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ディスペル  作者: SIN


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85/122

薬師の天使

 変わった音が外から聞こえてきた。

 ポンと小さく聞こえた後、少しして、更に小さくポンと1回。それからまた時間をあけてポンと1回。

 何処かで花火でもしてるのかな?

 そう思って窓から夜空を見上げてみても、今日はお祭りじゃないし、町の中もシィンと静まり返っている。

 ポン。

 また聞こえて、音のした方に目を凝らしてみると、ポンと何かが破裂するのが見えた。

 やっぱり花火だ!

 ウキウキとした気分で1階に駆け下り、父さんと母さんに声をかける。

 「今、花火が上がってたよ!」

 町の中じゃなくて樹海だったから、早く行かないとお祭りが終わっちゃう。

 「花火?…何処だ?」

 樹海の上空で見えた事を説明していると、またポンと鳴った。今度は少し大きな音がして、父さんと母さんにも聞こえたのだろう、大慌てで2階に上がって窓から外を眺めた。

 ポォン、ポォォン、シュッ、ボォォォン!!

 窓の外が、昼間のように一瞬明るくなったかと思った次の瞬間、耳が潰れてしまうかのような轟音が響いた。

 花火じゃ…ない?

 「急げ!魔物だ!」

 魔物?

 父さんは母さんに声をかけると魔石を持って飛び出していき、母さんも自分の魔石を手に取ると、

 「家から出ちゃ駄目よ。いい子にしていてね」

 と、父さんの後に続いて行ってしまった。

 外から聞こえて来るのは緊急時を知らせる鐘の音と、破裂するような音と、崩れる音と、悲鳴。

 花火じゃなかった…花火なんかじゃなかった。

 怖い、怖いよ…父さん、母さん…。

 ベッドに潜り、耳を塞いで恐怖に耐えていても、誰も帰ってこない。

 町から悲鳴が消えて泣き叫ぶ声が響く頃、窓から見える空は明るくなっていた。

 家から出るな。そう母さんに言われたけど、心配だよ。どうして朝になったのに帰ってこないの?

 不安でたまらなくなって思わず家を飛び出すと、町のいたる所が破壊されていた。

 道も、建物も、人も。

 家を出たスグ前には、真っ黒に焦げている人が1人倒れていた。でも、それが誰なのかが分からない。知らない人?知っている人?どうしてこの人は家の入り口を守るように手を広げているんだろう。

 「父…さん…?」

 嫌だ、これは知らない人だ。父さんじゃない!絶対に違うよ…そうだよね?ねぇ…

 いつか、父さんも母さんも帰って来るんだ。遅くなったなって、いい子にしてた?って笑顔で、帰って来るんだ!

 「うわ…子供だ」

 急に上から声が聞こえて、魔物だと思って見上げてみると、そこには赤い髪の天使がこっちを見下ろしていた。

 きっと、父さんを連れさらいに来たんだ!

 違う、これは父さんじゃない…違うのに、違うのに!

 「うわあああああ」

 泣いて、泣き叫んで、涙が出なくなった頃、天使の姿は消えていた。

 いつか、皆帰ってくる。町が復興したら、また皆で穏やかな日々を過ごせるんだ…。

 「俺、奪う者になろうと思う…」

 町が徐々に元の姿に戻ってきた頃、俺は母さんの妹であるオバサンに相談を持ちかけた。

 この町では魔物だけではなく、奪う者に対しても敵意を向けるようになっている。理由は、あの事件を裏で操作していたのが奪う者だったから。

 誰かは分からないけど、1人の奪う者が町を襲うように仕向けたらしい。

 でも、町の近くには魔物の住処になっている樹海がある。何時襲い掛かってくるのかも分からないのに、奪う者がいないんじゃあ、戦えない。町には沢山の兵士がいるんだけど、奪う者がいた方が効率が良い。それに、俺は父さんと母さんの意思を継ぎたいんだ。

 「そんな人でなしにならなくて良いの!」

 パァンと大袈裟な音を立てて俺の頬を叩いたオバサンは、悔しそうに唇をかみ締めている。

 奪う者を人でなしと言っているが、本心じゃない事は知っているつもり。だって、オバサンは奪う者であった母さんの事を大事に思っているから。

 母さんの子である俺を、大事に育ててくれているから。

 だからだよ?だから余計に思うんだ。

 「奪う者になって、この町を守りたい」

 「…もう二度と可笑しな事は言わないで頂戴」

 オバサンが帰った後、俺は本格的に奪う者になる為に魔石を手に入れる所から始める事にした。

 町の中じゃ商店に行っても1つも手に入らないから、他の町に行くしかない。でも、1人で行くには用心棒を雇わないと駄目だから、近くにキャンプをしている奪う者がいないかなって。ここの所毎日樹海付近までの見回りをしてるんだ。

 さぁ、今日も行こう!

 町の門を括りぬけた先には大きな岩がある。俺はいつものようにその岩の陰に一旦隠れようとしたんだけど、

 ゴツン!

