全員を病院に運ぶ事は難しいのだろう、入り口の側にある空き地に簡易テントが張られ、その中で治療を受けている人もいた。
包帯を巻いている事から、草原には沢山の薬草が生えているこの時期に傷薬は入手困難になっているようだ。
薬草を摘みに行く暇もないほど魔物が押し寄せていた?調合が間に合わないほど怪我人が多発している?両方…かも知れない。
この町に薬屋は1件しかない。その上薬草を摘みに行く間の用心棒を雇うにも、この状態なら難しいだろう。
「天使君!無事だったんだね。話はもう少し後で良いかな?」
大声で呼ばれたので声のする方を見ると、簡易テントの中からエルナさんが大きく手を振っていた。
この場においての天使と言う単語は、怪我を負っている全ての人の心に重く圧し掛かったのだろう、物凄い注目度だ。だけど、俺の天使には見えない容姿のお陰で、ただのあだ名だと解釈されたらしく、一瞬にして注目されなくなった。隣にピヨも連れているから“奪う者”と思われたに違いない。
「俺もやりたい事があるから、それが終わったらまた来るよ。ここで待ち合わせね」
笑顔で手を振って別れた後、薬草を摘みに行く前に病院へ向かった。
怪我人の様子を見る為とか、混雑具合を確かめる為とか、そう言うのじゃなくて、病院から町長さんの気配がしたから。
魔物の襲撃で多くの人が怪我を負ったから病院内は混雑していて、傷薬がない。こんな時に交渉なんて不謹慎だとは思うよ?だけど、これ以上のタイミングはないと思ったんだ。
病院の待合室にまで簡易的なベッドが置かれ、彼方此方から怒声が聞こえて来る中、町長さんは傷口を洗う作業の手伝いをしていた。
「…町長さん、ですね?」
「あぁ。後にしてくれ」
俺をチラリとだけ見ただけで、すぐに洗浄作業に戻った町長さんの目の前に、傷薬を1つ取り出して見せる。
無言で見つめて来る2つの瞳は、次の言葉を待つように視線を外さない。
「10個持ってる。今この町で売り出せば、どれだけの値段が付くかな?」
病院内に響く怒声は、傷薬に関する事ばかり。もしここで「持ってる」なんて大声で言ったら?薬草を奪い合う戦いが始まってしまうかも知れない。そうなればまた怪我人が出て、状況は更に悪化する。そうさせない為には?
「言い値で買う…全部売ってくれ…」
そうするしかないよね。
「俺は薬師。傷薬をじゃんじゃん調合して持ってくるよ。それでも言い値で買ってくれるんだ?」
傷薬を誰にも見られないように鞄の中に入れ、その鞄の中を町長さんに見せると、ちゃんと10個入っているかの確認をし始めた。
これは、本気で買うつもりなんだろう。
「いくらだ?」
そんなに睨まなくても、悪いようにはしないから。
「この町には沢山廃墟があるでしょ?そのうちの1軒が欲しい。出来れば町の1番奥にある屋敷が良いなぁ」
俺の思い出の場所だから。
皆と一緒に暮らすなんて事は不可能なんだけど、それでも唯一の帰られる場所だった。それに、この町の人も町長さんも俺達が骸骨でもゾンビでも、1人の人として接してくれた。だから、恭治には、またこの町に住んで欲しいと思ったんだ。
間違ってもエドの出身町には…。
エド、大丈夫だよね?
あの町とは関わりたくないけど、1回様子を見に行った方が良いかも知れない。
じゃなくて!今は交渉中なんだから集中しなきゃ!
「…私共は長年洞窟に住む魔物に苦しめられている。そいつらを倒してくれたら…自由に使ってくれて構わない
え!?傷薬は良いの!?
