若
高い位置にあった太陽が徐々に傾き始めると、いよいよ魔物達は町に向けての出撃準備を整え始めた。
それとは別に、数人の魔物は俺が持ってきた“魔石”を食い入るように見ている。
この中のどこかにボスがいるかも知れない、そう言ってから随分経つのに魔物はコレダと言う“魔石”を見付けられないでいるらしい。そうなるとボスはもう完全に消滅して?いや、それは絶対に声に出しちゃ駄目だ。
存在が分からない程弱くなっている…そう思う事にしよう。
遠くの方に僅かなピヨとルシファーの気配がしてくる頃、俺は麻袋を駆使して作った覆面を頭から被って顔を隠していた。
「連れてきたぞーって…なんの真似?」
首を竦めているピヨの隣には、無表情のエドが立っている。
「顔が見えないように…」
そう言って、しまったと口を閉じて考える。
声も聞きたくないとは言われてない…よね?うん、大丈夫。顔も見たくない、だけだった…俺の前に現れるなって言われてるっ!
慌てて木の陰に隠れ、魔物達にボスを見付けたのか?と最終的な確認をした。
「…あの“奪う者”はなんだ?知り合いか?」
紹介がまだだった。
「あの町出身の蘇った“奪う者”だよ。その中にボスがいるなら開封して欲しいんだけど…エド、協力してくれるかな?」
チラリと木陰から顔を出してエドを見ると、腕を組んで機嫌悪そうにイライラした風に地面をトントンと蹴っていた。
「何で俺が天使の頼みなんか聞かなきゃなんない訳?」
そう、思うよね。
気配を感じられているんだから間違いなく普通の人間ではないし、魂が見れているんだから天使なんだろうと思う。だけど、それでも頼みたい事なんだ。
「エルナさんや、町にいる皆の為だよ」
俺の為でも町人の為でもなくてサクリアやディルク、恭治、カフラとエルナさんの為なんだ。だからお願い。
「知らねーよ!訳分かんねーし!なに?お前本当に天使なのかよ!?」
知らないって、どうして?仲間でしょ?俺が天使だから俺の言う事は全て聞き入れたくないの?
「ちょっと良いか?」
そう言って俺達の間に立ったのは、俺を凄い目で睨みつけて来るエドのポケットの中からスゥと出て来たシノだ。
だから説得してくれるものだと思ったんだ。だけど、そんなシノが声を出す前に、周りにいた魔物がざわつき始める。そしてその中の1人が終に声を発した。
「お前、シノか?」
頷くシノはエドのポケットの中から多分アルの入った“魔石”を取り出すと、それを掲げて1人の魔物の前で跪く。
「若を連れて戻りました」
と、言いながら。
若?
え?ちょっと待って、どうしてシノがここの魔物と顔見知り?その“魔石”の中にいるのはアルなんだよね?若って、なに?
「若ぁ!」
魔物達は嬉しそうにアルの入った“魔石”に頭を下げ、ボスが入っているかも知れない数々の“魔石”を回りに並べた。
そんな中で1人だけ顔を上げたシノは、何が起きているのか全く分からない俺とエドを交互に眺め、最後、エドに向き直して説明ではなく要望を口にした。
「お前、蘇りにも“奪う者”にもなりたくなかったんだよな?だったら、さっさと俺達を解放してくれよ」
その言葉には覚えがある。アンさんの依頼を終えて帰る途中で俺に向かって発した言葉だ。まさか、あのまま謝ってない!?
「喧嘩してるの!?」
確かにあの言い方は酷かったと思うよ?だけど、俺よりもシノの方が付き合いは長いんだからエドが時々物凄く口が悪くなるって事は熟知してる筈だよね!?それに、あの言葉が本心じゃないってのも分かってる筈だよ?なのに開封って…え?どうして?
「若がコイツに封じられた。だから俺もコイツに近付いて封じられた」
友達でもなんでもなかったって言いたいの?信頼なんかしてなかったって、言ってるの?けど、魔物にとって“魔石”って恐怖の対象なんだよ?自分から進んで封じられるって、それは余程相手の事を信頼してないと耐えられない事…そうでしょ?
