悲しげな瞳の天使
孤児院の裏庭には、白い花が一面に咲いている。
この花が枯れる頃、ここを出なければならない。
15歳までしか置いてもらえない事は初めから知っていたし、出た後で何処に行くのかも、もうとっくの昔に決めていた。
ただ、それを声に出した事はない。
「ねーねー、後1ヶ月位でしょ?何するか決めた?」
隣には幼馴染のエルナがいて、緊張感も何もない笑顔で俺を見上げている。何をするのか、寧ろ俺がエルナに聞きたい位だ。
「ヘラヘラしている時間なんかないだろ」
「良いから良いから。ここを出たら何処行くの?」
何がどう良いのか説明して欲しいが、エルナがこう頑固な時は俺が何を言っても無駄なんだ。
「ここを出たら、兵士に志願するつもりだ」
町を守って、俺やエルナのような孤児を1人でも減らす事、それが夢。欲を言うなら、エルナの事も守りたい。だからこそ、兵士になって立派な人間にならなければ。
孤児院育ちだからと言う理由だけでバカにされない様、俺がしっかりとした人間にならなければ!
「へぇ~、じゃあ私も兵士になる」
やっぱりそうか。
「…と言うのは冗談で、本当は旅人になろうと思っている」
「じゃあ私もー」
はぁ。
「商人にするか」
「じゃあ私も商人になる」
エルナはニコニコしながら、てんぷらにして食べる気なんだろう、白い花を摘み始めた。こんな自分の考えもない奴でも、15歳になったらここから放り出される。だからその分俺がしっかりしなければならない。
「…兵士になる」
「じゃあ私も~」
「いい加減にしろ!そんな優柔不断で生き残れると思ってんのか!?」
自分の意思で動かなければ、イザと言う時に行動が遅れてしまう。例え一瞬だったとしても、その判断の遅れのせいで助からない場合がある事は、知っている筈だ!
「どうして優柔不断なのさ。私は始めっからディルクに着いて行くって決めてるの」
何でもなさそうにエルナは笑うが、その笑顔が直視出来ない。
俺について危険であると分かっている兵士に?悪い冗談だ。
「自分の事だろ…俺を基本にされても…困る」
俺には学も才能もないから、兵士にしかなれない。そもそも兵士になる為の努力しかしてこなかった。兵士になる事以外でエルナを守る方法が分からない。なのに、その方法を取る事で1番危険な場所に連れて行く事になってしまうのか?
「はいそこ、困らないの」
どうしたら良いんだ?どうしたら分かってくれる?いや、頭の悪い俺だ、色々考えたって良い言葉が出てくる訳がない。
「兵士なんて危険なものに、なって欲しくない」
俺の気持ち、届け。
「そう?でもそれ、私も同じ気持ち」
心配してくれている…のか?だったら、余計に俺の思いに気付いてくれ。
「俺は良いんだ」
「何でよ」
何でって…。
それは、俺は町を守って…世の中を平和にして、安心して何処にでも行ける様な世界にしたいって願っているから。そんな世界でエルナの笑顔を近くで眺めていられたら、幸せだと思うんだ。その1番の近道が兵士になる事だと思うから…なんて、説明出来るか!
「強いからだ!エルナなんか片手で投げられる」
咄嗟に誤魔化した瞬間、集めた花を横に置いたエルナが俺の真正面に立ち、
「投げてみぃ!」
と。
こう言う挑発に乗りやすい所があるから心配なんだ。
「持ち上げるだけな」
「片手だからね!」
溜息を飲み込み、俺はエルナを持ち上げようと腰辺りに腕を回し、回して…
「くっ…!」
あれ?
「ほれほれどうした~?」
少し前までならヒョイと持ち上げられた筈なのに…そうか、身長が伸びたんだな。それに体付きもしっかりとしている。俺に合わせて兵士になる、と言うのは冗談ではなくて、隠れて鍛えていたんだな。
「っかしいな…エルナ、ちょっと太っ…」
筋肉質になった、と言葉が出てこなくて、太ったと言おうとした時、頭部に鈍い痛みが走った。
「それ以上発音する事は、死を意味するよ!」
「す、すまんっ!」
慌てて離れて追加攻撃を避けると、得意げに胸を張っているエルナは、
「結局持ち上げられなかったけど、どうするつもりかなー?」
とか言いながらニンマリしている。だから、多分俺が持ち上げられない事を知っていたんだろう。
俺だって体を鍛えていると言うのに、まだまだ15歳なんだな…エルナ1人満足に持ち上げる事も出来ないなんて。
こんな事で町が守れるのか?
