綺麗な天使
いつからそうだったのか、いつからそうなったのか、俺は旅をしている。
商人としてでも、賊としてでもなく、用心棒として世界各地を歩き回っている。
生まれ故郷は何処だったか?家族の顔は?
思い出せる筈もない。
一緒に旅をしている2人の仲間だけが俺の家族。
血が繋がっていない事は知っているが、ここまで育ててもらった恩がある。だから俺はもっともっと強くなりたい。
雇い主を守る為ではないし、賊やら魔物を倒す力でもなく、仲間を守れるだけの力が欲しい。
そう声に出すと怒られるのだろうが。
「この辺りで休憩に致そう」
俺達の中で1番年上の直武が荷物を下ろしながら言うと、もう俺達に発言権はなく、この場で休憩となる。
ただ疲れたから休憩と言っている訳ではなく、色々先を見越した判断なのだと思うから、反対意見も何もない。だから、直武に反対意見を述べるのなんて雇い主位だ。
「今日中に町に行きたいんだ!」
雇い主は商人で、荷物は大量の傷薬。早く町に行きたい気持ちは分かるが、休憩と言ったら休憩だ。それに、直武はここで1泊するとは言っていない。
「恭治よー。髪鬱陶しくないか?俺の髪留めかしてやろうか?」
座り込んだ俺の隣に座ったアキは、右手で俺の髪を摘み上げながら左手に持った髪留めをヒラヒラと見せてくる。
先日、戦闘になった時に受け損なった敵の攻撃が頭をかすり、それで髪を括っていた紐が切れてしまったので、そこから俺は髪を靡かせながら移動する事になってしまっている。
当たり前だが、鬱陶しい。けどアキに恩を売りたくはないから、見せ付けられている髪留めを手に取る事は出来ない。
「鬱陶しくない。もう慣れた」
パシッとアキの手を払い除けた時だった、頭上が一気に明るくなった気がして、敵襲かと見上げた空に、天使が飛んでいた。
天使はまん丸と大きく開けた目を俺に向けながら、片手で口元を押さえ、もう片方の手で指差しながら震える声で言ったんだ。
「ゴザルじゃ…ないっ」
赤色の髪に、深い緑色の瞳をした綺麗な天使は、多分俺と直武を間違えているのだろう。
「ゴザルはあっち」
そう言うと、チラリと向こうを向いた天使は、多分直武と目でも合ったのだろう、会釈している。
「妙な気配は主のモノだったか。して、なに用か?」
休憩と言った理由は、この天使の気配を察しての事か。俺は空が明るくなるまで存在すら感じ取れなかったというのに、やっぱり直武は凄い人なんだ。
「あ、えっと…ちょっとビックリしただけだから」
ビックリしたら地上に出てしまうのか?それはそうと、何をそんなにビックリしたんだろう?
…可笑しい、
相手は天使なんだぞ?魂を運ぶ不吉な存在だぞ?この場にいる誰かの魂を奪いにきたのかも知れないと言うのに、俺は荷物の中から魔法石を出す事が出来ないでいる。そればかりか、攻撃しては駄目な気さえしている。
「用がないなら去れ。拙者らは先を急いでおる」
スッと立ち上がった直武は荷物を背負い、そのまま歩き出してしまったから、俺達もそれに続くしかない。
魔法石を持っている筈の直武が、天使に背を向けて歩き出したから、俺達も天使を無視して歩き出すしかない。
「恭治」
歩き出すと天使が俺の名を呼ぶから、立ち止まって振り返る。
そこにはもう1体の天使がいて、赤い髪の、綺麗な天使を覆うようにして飛び去ってしまった。
俺を呼んだ綺麗な天使は、あの後なんて言いたかったのだろう?
…やっぱり可笑しい。
天使に名前を呼ばれるなんて、魂を抜き取られる時以外にはありえない。だったら後から来た天使は俺の恩人か?
そんな風には思えないが…。
「恭治、なにしてんだ?おいてくぞー」
アキに急かされるが、空が気になって見上げ続ける。けど、そこには天使の姿所か、光すらもなく、唯どんよりと重たい空が続くばかりだった。
無事に目的の街まで依頼主と荷物を届け、次の依頼主を探すために酒場に向かう。
酒場には仕事を追えた用心棒達が集まり、酒を飲みながら、食事をしながら情報交換をする場になっている。だから依頼主達も酒場に集まる。
カウンターに向かって行った直武の背中を見送り、俺とアキは酒場の外で待つ。どうせスグに依頼主を連れて来るから、酒場に入るまでもないと思ったのだ。
「次は魔物退治だ」
ホラ。
移動しながら依頼主の話を聞くと、最近森の中に魔物が住みついたと言う。それだけなら森に近付かないようにするだけでどうにかなっていたようなのだが、徐々に町の傍まで魔物が来るようになり、何人か犠牲になってしまったらしい。。
更には、何人かの用心棒を雇って魔物退治を依頼したそうなのだが、誰1人として戻って来なかった。と。
相当危険な内容の依頼だと言うのに、その報酬はかなり少ない。それなのに直武は黙ったまま魔物が出るという森に向かう。
ついて行くしかない。
森に着く頃にはスッカリと日も落ち、辺りは暗闇。
虫の声と風に揺れる草の音しか聞こえて来ない、暗闇。
この中を、進んで行くのだろうか?
行くしかない…直武とアキは、俺が守るんだ。その為に訓練してきたんだ。その為だけに俺は強くなりたかったんだ。
カチャと直武が刀の鞘を握る音がする。
ガサガサとアキが魔石を取り出す音がする。
気を引き締め森に入ると、一気に気温が低くなったように感じた。森の中なのだから、実際に気温は低いのだろうが、それだけじゃない。そこらじゅうから感じる気配で背筋に冷たい汗が流れる。
何か、来る?
