趣味
夕方と夜の間の時間。
空の色は夕日と夜の闇がキレイなグラデーションを作っていた。
町も樹海もまだ静寂に包まれている中、俺は麻袋を被ったままの姿でエドの前に座っている。
膝を抱えて小さく蹲っているエドにどう声をかけたら良いのかも分からないから、町に行こうとも言い出せない。
町にはサクリア達がいるんだし、少し位遅れて行ってもきっと大丈夫だとは思うんだけど、心配なのはエルナさんの怪我の具合だ。
傷薬を飲んでくれていれば良いんだけど…。
「蘇って記憶がないのは俺も一緒だった筈なのに、皆はやるべき事を見付けてさ…」
俯いたままのエドから、独り言のような小さな声が聞こえてきた。返事をしても良いのだろうか?けど、無視は出来ない。
喋りたくないならきっとエドが無視するだろうし、少しだけ…話したいな。
「急にどうしたの?」
うっかり近付かないように気を付けながら顔を覗き込んでみると、
「急じゃねぇよ…生前の名前で呼び合うようになってから、感じてた」
と言いながら顔を上げ、そのまま俺を見ないようにして町の方角を眺め始めた。どうやら相当俺の姿を見たくないらしい。
いや、何を自惚れてるんだろう…俺が天使である時点でエドの中には俺の存在なんかないんだ。今こうして町の方を見ているのだって、俺を見たくないからじゃなく、ただ町にいる皆が気になっただけなんだろう。
それでも、こうして言葉を返してくれる…。
「エド…」
だったら、ちゃんと話を聞かなきゃ!
「いくら考えても生前の事なんか思い出せねーんだ」
ん?
そりゃそうでしょ。ちゃんと話を聞こうとしてるのに、なんでそんな初歩的な事を言うの?何かの確認?
「蘇ったら記憶なんか…」
「じゃあ何でお前は薬草に詳しいんだよ!ディルクなんか彼女の事覚えてんだろ!?」
こっちを向いたエドは、やっぱり激しく俺を睨んでいた。だけど、天使だからって訳じゃなくて…薬草に詳しい事を疎んでいる感じだ。
どうして薬草に詳しいのかって言われても上手く説明出来ないんだけど、ディルクがエルナさんを覚えていたのは、それだけの理由があった。
「それは生前に強く思ってた事だから…」
「分かんねー奴だな!俺にはソレがないってんだよ!」
大声で怒鳴るエドは、イライラした風に頭をかいた。
ズット、悩んでた事なんだね。
皆が働いたり、デートしたりしてるのを見ながら、1人で考え込んじゃってたんだね。俺も…似たような事で悩んでた時期があったんだよ?だから役に立とうと思って依頼箱を設置したんだ。それがなければ薬草に関わる事はなかったかも知れない。それだと俺は自分が生前に薬師だった事を知らないままだっただろう。
「俺だって初めから分かってたんじゃないよ。覚えてるかな…最初に作った傷薬」
薬草図鑑と、初心者でも分かる傷薬の作り方の本を見ながら、2人で調合したよね?作り方を見て少し違和感はあったのは確かだけど、1回目に作ったのは薬とは決して呼べない代物だったでしょ?
「あ…アレは劇薬だった」
うん。
確か液体Xかなにかそんな名前を付けてたよね?まぁ、厳密に言うならエドが飲んだのは2個目の試作品だけど。
「思い出す切欠ってのが必要なんだよ。だから何か新しい事を始めて…」
いや!待て待て!なにが何も思い出せないーだよ!エドには結構早い段階から物凄い癖があったじゃないか!
「んだよ…」
機嫌悪そうに眼帯に触れ、キッと左目だけで睨んでくる姿に、俺はたまらずに近付き肩をガクガクと揺らしながら言ってやった。
「エドにはガラクタ集めって趣味があるじゃないか!」
しかも普通の人とはちょっとだけ違った趣向と言うのか…だからきっと芸術に関心があったんだよ!
