簡単な依頼
エルナさんが蘇らないまま数日が経った。
その間不眠を貫いているディルクの顔色はかなり酷い。それにエルナさんの体の傷みを少しでも緩やかにしようって事で部屋をキンキンに冷やしているから屋敷全体がなんとなく寒い。
どうして目覚めないんだろう?蘇る“奪う者”の方が珍しいんだけど、それでもエルナさんは蘇る筈なのに、どうしてこんなにも寝坊してるんだろう?
このままじゃディルクが倒れちゃうよ。でも休んでと言った所で聞き入れてはくれないんだろうなぁ。
もう少し様子を見よう。丁度お手ごろな依頼も来ているし、行って、ササッと終わらせて帰ってきて、それからまた考えよう。
「依頼来てるから、ちょっと行ってくるね」
カフラが淹れてくれたレモンティーをグイッと飲み干して椅子から立ち上がると、広間にいた恭治とカフラから「気をつけろ」との注意を受けた。あまりにも綺麗にハモるからビックリして2人の顔を見ると、また、
「エドを連れて行かなくて良いのでござるか?」
「エドを連れて行かなくて良いのか?」
と。
もう笑いを堪えるので必死だよ。
「簡単な依頼だし1人でも大丈夫だよ。じゃあ行ってくるね、パパ、ママ」
「パパ!?」
「ママ!?」
抑え切れない笑いと共に屋敷の外に出て、深呼吸をして呼吸を整えていると“魔石”からペペが出てきた。
「いつまで笑ってるのよ」
ゴメンゴメン、なんだか平和だなって思うと余計にさ。いや、全然平和じゃないんだけど…あの2人が普段通りだから癒されたのかな。
「えっと、ルシファーとポチとペペは屋敷で留守番ね」
言いながら3人の“魔石をポケットから取り出すと、それぞれからルシファーとポチが出てきた。
「んで俺らが留守番なんだよ」
不満そうな表情で言うポチの後方には、腕を組んで同じく不満げなペペ。ルシファーは置いていかれる事にショックを受けてしまったのかデカイ体を小さくして俯いている。
細かな説明をする必要がありそうだ。
「この中で1番早く飛べるのはルシファーでしょ?だからエルナさんに動きがあった時に俺の所まで飛んで知らせて欲しいんだけど、ルシファーは屋敷内じゃあ自由に行動し辛い。だからペペが屋敷内の見回りを兼ねてエルナさんの様子を見ていて欲しいんだ。ポチは現在友がいないエドのボディーガードね」
と言う事だから、頼んだよ!
「待って頂戴。何故貴方のお供にピヨが選ばれたのかしら?」
え?もっと細かい説明が必要なの!?
「ペペは気配を消すのが上手いから、ディルクのストレスにならないようにエルナさんを見る事が出来る。ポチは攻撃と防御のバランスが良いからエドに何があっても対処出来る。ピヨはルシファーの逆。俺に何かあった時、いち早く皆に知らせに戻る事が出来る」
何もないのが1番なんだけど、一応ね。
「出来るって断言されると、やるしかないわな。ほら、行くぞ」
納得してくれたらしいポチは、1番聞き分けの悪そうなルシファーの手を引いた。すると仕方ないと諦めたルシファーは“魔石”に戻り、ポチはその“魔石”を拾い上げて屋敷の中に戻っていった。ペペはもう既に気配を消して俺の目の届く範囲にはいない。
さぁ、俺達も行こうか。
今回は港町の手前にある採掘現場にいる作業員からの依頼で、採掘現場に出る魔物を退治して欲しいという内容。
今となっては高級薬となってしまった傷薬、皆怪我はしたくないと思うのは当然で、旅人の“奪う者”でさえ今は休業しているほどだ。
薬草が生える時期が来るまで、この状況は変わらないんだろう。と言っても、早い所だとそろそろ生えて来る時期なんだけど…。