「それでも、俺は兵士になる…エルナを…その…」
守りたい。
「なによ」
俺はまだ弱いから、直接は言えない。だけど、いつか…もっと強くなった時は…
「だから…兵士になって、強くなって、立派になって。そしたらエルナ」
守らせて欲しい。
「だからなに?」
成人するまでには、もっと頼りがいのある男になるから。だから、
「俺と一緒に…」
「一緒に?」
だから…
「俺と、一緒に…えっと…」
えっと…なんて言えば良いんだ?会話の着地点を見失った。いや、言いたい事はあるんだが、それは今の俺が言える立場じゃないから…。
「じれったいなぁ!分かってるよ!兵士になって強くなったら、もう1度私を持ち上げる試練を受けたいんでしょ?」
えっと…?
「そうそう…違うわ!」
どうしてそうなるんだ!?
「違うの?」
本気でそう思っていたと言うのか!?
あれ?けど、着地点のなかった会話の流れを終わらせてくれたんだから、これは俺にとっては物凄くあり難い。だったら、違うと言ってしまった事を誤魔化そう!
「だから、その…ぶ、ブン投げる方だ!」
少し、苦しかったか?
「楽しみにしてるわね!投げられて怪我しないように、私も兵士になって鍛えとくわ」
すんなりと受け入れるのか…それはそれで大丈夫か?変な人に騙されやすそうだな…しかも厄介なのは、多分騙されている事に気が付かない可能性が高い所だ。
俺よりも学がないなんて…絶望的だぞ?これじゃあ本当に生き残る為には兵士になるしか道が無いんじゃあ…いやいや、
「だから、兵士になるなって言ってるだろ」
学がなくても、エルナは手先が器用だから、何か物を作る仕事に付くとか…武器とか防具屋なら、町を救う仕事と言う大きな括りで見れば兵士と同じ職種だ!
「なに?ディルクは一般市民をブン投げるつもりなの!?」
そうだ、俺はブン投げる方だと言う誤魔化しを使ったんだった。
「じゃなくって……」
色々考えて言うのは疲れるし、全然通じてくれない。だったらもう本音をぶつけて説得した方が良いのだろうか?
「何が違うのよ」
説得したいのに、本音を伝えないのがそもそもの間違いだな。
「俺は、エルナを守りたいんだ。頼む、危険な事はしないでくれ」
今度こそ、伝われ。
「守りたいのに、ブン投げるの?」
えぇ~…。
「ブン投げるのは一旦忘れてくれ…」
今日はもう諦めよう…施設を出るまでにまだ1ヶ月あるんだ、その間に説得していこう!今日無理だった説得が、明日になって出来る訳ないかも知れないが、いつかは俺の気持ちが伝わる事を信じて…伝わってくれないと困るし…。
「今日のディルクなんか変だよ?てんぷら作ってあげるから、食べて元気出して」
更に花を摘み始めたエルナは、何故か俺を物凄く心配そうに時々見上げてくるが、俺からしてみれば、エルナの方が心底心配だ。
野放しにするより、一緒に兵士になって見ていた方が良いのだろうか?
「あの、もう良い?」
とりあえず、天ぷらを食べてから考える事にしよう。そう思った所で、急に声をかけられた。前からでも、後ろからでも、横からでもなく、頭上から。
「えっ!?天使!?」
誰だ?と見上げるよりも先に、俺を見上げていたエルナが声をかけてきたモノの正体を口にした。
天使。
この近くで魔物でも出たか?だったらそっちに行く筈だ。それが何故ここに?まさか、魂を狩に来た!?
慌ててエルナの手を掴んで背中で隠してから見上げると、天使は勢い良く手と首を振っていた。
何かの術か?いや、そんな感じでもないか…だったら何をしているんだ?
首を振り続けているせいで揺れている赤色の髪、何処か悲しげな深い緑の瞳。何処かで見た事がある?
「兵士になるなら奪う者にはならない方が良いよって言いに来ただけだから」
なに?
「奪う者にならずに、どう町を守れというんだ?」
人間が相手の場合なら、奪う者じゃなくても充分に町は守れる。だが、相手が魔物だった場合、奪う者じゃなければ倒すのに時間がかかる。
たった1匹でも町に魔物が入れば、多くの犠牲が出るだろう。それはつまり、町を守れなかったと言う事だ。
俺は守りたい。
町を、エルナを!
「町を守りたいだけなら奪う者になっても良いよ。ただ、兵士になるなら、やめた方が良いんだ。王様が不老不死の…」
「喋り過ぎです。それ以上は言わせません」
奪う者になっても良い?兵士になるな?王様がなんだって?
色々聞きたい事があったのに、悲しげな瞳の天使は急に表れた黒い天使によって連れ去られ、今はもう空に誰もいない。
一体、なんだったんだ?
「奪う者になるな、だって。どうする?」
どうすると言われてもな…もう既に奪う者なんだから、どうしようもない。だったら町を守るだけにする?
孤児院育ちだからって馬鹿にされないように立派になる必要があるんだから、それじゃ駄目だ。
誰からも馬鹿にされる事もなく、平和で…安全な場所で一緒に暮らしたいんだ。
「…関係ない。俺は兵士に志願する」
「じゃあ私もー」
はぁ…説得は明日にして、今日はもう大人しく白い花のてんぷらを食おう…。




