ルシフェルではない方の天使
アクアのお陰で、どうにか神官達を欺き雨乞いの儀式を成功させる事は出来た。
我の力なんてものはない…月神の力ですら、感じる事が出来なかった。
太陽神も、月神も、もしかしたら我らには関心がないのだろうか?救っては、くれないのだろうか?
確実に言える事は、干ばつから作物を救った英雄はアクアだと言う事。
可笑しなものだ、あれだけ必死になって太陽だ、月だと争ってきたと言うのに、今になってどうでも良いのだから。
神官達が気に食わないから太陽神ごと認めたくなかった…きっと神官達だって我や、王が気に入らないだけで、実は信仰心の欠片も持ち合わせていないのかも知れないな。
ただの権力争いに神の名を出す事で自分の行いを正当化したいのだろう。
我は、これから一体何を胸に神官達と戦えば良いのだ?
「カフラー。儀式お疲れ」
部屋に向かって歩いていると、廊下の遥か遠くの方から駆けてくる若き王が1人。大きく手を振りながら、大声で。
あの方はいつまで経っても王と言う自覚が足りない。
「王。廊下を走るなと言いませんでしたか?」
そして我は、こんな口の利き方をいつまで経っても直せないでいる。
「あ、いや…今日は良いだろ?なんたって今日のカフラは英雄だ!」
真っ直ぐな笑顔で、我を英雄だと言う王。ここには他の者の目もあるから「月神のお陰だ」とでも言って欲しい所ではあったが、
「有り難きお言葉」
嬉しい。
王に認められている事が、何よりも嬉しい。
「…神官達がまたなにか言っている…気を付けろよ」
頭を下げた我の傍に来た王は、かなり小声でそう言って視線だけを左に向けた。
同じように左を見ると、2人の神官が耳打ちしながら我らを見ている。
あいつらは太陽派だった先代の頃からの神官、今日の儀式で打ちのめした筈なのに、もう次の手を?
「王の方こそ、気を付けて」
微かに頷いた王は、
「それじゃあまたね!」
と、大声で言い、走って行ってしまった。
翌朝、神官達の次の手が気になりつつも、実行までには数日あるだろうと思っていた我の元に1通の命令書が届いた。
干ばつ続きのこの城を捨て、他の場所に都を移す事は、先代の頃から決まっていた事で、その城がそろそろ完成するらしい。そこで、城の下見や周囲の環境調査を我に依頼する内容の命令書だった。
我を王から遠ざける策か…しかし、こんな大事な仕事を我に任せるとはどう言う事だ?
ただ我を遠ざけたいのなら、もっと目立たない地味な作業の方が太陽派としては都合が良いんじゃないか?視察なんて目立つ事…これで都が豊かな場所に移ると、ますます我が…月派が有利になるのではないか?
それほどまでに価値のある何かを神官達は目論んでいる?
だからって、このような大仕事を断れば反逆罪と言われるのだろう。
気は乗らないが、行くしかない。さっさと行って、さっさと帰って来るしか方法はないか。
鎧を着て、数名の兵士と共に出発して少し。
振り返ると小さく城が見える、そんな位置に来た時、ゆっくりと上から天使が2匹下りて来た。
天使と言えば人の命を狩る連中…城ではなくここに現れたという事は、神官達は関係ない?いや、でもこのタイミングはどう考えても可笑しい。
魔法石を持っている兵に合図を…。
「あ~、そこ行く者よ」
天使が喋った!?
「主ら…何者だ!」
あぁ、気が動転してしまっている。何者だ?って、天使に決まっているじゃないか。そうじゃなくて、何をしに地上に来たのかを聞かねばならない。
「あ、えっと。天使だよ?ホラ、羽あるでしょ?ルシフェルも羽見せて」
赤色の髪をした天使が我の問いかけに答え、いちいち2人揃って背中を向けて羽を示してきた。
「うむ。その天使が、我らに何用だ?」
こんなにも親しみやすい天使もいるのだな、お陰で気が治まった。しかし、黒い髪の天使…ルシフェルは悪魔と言った方が相応しい程の鋭さだ。
構えている武器が大きな鎌だというのも容易に死神を連想させる。
「王様の死亡予定ってまだ当分先なのに、俺らがここにいる。分かるでしょ?早く城に戻って。会議室だよ」
赤い髪の天使は、王と同じように真っ直ぐに我の目を見て話をする。その深い緑色の瞳を見ていると、この天使の言う事は信じるに値すると思えてくるのが不思議だ。
「王の身が危険だと言いたいのだな?」
コクンと頷く天使。
分かった、信じよう。何もなければまた出直せば良いだけなのだから、戻らない理由など何処にもない。
しかし、我らが全員で戻れば神官に何を言われるか分からないから、城へは我が1人で戻る事にした。
静かな廊下を、走るなと注意をしていた我が全力で走り、会議室に向かう。
バァン!