 何かとぶつかった。

 「に、人間っ!」

 真正面から聞こえて来る声に顔を上げると、額から角を生やした魔物が1匹座り込んでいた。

 そしてクラリとする頭。どうやらあの角で強打したらしい。

 倒れ込むと、魔物は何故だか泣き出してしまった。

 「大丈夫だから。それより、どうしてこんな所まで?」

 魔物は名前をアルと名乗り、樹海に住む魔物の1人だと教えてくれたんだけど、それからしばらくの間泣き声しか聞こえて来ない。

 それでも黙って待っていると、恐ろしい出来事を教えてくれた。

 町が魔物の襲撃を受けていた丁度その頃、アルの住んでいた村も奪う者による襲撃があったと言うのだ。そして俺も、アルも、両親を失った…。

 「エドは奪う者になれるんだよね?だったら、だったら魔石を俺に使ってよ。契約するよ…するから…もう、1人は嫌だよ…」

 俺だって、1人は嫌だ。でも、俺は魔石を持っていないから、アルと契約する事は出来ない。

 契約しなくたって、友達になれば…もう1人じゃない?

 改めて自己紹介なんかして、ちょっと照れ臭くなって俯いて、本当に友達が出来たんだって嬉しくなって顔を上げると、岩の向こう側からコッチを覗き込む数人分の顔が見えた。

 「そこで何をしている!」

 なにって…どうしてそんなに怒ってるんだよ。アルが魔物だから?だけどアルは敵意を見せてないし、俺の友達だ。

 なんの事情も知らないのに、どうしてそんな顔でアルを睨むの?どうして武器を構える?魔物だから?魔物だからって攻撃して良いの?

 「町は魔物に襲撃された、アルの村は奪う者に襲撃された。やってる事は人間も魔物も一緒じゃないか!なんで魔物だけ悪者扱いするんだ!」

 奪う者じゃないから魔物を倒すのは大変なんだろうけど、武器も持ってない子供相手に、大人が何人も寄って集るなんて変だ。

 家族や友達を殺されて悲しいのは人間も、魔物も同じだ。1人ボッチが悲しいのだって、同じ。なのに魔物だけが悪いなんて、やっぱり変だよ!

 「やけに魔物のかたを持つじゃないか」

 かたを持つとか、そう言う事を言ってるんじゃない!

 もっと、ちゃんと言いたい事があるのに言葉が口から出て来ないのはどうしてだろう。可笑しいって事を伝えたいのに、これ以上争いを続けて欲しくないって伝えたいのに、何も言えないのは、どうしてだろう。

 「お前が手引きしたんじゃないか?」

 「そうか、だからお前は奪う者になろうとしていたのか」

 「あの2人は実の息子に殺された!」

 黙り込んだ俺に、大人達は口々に恐ろしい事を言い始め、何故か勝手に話がドンドンと流れていく。

 「人でなし!」

 「人殺し!」

 俺じゃないのに…違うのに…俺はまだ奪う者ですらないと言うのに。

 「お前がやったんだ!」

 「お前が魔物に町を襲わせたんだ!」

 激しく睨んでくる大人達は、持っていた武器を一旦下ろすと、足元に落ちている石を拾い上げ、俺達に向かって投げてきた。

 攻撃と言うよりも、追い払おうとするような攻撃。

 俺は何もやってない。俺じゃない。そんな事を言った所で無駄なんだって事が分かった。それに、石を投げてくる大人達の顔は、激しくはあるけど、何処か悲しそうで。

 だからと言って、このまま石を受け続ける訳にもいかないから、俺はアルの手を取って逃げ出したんだ。

 走って、走って、目の前に樹海の入り口が見えてきて。そこで立ち止まって振り返ると、大人達は追いかけて来てはいなかった。

 「エド…大丈夫?血が…」

 これ位なんともないのに、どうしてアルが泣くんだよ。

 「大丈夫だから…」

 町が襲われて、そんなに月日が経った訳じゃないから、まだ皆悲しいんだ。乗り越えられないから、まだ皆心が痛いんだ。

 「エドを攻撃するなんて、可笑しいよ!」

 ありがとうアル。俺の為に泣いてくれて、ありがとう…。だから大丈夫。だって俺はもう1人じゃないんだ。

 「悲しさとか、そう言うのをぶつける所が欲しいんだよ。町の皆の心が癒えたら、また前みたいに優しい皆に戻るから」

 ヨシヨシとアルの頭を撫ぜていると、上から眩しい光を感じた。

 こんな時間に太陽?そんな訳ないと見上げると、もっとそんな訳がない光景が…。

 「こんばんは」

 普通に、喋った!?

 「てっ!天使!?」

 え?俺、このちょっとした傷が原因で死ぬの!?折角友達が出来たのに?ここで死んだら、アルはまた1人ボッチに戻ってしまう。それだけはどうにかしないと!だけど、もうここに天使がいるって事は手遅れ?