じゃない、早く行ってさっさと依頼をこなして帰ろう。
現場近くまで飛んで向かい、誰にも見られないうちに羽を上着と鞄で隠してから依頼者を探す。
「あの、依頼を受けて来ました」
採掘現場にいた数人の作業員達に依頼の手紙を見せながら声をかけると、腕と顔に包帯を巻いた1人の若者が俺の前にやってきた。
どうやら魔物と戦った後のようなんだけど…ここにいる魔物は、相当強いようだ。
「この、下に…気を付け、ろ…油断、するな…」
喋った。
いや、依頼人なんだから喋ってもらえないと困るんだけど、喋れるのが不思議なほどの怪我と言うか…喉の損傷が激しいと言うのか…傷薬があっても完治するのに時間がかかるだろう大怪我だ。腕はそこまで大した事はなさそうなんだけど、それでも充分に大怪我。
簡単に言うなら、天使の迎えが来てない事が奇跡に近い。
魔物をどうこうする前に、この人の怪我を少しでも治してあげたい。だけど傷薬はどの町に行っても高額だし、薬草は最北端の町に行って生えてるかどうかって所。
なにか、代用出来そうな薬草は無いか?
見渡してみるが、それらしい薬草はない上に、今の時期この場所には、お情け程度に毒消し草がヒョロっと生えてるものの、毒草ばかりだ。
待てよ、麻痺毒の草があるんだから痛み止め位は調合出来るかな?薬草が無いからちょっと毒の成分を誤魔化すのは難しそうだけど、あの毒消しを使って…飲み薬じゃなくて、塗り薬にすればなんとかなるかも。
「ちょっと待っててね」
鞄を下ろして中から調合に使う道具を出して広げ、毒草を積む。
くそ、こんな時にアンさんがいたら龍の抜け殻を分けてくれるように頼めたのに…。
駄目だ、集中しなきゃ。
調合自体は意外と簡単に出来た。後は効果と副作用を調べるだけなんだけど、悠長にそんな事をしている場合じゃない。塗ってスグに現れない副作用は、この際無視するしかないだろう。
ナイフを取り出し、腕の内側を少し切りつけ、そこに出来上がったばかりの痛み止めを塗り込む。
ビリビリと痛んでいた腕が、ジワリと鈍い痛みに変わる。特に毒が広がっているという感じはないし、麻痺毒の薄め具合も丁度良くて指先はちゃんと動くし、感覚がある。
これなら問題なく使えそうだ。
出来たばかりの薬を持って依頼主の所まで走り、説明するよりも先に薬を塗り込んだタオルをソッと当てた。
「力を入れないように持ってて」
と隣にいた作業員に喉を任せ、腕に巻かれた包帯を丁寧に取る。
応急手当をしっかりしていたのだろう、出血はそんなに無かったので、薬を塗った包帯で腕を巻き直した。
ふぅ、これでとりあえず痛みは楽になった筈。もう少し効果が出てから傷口を縫って、傷薬があれば良かったんだけど…なんで1個でも残しておかなかったんだろう。よりによってあんな町人達の為に全部使っちゃったなんて!
怒ってる場合じゃない。
「あぁ…痛みが…」
依頼者は痛みが消えた事で幾分声がはっきり出るようになっていた。と言う事は気道とか声帯に問題はなさそうだ。だったら、縦に切り裂かれた2本の傷を縫うだけで何とか、何とかなってくれれば。
30分程で全ての処置が終わり、俺を取り囲んで様子を見ていた作業員達からも一緒になってフゥと溜息がこぼれた。
一時はどうなるかと思ったけど、見掛けよりも傷は浅かったし、これなら時間はかかるだろうけど傷薬がなくてもどうにかなるだろう。
はぁー、神経使って疲れちゃったよー。さっさと帰ってカフラに紅茶を淹れてもら…あ、違った。
採掘現場の魔物退治が依頼内容なんだった。