会議室のドアを開けると、中には数名の神官が武器を手に王を取り囲んでいる所で、そのうちの1人が剣を大きく振り上げ、我の登場にも構わずに振り下ろそうとしていた。
反逆罪である。
剣を振るっていた神官に攻撃をし、倒してしまっても良かったが、王にそれを見せる訳にもいかず、鞭で動きを封じるだけにとどめた。
「カ、カフラ…どうしてここに?偵察に行ったんじゃなかったのか?」
王に近付き、周囲の神官から守るようにして立つと、背中からなんとも暢気な質問をされてしまった。
それがたった今暗殺されそうになっていた人の言う事か?危機感がなさ過ぎて、恐ろしくなる。
「天使が、王の危険を教えてくれたのだ…赤色の髪と、深い緑色の瞳の天使が」
王の危険を知らせてくれたのがただの気紛れだったのだとしても、感謝せずにはいられない…太陽神より、月神よりも深い感謝を。
「カフラ、その天使の名前は?」
名前?
そう言えば聞き忘れていた…感謝している相手の名を聞いていないとは、我も王の事が言えないほどには抜けているのだな。しかし、天使の名前を聞かれているのだから答えない訳にも行かない。
赤い髪の天使ではないが、名前が分かっているのは黒髪の方だけ。
「もう1体いた天使の名は、ルシフェルでした」
確か、そう。
「うん、それ。それを今日から俺達の崇拝すべき神の名とする!」
王がハッキリと明言した事で、太陽派、月派の争いは徐々になくなっていった。
太陽神を強引に推し進めていた神官達も、新しい城の至る所には太陽派を意味する仕掛けが施されているので、それで満足しているようだ。
こんなにも簡単に平和が手に入ったのが今でも信じられないが、全てはあの天使のお陰なのだろう。
王と2人で、空に祈りを捧げる。
「俺1人じゃさ、なんて言うか…色々難しいと思うんだ。だから…俺と一緒にこの国を守って欲しいんだ」
王はもう立派に成長された。それなのに何が色々難しいと言うのだろう?仕事が多いというのなら大臣や側近にも仕事を分ければ良い。それをあえて我に?
王からの厚い信頼を感じ取れた我の気分は、まさに有頂天!
「勿論です。王の為ならばこの命!」
「じゃなくて!俺の隣にいて欲しいんだ」
王は「隣に」と言いながら自分の隣を指差しながら何度も「違う」と口にしている。しかしだ、何が違うのだろう?隣に並んで立てば良いのだろうか?
あっそう言う事か!
「はい。王の片腕としてこれからも頑張っ…」
「でもなくて!俺はカフラに后になって欲しいの!」
なっ!?
后?
冗談だと思おうにも王の顔は真っ赤で、でも視線は我の目からは外さなくて。ゆっくりと手が伸びてきて、強く手を、握られた。
「本当に?」
廊下を走るなと言っても全然歩いてくれなかったあの王が?真っ直ぐな視線の王が?遠く、手の届かない人だと諦めていた王が、こうして手を握ってくれている。
「カフラが良いんだ。カフラでないと嫌だ。結婚してくれる?」
我に断る理由など、少しだってない。
嬉しい…。
「喜んで」
返事をして、実はとんでもない事を言ったのではないかと俯いて。熱くなった顔をどうして良いのか分からずに視線だけを上げる。
「天使に、感謝」
王がそう言って空を見上げたから、我も一緒に見上げた。
あの時、王の危険を知らせに来てくれなければ、今のこの瞬間は訪れなかっただろう。今のこの幸福感を味わう事など出来なかっただろう。
「ルシフェルではない方の天使に」
我に王を救わせてくれて、本当にありがとう。
「その呼び方は、どうなんだろう…」




