反抗期
調合に使った道具を鞄にしまい、背負い直してから問題の場所へとハシゴで降りて行く。
暗い採掘現場の奥に向けて意識を集中させると、最下層の、手前から3番目の穴の中から魔物の気配がする。
作業員にあんな怪我をさせた当人だろう筈なのに、魔物からは攻撃的な気配が一切感じ取れない。だからと言って怯えて穴の中に逃げ込んでいると言う感じでもなくて、どちらかと言えば無邪気な感じ…まさか、じゃれ付いたつもりであんな怪我を!?
この下には、どんな猛獣がいるんだろう…いや、いやいや。俺は蘇りだから打撃や噛みつきや引っかきなんかでは倒れないように出来てるんだ!何も恐れる事はない!それにさっき作って余った痛み止めも持参してるんだし、多少の事なら何とでもなる。
恐怖心を拭い去るように勢い良く息を吐き、余計な事をこれ以上考えないようにと一気に最下層に下りた。
ここから1つ、2つ、3つ目の穴。その中にいる。
「ピヨは念の為ここで待機してて。何かあったら大声出すから」
「断る」
んん?
今までは渋々でも俺の意思を尊重してくれてたのに、ここにきてどうして断るんだよ!なに?一緒に行きたいの?けど、物凄いやんちゃな魔物が中にいるんだよ?蘇りでもないピヨが攻撃されたら…それに、今は何処に行っても傷薬がないんだからね!?
「良いからここにいて!」
「いいえ。寧ろ貴方がここにいるべきだ」
どうしてそうなるのさ!ピヨってこんな聞き分けない子だっけ?もしかして特別今日は機嫌が悪いとか?ついさっきまでは普通だったのに。
空が飛べるからって結構使いっぱしりさせちゃってたし、実は物凄い嫌われてるとかだったり?いや、嫌ってるなら自分が行くなんて言わないか…。って事は、物凄く慕われて?だったら言う事は聞いてよ!
「じゃあ、俺が前を歩くから、後ろから着いて来て。それで良い?」
大分譲歩した筈なのに、それでもピヨは渋い顔をしている。
「俺の名前を呼んでくれたら、それで良いです」
名前?さっきから呼んでるでしょ?もしかして本名の事!?え?教えてもらってないよね?それに生前の俺だってポチ達の本名は知らないんじゃなかった?
生前の記憶は所々思い出せてるけど、それでも薬草の知識とか…樹海の道とかそんなので、生前に感じていただろう感情やら細かい所は全くなんだ。自分が天使って事は思い出した訳じゃなくて、状況から判断しただけであって、もし明日になって羽が抜け落ちてたら、あれ?天使じゃなかったのかも?とか思える程度の確信しかない。
俺が天使なら、きっとポチ達も似たようなモノなんだろう。そう言う意味での名前と言うなら、
「分からないよ」
確実に言えるのは、人間じゃないって事だけ。
そう言えば、前にも1度こんな事があったような?
あぁ、そうだ。エンゼルンに会うって発言をした時にポチ達が揃って「名前を言ってみろ」って言ったんだっけ。
あの時はエンゼルンに会うって俺の発言が可笑し過ぎたから正気を疑われているだけだと思っていたんだけど、今のピヨの感じを見ると…そうじゃない気がする。もしかすると生前の俺は皆の本名を知っていた?違うか、生前じゃなくて、天使だった俺は、かな。
まぁ、冷静に考えるとそりゃそうだよね、ポチ達に“奪う者”になれとか命令するくらいだもん。親友レベルじゃなきゃ言えない事だ。
天使の記憶を思い出して欲しいのかな?それとも思い出していると思われてるのかな?それを確かめる為の名前確認…全く、思い出せる気配はないんだけどなぁ。
手っ取り早いのは聖水を飲む事。魂がこの体から離れた時、俺は天使としての自分を思い出すのだろうか?何故人間として生きて“奪う者”になったのか、その理由も知る事が出来る?どうしてポチ達を巻き込む必要があったのかも。
その答えが知れるなら、聖水を飲むのも悪くないね。
「俺が前じゃ駄目ですか?」
あれ?なんか機嫌直してくれたみたい。
「うん、駄目」
こうして無事にピヨの説得に成功し、恐る恐る足を踏み入れた穴の中。気配はもっと奥の方からしていると言うのに、入り口付近でもう怖い。
じゃれたつもりであんな怪我を負わせる事の出来る恐ろしい魔物が、この奥に…攻撃的な気配じゃないからまだ良いけど、もし攻撃態勢をとられたら俺に勝ち目ってあるのかな?