「ガラクタって言うな!」
あ、ゴメン。
でもさ、なんかちょっとだけ嬉しいよ。俺が触った事じゃなくて、ガラクタって言った事で怒ったんだよね?だからまだ少し位は話をしても良いのかな?って。
「壊れてるのとかでもサッと修理してるでしょ?だから生前はそう言う修理屋さんだったのかも!」
そうだよ、何の知識もなく修理なんか出来ない。現に俺なんか分解は出来ても組み立てるのが無理だからね!
「修理屋もなにも“奪う者”だし」
また少し卑屈そうに笑うエドの視線は少し泳ぎ、町の方を眺めて俯いた。
そうだ…あの町にエドが店を開けるような環境なんかないじゃないか…俺はなんて軽率な発言をしてしまったんだろう、とにかく、誤魔化さなきゃ。
「あ~…じゃあ、ガラクタ集めはただの趣味…」
「だから、ガラクタって言うなっての!」
ムッとしたのか、今度はエドが俺の肩をガタガタと揺らす。
昔に戻ったみたいなその反応から、俺はまた踏み入った事を口に出した。
「…アルとシノ、このままで良いの?」
仲直りしたいって少しでも思ってるなら、もう1度ちゃんと話し合った方が良い。こんな敵としてでしか再会出来ないような別れ方は駄目なんだ。
もし、仲直り出来る可能性が少しでもあるのなら、会うべきだ。
「良いんだ…アルとシノ見てるとさ…無性に開封しなきゃならないって感じてたし…」
あ、あのさ。それって「生前に強く思ってた事」になるんじゃないかな?けど、開封したいなんてどうして…あぁ…自分が倒されると感じた時に“奪う者”が強く思う事なんか友の開封以外にはない。
魔法石の材料になるかも知れない、だから開封したかった。だけど、蘇った今となってはそんなの心配する必要なんかないでしょ?
膝を抱いて小さく座るエドの姿は、あの時…エドの家が壊される時、暖炉の前に座っていた姿と重なる。
これからはそうやって1人で耐えようって言うの?そんなの駄目だ。だから仲直りしてよ。アルと、シノと…出来たらで良いから、俺とも…。昔みたいに一緒に喋ったり、遊んだりしたいんだ。そうやって落ち込んでる時には元気付けてあげたいんだ。
「ねぇ、ちゃんと名前で呼んで…」
ちゃんと必要として。
キリクって呼ぶのが嫌ならガイコツ…ではもうないから、えっと…ちょっと被るけどエンゼルンでも良いよ?だから…。
「呼んでやるから聖水出せよ」
催促するように伸びてくる掌、体を小さく丸めたまま少しだけ顔を上げて向けられる視線。
さっきまでは睨んでたり、ムッとしたりしてたと言うのに、今は恐ろしく無気力な、虚ろな瞳が俺を捉えている。
「なんで…?」
どうしてそんな考えになったの?聖水は飲まないって皆と約束したじゃないか!アレだよ?飲んで昇天したらサクリアのお店に変なポーズにして飾られるんだよ!?
「俺にはもう、支えがない…もう、無理だ…」
何がどう無理なんだよ!
「どうしたんだよ!」
アルとシノの事を言ってるんでしょ?だったら仲直りしに行けば良いだけじゃないか!なにを大袈裟に悲観してるんだよ。
支えがないなんて皆が聞いたらきっと100回ずつ位は叩かれるよ?
聖水飲むとか言ったら、俺が怒る。その付けっ放しの眼帯を毟り取って砂に目を入れてやる!
「うっせぇんだよ!天使のクセに話しかけんな!!」
あぁ…終に話しかける事も禁止されちゃった…。次からはどうやって伝えれば良い?どうやって…いや、声を出さなくなって最低限の事は出来る。
聖水を飲ませようとするエンゼルンから守れば良い。飲もうとする行動を阻止すれば良いんだ。