そうか、傷薬がこんなにも必要になってしまった原因を取り除く事で、結果傷薬を買い取る金額の節約をしようと言う訳ね。それとも、信頼出来る人物なのか見極められているのか…。
何だって良いよ。魔物を倒したら屋敷を使って良いって許可をもらえたんだもん。
本当は屋敷で恭治が蘇るまで待とうと思ってたけど、魔物を倒して、改めて町長さんの許可を貰ってからじゃないと不法侵入になっちゃうよね?
だったら、ちゃちゃっと魔物を倒しに行く?サクリアよりも強いルシフェルがいるんだから楽勝…違った。俺もルシフェルも天使なんだから、導く予定のない者への殺傷は禁止だ。でも…天使が導くのは人間の魂だけだから、魔物はどうなんだろう?
良く分からないから、ルシフェルは留守番決定かな。だったらディルクとエルナさんと、ポチ達はどうだろう?ポチ達はもう“奪う者”だから天使として天界に認知してもらっているのかどうかも危ういよね…もう、本人達に任せよう。
さてと、攻め入るには何時が良いだろう?引いて行った魔物を追いかけて行くのが1番かな?だけど今は傷薬もないから、戦う準備が整っていないのはお互い様だ。急いで調合するにしたって、充分な数を確保するのに少なくとも30分はかかる。
とりあえず、ボンヤリと考えている時間がもったいないから、調合しながら考えよう。
薬草を摘みに行く為に町の入り口門を目指していると、空き地に作られたテントの横で2人分の影が見えた。そのうち1人は倒れている。
怪我人だろうか?と思っても、倒れている人からはディルクの気配。後の1人は…良く知ってる気配だけど、酷く嫌な予感がして急いで向かった。
「ラミア!」
カフラの友だったラミアは“魔石”から開封された筈。それで“奪う者”ではなくなったカフラは蘇る事もなくミイラとして普通に眠っている。普通の悪魔に戻ったラミアが、どうしてここにいて、何故ディルクの隣にいるのか…しかもラミアの横には、空間が歪んでぽっかりと口を開けているんだ。
あの真っ黒な入り口の向こう側は、きっと魔界だ。
「んー…誰かな?記憶にないわ」
やっぱり?そりゃ大昔に1度会っただけだもんね…。羽を見せる事が出来れば思い出してくれそうではあるけど、町中だし…。
「えっと…王様が暗殺されそうだよーって言いに来た天使。覚えてない?」
ラミアは俺をジッと見て、パッと目が合った時に何かを思い出してくれたのか、怪訝そうだった顔が一瞬にして笑顔になった。
「緑の瞳と…赤い髪!思い出した!」
名乗ってなかった俺も悪いんだろうけど、何その覚え方!思い出してくれて良かったんだけどさ。
「ここで、何してるの?」
生きた時間を記憶ごと食べるラミアは、辛い記憶を好んで食べていた。だから戦いが一段落着いたここは絶好の餌場なのかも知れないけど、どうしてディルク?テントに隠れているとは言え、ここは目立つ場所だよ?それなのに魔界の入り口を大きく開けたまま、なにをしてるの?なにをしようとしてるの?ディルクに囁いたの?魔界に連れ込もうとしてたんだよね?囁かれた人間は魔界では餌にしかならないんだよね?どうしてディルクを連れ込もうとしてるの?
「食料調達、かな。後はあの子が出て来たそうにしてるから待ってるの」
ラミアがそう言って大きく開いた入り口を指差すから、俺は中に入ってしまわないように気を付けながら覗き込んでみた。するとそこには1体のシャドウの姿が…。
どっちを優先して考えたら良いのか分からないよ。
ディルクを魔界にお持ち帰りして食べようとしているラミアに怒れば良いのか、魔界の入り口のスグそこでフラフラしているシャドウを呼べば良いのか…。
いや、優先すべきは恭治の蘇り!でも、ちゃんとラミアとディルクの間に立って邪魔はしてるんだけどさ。
「ピヨ、ここに恭治を寝かせて」
魔界の入り口の、本当に真ん前に恭治を下ろしたピヨ。だから後はシャドウが消えてしまう前に出てきてくれたら良いなぁ…なんて考えたんだ。
出て来るのを待っている間に、シャドウを連れ出す方法とか考えなきゃなーって、
だけど、そんなのは必要なかった。
ピヨが恭治を下ろした瞬間シャドウは飛び出してきて、その勢いのまま恭治の中に入ってしまったから。
こんなに上手くいくものなのか?と少し気が抜けちゃったよ。
じゃあ後は蘇るまではピヨに見張りを頼もうかな。体の痛みを少しでも遅らせる為に寒い場所に移動してもらった方が良いかも?それともドライアイスで体を包む?