あー!駄目駄目、なにをとんでもない事を考えてしまったんだよ!
出来るだけ怒らせないように話し合う!コレしかないね!
「こんにちは~。ちょっと良いかな?」
気配のある所から10m地点で立ち止まり、奥に向かって声をかける。もし敵意を向けられたらそのまま逃げ出せるように距離をとったつもりなんだけど、もう少し離れた方が良かっただろうか…。
「クルルル」
ん?
今、奥からとんでもなく可愛らしい声が聞こえて来たような?しかも何だろう…どこかで聞いた事のあるような声質と言うか、鳴き声と言うか。
待って、この気配、もしかして!
「こ、怖くないよ。出ておいで~」
怖いのは完全に俺の方だ。
「キュゥゥ」
声に似合わないドスッドスッと激しい足音が近付いてきて、たいまつの光が届く場所に出てきた。新しく訪問者が来た事で喜んでいるのか、太い尻尾を高く振り上げて小さく何度もジャンプしている。
だから足音がドスドスだったのかな。って事はスキップに近い感じでここまで来たのだろうか…可愛いんだけど、怖い。
大きさは俺の半分程、鱗に覆われていると思っていた体には羽のような体毛、後ろ足で立ち上がって、尻尾でバランスをとっているような格好は大型の鳥系魔物だと思わせるが、感じ取れる気配は、そんな平和的な物じゃない。
俺の知ってる形とは随分違うけど、今、目の前にいるこの魔物はドラゴンだ。
ドラゴンの特徴である翼がないし、鱗じゃなくて体毛…ん?
ピョンと軽快に跳ねているドラゴンに少し近付き、たいまつを向けてよくよく体を観察してみると、体毛と言うには少し硬そうな質感が見て取れる。もしかしたら、これがこの子の鱗なのかな?
しかしだ、あの作業員が何故あそこまでの大怪我を負ってしまったのか分かったよ。
爪が鋭過ぎる。10cmはあるんじゃないだろうか…こんなのでサクッとやられたんだなって想像すると、よく無事だったなぁ、なんて感想文がやたらと他人事のように浮かんできた。
「ここは狭いでしょ?一緒に外に出よ」
と、手を伸ばすと、嬉しそうに駆け寄って来るドラゴンは、かなり、凄まじく愛らしい。この大きさからしてまだ子供なんだろう、好奇心が強い。なのに親がいないのはどう言う事なんだろうか?逸れて彷徨ううちにここに落ちてしまった?としたら怪我…なんかしてたらこんなに元気じゃないか。それにドラゴンの回復能力は高いんだし心配ないだろう。
「キュッ、キュゥ?」
連れて帰りたい…。いや、流石にドラゴンを町の中に入れる訳には行かない。じゃあ親を探してあげようかな?いやいや、長期間屋敷をあける訳には行かない。だったらこの子を一旦“魔石”に封じて…いやいやいや、あどけない子供になんて事をしようと言うんだよ!
こんな時にドラゴン使いであるアンさんが近くにいてくれたら安心して任せられるのに。
あ、そっか。アンさんに頼めば良いんじゃないか。
「ピヨ、悪いんだけど…」
「お断りします」
ひどっ!