上からだ!
サササササッ。
風で揺れている音とは別の、木の枝を揺らす音がする。それはグルグルと俺達の周囲を回り、1つ、2つと個体数が増えていく。
ザザザザザッ。
木の枝からヒラヒラと舞い落ちて来る大量の葉で視界が奪われ、魔物の姿をちゃんと目視する事は出来ないが、長い尻尾がチラチラと木々の合間から見え隠れしている。
相手は木の上を自在に動き回る魔物、しかも数が多いとなれば、木のない拓けた場所
に移動しなければ不利だ。
「森の出口まで走る」
ボソリと呟いた直武はすぐに走り出し、それにアキも続く。少し出遅れた俺も必死に2人について走るが、魔物の標的になるには充分だったのだろう、気配が俺の周りをぐるりと取り巻いていくのが分かった。
完全に囲まれてしまったら終わり、なんとしても出口まで…。
「アキ!止まれ!」
少し前を走る直武が急に立ち止まってアキを呼び止めたが、勢い付いているアキはすぐには止まれず、声をかけられてから3歩ほど進んだ場所で立ち止まった。
「え?」
振り返るアキの顔は、直武の掌により遮られて俺には何が起きたのかは分からない。だけど、音は聞こえていた。
「離せっ!お、おい…冗談だろ!?」
怯えたようなアキの声と、
「本気だけど?」
「もーちょっと遊びたかったけど限界。腹減って死にそう」
多数の魔物の声。
グシャッと嫌な音がして、
「やめっ!やめろぉおおおおお!」
助けなければ!
「頬肉は柔らかくて美味い」
「ぎゃあああああ!!」
「股もイケル」
足が、動かない。
アキの叫び声が弱くなっていくのに、直武の手を振り払う事すらできない。見なければならないのに、見る事が出来ない。
「恭治、気配がなくなるまで出て来てはならぬぞ」
ボソリと呟いた直武は、ジリジリと俺を木の下へと押しやり、その下にポッカリと開いていた穴の中に押し込んだ。
「え…」
「声を出してもならぬ…明日からはまた修行でござるよ」
待ってくれ、俺も戦う。俺だって…。
「う、うぅ…」
情けない俺は、蹲る事しか出来なかった。
直武を助太刀する事も、アキの仇を討つ事も諦めて、ただ声を殺している事しか出来なかった。
辺りが静かになったのは、どれだけの時間が経ってからだろう?
何の気配もなくなったのは何時だっただろう。
それでも俺は穴の中から出る事が出来ずにいた。
だけど、こうしていてもなにも変わらない。
何の気配もしない外の様子を、確かめなければならない。
こうして助けられた俺が、ちゃんと見なければならない…。
ハァ…ハァ…ハァ…。
外に出ようと思っただけで動悸が激しくなる。
いいか?生きてこの森を出るんだ。出口ではきっと直武がいる…もしかしたらアキだっているかも知れない。2人して俺が出てくるのを待っているかも知れない。それとも、気配を消して穴の前で待っているのかも知れない。
そうだ、2人は強いじゃないか。
音を立てないよう立ち上がり穴から這い出して、外の眩しさに目を細めながら森の出口の方角に視線を向ける。
赤く光る魔石がいくつか落ちている中に、魔物による“食べ残し”が横たわっていた。
骨と、髪の毛と、鞄。たったそれだけなのにそれがアキである事が分かる。
死んだ振りしてるだけ…そんな希望すら抱けないその姿を見て、何故だか妙に落ち着いた。
アキに近付き、残っていた髪から髪留めを取り、鬱陶しかった自分の髪を結ってから鞄の中に骨を詰め込む。
細かい骨一欠けらだって置いていかない。外では直武が待ってるから、一緒にこの森を出よう。
骨を拾い終えた後は、赤く光る魔石も拾う。
赤く光っているのは、中に魔物が封じられている証拠。赤く光っているのは俺に対して敵対心がある事の表れ。つまり、直武が戦って、封じた後の魔物…アキの仇である魔物だ。
1つ残らず、魔法石の材料にしてやる。1匹たりとも見逃さない。こんな魔物がいるのが悪いんだ、魔物のせいで世界は住み難い。
ここは人が住む大地だぞ?何故魔物がいる?魔物は魔王島が住処の筈、それなのに、何故ここにいる?何故人を捕食する?何故それが許されているんだ!?
可笑しいだろ!ただの侵入者が、こんな、こんな…。
「絶対…許さない…」
鞄を持って出口に向かって行くと、アキが倒れていた場所にあった血だまりと似たような赤色の水溜りが遠くに見えた。その傍には見た事のある鞄が1つ。
近付いて行くと“食べ残し”はなく、鞄だけがそこにポツンと取り残されている
中には空の魔石と、1つの魔法石。
他にも何かないか?と地面を眺めると、血の跡が森の奥に向かって続いていた。点々とした感じではなく、引きずられたような跡。それも1箇所ではなくて、数箇所。
この場所に大量の血があるのに“食べ残し”がないのは、ここで運びやすい大きさにされて、巣に持ち帰られたんだろう。
「くっ……うぅ…」
嘘吐きだ、今日からも修行だって言ったじゃないか!
「うっ…ぐぅ…」
こんな魔石と魔法石じゃなくて、もっとちゃんとした直武を残してくれよ!こんなんで、どうやって一緒に森の外に出たら良いんだ?
なにを形見として貰えばいいんだ?
なぁ、直武!
「くっ、うぐっ……帰るで……ござるよ……」
俺の天敵は、魔物。
どの魔物なのか、名前は?種類は?
関係ない。全ての魔物が、俺の天敵。
この世に1匹たりとも残さない。
倒して、倒して、絶滅させてやる。俺が、この手で。