それじゃあ全身低音火傷だよね…。
「蘇りのメカニズムとは…こう言う事…だったのですか…」
ピヨの視線の先にはシャドウが入った恭治の体があって…あれ?なんでだろう、目が開いてない?キョロキョロと黒目が動いてない?
もしかして、蘇ったの!?
ちょっと早くない!?
え?こんな即効起きられるものなの!?
「…そなた達は…拙者は…ここは何処でござるか?」
本当に、起きた…。
「今日はお腹いっぱいになったし帰るけど、次はその子、もらって行くね」
ラミアは手を振りながら魔界に入ると、ジッパーを上げる様な仕草をして、それで入り口が閉じてしまった。
あんなテントの入り口を閉めるような感じで魔界って開くんだ…。
っと、それ所じゃない。恭治が蘇ったんだから“奪う者”についての説明と、ディルクを起こして洞窟の魔物を倒して欲しいって頼まないと。
ディルクを起こし、2人で蘇った恭治に“奪う者”の基礎知識を教えて、その後テントの中にいたエルナさんと合流した。
この時点で魔物が引いてから1時間は経っているので、追いかけても魔物は洞窟の中。
守りを固めている所を攻めるには、戦力を整えて行かなきゃ勝ち目がないが、それはあくまでも普通の場合。聖水を飲まなきゃ倒れない体になった恭治の力があれば、話は大きく違って来る。
首が繋がっていない今の恭治は痛覚も鈍くなっているから、先陣を切って洞窟に入って、相手の守りを崩す事なんて簡単。
サクリアとリッチの2人で殲滅された洞窟の魔物、でしょ?だったら恭治とディルクの2人が揃えば、同じように殲滅出来ると思うんだ。さっきは押し返すのがやっとだったけど、それはディルクが町の守りを優先したから。
攻撃に転じたディルクの強さは、えげつない。そこに魔物退治に全てをかけている恭治。勝機しか見えないよね。
「町長さんがね、洞窟の魔物を倒したら町の奥にある屋敷を好きに使って良いって…」
皆揃った所で説明を始めたんだけど、
「魔物!?」
恭治が話しを止めた。するとディルクがさっきまでこの町が魔物の衝撃あっていた事を説明して…。
「洞窟に魔物!?被害も出ているとな!?」
声を荒げなら立ち上がった恭治の手には、武器。
「町を出た先にある洞窟内だ」
もう町の外を睨み付けているディルクの手にも、やっぱり武器。
なんだろうか、この見た事のある話の流れ…嫌な予感がする。
「1匹残らず拙者が成敗してくれる!」
ちょっと待って、落ち着いて!今からその為の作戦を…
「後れを取るなよ!」
だから待ってってば!
「いざ!」
2人は、走って行ってしまった。
傷薬もない状態で無茶も良い所だよ!早く追いかけないと!
鞄と上着を脱ぎ捨てて、必死に羽を動かして追いかけているのに、運動神経が化け物クラスの2人が全速力で走っているのだ。追いつける筈もない。
忘れてたよ…ディルクと恭治は強いし、1人ずつなら落ち着いて話が出来るんだけど、2人揃ってしまうと作戦もなく突っ込んで行ってしまうって事…。