ねぇ、何処からが冗談なの?もう良いから…嘘だって言ってよ。
「おい!さっさと開封しろ!」
周囲にいる魔物は一斉に武器を手に攻撃態勢を整える。その矛先には無表情のエド。
一瞬戦いが始まってしまうんじゃないか、そう思って焦ったのに、戦いが起きた方が良かったと思えてしまう事が起きた。
アルとシノが入った“魔石”を前に、エドは本当に、本当に開封してしまったんだ。
“魔石”から出てきた2人を囲み、魔物達は大きな歓声を上げ、そして口々に町を襲う計画を立てるんだ。そんな中でただ1人、アルだけがエドに駆け寄った。
「どうして…ね、ねぇ…俺達友達でしょ?そ、そうだ、もう1度封印して」
エドの手を握り必死に説得しようとしているのだろうけど、きっと駄目なんだ…開封してしまうんだから、エドは本気だったんだ。本気で“奪う者”にはなりたくなかったんだ。
「若、なんだろ?だったらこんな、なんもない奴と一緒にいたら駄目だ。帰れよ」
掴んでくるアルの手を優しく外して頭を撫でているエドの顔は、ほんの僅かに笑顔。卑屈そうな、笑顔。
「嫌だ!言ったじゃないか…1人は嫌だって…これから、一緒にいようって!」
生前のエドの事は何も知らないけど、何もないって事はないじゃないか。こうやって思ってくれる友達がいるじゃないか!
確かに、確かに若であるアルを仲間の元に帰してあげた方が良いとは思うよ?だけど、突き放すようなやり方しなくたって良いんじゃないの?同じ開封と言う行動でも、ちゃんと戻れって説得してからとか…こんなの一方的過ぎる。
「生前の俺が、だろ?そんな記憶…どこにもねぇよ…」
目を伏せたエドは撫ぜていたアルの頭から手を離し、ギュッと自分の腕を掴んだ。力いっぱい握っているんだろう、指先が肌に食い込んでいる。
これじゃあエドも、アルも可哀想だ。なんとか話し合う時間を…。
「お前を倒す」
泣いているアルの前にサッと出てきたのはシノで、恐ろしい形相でエドを睨み付けている。
本当にエドの事は友達とも思ってなかったんだなと感じさせる表情と、雰囲気。それに倒すと言う言葉にも嘘はないのだろう、武器を構えていた。
「…来いよ魔物」
物騒な事を言っている2人の事も、泣いている若の事ですら後回しにして喚起している魔物達の足元には、俺が持って来たいくつかの魔石が転がっている。何度も興味なさそうに踏み付けられている事からボス入りのものはなかったのだろう。
若が戻られた、そう喜んでいるのに手には武器。
アルが戻ったとしても、ボスを消されてしまった事に変わりはない。そのケジメはつけなきゃならないんだろう…。
「俺は、町を守りたい…」
悪いのはボスを魔物に封じた“奪う者”で、魔物との約束を破ってボスを魔法石にした町の人達。だけど、少なくともそこにサクリアやディルク、カフラは関係ない。だったら、俺が取るべき行動は決まってしまうんだ。
皆を守る。
「お前は“奪う者”。元より俺達の敵だ…ボスの事、若の事の礼は今ココで見逃すという事で変えさせてもらう」
敵宣言をした俺に対して頭を下げる魔物達。多分だけど、その頭を上げる頃には完全に敵としての対応をしてくるつもりなのだろう。なら、早く樹海を出た方が良い。
「ありがとう」
一応礼を言い、後ろで殴り合いを始めてしまっているエドとシノの間に割って入ると、シノの攻撃は後ろに立っていたピヨが、エドの攻撃は前に立っているルシファーが受け止めてくれて、何だが一気に偉くなった気分に居心地は悪くなったんだけど、そんな事を思ってる暇はないのでそのままエドを担いで飛び上がった。
樹海が遠くになるに連れて大人しくなって行くエド、友達がいなくなって寂しいよね…友達だと思ってたのに、あんな顔で睨まれて、悲しいよね…けど、エドも悪いんだ。“奪う者”にもなりたくなかったと言う言葉でアルとシノがどれだけ傷付いたと思う?
どうにかして、この3人を仲直りさせてあげる事は出来ないだろうか…。