 「たまたま通りかかっただけだから、そんな警戒しないでよ」

 通りかかっただけで姿を現して良いのか?

 「なにしに来たんだ!?それ以上近付くな!」

 天使は俺達から少し離れた所に降り立ち、それを警戒したアルは俺の前に立って威嚇を始めた。

 「休憩、かな。それより、血が出てるよ」

 休憩?そんな事はもっと他の場所でも出来るだろ?それを、何でここ?しかも、傷の事を言ってるから…本当にこの天使は俺を連れに…この天使…待て!コイツ、父さんを連れて行った奴じゃないか!?

 って事は、俺は本当に今日…。

 「天使なら知ってるんだろ?エドのその額の傷は…」

 傷は町の人に石を投げられたからだけど、出血が酷いのは全速力で走って逃げてきたから。ダラダラと血は流れてはいるけど、そこまで痛いって事もないから大丈夫。

 そう言ってアルを安心させてあげたいのに、俺は黙ったまま天使を見ている。

 「天使ってのは、そんな万能じゃないの。特に俺は下っ端だから、余計にね」

 天使の声を、聞いている。

 どうしてだろう?コイツの喋る事全部聞かなきゃいけない気がするんだ。だから俺はアルにではなく、天使に話しかけた。

 「えらい天使は、なにが出来るんだ?」

 声が聞きたいのか、足止めをしたいのか、時間稼ぎをしているのか、自分でも分からない。ただ、俺は死なないんだろうなって、なんとなく分かった。

 「俺みたいな下っ端を取り仕切って偉そうに出来るよ。まぁ、天使によっては治療の術が使えたりもするんだけどね」

 天使にも色々個性があるんだなー…そうだよな、こんな妙に親しげな天使がいるなんて聞いた事がない。

 自分には治癒の魔法は使えないけど、なんて軽く自虐ネタを披露した天使はその場に座り込むと、足元にある草を掻き分けて千切り、潰したり、煮たり、なんか難しそうな事をし始めた。

 「なにしてんだ?」

 近付いても良いのか分からなくて、その場でしゃがんだり、背伸びしたりして天使の手元を見てるんだけど、何をしているのかサッパリ分からない。

 「んー、人間みたいな事」

 「ん?」

 人間みたいな事?

 「はい、傷薬。そんなに量はないけど、その傷くらいなら綺麗に治るよ」

 薬草って、自分で作れるんだ?え、本当に?

 ニコニコしている天使が傷薬を差し出してくると、またアルが俺の前に立ち塞がり、

 「天使の作った物なんか飲ませられるかよ!」

 って守ってくれた。

 出会ってからまだ1日も経ってないのに、全身を使って守ろうとしてくれている。でも、この天使は大丈夫だと思うんだ。どうしてだか説明出来ないんだけど…。

 「そう言うと思って塗るタイプにしといたから」

 塗るタイプ?そんなの聞いた事ない!

 「傷薬に塗るタイプなんかあるの?」

 もしかして、天使の住んでいる所では普通なのかな?でも天使の中には治癒の魔法が使える奴がいるんだよな?傷薬自体いらないんじゃないか?だったら、ここよりももっと都会にあるとか?にしたって今まで1回も聞いた事ないんだから最先端の技術じゃないか!

 「これでも薬師の知識はあるから」

 薬師…。

 この草原から薬草を見つける事が出来て、こいつみたいに傷薬にする事が出来たら、救える命があるかも知れない。俺やアルみたいに家族を失って悲しむ奴が1人でも減るかも知れない。

 魔物と戦って、奪う者と戦って傷付いた多くの命を救う事が出来れば、もしかしたら憎しみ合いも減るかも知れない。

 天使から傷薬を受け取り、傷に塗りつけると、初めは少し染みたけど徐々に痛みが消えて。

 「あっ、本当だ。本当に傷が消えたよ!」

 心配そうに俺を見ていたアルがパァッと笑顔を見せてくれた。だからお礼を言おうとしたんだ。天使から目を離したのなんかほんの一瞬だった筈なのに、その一瞬に間に天使の姿は消えていた。

 もしかして、この薬を作る為だけに現れた?

 だとしたら何故?

 塗るタイプの傷薬…天使が直々にやってきて作った薬。

 もしかしたら、俺達だけしかこの薬の存在を知らないかも知れない。

 特別な道具は使ってなかったし、材料もその辺の草だけだった。

 作れるかな?

 人間と魔物が仲良く暮らせる世界にする為に、倒される命を1つでも減らすために。

 「アル、ごめん。俺は奪う者にならないよ」

 今決めた。ズット漠然としていた思いが、今ちゃんとした形になった。

 「嫌だ…エド、俺はエドと一緒にいたい!」

 うん。俺だって同じ気持ちだ。

 「俺、今日から樹海に住む。樹海で薬の勉強して、この塗るタイプの傷薬を作る」

 いつかは、都会でも通用するような…物凄い薬師になってやる!だから見えてるんなら見ててくれよ、薬師の天使。


挿絵(By みてみん)

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